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寄稿 「アイヌ政策有識者懇談会報告書」をどうみるか? (2)                                 かけはし2009.11.2号

「先住民族」として誇りを持ち生活できる共生社会を

グループ`シサムをめざしてa(首都圏) 加藤 登 


 七月「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」は政府に「報告書」を提出した。この「報告書」をどのように評価し、次の運動を組み立てていくのかということが重要である。そのためにグループ`シサムをめざしてa首都圏の加藤登さんに寄稿していただいた。目次の見出しは編集部が付けたものです。

もくじ
(1)アイヌの人々の歴史
 1、今に至る歴史的経緯
 2、現状と最近の動き
 3、今後の政策のあり方(以上前号号)
(2)歴史と文化についての認識
(3)国連宣言と「報告書」(今号)
(4)今後の課題と闘いの方向

(2)歴史と文化についての認識

 歴史認識は「内国民化」「内国化」「北海道開拓」というもので、アイヌモシリを侵略、植民地化(内国植民地化)したという認識ではない。
 この報告書の出だしは以下のとおり。
 「これまでアイヌの歴史や文化については、日本国民共通の知識とはなってこなかった。それは、歴史的に、アイヌの人々が圧倒的に少数であったこと、そして我が国の政治の中心地から遠く離れた北辺の住人であったこと、また生業や宗教の差異から生じる文化的相違が一方の目からは野卑
陋習( 悪い習慣) とみなされ、その享受者は野蛮な存在であり、その文化は価値の低いものとみなされたことが背景事情として考えられる。」
 「北辺の住民であった」というのは、和人の観点に立っていることを示している。アイヌ民族にとっては、北海道が生活・文化の中心地だったのである。「野卑陋習( 悪い習慣) とみなされ」とある。みなしたのは誰なのか? 今はこのことが克服されているのか? なぜそのようにみなしたのか? 「報告書」は、主語を明らかにてしてその責任を問い、反省し、アイヌ民族に対して謝罪しているわけではない。

 アイヌ民族は、政府、国に対して、自ら差別され、抑圧されてきたことへの歴史的・道義的・政治的責任を問い、謝罪を求めてきた。有識者懇談会に対しても、このことを要求してきた。
「チカラニサッタ〜我らつくる明日〜」の有識者懇談会への提言。
http://www.douhoku.org/ainu/yukon_teigen.pdf
 「新しい法の制定や政策の策定にあたっては、その歴史を直視し、過去の政策が 間違いであったと宣言し、その政策によって被害を受け、損害をこうむったアイヌ民族に対して謝罪することが必要です」と提起している。

 「世界先住民族ネットワーク・AINU」からの提言。
http://www.win-ainu.com/teigen.pdf

 「明治政府が北海道を一方的に日本の領土に組み入れて以来、歴代の政府はアイヌ民族を先住者として認めず一方的に日本の法律を押し付け伝統的な生活を破壊し、アイヌ民族を困窮に押しやり差別を助長してきたのです。日本政府は、この政治的社会的不正義を反省し公の場ではっきりと謝罪するべきであります」と提起している。

 昨年、六月六日の国会決議を推進してきた「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」の鈴木宗男と今津寛もこのことを受け止め理解しているわけでない。
 今津寛は、次のように述べている。
I don’t think an apology is necessary
 私は、謝罪が必要だとは考えていない。
Hiroshi Imazu is a lower house lawmaker from the ruling Liberal Democratic Party who led a bipartisan group to draft the resolution recognizing the Ainu.
Yet despite his pro-aborigine stance, he rejects out of hand the notion of an apology.
"Japan, s situation is different to that of Australia or America," Imazu told Metropolis in an interview at his Diet office.
"I don, t think an apology is necessary and I think the Diet resolution is enough to show our feelings [toward the Ainu people]."
 この言葉は、「メトロポリス」779号の特集記事のインタビューに答えて発言したものである。
 
 同じく、国会決議を推進してきたと自負する鈴木宗男は、「OAK MOOK」2009年2月28日発行で次のように言っている。
 一部の和人によってアイヌ民族の存亡を脅かすような迫害があったことは認めなければならない。この点に関しては、アイヌ民族を苦しめた主体が政府だったのか民間だったのを問うことは意味がない。(P106下段)

 明治政府がアイヌ民族保護に尽力したことは確かであり、明治政府が政府の方針としてアイヌ民族の迫害や弾圧を行った事実はない。
 鈴木宗男は、この文書で「アイヌ国会決議」は北方領土問題解決に繋がると公言している。彼は、アイヌ民族をロシアとの交渉に政治利用していること隠してはいない。(P107上段)

 一言で言えば、この「報告書」は、侵略・植民地(内国植民地化)という歴史認識に立っていない。とはいえ、「我が国が近代国家を形成する過程で、アイヌの人々は、その意に関わらず支配を受け、国による土地政策や同化政策などの結果、自然とのつながりが分断されて生活の糧を得る場を狭められ貧窮していくとともに、独自の文化の伝承が困難となり、その伝統と文化に深刻な打撃を受けた。」と述べた上で、「国の政策として近代化を進めた結果、――国には先住民族であるアイヌの文化に配慮すべき強い責任がある」(P24)ということも明言している。責任を認めているのだから「謝罪」につながる回路は示されていないわけではない。好意的に解釈すれば、「国民の理解」を進め、「謝罪」の社会的条件を広げていくことをめざしているようにも受け取れる。

(3)国連宣言と報告書

 この「報告書」には、先住権という文言が一言も入っていない。
 「土地・資源の利活用の推進」という項目がある。

土地・資源の利活用の促進

 アイヌの人々は、土地との間に深い精神文化的な結びつきを有しており、現代を生きるアイヌの人々の意見や生活基盤の実態などを踏まえ、今日的な土地・資源の利活用によりアイヌ文化の総合的な伝承活動等を可能にするよう配慮していくことが、先住民族としてのアイヌ文化の振興や伝承にとってきわめて重要となる。
 現在、アイヌの伝統的生活空間( イオル) の再生事業が北海道内の二地域で行われており、国公有地等において文化伝承に必要な自然素材育成、体験交流等が行われている。
 また、一部の河川においては、アイヌの伝統的な儀式等の目的で内水面のサケを採捕することを特別に許可する等の配慮が払われている。
 一方で、アイヌの人々からは、土地・資源の利活用が十分にできないため、文化伝承に必要な自然素材が採取できないなど、アイヌ文化の継承や発展にとって支障となっている側面があるのではないかとの指摘もある。
 アイヌ文化の継承等に必要な土地・資源の利活用については、伝承活動等を行おうとするアイヌの人々の具体的な意見に耳を傾けるとともに、公共的な必要性・合理性について国民の理解を得ながら進めていくことが重要である。
 これらの課題等も踏まえ、近年、自然との共生の重要性が増す中、自然とのかかわりの中で育まれてきたアイヌ文化を一層振興していく観点からも、地元関係者の理解や協力を得つつ、アイヌ文化の継承等に必要な樹木等の自然素材を円滑に利活用できる条件整備を更に進めていくことが重要であると考えられる。
 具体的には、アイヌの伝統的生活空間(イオル)の再生事業について、アイヌの人々や関係者の意見等を踏まえつつ実施地域の拡充等を行うこと、また、同事業の実施地域等において、アイヌの人々、行政等の関係者が国公有地や海面・内水面での自然素材の利活用等に関して必要な調整を行う場を設置することにより、今日的な土地・資源の利活用によるアイヌ文化の伝承等を段階的に実現していくことが必要である。
 「報告書」は、国連宣言について次のように言っている。

国連宣言の意義

 先住民族としての文化の復興を目指す政策の策定に当たっては、国連宣言の関連条項を参照しなければならない。
 国連宣言は、先住民族と国家にとって貴重な成果であり、法的拘束力はないものの、先住民族に係る政策のあり方の一般的な国際指針としての意義は大きく、十分に尊重されなければならない。
 ただ、世界に三億七千万人存在するともいわれる先住民族の歴史や置かれている状況は一様ではない。また、関連する国のあり方も多種多様である。国連宣言を参照するに当たっては、これらの事情を無視することはできない。我が国としても、同宣言の関連条項を参照しつつ、現代を生きるアイヌの人々の意見に真摯に耳を傾けながら、我が国及びアイヌの人々の実情に応じて、アイヌ政策の確立に取り組んでいくべきである。

 この国連宣言の25条〜28条を参照しよう。
第25条 先住民族は、自らが伝統的に所有もしくはその他の方法で占有または使用してきた土地、領域および沿岸海域、その他資源との自らの独特な精神的つながりを維持し、今日する権利を融資、これに関する未来の世代に対する責任を保持する権利を有する。
第26条 1 先住民族は自らが伝統的に所有し、占有し、またはその他の方法で取得してきた土地や領域、資源に対する権利を有する。
2 先住民族は、自らが、伝統的な所有権もしくはその他の伝統的な占有または使用により所有し、あるいはその他の方法で取得した土地や領域、資源を所有し、使用し、開発し、管理する権利を有する。
3 国家はこれらの土地と領域、資源に対する法的承認および保護を与える。そのような承認は、関係する先住民族の習慣、伝統、および土地保有制度を十分に尊重してなされる。
第27条 国家は、関係する先住民族と連携して、伝統的に所有もしくは他の方法で占有または使用されたものを含む先住民族の土地と猟奇、資源に関する権利を承認し裁定するために、公平、独立、中立で公開された透明性のある手続きを、先住民族の法律や慣習、および土地保有制度を十分尊重しつつ設立し、かつ実施する。先住民族はこの手続きに参加する権利を有する。
第28条 1 先住民族は、自らが伝統的に所有し、または占有もしくは使用してきた土地、領域および資源であって、その自由で事前の情報に基づいた合意なくして没収、収奪、占有、使用され、または損害を与えられたものに対して、原状回復を含む手段により、またはそれが可能でなければ正当かつ衡平な補償の手段により救済を受ける権利を有する。
(市民外交センター仮訳暫定版より)

 国連宣言と比べてみればわかるが、「報告書」には「権利」という言葉が一言も入っていない。このことは、「権利」にまで踏み込んでいない限界を示しているが、「権利」を明示的に否定してるわけでないことにも注目が必要である。
 一九九六年の文化振興法の時の報告書は次のように言っている。
 「分離・独立等政治的地位の決定にかかわる自決権や、北海道の土地、資源等の返還、補償等にかかわる自決権という問題を、わが国におけるアイヌの人々に係わる新たな施策の基礎におくことはできない」
 一九九六年の報告書は自決権を明示的に否定していた。

 昨年九月十七日に行われた加藤忠からのヒアリングではこの項目について、以下のように述べられている。

文化振興等の基盤としての土地・資源の利用

 また、文化振興と付随する文化関連の経済行為とが並行、付随するような工夫があれば、その裾野が広がります。「土地・資源」を収奪された先住民族の広義の文化実践には、形を変えた特別な公有地、公有林などの利活用・貸与、管理などの方策をとっていただきたいと思います。
 文化は、集団的・時間的な要素で成り立っていますが、先住民族文化は、さらに「土地・資源」の要素に大きく依存して成り立つものなのです。
 故萱野茂参議院議員は、アイヌは北海道を売った覚えも貸した覚えもないと話していましたが、文化振興に限らず、せめて私有地を除いた公有地や公有林の利活用や考えられる雇用創出の便宜供与など、明治初期、生活のための捕獲を保障されていた共有漁場などを奪われた歴史的経緯などから、漁業権の一般の権利侵害を伴わない範囲での一部付与などは、必要不可欠な事柄なのです。
 国民の理解や法律問題など、根本的、複雑な課題が横たわっているものとは思いますが、実現の可能性を模索し、早急な検討課題としていただきたいと思います。

 報告書は、この加藤忠の意見にそって行われた。私は、「先住権」「権利」という言葉がないことをもってこの報告書を否定しない。むしろ書かれていないからこそ、勝ち取っていく可能性があるものとしてこの報告書を批判しながら活用していける武器としていけると考える。以下活用していける根拠について考える。
(つづく)


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