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寄稿 「アイヌ政策有識者懇談会報告書」をどうみるか? (1)                                 かけはし2009.10.26号

「先住民族」として誇りを持ち生活できる共生社会を

グループ`シサムをめざしてa(首都圏) 加藤 登 


 七月「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」は政府に「報告書」を提出した。この「報告書」をどのように評価し、次の運動を組み立てていくのかということが重要である。そのためにグループ`シサムをめざしてa首都圏の加藤登さんに寄稿していただいた。目次の見出しは編集部が付けたものです。

もくじ
(1)アイヌの人々の歴史
 1、今に至る歴史的経緯
 2、現状と最近の動き
 3、今後の政策のあり方(以上今号)
(2)歴史と文化についての認識
(3)国連宣言と「報告書」
(4)今後の課題と闘いの方向

(1)アイヌの人々の歴史

 七月二十九日、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」は、一年間の審議を終え、「報告書」を河村内閣官房長官に提出した。報告書は下記のホームページからダウンロード可能。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ainu/dai10/siryou1.pdf

 A4判で四十二ページからなるこの報告書の構成は、1・歴史、2・現状、3・政策提言となっている。

「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」報告書のポイント

1. 今に至る歴史的経緯

(1) アイヌの人々につながる歴史と文化(旧石器〜中世)

b北海道に人類が住み始めたのは旧石器時代であり、その後一万二千年前に縄文文化に入った。人類学的研究によってアイヌの持つ形質や遺伝的な特徴の中には、縄文まで遡るものがあることが明らかになっている。
b他の地域が弥生文化の時代であったころ、寒冷な北海道では稲作が広がらず、独自の続縄文文化が6世紀ころまで続いた。
b7世紀に入ると擦文文化が始まったが、この時期に現在に認識されるかたちでのアイヌの文化の原型がみられ、それに続く十三〜十四世紀ころにかけ、狩猟、漁撈、採集を中心に一部には農耕を行う生活の中で自然とのかかわりが深く、海を渡った交易を盛んに行うアイヌの文化の特色が形成された。

(2)「異文化びと」と「和人」の接触〜交易(中世)

b鎌倉時代以降和人が北海道との交易を盛んに行うようになり、また、室町時代の書物の中に、言葉の通じない「異文化びと」としてアイヌの人々の記述が見られる。
b十五世紀半ばには、渡島半島の沿岸に和人が拠点を築き、先住していたアイヌの人々と交易を行った。交易の拡大に伴い両者の間でコシャマインの戦いなど抗争が続いたが、十六世紀半ばには講和した。

(3)過酷な労働生産の場(近世)

b江戸時代に、松前藩がアイヌとの交易の独占権を家臣に与えるようになり(商場知行制)、アイヌの人々の交易は制限された。
b十八世紀に入ると商人が場所の交易を請負うようになったが(場所請負制)、利益を増やすために商人自ら漁場を経営し始めた。アイヌの人々は漁業に従事させられ過酷な労働を強いられた。
bこうした中でも、工芸、文芸、思想、宗教的儀礼等独自の文化の伸長が見られた。

(4)アイヌの文化への深刻な打撃(近代)

b明治に入って、北海道の内国化が図られ、大規模な移住により北海道開拓が進展した。
b近代的な土地所有制度の導入により、アイヌの人々は狩猟、漁撈・採集などの場を狭められ、さらに狩猟、漁撈の禁止も加わり貧窮を余儀なくされた。
b民族独自の文化の制限・禁止やアイヌ語を話す機会の減少は、アイヌの人々の和人への同化を進め、その文化は失われる寸前になった。
bまた、圧倒的多数の和人移住者の中で、被支配的な立場に追い込まれ、様々な局面で差別の対象になった。
b現在も大学等で研究資料として保管されているアイヌの人骨の中にはその意に関わらず収集されたものも含まれているとみられている。
b明治三十二 年(1899年)には北海道旧土人保護法が施行されたが、アイヌの人々の窮状を十分改善するには至らなかった。
2.アイヌの人々の現状とアイヌの人々をめぐる最近の動き

(1)アイヌの人々の現状

b多くが北海道に居住と考えられる(北海道の調査により把握されている数は約2万4千人)。
b他の多くの日本人とほぼ変わらない様式で、衣食住などの日常生活を送っている。
b北海道に居住するアイヌの人々の生活状況は改善されてきているが、道民・国民全体との格差は依然として大きい。北海道外のアイヌの人々には特段の施策は講じられていない。
bアイヌ文化振興法(平成9年)制定によりアイヌ語や伝統文化の維持・伝承の裾野が広がっている。一方、継承や発展にとって十分に機能していない側面があるのでは等の指摘もある。
bアイヌの人々の他の日本人とほぼ変わらない日々の生活とアイヌとしての帰属意識を感じる生活はともに尊重されるべき。

(2)アイヌの人々をめぐる最近の動き

b平成十九年(2007)九月「先住民族の権利に関する国際連合宣言」採択(我が国も賛成)
b平成二十年(2008)六月「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」衆・参両院で可決

3.今後のアイヌ政策のあり方

(1)今後のアイヌ政策の基本的考え方

@先住民族という認識に基づく政策展開
bアイヌの人々は日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であると考えることができる。
b国の近代化政策の結果、その文化に深刻な打撃を与えたという経緯を踏まえ、国には先住民族であるアイヌの文化の復興に配慮すべき強い責任がある。
bここでいう文化とは、言語、音楽、舞踊、工芸等に加え、土地利用の形態等の民族固有の生活様式の総体と捉えるべき。
b伝統を踏まえた復興とともに、それを核として新しいアイヌ文化を創造する視点が必要。
b偏見や差別の解消、新しい政策の円滑な推進のために、国民の正しい理解・知識の共有が必要。次の世代が夢や誇りを持って生きられる社会にしていく心がけが大切。
A国連宣言の意義等
b宣言は法的拘束力はないものの、先住民族に係る政策のあり方の一般的な国際指針としての意義は大きく十分尊重されるべき。
b参照するに当たっては、各々の国の先住民族の歴史や現状を踏まえることが必要。
bアイヌ政策の根拠を憲法の関連規定に求め、積極的に展開させる可能性を探ることが重要。
B政策展開に当たっての基本的な理念
ア アイヌのアイデンティティの尊重
bアイヌとしてのアイデンティティを持って生きることを積極的に選択し、かつ、その選択に従って自律的に生を営むことを可能とする政策が必要。
イ 多様な文化と民族の共生の尊重
bアイヌという民族が存在していることは極めて意義深い。広義の文化の復興へ配慮することは、多様でより豊かな文化を享有できるという意味において国民一般の利益にもなる。
ウ 国が主体となった政策の全国的実施
b今後も、地方公共団体や企業などの民間による自主的な取組は重要であるが、従来以上に国が主体性を持って政策を立案し遂行すべき。地方公共団体等との連携・協働が重要。
b全国のアイヌの人々を対象とする政策展開が必要。

(2)具体的政策

@国民の理解の促進
ア 教育
b児童・生徒の発達段階に応じた指導方法や教材の研究、指導者研修の実施や教科書の記述の充実 など
イ 啓発
b「アイヌ民族の日(仮称)」の制定による全国的に期間を集中した啓発活動の実施 など
A広義の文化に係る政策
ア 民族共生の象徴となる空間の整備
bアイヌの文化・歴史等に関する教育・研究・展示等の施設や大学等に保管されている遺骨の尊厳ある慰霊が可能となる施設の設置 など
bこれらの施設を囲む、民族の共生の象徴となる空間を公園等として整備 など
イ 研究の推進
b中核・司令塔的な役割を担う研究機関の整備による、研究のネットワーク化や研究者の育成。中長期的には総合的かつ実践的な研究体制へと発展 など
ウ アイヌ語をはじめとするアイヌ文化の振興
bアイヌ語・文化に学び触れる機会の拡充、アイヌ語の地位向上の取組み(地名表記等)など
エ 土地・資源の利活用の促進
b伝統的生活空間(イオル)の拡充や自然素材の利用に関する調整の場の設置 など
オ 産業振興
b工芸技術の向上、販路拡大、アイヌ・ブランドの確立、観光振興等への支援 など
カ 生活向上関連施策
b北海道外のアイヌの人々の生活実態調査を実施し、必要施策の全国展開の検討・実施など
B推進体制等の整備
bアイヌ政策を総合的に企画・立案・推進する国の体制の整備
bアイヌの人々の意見等を踏まえつつ、アイヌ政策を推進し、施策の実施状況等をモニタリングする協議の場の設置 など
b国会等におけるアイヌ民族のための特別議席の付与については憲法に抵触すると考えられ、実施のためには憲法改正が必要となろう。特別議席以外の政治的参画の可能性については、有効性と合憲性を慎重に検討することが必要な中長期的な課題。同時に、アイヌの総意をまとめる体制づくりが求められる。 など

おわりに

b報告書で提言している諸政策を一体的に捉え、継続的かつ着実に取り組むことが強く期待される。
b立法措置がアイヌ政策を確実に推進していく上で大きな意義を有するものと考える。今後の取組を進める中で、この点についても、検討を求めたい。
b関係地方公共団体、民間の企業や諸団体、さらには国民一人ひとりの理解と共生のための努力が望まれる。     (つづく)


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