小野俊一氏インタビュー(1、2)
2014-10-18
言論の自由う、表現の自由を守り、真っ向から国家権力と闘い続けてきた鹿砦社が、小野俊一医師から聞き取りしたインタビュー。
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《原発放談01》福島の放射能被害はチェルノブイリより酷くなる(小野俊一) 9/14 鹿砦社
「西村博之」と聞いて2ちゃんの「ひろゆき」氏がすぐには思い浮かばないように、「小野俊一」と聞いてピンとくる人はまだまだ少ない。だが、「onodekita」さんといえば、放射能情報に敏感な人は即座に「知ってる!」と答えるはずだ。
3.11直後から毎日休みなく福島第一原発動向をブログで発信し続けてきた「onodekita」さんこと小野俊一医師。東電、福島、被曝をめぐる諸相からメディア・識者批判にいたるまで、縦横無尽に語ってもらった200分インタビューを8回に分けて随時掲載する。
◆一日30人のアクセス数が事故後は1万人越え
── 「やむにやまれず書き始めた」という小野さんのブログは事故直後から話題でした。実際、アクセス数の急増はいつ頃からでしたか?
ブログの読者が目に見えて増え出したのは事故の2ヵ月後ぐらいだったと思います。
ブログ自体は以前から医院の宣伝用に一般患者向けに始めていましたが、事故前のアクセス数は一日30人程度でした。
それが3.11の後、2011年の4月29日には一日1000人を超え、5月に入ると3000人、さらにその後は毎日1万人を越えるようになった。
いまは若干落ち着いて1万人前後です。
不思議なものでアクセス数が増えるとやる気が出ます。読者が減ると私のやる気も出てこない(笑)
── 2012年11月には『フクシマの真実と内部被曝』(七桃舎)を自費出版され、同書はすでに三刷目。累計販売部数はどれぐらいですか?(『フクシマの真実と内部被曝』Amazonリンク)
『フクシマの真実と内部被曝』(2012年七桃舎)
4500部を越えました(2014年6月末時点)。
ブログでの直販が2000部ほどであとはアマゾン経由がほとんどです。
アマゾンで売り始めた直後は一週間に200冊とか300冊の注文が入り、配送するだけで大変でした。
直販とアマゾンは一長一短。ブログ経由の販売は書籍代をなかなか振り込んでくれない人もいて、売り掛けチェックに手間がかかる。アマゾンはそういうことはないので便利ですが、販売価格の4割はアマゾンが持っていく。
講演会での販売は600部ほど、キンドル版も販売していますが、まだまだ一日数冊程度です。
出版にあたっては当初、大手の出版社も興味を持ってくれましたが、あれこれ内容に口を出してくるので止めにしました。
それで自分でISBNコードを買って出版業を立ち上げた。
出版はずぶの素人だったので大変でした。誤字脱字がないようにできるだけ多くの方に読んでいただきながら原稿をまとめましたが校正は本当に難しい。
引用・転載の許可手続きも自分でやってみて、一冊の本を作る大変さを思い知りました。
例えば当初、井伏鱒二の『黒い雨』も引用したかったのですが、これは日本文藝家協会という公益社団法人が著作権を管理していた。
まるでJASRACのような団体で、わずかの引用でも結構な使用料をとられそうだったので諦めました。
逆にありがたかったのは、漫画『はだしのゲン』の転載ですぐに許可をいただけたこと。
直接、作者の中沢啓治さん(2012年12月逝去)の御宅に電話をしてお願いしたのですが、奥様に趣旨を説明して、それを奥様が中沢先生に伝えると、電話口の遠くから「良しと言え!」と叫ぶ中沢先生の声が聞こえてきた。
『はだしのゲン』は英語版など海外でも人気ですが、いかに中沢先生が『はだしのゲン』を世界の人たちに読んでほしかったがわかります。
◆東電時代の上司は武藤栄
── 小野さんが東電に入社したのは1988年。チェルノブイリ事故の二年後です。当時は原発にどんなイメージを持っていたのですか?
入社時には原子力の知識などゼロでした。ただ、日本に原発は必要だと思っていました。
その一方で日本の原発は本当に安全なのか?と疑念もあった。
原発問題でだれもが思う疑問は、原発を稼動して生まれる放射性廃棄物をどう処理するのかです。
当時は東電社員として原発業務に携わっていながらも、核廃棄物の処理についてはきっと他の誰かがある程度考えているのだろうと他人事のように思っていた。
しかし、現実にはだれも考えていなかったことがわかりました。
本にも書きましたが、日本の原発の安全性の根拠である格納容器にも素朴な疑問がありました。
容器は所詮容器です。素朴に考えて、内部で圧力をかけ過ぎたら破裂することはありうると思っていた。
そして、福島ではやっぱり破裂したわけです。
── 東電時代の上司のひとりが3.11時の武藤栄副社長ですね。
武藤さんはむちゃくちゃできる人。原発に関して言えば、一を聞いて十を知るぐらいの人でした。そんなに変な人ではないです。
当時の武藤さんは原子力技術課長で40代。いまの私より若かった。
武藤さんが東大の学生だった頃は、「原子力は未来のエネルギー」と言われていた。だから、東大の原子力工学にはかなり優秀な学生が集まっていた。彼もその中の一人でした。
いまの60代の原発技術者たちは皆優秀な人ばかりでした。
ただし、優秀だからといって、原発をめぐるすべての問題を考えているわけではありません。
3.11以後の私のブログも武藤さんはおそらく知っていると思います。でも、そうした件で武藤さんからなにか言われたことはありません。
いまも年賀状のやりとりはしていて、今年の年賀状には、「LNT仮説について調べています」と書いてありました。
LNT仮説というのは直線しきい値無し仮説。被曝の線量に下限はないという説です。
── 朝日新聞がスクープした『吉田調書』を読むと福島原発事故の時、菅首相の対応は必ずしも間違っていなかったように思います。
むしろ、事故当時、問題をこじれさせたのは、首相官邸と事故現場のコミュニケーションを仲介していた東京電力の武黒一郎フェロー(現国際原子力開発株式会社社長)の対応のようにも思えますが、東電時代に武黒さんをご存知でしたか?
菅さんついては私もそう思います。
事故当時、菅さんの行動には頭に来ていたけれど、いまふりかえってみるとよく対応してくれたと思います。武黒さんとは直接仕事をしたことはありません。
ただ、社内の話を聞く限り、「話が通りやすい人」だとは聞いていました。武藤さんもそうですが、東電で「できる人間」というのは、役人の言うことをよく聞く。
とにかく役人には「はい」という。役人の言い分が間違っているとわかっていても反論せずに一旦引き下がる。
ずいぶん以前の東電の元副社長で初期の原子力部門トップだった豊田正敏という方がいます。いま90歳ぐらいの方ですが、事故の最中、武黒さんが彼に会いに来たと週刊誌の記事で以前、語っていました。
武黒さんは豊田さんに「こんなの二、三日で止めさせてみせますよ」と言って、官邸に向かったそうです。
◆被害はチェルノブイリより酷くなる
── でも、実際は二、三日どころか、二、三年経っても、酷い状況が続いています。
「現実的な回答がない」というのが事実でしょう。
どういうことかというと、汚染があまりにも酷く広範だということです。放射能汚染が福島県だけではなく、もっと広範囲。
福島県だけならば、行政は福島に限定して汚染対応をすればいい。
しかし、現実は首都圏まで汚染されている。さらに新潟などまで入れだしたら、日本列島の半分ぐらいは汚染されていて、行政は対処しきれない。
本州だって汚染範囲は必ずしも東日本だけではない。西日本も汚染されているでしょう。名古屋あたりでは突然死が出てきています。
大阪などでも顔が焼けたように赤くなるベータ熱傷が多数出てきている。
もっといえば、九州、ここ熊本だってなんらかの核汚染が出てきています。
福島から出た放射能は公式にはチェルノブイリの7分の1とされています。
これはウソなんですが、「公式発表」ではそうなっています。
しかし希ガスの発生量はチェルノブイリより福島の方が公式でも多い。公式発表の数値を百歩譲って認めたとしても、福島土壌の最汚染のレベルはチェルノブイリと変わらないかむしろひどいといえます。
したがって被曝の被害は日本でも絶対に出る。しかも土壌汚染の度合いが同じに加えて、日本の方が被爆地の人口密度は格段に高い。
それを加味すれば、被害はチェルノブイリより酷くなると公式発表からでもそういえます。
放出量で何倍だったのかの論議をすると水掛け論になってしまう。
でも、実際の土壌汚染で見れば最も汚染レベルが高い最汚染地帯の値はセシウム137でチェルノブイリが1800万ベクレル。対して福島の大熊町は3000万ベクレルです。公式発表でも最高土壌汚染値では福島の方が高いです。
《原発放談02》東電の「できる人」は役人に決してNOと言わない(小野俊一)
── 汚染地域が拡散した原因にがれき焼却の影響はないでしょうか?
がれき焼却による放射性物質拡散はゼロではないですが、それが汚染の主因ではないと思います。
がれき焼却がなくても放射能汚染は日本全土に広がってしまったでしょう。
だって地球は丸い。九州から福島だって飛行機でひとっ飛びです。放射性物質は風に乗ります。
熊本でも2011年の6月、7月頃に身体に発疹が出て爪が剥がれたりする手足口病が流行りました。手足口病は通常、主に子どもがかかる病気ですが、患者には多くの大人が含まれていた。
いま、改めて考えると当時、熊本で流行ったこの病気は放射性物質由来とも考えられます。
熊本でもそうだったならば3.11直後、放射性物質は福島や東日本どころか、日本全国に降り注いだと考えた方が事実に近いように思います。
だから、その後、各自治体で行なわれたがれきの受け入れ・焼却で全国に放射性物質が拡散されたと考えるのは汚染の現実をむしろ狭く考えてしまうことになると思います。
そもそもがれき拡散の担当省庁である環境省にそんな頭のよい考えをする役人はいないです。
極論すれば、環境省は馬鹿ばっかり。おそらく戦略以前のレベルで、要はお金目当ての施策です。
これは除染にも当てはまります。
日本の政府は金だけで動かして、戦略なんてもっていない。
第二次世界大戦当時の日本と同じです。戦略がありそうに見えて、実は戦略なんて微塵もない。
がれき焼却でいえば、北九州市だって当初、市長は受け入れに反対していた。
それが突然、受け入れを認めた。
すると後はいつもの日本流です。上が従えば、下も雪崩を打って上に従う。
こうしたがれき拡散が自治体に広がった理由は結局、金儲けで、それによって放射性物質が全国に拡散することになるとかならないとかという議論自体、考えていなかったと思います。
北九州市でいえば、三菱や新日鉄などの企業の利になるからだけで国民の被曝うんぬんなどは鼻から考慮されていなかったでしょう。
復興予算の獲得は早く手を挙げた者が勝ち。
被災地の現地を考えたまともな復興にはほとんど使われていないのが現状だと思います。
◆役人にNOと言わない寝技師が東電基準の「できる人」
── 田原総一朗さんの『ドキュメント東京電力』(文春文庫)によれば、日本の電力産業の歴史は、官僚と電力会社の権益争いの歴史だと言っています。
東電が電力会社の雄としてあり続けたのは、東電が官僚から権益を守り続けてきたからだとありましたが、実際はどうなのでしょう?
電力会社は表面上ではけっして官僚とは戦わない。官僚の言ったことはすべて是認する。
しかし、一旦引き受けた後にこねくり回して、結果的にはぜんぜん違うようなものに作り変えて、しれっと書類を出す。
そんな寝技師が東電の中での「できる人」なんだと思います。
一方、官庁側で電力部門を担当している人というのは、正直、原子力は国内問題でしかないので良い人材がいないのも事実です。
経産省にしても文部科学省にしても、エネルギーでいえば、石油などで中東などに関わるような海外部門の担当者の方が明らかに花形で優秀です。
原子力は所詮、日本国内での発電のひとつでしかない。
だから、エリート官僚はあまり来ていない。原子力部門の担当者できちんと上まで出世した官僚はほとんどいないと思います。
役人にとって原子力の仕事は、基本的に安全規制が中心で面白みのない仕事です。
だから、官僚の中で優秀な人材は原子力より石油を選ぶでしょう。
省庁の役人にとって原子力部門は閑職の部類に入ると思います。
3.11の時は吉田所長が回りを化かしてくれました。
東電トップのいうことには「はいはい」と返事しながら、部下に対しては自分なりの責任をとって、事故への対処を独断で行なった。
これって東電だけではなく日本の企業に共通するやり方ですよね。
会社の上層部が取引先と理不尽な約束をしてくる。現場がそんなの無理だと言っても、上層部はうまくやれと無理をいう。
しかたがないので現場のトップががんばってどうにか折り合いをつけているわけです。
── 吉田所長は被曝死でしょうか?
死因が食道がんですから被曝死になるでしょう。
ただ、政府も東電も、吉田所長の死因が被曝だとは認めなかった。そもそも被曝死は急性死亡でないかぎり、認めない(日本だけに限らず世界中で)。
なので、いくら他の方が被曝が原因で死んでも、政府・行政は被曝死と認めないわけです。
とはいえ、ヒロシマ・ナガサキでも消化器系のガンは増えていますから、これから増えると思います。
▼小野俊一(おの しゅんいち)(小野・出来田内科医院院長)
1964年広島生まれ宮崎育ち。東京大学工学部(精密機械工学科)を卒業後、1988年に東電に入社。福島第二原発(5年間)と本店原子力技術課安全グループ(2年間)で7年間勤務。1995年に退社後、熊本大学医学部に入学し、2002年卒業。NTT病院等の勤務を経て、熊本市の小野・出来田内科医院院長。『フクシマの真実と内部被曝』(2012年11月七桃舎)
◎ブログ「院長の独り言」 http://onodekita.sblo.jp/
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