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UEI shi3zの日記 RSSフィード

2014-10-19

天才の条件

 僕はもう諦めたと言うか、受け入れることにしてるんだけど、一度ついてしまった天才プログラマーという称号をどうしたものかと持て余すことがたまにはある。何言ってんだこのオッサン、と思った人はこちらを参照のこと→http://www.ipa.go.jp/about/creator/


 が、せめて天才のふりをして振る舞ってみようとは思っている。それは簡単なようでいてなかなか難しいが。


 具体的にどのように難しいのかと言うと、たとえば他の人と同じ問題に同じ時間をかけて取り組む。

 そのとき、結果が圧倒的なものでなければ天才とは恥ずかしくて名乗れないし、年も若く吸収力のある20代前半のプログラマーと、本気の勝負をして圧勝しないまでも格を見せなければならない。


 そうしたつまらない目論みが常に上手く行くわけではないが、少なくともその称号に恥じないよう努力することは要求される。


 そうすると、このIPAの制度は奨励というよりもむしろ呪いに近い。


 スポーツ選手がそうであるように、科学者だってプログラマーだって老いる。

 老いた天才プログラマーが実力で若くて優秀なやつと渡り合うのは並大抵のことではない。弊社副社長兼CTOの水野君も天才プログラマーの称号を持っていて、むしろ現場で一番優秀なプログラマーとして日夜働いている。


 僕はそんな正面勝負は苦手なので、できるだけ戦わずして勝ってるような顔をしようと努力しているが、強いて言えばそういう側面こそが天才プログラマーという呪いの称号に恥じない唯一の特技である。



 で、今日は、石黒PMに「おまえちょっと体育館裏来いや」と呼ばれて酔狂にもそうした称号を目指すノーテンキな若者たちの中間発表を聞け、ということにあいなった。


 ただ聞きに行くといっても、これも当然税金が発生する。

 たとえ薄謝といえど税金は税金で、僕はまあ金をもらったからにはそれなりに仕事をする男だ。


 もはや僕の役回りは怒りオヤジでしかないので、憎まれ役を買って出たわけではないものの、ナチュラル・ボーン・ヒールとして発表を聞いて、聞きながら「そんな研究つまんねえよやめちまえ」と口に出して叫んでしまった。



 なにがそんなに違和感を感じたのか、ということを最後に総括するチャンスがあったので総括すると、こういうことだった。


 「君たちは自分が汗をかいたことを自慢している。学生としては立派だと思うが、ただ汗をかいたことを褒めてもらいたいのならば、ここではなく学校でやれ。国の金を無駄に使うな。汗をかいて凄いことをするのは当たり前だ。けど、汗をかいて凄いことをしました。どうです?未踏性があるでしょう?僕って天才でしょう?と言われても、それは違う。天才は手を抜く。涼しい顔で楽して凄いことをする。最小限のエネルギーで最大限の成果を引き出す。君らがいずれ成長して社会に出て、会社でも、研究チームでも、他人の力をうまく活用できなければならない。自分一人が俺ツエエエと言ってるイキガッていたら、いずれ自分が老いたときにただの役立たずになってしまう。自分の力を最小限にして、自分以外の人間の力を引き出せ。そうでない人間を他の誰が認めても俺は天才とは認めない」


 そうなのだ。

 僕が思うに、天才と呼ばれる人はテコを持っているのだ。

 アルキメデスが天才なのは、彼が怪力でものを動かしたからではなく、頭を使ってテコの原理を見つけ、楽して巨石を動かすことが出来たからだ。


 

 今回、印象深かったのは、自走するロボティクスボールをダンスパフォーマンスに取り入れたシステムを作っているチームと、電車の席に効率的に座るためのシステムを作っているチーム(個人?)


 大道芸は馬鹿馬鹿しいが、非常にチャレンジングな分野だし、動かし方にもセンスがある。

 最初にロボティクスボールを自作しようとしたのではなく、まずSpheroで試作して、Spheroでは思う性能が出せなかったから、なんと3Dプリンターでオムニホイールから自作して、よりパフォーマンス向けのロボティクスボールを開発していた。


 このロボティクスボールの構造だけで何個か特許がとれそうだし、軍事転用も可能だから、下手をすればこの特許だけで億万長者になれるかもしれない。


 にもかかわらず、目的はダンスなのである。


 こういうくだらなさが、天才的な発想であると僕は思う。


 もうひとつの、電車の席に座るためのシステムというのは、聞くだけでは意味が分からないと思うが、要するに、電車の席が満席で、自分が立っている時に次に降りそうな人は誰なのか推定するシステムなのだ。


 この発想は究極的に馬鹿馬鹿しい。

 しかし、だからこそ、未踏性がある。


 で、電車はいきなりは難しいから大学の学食で実験することにしたらしいけれども、それ自体も相当に馬鹿馬鹿しい。


 けどこうしたくだらない問題、情報学が通常は扱わないような瑣末な問題に着目することこそが、素晴らしい。未踏的であると思う。


 その解決策も、極めて大袈裟で、とても実用性があるとは思えないが、そういうことを真剣に考えていたら、そのうちになにか凄いものが産まれるかもしれない。


 本人は努力しているのかもしれないが、プログラミングスキルが追いついてないというのもいい。もはや天才プログラマーにプログラミングスキルが必要という前提が間違っているのだ。故に、未踏プロジェクトが与える正式な称号は「天才プログラマー/スーパークリエイター」なのであって、これは自らの天才性を証明するのにプログラミングする必要はないという高らかな宣言である。


 だからプログラムに頼るな、スキルに頼るな、とひとまずは言いたい。

 プログラムを書いてFacebookを作るのは当たり前だが、仮に同じことを紙とガムテープだけでやったらもっと凄いし、そっちのほうが天才的だろう。

 

 当たり前の道具の、これまで全く想像もされなかった使い方を考えだし、それで世界を変革できるとしたら、それこそが本物の天才なのだ。この境地に達した「天才プログラマー/スーパークリエイター」はまだいないが、皆がそういう本物の天才を目指すべきだ。


 鈴木健のコーディングスキルが高いとは僕には全く思えない。


 しかし彼は最も未踏的かつ天才的な価値伝搬貨幣PICSYを考えだし、信用した友人が推薦するニュースをシェアするシステム「STN(ソーシャルとらすとネットワーク)」を創り出し、会議最適化ソリューションXtreme Meetingを提唱し、ついにSmartNewsを作った。


 鈴木健がコーディングスキルの習得に時間を使っていたら、とても同じ期間でこれだけのプロジェクトをこなせなかっただろうしSmartNewsの成功もなかったかもしれない。


なめらかな社会とその敵

なめらかな社会とその敵


 鈴木健は明らかに手を動かすより頭と口を動かす人間で、人生の大部分を論理的思考と哲学的思索に費やした。その成果は目覚ましいものだと、僕は思う。


 という、すっかり怒りオヤジみたいな仕事しかIPAが回してこないので、仕方がないのでギャラのぶんはしっかり怒ったけれども、まあ中間発表だから挽回できるしがんばろうぜ。