2014年10月18日19時13分
■国広正さん(弁護士)
社外委員就任を機に、今年5月20日付の朝日新聞1面トップの「所長命令に違反 原発撤退」の記事と公開された「吉田調書」の原文を読み比べてみました。そして「これは重症だ」と実感しました。
記事は「吉田調書」を「つまみ食い」して「命令違反の撤退」があったと強引に結論づけています。その上で「過酷事故のもとでは原子炉を制御する電力会社の社員が現場からいなくなる事態が十分に起こりうる」として「再稼働論議 現実直視を」という主張を展開しています。これは単なる行き過ぎた見出しというレベルを超えています。原発再稼働に反対するための事実のねじ曲げだ、と言われても仕方ない記事です。
朝日新聞には「事実(ファクト)に対する謙虚さ」が欠けています。自らの主張にこだわるあまり、ファクトに対する詰めが甘いのです。
これは慰安婦報道にも共通しています。重大な誤報の訂正を長期間怠った結果、日韓関係をこじらせる一方で、慰安婦問題自体が存在しなかったかのような論調を勢いづかせました。この責任は重大です。
「右にならえ」とばかりに同じ方向に流れる傾向がある日本社会で、リベラルな立場から一つの基軸を打ち出す社会的責任のある報道機関が、権力の規制を受けるまでもなく、自滅・自壊しつつあります。このままでは日本の自由と民主主義に危機的状況を招きかねません。
「自分たちの主張は正しいのだから事実確認は不十分でもよい」という傲慢(ごうまん)さがあるのではないか。裏付けがなくても「それが事実であるはずだ」と思い込んで報道する「誤った使命感」があるのではないか。ジャーナリストの倫理(プロとしての矜持(きょうじ))とは何か。この委員会では、これらの問題を検証し、議論を深めたいと思います。
朝日新聞は、報道機関としての責任を果たすため、今の状況を克服し、失った信頼を回復しなければなりません。信頼回復は固定的な読者層だけを対象にする内向きなものであってはなりません。
朝日新聞は「ファクトに基づくフェアプレー」の言論で保守派と互角に渡り合う力を回復し、民主主義のプロセスの一翼を担うに足る新聞として再生しなければなりません。これは朝日新聞の社会に対する義務なのです。(寄稿)
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くにひろ・ただし 弁護士。1955年生まれ。企業の危機管理とコーポレートガバナンスが専門。山一証券社内調査委員会委員を務めた。日本弁護士連合会の「第三者委員会ガイドライン」を作成。消費者庁法令顧問も務める。
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