戦争の時代、日本軍の関与の下で作られた慰安所で性行為を強いられた元慰安婦らに対し、戦後50年を機に国民的な償いを試みたのが「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」だった。

 その基金への参加を呼びかけた文書を、外務省がホームページ(HP)から突如削除した。

 呼びかけ文には「10代の少女までも含む多くの女性を強制的に『慰安婦』として軍に従わせた」とあった。衆院予算委員会で、この記述が強制連行をほのめかすようだと批判されたための措置とみられる。

 基金は、93年の河野洋平官房長官談話を受けてできた。慰安婦問題は法的に解決済みとの立場を保ってきた日本政府にとって、基金の活動は和解への後押しができる実践的な取り組みだった。

 事業の柱は、元慰安婦に首相の「おわびの手紙」のほか、募金からの償い金を渡すこと、さらに政府資金から医療支援することだった。基金は7年前に解散したが、その後も外務省が呼びかけ文を掲載し続けてきたのは、これらの努力に意義を見いだしてのことだろう。

 削除について岸田外相は、HPに政府が作った文書とそうでない文書が混在していたので構成を整理した、と説明する。だが、基金の関連文書の内容は政府も認めてきた。しかも大本の河野談話について、安倍首相自ら、見直す考えはないと明言している。

 なのになぜ、呼びかけ文を削除しなければならないのか。国際社会からは日本政府が歴史認識をさらに後退させたと受け取られかねない。まして河野談話についても首相周辺からは、来年の戦後70年談話で「骨抜き」にすればいいとの発言さえ出ており、なおのことだ。

 もとより海外での評価だけが問題なのではない。私たちが過去とどう向き合うのかが問われているのである。

 基金解散後、元理事らがウェブ上で「デジタル記念館『慰安婦問題とアジア女性基金』」(http://awf.or.jp)を立ち上げ、本にもまとめられた。

 基金に集まったのは約6億円。「入院のため振込(ふりこみ)が遅くなりました」「貧者の一灯です」。デジタル記念館には寄金した人のメッセージのほか、「おわびの手紙」に号泣した元慰安婦の話も紹介されている。

 そんな心の交わりの起点となったのが、基金の呼びかけ文だった。外務省が問題意識に変わりはないというのなら、今からでもHPを元に戻すべきだ。