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ミラガシ 作者:哉木 幽

本編

スプラッタです。苦手な方はブラウザバック!
――聞いたか、あの噂
――ああ。確かあの忌子の長女が出てくるのだろう?
――今まで引きこもっていたというのに何の気まぐれか


――恥知らずがよくこの儀に来れるものだな
――しっ、一応あんななりでも本家筋の人間だぞ


――使用人によれば、本家の姉妹が決闘の儀をするそうだが
――そんなもの椛様がお勝ちになるに決まっているだろう
――だろうな。あんな恥曝しではな……。聞けばまだ契約を交わせてもいないと言うではないか



 ざわざわざわざわ。白い遮りの向こうで分家筋の者たちが、ざわめいているのが伝わる。
 囁かれる言葉の全てが良い意味のものではない。

 その事実に与えられる圧力に私はこくりと唾を飲んだ。

 指先から体温が徐々に奪われていく。

 震えが酷く、おさまらない。


 きょろきょろと忙しなく周りを見渡すけれど、あるのは殺風景な廊下だけで、求める姿はどこにもなかった。
 一層酷くなった震えに耐える為に唇を噛み締める。



 ついに来た歌詠みの儀。
 そして、椛との決闘の儀。

 霞月によって着付けられた白の巫女服は皺一つなく、施されている金の刺繍は陽の光を受けてキラキラと光っている。
 手に持ったベールを付けると私はすっと息を吸った。

 祭事を仕切る分家の者が、朗々と文言を謳いあげている。その声が止むと同時に、前を覆っていた遮りが除かれた。

 そして、私は緊張と恐怖を抑え込み、光の溢れるそこへと踏み出した。



◇◇◇



――――ざわざわざわ。


 私が本家席から少し離れた場所に腰掛けると、周りの喧騒はいっそう大きくなる。口さのない人達をちらりと一瞥してから、私はなるべく傲慢とも取れるような態度で肘掛けに体重をかけた。
 私の態度にひそひそと話し込む人々の眉が寄るのが見える。

 けれど私はなんでもないふうを装って家族がいる席に視線を移した。

 初めに目が合ったのは父だった。何の感情もこもっていない目で私を見たかと思うと、次の瞬間にはつい、と視線を逸らす。
 今更何かを思うことなどないけれども、それでも小さなため息がこぼれて落ちた。

 そのまま視線を横にずらすと、父より僅かに下に下がった場所で椛がゆったりと椅子に腰掛けていた。
 側には、彼女のお付きのそれなりに美しい青年と、妖が控えている。

『か わ い そ う』

 嘲笑いながら口の動きだけでそう伝えてきた彼女から、ついと視線をそらす。
 勝利を確信しているいやらしい笑みを見ることが耐えられなかった。

 会場の方に目を向ければ、今日の演目の一つ目が始まろうとしているところであった。
 大きな囲いの中に、何か醜悪な気持ち悪いものがいるのが見える。涎と得体の知れないものを垂れ流しながら、ぐるる、と獣のように唸っていた。

「本日の第一幕目、妖犬狩り」

 そう聞こえてきたかと思うと、囲いが取り外され、醜悪なそれが外に開放される。
 ここまでにおってくる異様な臭いに私は眉を顰めた。

「演者、ここへ」

 その言葉のあとに、妖犬に向かって、分家席から一人の少女が歩み出てくる。その年はまだ12歳ほどに見えた。

 そして、その小さな少女は震えていた。
 顔を引きつらせて、目の前の化物を見つめている。

 その様子を見て、私は全身の血の気が引くようであった。まさか、まさか、あの小さな子供に退治をさせようというのか。そんな無謀なこと。

「始め」

 無慈悲に響いた声と共に、少女と化け物の間にあった策が取り除かれる。それと同時に化け物が唸りを上げて少女に襲いかかった。

 少女は悲鳴を上げるけれども、必死に印を結んでいる。しかし、恐怖と焦りで上手くいかないのか、いつまで経っても術は発動しなかった。

――あの娘は何をしているのだ
――早く印を結べばよかろうに

 分家席からざわざわと声が聞こえる。しかし、どの声も少女を歯がゆく思いこそすれ心配するようなものには聞こえなかった。

 少女は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。ついには腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。

 それなのに、誰も、助けようとしない。むしろ侮蔑的な視線を投げかけていた。
 ここでは力が全てなのだ。力がなければ屑も同然。だから、少女を救うものは何もない。



 そして、少女に化け物の爪が、届く。
 空気を引き裂くような少女の悲鳴が、聞こえた。

 そこで私は咄嗟に目を逸らした。

 しばらくしてそこに目を向ければ、会場にまき散らされた臓物。血。あまりにも凄惨な光景に、私は吐きそうな口を押さえて蹲った。

 あぁ、そうだ、そうなのだ。ここは『こういう』場所なのだった。けれどもそれでも納得できない思いが込み上げる。


 おかしい、おかしい、おかしい。狂っている。



――前座とはいえ約立たず過ぎる
――だからこそ選ばれたのだろう

 前座。
 分家席からの声に私は呆然とした。しかし。

 うっすらと笑みさえ浮かべて腰掛けていた椛が立ち上がり、化け物へと歩みだす。後ろには妖を引き連れて。

 そして。

「死になさい」

 椛の声が会場中に響いたかと思うと、次の瞬間化け物はその体を散り散りにした。
 呆気ない幕切れ。少女の命を容易く手折ったそれは、また容易く椛の手によって手折られた。

 地に這う、真っ赤な液体は化け物が死んだことを示していた。


――さすが、本家の跡継ぎ殿は違うな
――お見事で

 沸き上がった歓声。椛は悠然と微笑んでその長い髪をぱさりと払った。
 少女の命を代価に自身の力を見せしめた彼女。
 一体その結果にどれほどの意味があるのだろう。少女の死んだ意味はなんなのだろう。

 酷くおかしなこの家にまともに言葉も発せない私を傍に、演目は進んでいく。

 そして次々に舞う、血と、臓物と、歓声。

 彼らに比べればどれ程までに自分が恵まれているのか、その事実がずっと心に刺さった。
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