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ミラガシ 作者:哉木 幽

本編

短いです。
 物音が、した。

 真夜中にふと意識が上昇して、目が冴える。もう一度目を閉じても眠れる気配がないので、私はのそりと布団から這い出た。

 ひたひたとひんやりした木造の廊下を歩く。
 そうしていつもの縁側まで来ると遠くまで目を凝らし、見知った姿を見つけた。

 月の光に照らされた彼は無表情ながらもおぞましい程に綺麗で。

――霞月。

 声には出なかった筈だ。けれども吐息に気付いたのか気配に気付いたのか、私の姿を認識した霞月がこちらへ歩みくる。そしてふわりと池を飛び越えると、私の前に降り立った。まるで重力を感じさせずに。
 霊力が十分にあればこんな事も出来るのだろうか。

「どうしたのです?」
「……ちょっと、目が覚めたの」
「はぁ……体を冷やしますよ、こんな薄着で」

 そう言って霞月は羽織っていた着物を私の肩にかける。今まで霞月の肩にあったはずのそれはひどく冷たい。

「霞月こそどうしたの」

 掛けてもらった着物の襟を合わせて縮こまる。
 問いかけたけれども、霞月はふわりと笑んだだけで何も言わなかった。

(血のにおいがする)

 これでも私は鼻が利く方なのだ、あと目もそれなりにいい。霞月が何かを誤魔化しているのは明らかだった。

 それに、向こうの方に見えるアレは一体何だろうか。妖、それとも……人だろうか。
 まぁどちらにせよ、私はどうでもいいのだけれど。

 いいのだけれど、この男が私に隠し事をした、という事実に腹が立って。

「……前言に補足させてもらうわ」

――お前のせいで、目が覚めてしまったの。

 そう言うと、霞月は一瞬面を食らったような表情を浮かべた後、また笑みを浮かべた。

「それはそれは、申し訳ありません、我が愛しきお嬢様」

 霞月は恭しく私の手を取ってそのまま指先に口づける。やっぱり霞月の唇はひんやりとしていた。

「……ねぇ、聞いていい」

 霞月の着物を引っ張りながら言うと、彼はふと表情を消して私を見つめた。その目の奥にちらりと何か怖いものが見えた気がして、私は目を逸らす。

「…………」

 はぁ、とため息と共に返される無言。その行動にやっぱり腹が立って。

「……ねぇ、霞月? ナニを殺していたの?」

 思わず口からそんな言葉が漏れ出ていた。
 そういえば初めて、こんなことを口にした気がする。いや、気がする、ではなくそうなのだ。

 私はずっと霞月の行動を咎めたことがなかった。
 多分、そうすればあの冷たい目が自分に向けられる気がして、恐くて聞けないのだ。けれども今、私は彼を、咎めている。

「――…………お聞きになってどうされるのです」

 返ってきたのは冷たい目でも、微笑みでもない、静かな声だった。彼の顔は髪の影に覆われて覗くことができない。

「……どうも、しないけれど」
「ならば、余計なことを詮索なさらないよう」
「…………っ」

 取り付く島もない彼の言葉にぎゅっと唇を嚙む。元々言いたいことは言う彼ではあったけれど、ここまで顕著に不機嫌、を表している言葉を聞いたのは初めてだった。

 呆れられただろうか、嫌われてしまっただろうか。忌子のくせに彼の主ぶったから。

 心の中を覆う不安をどうすることもできずに持て余していると、霞月はにっこりと笑った。


「頭の良いお嬢様は愛していますが、私は愚かなものは嫌いなのです」

――ですから、くれぐれも、愚かな鈴蘭様にはならないでくださいね?

 そう言って私を抱き締めた霞月に、私は震えが止まらなかった。

 愚か。そう、愚か。
 何を持って愚かとするのか。

 私は本家筋の者にはしょっちゅう恥曝しだとか、愚かだと言われている。
 それなのに何を持って愚かになるというのか。

 私は元々愚かで救いようのない者であるというのに。
 それとも、既に彼は私を見限っているのだろうか。


「難しいことではありません」

 一層強く抱きしめられて胸が苦しくなる。

「ただ貴女は今まで通り、過ごせばいいのです」

 耳元で囁かれた言葉に何故か涙がこぼれた。

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