慰安婦問題:朝日報道 メディアで飛び交う「売国・国賊」
毎日新聞 2014年10月17日 17時34分(最終更新 10月17日 17時53分)
自身も左派からは「体制の犬」、右派からは「売国奴」などと言われ続けてきたという。「一番すごかったのは靖国神社参拝問題かなあ。『A級戦犯がまつられている以上、首相参拝はダメだ』と言ったら、『田原は国賊だ』という視聴者からの電話やらファクスやらがじゃんじゃん来て。ま、あえて波風を立てるのがジャーナリストの仕事ですからねえ」
自身への批判はさほど意に介する様子はないが、話題が朝日新聞批判に戻ると声色が沈んだ。
「売国、国賊、ですか。本来、決してメディアや言論人が使ってはならない言葉です。視聴者からの批判と違って、メディアがこの言葉を安易に使うのはまずいな、と心配しています……」
それはなぜか。
「今起きているのは、戦後70年で初めてと言える、重大な社会現象と捉えるべきです」。日本政治史に詳しい一橋大名誉教授、渡辺治さん(67)を訪ねると、嘆息しながら想像以上に重い言葉が返ってきた。渡辺さんは、売国、国賊という言葉がこれほど“市民権”を得たのは、ごく最近だと見る。
戦前でいえば、例えば1918年、シベリア出兵など当時の国策を批判した大阪朝日新聞を政府が弾圧し、さらに右翼が襲撃する事件(白虹事件)があった。この時、社長は右翼に縛られ、首に「国賊」と記された布を巻き付けられたが「右翼の活動家の世界でのことで、今の『朝日バッシング』のような社会的な広がりはなかった」という。
なぜなら、戦前は新聞紙法や治安維持法などの言論弾圧法があり、政府が危険視する言論は国民の目に触れる前に封殺されたからだ。法律で取り締まれないリベラル派政治家に対し、右翼団体が使ったのが「売国」「国賊」という言葉で、現在のようにちまたに氾濫する言葉ではなかった。
「状況が一変するのは30年代の満州事変以降、政府が国民を戦争に引っ張る時代です。政府は戦争に反対・批判する言論を容赦なく取り締まり、『非国民』『売国奴』というレッテルは、戦争に消極的な言論や言論人に向けられ、マスメディアをより積極的な戦争協力に駆り立てるために使われたのです」
戦後、言論への弾圧法はなくなった。自民党政権も軍事力による海外進出は志向せず、安定的な高度成長を目指した。売国、国賊という言葉は、国策面で必要とされなかった。