コラム

性欲に基づいてレイプするわけではない―性暴力加害者の思考回路とは

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 藤岡氏は「多くの性暴力は、彼らにとっては自身の欲求を充足させるという目的に沿った、合目的的行動」だとしています。

 その暴力が「性欲の捌け口」であれば、話は明確になります。しかし、やはりそう単純な話ではない。性暴力者の欲求とは、性暴力を成功させたことによる達成感や、優越感、支配の感覚であって、性的欲求ですらありません。最悪な表現になりますが、性暴力者にとっての性暴力は、自己実現の手段として用いられている、と言っても過言ではないかもしれません。だからこそ、性暴力を繰り返す加害者は、次はもっと上手くやろう、と犯罪を悪質化させていくのです。

父子関係の歪みという共通点

 自己評価を高めるための手段として、他者を暴力によって性的に支配することが正当化されるという事態は(繰り返しになりますが)あまりに醜悪で、ひどすぎる冗談にもならないと思います。もっとも、こう思うのは、私自身が精神疾患も抱えておらず、普通のことが普通にできて、普通に自己実現をしてしまっているからなのかもしれません。勉強も、スポーツもダメ、仕事もダメ、恋愛や人間関係も上手く行かない。あらゆる合法的な自己実現手段から投げ出された人の行き着く先として、犯罪があるという状況がもしかしたらあるのでしょうか。

 とはいえ、どうして性暴力が手段として選ばれるのかは、本書で明らかにされていません。性暴力者には、現実で上手くいかないことがあると、性的なファンタジーに逃避する、ファンタジーに飽き足らなくなると、性暴力を実行することになるという傾向が見出せるとは言うものの、それは根本的な「性暴力を選択する理由」ではありません。ただ、藤岡氏が接した性暴力者の事例(本書では2つの治療例が紹介されます)を見るにつけ、性暴力者が共通して抱える家庭的な問題は興味深いものがありました。

 どちらの事例でも、性暴力を行使した男性は、特に自分の父親に対して強いコンプレックスを抱いていたのです。これは『刑事司法とジェンダー』で取り上げられている事例にも共通しています。経済的に強い父親と、それに敵わず、愛されもしない「できそこないの自分」という不安定な親子関係のなかで、女性や子供を暴力で支配するという行動は、自らの男性性を確認する手段となります。性暴力行為をはたらいている最中は、父親を男性性において乗り越えているというわけです。

 もちろん、父子関係の不全がすべての性暴力を生むという帰結に至るわけではありませんし、父親だけに原因があるわけではありません。しかし、家庭の問題として性暴力を考えることで、性暴力が現実化する前に治療できる可能性も示唆されます。ただし、そこで「個々の家庭の問題」へと原因を還元し、家庭外の社会にはなにも責任はなく社会福祉や支援の必要がないというわけではないでしょう。性暴力者は常時監視せよ、去勢せよ、という極論から離れて議論するためのヒントを本書は与えてくれました。

■カエターノ・武野・コインブラ /80年代生まれ。福島県出身。日本のインターネット黎明期より日記サイト・ブログを運営し、とくに有名になることなく、現職(営業系)。本業では、自社商品の販売促進や販売データ分析に従事している。

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コメント

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2 : 寝子にゃん
2014年10月18日 04:58
>>1

他人を蔑んだり貶めたりしか、達成感を実感できない(-_-;)

人面獣心…
否!

自然の摂理に背いているなら、動物以下の「自称」人間としか言えません( ̄へ ̄井)

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1 :
2014年10月18日 01:35

被害者側になってみれば、彼らの目的は性的なことではなく他者の蹂躙と支配でしかないことはすぐわかるので、女性の8割は既にそんなこと知ってると思う。
だって加害だよ?エロくも楽しくもないはずだよ。
戦争の時に残虐な殺し方をしたりレイプしたりするのと同じだよ。
目的は他人を蔑むこと。
何、いまさら。

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