大阪市の印刷会社での従業員17人が胆管がんを発症し、9人が死亡した労災事件で、会社側が労働安全衛生法違反の罪で略式起訴された。

 17年間に同じ作業場で働いた4人に1人が発症した。あらためて被害の深刻さを思う。

 厚生労働省が発症の原因の一つに認定したのは、印刷機のインクを拭きとる洗浄剤に含まれていた「1、2ジクロロプロパン」という化学物質だ。

 今回の被害が明らかになるまでは、法的な使用規制の対象ではなかった。検察は業務上過失致死傷罪の適用も検討したが、「当時は危険性が一般的に知られておらず、発症を予測することはできなかった」として見送ったとされる。

 産業界で使われる化学物質は約6万種類もあり、年1千超のペースで増えている。発がん性を調べるには時間がかかる。すべての新規物質の危険性を確認するのは事実上不可能だ。

 だが、被害の拡大を防ぐ手だてがなかったわけではない。

 大阪の会社が刑事責任を問われたのは、衛生管理者や産業医を置かず、労使一体でつくる「衛生委員会」も設けていなかったことなど、法律で義務づけられた衛生管理態勢が取られていなかったことが理由だ。

 会社側は認めていないが、従業員は目の痛みや吐き気を覚えるなど職場環境の劣悪さを訴えていたと証言している。法律を守っていれば、換気設備の改善などの対策につながった可能性もあり、ここまで深刻な事態に陥ることは避けられたはずだ。

 行政の監督態勢も心もとない。今回の問題発覚を受けて厚労省は2年前、印刷業約1万8千社を調査した。有毒な化学物質を使っていると回答した社の約8割が法的に義務づけられた特別の健康診断を怠っていた。

 有機溶剤は塗装や洗浄などでも広く使われている。国は危険性の高い物質を扱う業界への指導の強化など、実効性のある措置を取る必要がある。

 新しい化学物質によるリスクを小さくすることも重要だ。

 有効と考えられる対策の一つが「リスクアセスメント」だ。

 化学物質の有害性、取扱量、揮発性などを調べ、危険性が高ければ、別の物質に変えたり作業手順を見直したりするための評価手法だ。有害かどうかが不明でも、労働者が浴びる濃度などによって、ある程度の危険性は判断できる。

 ただ、現状では実施義務は一部の物質に限られている。企業側には労働者の安全確保のため、積極的な活用を求めたい。