自分もベッドの上にのぼり、逆向きの形に敬の裸身に跨るれい子は、
もうガーターもストッキングも脱ぎ捨てて半身は剥きだしだ。しか
し乳首を黒いブラジャーだけは身につけていて、それが何ともエロ
チックだ。縛られた体をもたげるようにして、敬は姉の股間に舌を
さしのべた。チロチロと褐色味を帯びた肉のつぼみを舐める。ヒク
リとつぼみが反応すると唇を開いてしゃぶりつき、あわよくば排泄
用の小孔の関門を押し拡げて内側の粘膜まで舌を届かせようとした。
「どう、敬、おいしい?お姉さんのアヌス‥‥‥」
(『禁断の園』より)
《読者による解説&感想》
禁断の園
高校生の綾瀬敬は、震える指で「アマゾネスの森」というMプレイ専門のSMクラ
ブに電話をした。指定されたホテルへ行くと、指名したれい子という女王様がやって
来た。
「あなた……本気なの?」
れい子の問いに、
「お金なら……。持ってます」
と答える敬。
「あなたがその気なら、私はいいわよ」
こうしてふたりの禁断のSMプレイがはじまる。
★
巧妙な語り口で描かれるマゾヒズム小説の傑作。
一見、SMクラブものに思えるが、読み進むうちに「あっ」という展開が待ちう
け、読者を濃厚で甘美な「館ワールド」へといざなう。
のちに大傑作『女神の双頭具』『妹の肉玩具』で全面開花する被虐のファンタジー
のプロトタイプともいうべき作品である。
余計なことは言わない。とにかく読むべし!
美しき生贄
白萩学院大学の学生、佐和淑美は、レストラン『ラ・コスト』のオーナー石郷竜之
介の性的奴隷となる提案を受け入れた。父を失い、無一文の上、中学生の弟をかかえ
た彼女は(私が犠牲になればいいんだわ)と思いを定め、奴隷になる決意をしたのだ
った。
偏奇なSM趣味の持ち主である竜之介の要求は苛酷だった。
仲介をしてくれた同級生・多絵の部屋で裸にされた淑美は、屈辱的なポーズをとら
された上、弟の眼の前で調教される。
美しい姉の裸身を見た弟は……。
★
姉と弟が淫獄へと落ちて行く……。幾多の館作品で繰り返し描かれることになる黄
金のパターンのエッセンスとでもいうべき短篇。
特にラストで弟・潤に与えられる至福ともいえる役割は、巻頭の「禁断の園」、巻
末の「ナイロンの罠」ともリンクして、館ワールドを特徴づける大きなファクターと
なっている。
ちなみに白萩学院という名前は、のちに『セーラー服恥じらい日記』『セーラー服
下着調べ』に登場して、ファンには忘れられない校名となる。また、作中でも語られ
るように『ラ・コスト』とはサド侯爵の居城のこと。こうしたネーミングのセンスの
良さも、この作者の魅力のひとつである。
燃えよ、子宮
元・上司の未亡人である由紀江の誘いを受けた鵜木丸男は、豊満な熟女の肉体の虜
となる。肥満と紙一重の絶妙なバランスを保った由紀江の身体は、産む性としての偉
大ささえ感じさせた。そしてその魅力的なボディが黒いランジェリーを纏って、彼の
前にあった。
「あ、うーっ、由紀江さんっ! あ、ああ、ああああ!」
未亡人の絶妙なテクニックに、悲鳴のような快感の声をあげる丸男。
だがそれはまだ、序曲にしか過ぎなかった。
由紀江の身体には、男を死ぬほど悦ばせる秘密が隠されていたのだ。
★
熟女ものであり、一種のサラリーマン小説でもある。
作者のサラリーマンものには、ユーモラスな味わいのものが多いが、この作品もま
た、主人公の憎めない性格が全体のトーンを明るく、後味のよいものにしている。
また、ひたすら煽情的か即物的な長篇のタイトルに比べて、短篇には秀逸なタイト
ルの作品が多いが、この作品のタイトルもすこぶるチャーミングである。
燃える子宮に隠された秘密とは何か?
ネタばれになるから言えないけど、読んでいるだけで男も女も頭がクラクラしてく
るに違いない。
女体に棲む蛇
瀬沼と名乗るその男は、まるで蛇のような眼をしていた。
夫に隠れて、真昼の情事にふけっていた紀美子は、ちょっとしたアクシデントで瀬
沼の車に自分の車をぶつけてしまい、それを理由に彼の餌食となり、マゾ娼婦にさせ
られてしまう。
しかし紀美子は、そのことを夫の庄造には告げなかった。
夫には、家庭の幸福より、社内での自分の栄達の方が大事らしい。
(いいわ。あなたがそうなら、私は私よ。落ちるところまで落ちてやるわ)
★
館ワールドのヒロインたちは、どんなマゾヒストであろうと、いや、それゆえにこ
そ一方的な被害者であることはほとんどない。
本作でも、最初は蛇のような男の餌食になったかのように見えたヒロインが、快感
に目覚め、自分をないがしろにした夫に復讐を企てる展開となる。そして人間の立場
や役割を逆転させ、めくるめく快感の世界を描ききるのだ。
その方法とは……?
これも読んでのお楽しみ!
悪の性宴
商事会社の0L、矢野雨季子は、弟・弘志の友人である黒住裕介の性奴になること
を誓わされた。テニス同好会のコンパの夜、裕介の車を運転した弘志は、誤って老人
を轢き殺してしまったのだ。その一件の口止め料として、弘志は姉を性の奴隷として
差し出さなければならなかった。
裕介の苛酷な調教の結果、弟の前で淫らな痴態を見せる雨季子。
「どうせ私は恥知らずよ、弟の目の前でおしっこもウンチも見せたんだもの、オナニ
ーくらい、いいじゃないの」
★
館作品にはミステリ的趣向が凝らされたものが多いが、これもそういった傾向の作
品のひとつである。だが、作者の、そして読者の興味は、強制されながらも次第に互
いの肉体に魅了されて行く姉弟が、快楽に目覚めて行く過程にある。そのために、ラ
ストに用意されたどんでん返しが、物語の解決に直結しないという独特な余韻を残す
ことになった。これもまた、ある種のハッピーエンドには違いない。
ナイロンの罠
その日、義兄と会うためにホテルへ向かっていた私は、こじんまりしたランジェリー・ショップの前で立ち止まった。
ショーウインドウの中の、マネキン人形が着せられている淡いピンクのブラジャー。
(欲しいな)
と私は思った。
(私もそろそろ自分専用のブラジャーを買ってもいい)
勇気を出して店に入った。
「あれと同じブラジャーが欲しいんですけれど」
「誰が着るんですか?」
店員の問いに、私は答えた。
「ぼくです」
★
一人称の文体を巧妙に使った導入部から魅惑の館ワールドへと突入する、女装小説
の傑作であり、作者の代表作ともいうべき短篇小説である。
英語の「I」同様、日本語で「私」と書いた場合、それだけでは語り手が男なのか
女なのかわからない。官能小説ではタブーとされている一人称をあえて使用すること
によって眩暈のような効果が発揮されているのだ。
物語はこの後、主人公が女装に目覚める過程が描かれるが、ここでも一人称はある
種の「告白体」となって作品全体にリアリティと説得力を与えている。この一作に懸
けた作者の意気込みが感じられる迫真の描写であり、文体である。そしてこの一作に
よって、新たな女装文学の世界が開かれたと言っても過言ではないだろう。
ヤマトタケルのクマソ征伐にはじまり、『とりかへばや物語』や歌舞伎の弁天小僧
など、わが国には女装の文化とでも呼ぶべき系譜が存在するが、近代文学でその鮮や
かな成果を挙げたのは、まず谷崎潤一郎である。
あの古着屋の店にだらりと生々しく下がっている小紋縮緬の袷−−あのしっとりした、重い冷たい布が粘りつくように肉体を包む時の心好さを思うと、私は思わず戦慄した。あの着物を着て、女の姿で往来を歩いて見たい。……こう思って、私は一も二もなく其れを買う気になり、ついでに友禅の長襦袢や、黒縮緬の羽織迄も取りそろえた。大柄の女が着たもののと見えて、小男の私には寸法も打ってつけであった。夜が更けてがらんとした寺中がひっそりした時分、私はひそかに鏡台に向って化粧を始めた。
(中略)
文士や書家の芸術よりも、俳優や芸者や一般の女が、日常自分の体の肉を材料とし
て試みている化粧の技巧の方が、遥かに興味の多いことを知った。
(「秘密」)
そしてこの谷崎の眈美主義と探偵趣味に大きな影響を受けつつ、独自の猟奇世界を
構築したのが、わが国探偵小説の始祖となった江戸川乱歩である。
乱歩作品における女装趣味は初期短篇「火星の運河」では、夢の中で自らの身体が
女体となるさまを幻視し、「屋根裏の散歩者」では、主人公に女装をさせて街を徘徊
させるにとどまるが、よりスリリングな展開を示すのが、『怪人二十面相』にはじま
る少年探偵シリーズである。
まもなく、りんごのようにあでやかなほおをした、かわいらしいおさげの少女が、座敷の入り口にあらわれました。
(中略)
「ハハハ……、千代は少女ではありませんよ。きみ、そのかつらを取ってお目にかけ
なさい。」
探偵が命じますと、少女はにこにこしながら、いきなり両手で頭の毛をつかんだか
と思うと、それをスッポリと引きむしってしまいました。すると、その下から、ぼっ
ちゃんがりの頭があらわれたのです。少女とばかり思っていたのは、そのじつ、かわ
いらしい少年だったのです。
(『少年探偵団』)
こんな作品が、戦時色が強くなる一方の昭和十二年という時期に、堂々と少年雑誌
に掲載されていたのだから、驚嘆せざるをえない。
少年時代に乱歩作品を愛読し、小説家への道を志したという館淳一は、こうした乱
歩の女装趣味をさらに徹底的に、そしてリアルに展開することに成功した。いわば、
谷崎〜乱歩と受け継がれた系譜の正統的な後継者ということが出来るだろう。
しかしそれは、単なる模倣や現代的解釈にとどまらず、先人が到達しえなかった至
福の官能世界を描ききるのだ。
わけても館ワールドで際立っているのは、女性の下着に関する繊細で触感的な描写
である。
「ああ」
布地が乳房に擦れる感覚。私は思わず快美感を声にした。
鏡の中に若い娘が出現した。可愛らしいピンクのブラジャーで乳房を、同じ色の透
明なパンティでヒップを包んだセクシーな娘だ。
「由紀子。今日のあなたはとても素敵。特にそのブラジャーがね」
× × ×
まるで海の泡で出来たかのように軽く、蝉の羽根のように透き通ったパンティだっ
た。(中略)股の部分に可愛らしいレースのフリルがついていて、両サイドは肌をそ
っくり見せるような編目になっていた。
× × ×
(そうだ、このパンティを穿いちゃえ)
訳もわからず、私は姉のパンティに足を通して引き上げた。すべすべと滑らかなナ
イロンの薄布が私の無毛の肌を覆った。腰と股の部分のゴムが緊く私の肉を締めつけ
た。薄い布はぴっちりと私の腰を包み、ペニスを圧迫し、尻の丸みに貼りついた。
「ううっ」
私は下半身に電流を流されたような感覚を覚え、思わず声を出して呻いた。
これはまさに、悪魔のような作品である。
このような描写を読んで「下半身に電流を流されたような感覚」を覚えて、道を誤
った、もとい、本当の自分を発見した読者も少なくないに違いない。
っていうか、現にここにひとり、いる。
詩織(MLメンバー)
《初出情報》
『ナイロンの罠』を参照のこと。
ただし、この短編集のみ収録された『燃えよ、子宮』の、初出誌は目下のところ不明である。(ご存知のかたはご一報ください)
《書誌情報》
本書はスナイパーノベルズ・シリーズとして新書版で刊行された『ナイロンの罠』(No.5参照)をフランス書院にて文庫化したものである。
文庫化に際して『ナイロンの罠』から『姉と弟・畸形な関係』に改題された。
また新書版収録作品『女囚の蜜』が落とされ『燃えよ、子宮』が新たに収録されている。
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