【ネタ】強過ぎでNew World (ビーフシチュー)
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第3話 日本を護る剣







 二〇〇一年現在――世界人口約一〇億人。日本人口七六〇〇万人。
 人類は依然、滅亡の淵にあり、絶望的な消耗戦を続けていた。

 ハイヴ――BETAに制圧された地域に建設される巨大な構造体は、モニュメントと呼ばれる地表構造物と、主縦坑(メインシャフト)横坑(ドリフト)、それらを結ぶ広間等からなる広大な地下茎構造(スタブ)の二層からなっている。その中核となるのは地下茎構造(スタブ)部分であり、無数のBETAの“巣”と言ってもいい。
 またハイヴの心臓部にしてBETAの活動源も供給している反応炉が、その地下構造の最深部に位置していた。当然ながら人類はその反応炉を目指している訳だが、シミュレータでも、況してや実戦においても未だ到達した者はいなかった。精々弾薬、燃料共に充実した状態の戦術機連隊に支援一〇〇パーセントでという有り得ない状況下で漸く下層到達までという結果だった。

 因みに、二年ほど前に行われた甲21号作戦(オペレーション・サドガシマ)ではグランゾンという常軌を逸した殲滅兵器の支援などで帝国軍および斯衛軍共に損害なく最終フェイズまで進めたのだが、急遽割り込んできた米国軍の所為で佐渡島ごと綺麗さっぱり消滅されてしまったという苦々しい記録が残ってはいるが……。

 そして今、人類の大反攻を幾度も退け、足を踏み入れた者の生還を一〇〇パーセント許さない無慈悲な地下空間に、無謀とも言える一機の戦術機で挑むのは鋼龍試験分隊の分隊コール1を預かっている、帝国斯衛軍所属の篁唯依中尉だ。
 最終目的は勿論、ハイヴの最深部に存在する反応炉の破壊なのだが、同時に彼女はとある別任務も負っていた。

 ハイヴにおけるBETAの出入り口である(ゲート)から突入したTC-OS搭載の不知火は、ハイヴを垂直に貫いている主縦坑(メインシャフト)の周囲に張り巡らされた横坑(ドリフト)を高速で移動していた。

 その管制ユニットの中で、唯依はシートに体を預け、軽く操縦桿を握っている。

 目前の空間に浮かび上がる虚像――機体ステータスのウィンドに目をやる。


跳躍(ジャンプ)ユニットの出力は左右共に異常なし。各種の装備・機関・駆動系に関しても問題を示す表示はないな……)


 素早く確認後、自然と外部カメラの映像が網膜投影で視界全体に広がっている。
 そのため、目の前に展開する光のパノラマを黙って見つめることになった。周囲を覆い尽くす青白い光が奔流となって後方へと流れてゆく光景は、醜悪であるBETAが創造したものとは思えない繊細な美しさを持っていた。

 そう感じた唯依は、すぐさまゆっくりと深呼吸をし、少しだけ操縦桿を握る指をゆるめた。それは、憎悪すべき対象であるBETAに対して美しさを見出してしまった己の感情を制御するためだ。


「……無様な」


 そのつぶやきは、些事に心を乱したことに対する自身への戒めだった。

 武家に生まれ、幼少の頃より厳しい精神鍛錬を重ね、期せずして『二回目』を経験している彼女にとっては容易いことだ。
 しかし、その彼女を焦らせている、むしろ、何時も以上に緊張してしまっていた根本的な原因は今回の任務が関係していた。

 任務の目的は、ただ一つ――“反応炉の破壊”なのだが、それに含まれている内容は主に二つあった。

 シュウ・シラカワ、もとい正式に日本帝国国民として認められた白河愁が、実質一年未満という短い期間で提案、計画、設計、開発を行った戦術機のオペレーティングシステムである“Tactical Cybernetics Operating System”通称TC-OSを搭載した不知火による単機でのハイヴ戦および外国人とのハーフというだけで毛嫌いしていた一部の政府高官や軍上層部、果ては日本帝国を代表する各兵器開発メーカー、そして、我ら日本帝国国民を虚仮にし、土足であがり込んだ上に唾を吐きかけてきた米国に対して彼の有用性を見せ付けることであった。

 その開発者である愁の妻(予定)であり、誇りある帝国斯衛軍の衛士でもあり、篁の姓を名乗る者である以上、任務遂行は絶対の責務である。なので、無様な姿を見せる訳にはいかず、上層部や各兵器開発メーカー、そして、米国に対して圧倒的な性能を見せつけなければならない。

 無茶な要求仕様の所為で拡張性の殆どない不知火に対してほぼ見切りを付けたような対応を取り、次世代機の開発に力を入れている彼らに、愁に掛かればOSを交換するだけという低コストで武御雷や米国の第三世代機を凌ぐほどの性能を発揮させることが可能なのだと、いうことを目の当たりにさせる。

 最終的には、自身たちの利となるので上層部や各兵器開発メーカー――所謂身内に当たる者たちはそれで納得してくれるだろうが……。

 BETAの直接侵攻を受けておらず、対BETA戦における軍事力の消耗もほとんど皆無である点や、戦術機に代表される兵器開発においても他の追随を許さず「米国は人類の兵器廠」と揶揄されるほど国力が安定し、世界最強の座を欲しいままにしている米国なら、直ぐには効果が発揮しないだろう。
 だが、それでいいのだ。彼らの心に、彼らの意識の底に、はっきりと、日本帝国が開発した驚異的な力を持つ機体の存在を刻む。『世界』と、いうよりも米国という世界最強を謳っている彼らに、兵器開発において、すでにアドバンテージがないことを知らしめるということも含まれているのだから。


『――ドラゴンゼロよりドラゴン1。BETA群の接近を探知!』


 ヘッドセットのスピーカーから戦域管制官の切迫した声が響く。

 戦域管制官からの警告を受け、唯依は網膜に映し出されている自機の索敵情報へ目をやると、10時方向から接近する敵影が確認できる。距離約二五〇〇。接触までおよそ六秒。敵影の数は測定限界域を軽く超えており、“敵性存在”を示す赤い光点が無数に浮かび上がっていた。


「――ドラゴン1、フォックス1ッ!」


 唯衣は特に慌てることなく、冷静な行動をとっていく。

 不知火の背部に装備された試製ミサイルコンテナ、多目的自律誘導弾システム内に計三二基のミサイルを格納している。その三二基がBETA群へ向かって放たれ、それが突撃(デストロイヤー)級BETAの眼前で炸裂。三二個だったミサイルの光跡が無数の光に分裂した。多弾道ミサイルだ。一つのミサイルからばら撒かれた小型ミサイルが、ピラニアの群れが獲物に向かうように、突撃(デストロイヤー)級BETAを含めた周囲のBETAに襲いかかっていく。

 ――爆発。瞬間、トンネル内が眩い光で溢れ、吹き返してきた爆風が機体を揺さぶる。

 すでにデッドウエイトでしかない撃ち尽くした試製ミサイルコンテナを即座に切り離す(パージ)
 しぶとく生き残った近くのBETAへ、ベテランも斯くやと言わんばかりに巧みに跳躍(ジャンプ)ユニットを制御し、無駄を削がれた動きを見せる不知火が地面の上を滑るよう一気にBETAとの距離を詰めていく。

 不知火は突撃(デストロイヤー)級BETAの懐に潜り込み、左腰部に装備されている長刀――愁が創った日本刀そのものである新兵器・試製00型近接戦闘長刀を鞘から神速で抜き放ち、薙ぐ。前面に頑強(モース硬度一五以上)な装甲殻を持ち、既知八種のBETAの内で最大の防御力を誇る突撃(デストロイヤー)級BETAだが、綺麗に割れた。特殊合金製の刀身を持ち硬度・柔軟性共に優れているという話だったが、予想以上の切れ味だ。


「――ふふっ……」


 唯依は網膜に映る、真っ二つに容易く正面から切り裂かれた突撃(デストロイヤー)級BETAの断面を見て笑みを浮かべた。そして、何よりも武家、日本人である以上、日本刀そのものである強力な近接格闘戦用兵器は唯依の心を熱く滾らせていた。材料の関係上『前の世界』では二振りしか打てず、紅蓮大将と冥夜にしか渡されていなかったので実際に使うまで半信半疑であったが、たとえ最も防御力が高い突撃(デストロイヤー)級BETAであっても容易く切断できると言った愁の言葉に嘘はなかったようだ。

 続々と押し寄せてくるBETA群を相手に、唯依は前進しながらも、斬って斬って斬りまくっていた。


『――ドラゴンゼロよりドラゴン1。旅団規模の増援を探知。10時方向、距離は約三五〇〇!』

「――チッ!」


 勢いに乗る唯依へ、再び戦域管制官からの警告が響く。

 唯依の網膜に波形照合データが投影される。遥か後方、横坑(ドリフト)を埋めつくしていた戦車(タンク)級BETAや要撃(グラップラー)級BETAが一斉に左右に移動を始め、路をあけているのが見える。すると、超高倍率網膜画像の奥から大量の突撃(デストロイヤー)級BETAの群れが姿を現した。堆く積み上がったBETAの谷底を、唯依が駆る不知火へと向かって猛然と突進してくる。


「――ドラゴン1よりドラゴンゼロ。予定通りに例の新兵器(もの)を使う――データ蒐集の準備しろ!」


 唯依の手が操縦桿を素早く動かし、正面から敵を迎え撃つ体勢を整える。

 本来、ハイヴ内の対突撃(デストロイヤー)級BETAの戦闘に於いて、こういった体勢を選択する事は自殺行為に他ならない。なぜなら突撃(デストロイヤー)級BETA正面の頑強な装甲殻は、従来の戦術機が装備する最大火力を誇る120mm砲の至近砲撃ですら容易に貫けないからだ。
 だがしかし、そんなことはお構い無しといった具合に、唯依は微動だにしておらず、網膜に映る虚像を睨みつけていた。

 機体の右背部に装備された新兵器、不知火の全長の約半分ほどある大型砲を左手で構える。

 今年 完成したばかりの試製01型重金属粒子砲――愁が開発した新型の兵器に火が入り、銃口部分から光の輝きが漏れ始め、粒子砲の奥から光が膨れ上がっていく。エネルギーをチャージしているのだ。光は刻々と大きくなっていく。まるで人がジャンプする時のように、ぎりぎりと足のバネを引き絞り、力を溜め込んでいくように。


『重金属粒子、高濃度圧縮中。チャージ完了まで一〇、九、八……』


 ――と、順次映像が網膜に投影される。突撃(デストロイヤー)級BETAの群れを表す光点が危険領域に侵入し、回避行動では間に合わない距離まで迫っていた。


『――チャージ完了』


 完全にエネルギーが充填されたところで、甲高い音が管制ユニット内に響いた。


「ッ!」


 唯依はトリガーを引いた。

 その瞬間、試製01型重金属粒子砲の銃口からチェーンガン以上の発射速度で巨大な粒子ビームが放たれる。圧倒的な破壊力を持ったまばゆい光だ。反面に、それほどの威力を誇る試製01型重金属粒子砲だが、機体に掛かる衝撃は怖くなってしまうほど殆ど感じられなかった。

 ライヴカメラを見ると、唯依は思わず「え?」と、小声をもらしてしまった。
 巨大ビームは突撃(デストロイヤー)級BETAを包み込み、溶解させ、蒸発させ、そしてその衝撃で吹き飛ばされた突撃(デストロイヤー)級BETAの殻に潰されてミンチと化してゆくBETA群が映し出されていたのだ。


「――ふ、ふふっ……」


 トリガーを握った状態で、唯依は先ほど試製00型近接戦闘長刀を使用した際の感動以上に、試製01型重金属粒子砲の威力に対し、喜びの笑みを浮かべた。何故なら津波のように押し寄せていた突撃(デストロイヤー)級BETAの大規模集団を、新型兵器とはいえ、たった一機の不知火が完全に堰き止めてしまったのだから。


「――ドラゴン1よりドラゴンゼロ。長射程モードからライフルモードへ移行後、一気に突っ切るッ!」


 唯依の言葉に呼応し、長射程モードであった試製01型重金属粒子砲が折り畳み、半分以下の長さになるライフルモード――威力と射程距離で劣る分、連射性能と取り回しに優れる――に切り替わる。左腕に試製01型重金属粒子砲を、右腕には試製00型近接戦闘長刀を装備した不知火が跳躍(ジャンプ)ユニットを盛大に吹かしながら反応炉目掛け移動し始めた。

 突撃(デストロイヤー)級BETAや要撃(グラップラー)級BETAの間を掻い潜り、衝角突撃や前腕の攻撃を紙一重で回避し、時にすれ違い様に斬り付け、試製01型重金属粒子砲を連射しながら進軍していく。

 ただ、その機動は、従来の戦術機では考えられないものだった。戦術機の主な機能に、歩行や停止といった基本動作のほか、転倒防止などの自律姿勢制御がある。それは、衛士が戦闘や任務の遂行に集中するための補佐機能なのだが、受け身などのシーケンスに入ると操作すら受け付けなくなるデメリットが発生する。
 しかし、こと唯衣が駆る不知火に至っては一切そういうデメリットがなく、衛士の思った通りに動かすことが可能になっているのだ。

 それはTC-OSの恩恵によるもので、機体に登録されたモーションパターンをコンピュータに蓄積し、衛士が選択した行動をとる上で最も適切であるモーションパターンを人工知能が選び実行するというものだ。これによってある程度の自律稼動が可能に。衛士の負担もかなり軽減されることになる。機体に関しても硬直時間を大幅に短縮すると同時に、連続した動作をより短い時間でスムーズに行えるばかりか即応性自体も現行OSの四〇パーセント増しという化け物仕様になっている。
 勿論、機体に掛かる負荷を鑑みて関節部などの強化に関しても彼の手が加えられてはいるが……。

 それから、一時間後――。
 支援が一切ない状態にも関わらず、唯依は不知火単機で下層にまで到達し、未だ暴れまわっていた。

 上層入り口――(ゲート)から始まっていたので長時間にもおよぶ搭乗時間だったが、現行OSの不知火なら考えられない常軌を逸した動作は健在で、限りある弾薬や燃料節約のためBETAを踏みつけて飛んだり、BETAの屍骸を掴み他のBETAに叩きつけたり、機体を回転させながら試製01型重金属粒子砲を乱射し、その全弾がBETAに命中しているという驚異ぶり。


「あ、あとはS-11(コレ)をセットするだけ……」


 ハイヴの心臓部と言うべき反応炉が設置されている主縦坑(メインシャフト)の最深部に位置する巨大なホール状の空間、大広間(メインホール)に到着した唯依は――公式では――人類初となる単機でのハイヴ攻略、しかも、自分が当事者であることに興奮を覚えながらS-11を設置していた。

 “S-11”――戦術核に匹敵する破壊力を持つ高性能爆弾。反応炉破壊を名目として戦術機に搭載される自決兵器であるが、二、三発では構造上効率の良い位置に設置しなければ反応炉を破壊することはできない。それだけで、反応炉が強固だと窺える。

 あとは起爆させれば本任務は無事に終了――唯依がそう思い、S-11の効果範囲外に出た後に起爆させると、周囲に広がっていたハイヴ内の景色が小さな六角形の断片となって消え、赤灯に照らされたシミュレータの管制ユニットを背景に、『仮想戦闘プログラム。ヴォールク16 修了』と書かれたダイヤログが目の前に浮かび上がった。

 瞬間、唯依は操縦桿から両手を離した。
 続いて、下を向き、ほぅと小さく息を吐きだした。動悸が治まらないのか、形よく張った胸が目に見て分かるほど上下している。


『任務、これにて達成ですっ! 篁中尉、おめでとうございます!』

「やったっ」


 感極まった感じの声を上げる戦域管制官の賛辞と自身がやり遂げた偉業とも言えることに対し、満面の笑みを浮かべて、唯依は胸の前でぐっと両の拳をにぎりしめた。









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「「「「「「「「「「……………………」」」」」」」」」」

「す、すっっっっっっっっごかったよ、唯衣っ! 白河博士に付いて行って開発衛士になる、なんて言ってた時は、そんな腕があるのに勿体ないって思ってたけど、こんな凄いモノを造ってたなんて……それも反応炉に到達、しかも、りゅ、粒子ビーム兵器だなんてっ! SFみたいっ」


 言葉が出ない見学者たち――新参・古参問わず、帝国軍および斯衛軍両衛士や高級将校、各兵器開発メーカーの重役たちなど――を尻目に、激しい機動を行い続け、相当な過負荷なGを味わっているはずなのだが、上機嫌なまま、軽い足取りでシミュレータ一号機から降りた唯依に、近くで控えていた日本帝国斯衛軍における新兵器の開発・運用試験を主任務とする中央評価試験隊“白き牙(ホワイトファングス)”中隊の中隊長を務める甲斐志摩子中尉が、笑顔でタオルを差し出してきた。

 その志摩子も「私も山城さんと一緒に付いて行けば良かったなぁ」と、些か興奮気味ながら残念がっているが……。


「は、ははは……ご、ごめんね、志摩子。
 まあ今回の任務は、私も満足できる内容だったけど、やっぱり一人だと上手くはいかないものね。上総との二機連携(エレメント)ならもっと短時間で反応炉に辿り付けていたんだけど……今回は、ね」


 志摩子の興奮度合いに若干引きながら受け取ったタオルで汗を拭いた唯依は、残念そうに話す内容の割に普段の彼女からは想像出来ないほど嬉しそうに口元を緩ませている。
 その声に反応するように、沈黙していた一同の視線が彼女に集中する。


「そ、そんなことありませんよ、篁中尉。それにしても、単機でハイヴを落とせるとは……実際に目にした今でも信じられません」

「全くだな。OSだけで不知火がここまで様変わりするとは……。あれでは全く別の機体だな。――これから、この(●●)不知火が量産されていくのかい?」


 陶酔したように呟く帝国陸軍所属の新任少尉と、問い掛けてくる古参の斯衛軍所属大尉。
 彼の問いに唯依は、「まだ決定ではありませんが、その準備は着実に進んでいくと思います」と、横で唖然とする顔をしている兵器開発メーカー組を見ながら答える。すると、唯衣の様子に彼は苦笑いしながら一言、「そうか……」とつぶやいた後、両目から涙を流した。


「クッ……私は嘗て、ここまで人類に“希望”を見出したことはない。初めは胡散臭いと思っていたが、……まさか白河博士がこれ程の戦術機(モノ)を創り出すとはな」

「あ、あなたまで泣いているのですか? ……――っ!? な、何故……私も無意識の内に涙を……」

「白河博士のグランゾン。それに、この不知火が量産されれば、必ず人類はBETAに勝てるっ! 勝てるんだ……っ!」


 それが伝播していき、すすり泣く声が彼方此方から聞こえてきている。

 唯依は階級を問わず、皆で喜びを分かち合っている泣き顔を見て、漸く愁のこれまでの行いが認められたことに、言いようのない喜びを感じていた。技術面でも知識面でも、そして発想面でも一線を凌駕している白河愁。その新し過ぎる技術や武装、理論は、多くの支持者が現れると同時に、それよりも多くの者たちから――不本意なことに、その日本人離れした容姿も相俟って――異端児扱いされていた。
 しかし今では、その異端児扱いしていた高級将校や企業の重役たちまでも思わず泣いてしまうほど喜んでいる。しかも、自分がその成果に一役買うことができたのだ。普段から助けられていた身としては、そんな愛しい(ひと)の力になれたのだから嬉しさも倍増だった。

 そう思って、唯依は愁から貰った左手の薬指にはめられた指輪をぎゅっと、両手で握り締めながら、喜びを噛み締めていた。





 † † †





 帝国国防省に存在する第六会議室。
 その会議室に居並ぶ帝国軍および帝国斯衛軍の両高級将校や兵器開発メーカーの重役たちなど他沢山。そして、その上座にはモニターが設置され、そこには日本帝国の現政威大将軍である煌武院悠陽殿下が映っていた。


「これより会議を始める。――それでは、初めに佐伯君」


 議長からの指名も待ちきれない様子で、恰幅の良い年若い技術士官が立ち上がった。


「は……さ、早速ですが、案件一二二『白河博士監修の94式戦術歩行戦闘機および試製01型重金属粒子砲』に関して――」


 順調に各部隊への配備が進んでいる不知火であったが、運用が進むにつれて現場の衛士や整備士たちから様々な報告や要望が殺到していた。意見や要望が出るからといって不知火に何らかの欠陥があったと言う訳でもなく、通常は新規に配備された兵器について、そういった報告などが現場から上がって来るのは一般的なのだ。むしろ、想像以上に優れた機体であったからこそ、ここまで多くの不満や一層の強化を期待する声が集まったと言えるだろう。

 まあ、そういった現場の要望を受け入れて、初めて兵器は兵器足らんと真に優れた物へと昇華してゆくのだが……。

 並々ならぬ面子に囲まれ、緊張した面持ちで『白河博士監修の94式戦術歩行戦闘機および試製01型重金属粒子砲について』と、書かれた分厚い資料を読み上げていく技術士官の声に、皆じっと耳を傾けていた。


「――結果、平原、森林、市街地、ハイヴ等の戦闘条件において最新のOSを搭載した不知火は、現行の不知火を遥かに凌ぐ運動性能を持っており、試製01型重金属粒子砲に関しましても近~遠距離と幅広く対応でき、極めて高い面制圧能力を発揮しています。また、報告書に記載されている問題点、不知火の稼働時間に関しても、今のところは要求されていた三〇パーセントの増加は実現できていませんが、白河博士に言わせれば量産するまでには出来る見通しだそうです。
 さらに先日、斯衛軍よりご要望がありました試製00型近接戦闘長刀に関しましても、五月までに一〇本ほどならば打てることが出来るそうです――報告は以上です」

「ははっ、それは喜ばしいことだな」

「……しかし、その『量産するまでには』ということは、未だこの(●●)不知火の量産体制は整っていないのか?」


 試製00型近接戦闘長刀の報告に喜色満面な斯衛軍少将に比べ、素の状態でも眼光鋭い陸軍少将が期待していただけに少し残念そうに口を開いた。


「は……その件につきましては目下検討中だそうです。
 皆様の中には半信半疑の方々も居られるでしょうが、なにぶん幾ら天才である白河博士とはいえ『この世界』の兵器に関しては約一年半ほどしか修学していません。今回不知火に採用されている技術が突出し過ぎているように思われるでしょうが、彼にとっては取るに足らない技術らしいので、ある程度の修学が済めば今以上に性能が上がるのは明白。それよりも問題は、白河博士の技術が突出し過ぎているため整備士たちへの教育等がありますので量産したところで……」

「むう……私も彼の話は話半分に聞いていた方だが、これまでの功績を鑑みれば信じない訳にもいかんな。一昔前まではBETAの存在自体も疑わしいものだったのだから、今更『別の世界』から来た人間がいたとて然程驚くことでもない、か?
 まあグランゾンを見る限り、白河博士がいた『世界』は相当に技術が進んでいたのは確かだな……。我らの技術が、彼の技術に追いついていない弊害が此処に来て出始めてきたか」


 会議室のあちらこちらで甲21号作戦(オペレーション・サドガシマ)で見たグランゾンの頼もしいまでの活躍、その後から『蒼の魔神』と呼ばれるようになったシュウ・シラカワ、もとい白河愁の名が囁かれ、場内にざわめきが満ちた。


「私も奴の話を聞き、世迷い言を言い寄るわと思っておったが、強ち間違ってはいなかった訳か」

「彼にとっては単機の不知火でヴォールクデータを攻略してしまえる性能を得たとて取るに足らない技術とは……。道理で開発期間が短いにも関わらず、完成度が極端に高い訳だな」

「そのようだ。
 しかし、あの御伽噺のようなものが本当だったとすれば納得できる話だ。技術の進歩は帝国のためにもなるが、あの者が開発するものは、須らく時代を先取りしたものだからな」

「そこは致し方ないだろう。
 だが、『見通し』とやらの具体的な報告も聞かせてくれるか?」


 会議室に低いざわめきが起こったが、技術士官は冷静な面持ちで言った。


「は……御指摘の件ですが、すでに問題は解決済みとあります」


 ざわめきが一瞬で引き、一同は不思議そうな顔で技術士官を見た。


「??? それは……いったい如何いうことかね。白河博士は修学中であると、言ったばかりではないか。技術的な問題ではないのか? 説明をしたまえ」

「は……そもそも白河博士が量産目的のために設計した不知火は、このTC-OSを十全に扱えるよう不知火を改修した元々要求されていた活動時間を満たす代物だったのですが、そうなってしまった原因は色々と上げられますが……主な原因は我が国の研究費不足にあります」


 再び低いざわめきが起きる。周囲からは、何んとも言えない雰囲気が漂い始めた。


「な、なるほど……H21無き今、日本は最前線国家ではない。援助等も打ち切られて久しく、佐渡島や九州、中国、四国地方からの避難民という膨大な非生産人口を抱え、かなりの額を回さねばいけなくなったからな。そうか、資金不足……金、か。金の問題なのか……」

「えぇ、お金です」


 清々しい技術士官の物言いに、将校たちは――モニター越しとはいえ、殿下の御前ゆえに――殴りたい思いをグッと我慢する。


「そ……それならば、現状の性能でも十二分なのだ、そのまま量産していっても問題はないだろう」

「そ、そうですな。量産を前提にして、白河博士たちには開発を継続してもらうと、いう方向で……」


 紛糾するかに見えた不知火に関しては、その性能ゆえに、さらに白河博士たちの今後に期待するとして意見は満場一致でまとまった。


「それでは、案件一二二『白河博士監修の94式戦術歩行戦闘機および試製01型重金属粒子砲について』に関しては現状のまま、量産を前提に開発を継続することとする」


 議長を務める帝国陸軍大佐は周囲を見回し、異議を唱える者がいないことを確認すると、白河博士監修の94式戦術歩行戦闘機および試製01型重金属粒子砲の担当である技術仕官とメーカーの重役に頷いて見せた。


「スケジュールの詳細に関しては担当官と相談をしてみてくれたまえ。――では次の案件」


 議長の目配せを受け、階級の割に年若い帝国陸軍将校が立ち上がった。


「つい先日、国連よりと前置きしていたが、米国のジェファーソン国務長官直々に要求された『各国への限定的技術開示。日本帝国が保持する技術および白河愁の国連への無条件譲渡について』ですが――」


 偏に悠陽をモニター越しとはいえ、このような場へと来ていただいた理由がコレ(●●)に関してだった。

 今回行われた会議でもメインとなる議題が出た瞬間、会議室のざわめきが最高潮に達したが、それと同時に、ある一角で凄まじいほどの怒気を感じ、皆一様に黙りこくる。
 自分が悪い訳ではないことを十分理解しているとはいえ、周りに漂う不穏な空気並びに自身に向けられる凍てつく視線から、気絶してしまいそうになるのを何んとか堪えて、若い帝国陸軍将校は説明を続ける。


「ご……ご存知のようにシミュレータでですが、不知火による単機でのハイヴ攻略。先の九州本土防衛戦線での実機による二機連携(エレメント)の映像データを、各国……いえ、これまで日本帝国(われわれ)を虐げてきた米国へ、意趣返しの意味も込め、日本帝国の力を知らしめるためにと若い下士官が暴走――不鮮明とはいえ映像データを流出させてしまいましたが――」

「……米国へと流れたその結果が、国連への無条件譲渡、か。信じたくはなかったが、国連の一部が米国の傀儡だという噂は事実であったようだな。
 まあ、あのような対応をされれば血気盛んな愛国心溢れる若者なら見栄を張りたくなる気持ちも分からなくはないが、我らにとっては最悪の裏目に出てしまったな……――奴らが理不尽な強権を振りかざしてくるのは今に始まったことではないとはいえ、これは……」


 額を右手で押さえ、深い()め息をついた陸軍少将は力なく項垂れた。


「……断ることは出来んのか?
 我が国のアドバンテージを維持しつつ、問題ない範囲での技術開示は出来たとしても、白河博士を米国の息が掛かった国連へなぞにやるのは我慢ならんぞ」


 焦りの色を隠せないほど取り乱している若い陸軍将校をよそに、渋面な面持ちで海軍提督が口を挟む。
 上座に設置されたモニターからも先ほどまであった威厳など見る影もなく、年相応な少女のように、首を縦にコクコクと激しく上下させ、それに同意している。その光景を目撃した若い陸軍将校はもう精神の限界と見て、横で座っていた年配の陸軍将校が口を開いた。


「あ~仮に、ですが……今回の国連からの要求を断ったとしても、次は国際問題に発展する恐れがあるでしょう。自らのことを棚に上げ、『日本帝国は世界が困窮する中で、BETAを退ける技術を有していながら自分たちが助かるためだけに、それを独占しようとしている』と……」


 年配陸軍将校のダメ押しによって、新たにざわめきが再燃し、会議室の至る所で議論が噴出し始めた。


「とはいえ白河博士の譲渡などと、決して容認できるものではないっ。短期間でこれほどの結果を残したのだ。彼には、まだやって貰わなければならないことが山ほど残っているのだからな」

「その通りだ。海神の後継機の開発に関しては、彼の助力は不可欠だ。例え米国が相手であろうとも……」

「しかし、あの大国を相手取り、白河ひとりのために事を構えるのを考えれば、ここは潔く譲り渡してしまい、見返りとして大量の米国機を導入する方が建設的ですぞ」

「何を言うかと思えば……。対BETA主力装備である戦術機は国産であるべきだという結論は、それこそ94式開発の際にしたところだろうが! 貴様……よもや米国の間諜ではあるまいな?」

「なっ!? なにを言う。わ、私は日本帝国のためを思えばこそ――」

「議長――」


 各々が好き勝手に発言を繰り返す中で、それまで沈黙を守っていた一人の政治家――日本帝国内閣総理大臣である榊是親が発言の許可を求めた。その場に居並ぶ高級将校の中にあっては、ただ一人の政治家であった榊だったが、円卓に座った全員が口を噤んで彼を注視していた。

 光州作戦の悲劇においては、外には国内の政情安定を盾に国連と取引し、内には土下座して彩峰中将に日本の未来を説いた人物である。私腹を肥やす政治家が多い中で、ここに同席する将官達にとっても唯一敬意を払うに足るものであったのだ。

 皆に悟られないよう正面に座った帝国陸軍技術廠第壱開発局副部長である巌谷榮二中佐へと目線を送ると彼は力強く頷き返し、それを確認した榊はあえて立ち上がった。そして周囲を一瞥し、モニターに映る悠陽の前まで赴き、跪いてから、ゆっくりと口を開いた。


「私に一つ、我らにとって一石二鳥になる考えがあるのですが……。それを実現させるには、恐れ多くも殿下に、ご許可を頂きとうございます」






 † † †





 はしたなくも荒々しく廊下を踏みつけていく。そこへ運悪く偶々通りかかったツナギを着た整備士らしき、クリップボードと書類を持った女性がその姿に驚き、慌てて道を譲った。
 驚くのも無理はない。男性ならば是非ともお近付きになりたいと想わずにはいられない、腰に届くほど長く、風によくなびく艶やかな黒髪を持ち、現在は額や頬に少し汗をかいているものの整った顔立ちをした女性なのだが、世間一般で言うところのエリートに属す斯衛軍に支給される――地位に合わせた――山吹色の斯衛服を着ているのも相俟って近付き辛いオーラを醸し出している。それだけなら普通なのだが、憤然とした表情で帝国国防省が管理する技術廠第壱開発局の建物を歩く者などそうそういるものではない。

 歩いている件の彼女――篁唯依は怒っていた。どうして自身が衆目を集めながらでも怒っているのかは理由がハッキリしていたので自重せずに怒っていた。その怒りに疑問を持つ気はさらさらない。その気分を原動力に、事実を知らされたと同時にこちらに向かったのだ。知らされた時に近くにいた者が、唯依が放つ怒気に当てられて倒れ、衛生兵たちが担架で運んでいった。脈拍や血圧等に異常はなかったから、ただ単に気を失っただけだろうと思う。


「……そういえば、彼は何故いきなり倒れたのだ?」


 理由が分からず、首を傾げながらつぶやき、唯依は殴りつけるように第壱開発局副部長執務室のドアをノックした。


「入りたまえ」


 普段はしないが、怒りによって返事よりも早く唯依はドアを開ける。
 目の前の執務机には苦笑を浮かべた巌谷の姿を認めて、唯依はほんの少しだけ我に返り、その場で足を止める。


「失礼します。篁唯依中尉です」

「どうぞ」


 苦笑を止めないままに巌谷は言い、そのまま訊ねる。


「唯依ちゃん、今日は如何したんだい? アポイントは取ってなかったと思うが……」

「叔父様……いえ、巌谷中佐。現在は職務中ですので」


 巌谷の白々しい物言いに対して即答し、唯依は柳眉を逆立てた。


「……中佐、一体どういうことですか、あれは?」

「ん? なにがだね?」

「恍けないでくださいっ。何故シュウにいs――白河博士のアラスカ行きを許可されたのですかっ!?」


 巌谷の目の前で、ギリギリと拳を握り、本気で怒りをあらわにしている唯依。正直怖い。今にも殴りかかって来そうな感じだった。


「い……いや、私に言われても、ね。あ、あれだよ? も、もっと上の人間がだね」


 読みかけの書類を机上に置き、怯え気味に言った。巌谷もこの件に絡んでいるとはいえ、怒りの矛先が全て自分に向けられようとしていることに戦慄していた。

 自分で職務中と言っておきながらそのことを一時忘れ、無礼にも唯衣は身を乗り出しながら両手を机に叩きつけた。むしろ、その行動は『前の世界』にはなかった出来事に対する焦りとも言えた。


「それにっ! 噂ですが、これはボーニング側の対応を知ってのことですかっ!?」

「噂、ね」


 榊首相が提案し、初めは唯衣同様に怒号をもって反対されていたものの、その理由によって満場一致で可決された今回の計画――不知火の改良計画は、日米合同の戦術機開発計画であるXFJ計画をアラスカのユーコン基地で行うというもの。それも日米というよりは、日本帝国と米国最大級の兵器メーカー『ザ・ボーニング・カンパニー』でと、いうものだった。そして、唯衣は噂と言ったものの噂ではなく、そのボーニング社との交渉の場で交わされた実話のことだ。

 共同開発に際して、日本側は要求通り不本意ながら最重要機密箇所(我が国のアドバンテージを維持できる範囲)の一部開示をもって交渉に参加したが、ボーニング側の回答は「開示は一切必要ない」という米国政府側から要求されたこととは逆の、傲慢極まる上から目線のもので、さらにその交渉に参加した戦術機開発部門の重役“戦術機の鬼”ことフランク・ハイネマン氏には、柔らかな微笑を湛えられながら、日本機の素晴らしさを朗々と語り続けられたという日本側にとっては凄まじい屈辱ともいえる状態で契約書にサインしたというものだった。


「あのような侮辱を受けてまで、国連主導とはいえ米国に頭を垂れた挙句、白河博士を差し出すとは……。我々にとって、どれほど彼が貴重な存在か中佐ならば御理解して頂けていると思っていましたが?」

「それは勿論、私も含め皆十二分に理解していることさ」

「ならば、何故なのです。不知火の改良にしても、我が国には独自の戦略に基づいた戦術機運用理論と白河博士がいます! 良い顔をしていなかった上層部の御蔭で白河博士による不知火の大規模な改良は見送られていましたが、今ならその者たちも諸手をあげて喜ぶはずです。百歩譲って他国との共同開発は分かりますが、寄りにもよって米国との――」

「……唯衣ちゃん。何故お前が行き成り現れた白河博士のことを兄として……――いや、一人の男としても慕っているのか理由は知らないし、聞こうとも思わない。
 だが、それだけ彼を信頼しているということは、彼の境遇を十分理解し、信じているんだろう?」

「それは、彼が『この世界』の人間ではないと、いうことですか」

「そうだ。しかも、ただの異世界人という訳ではなく、我々には及びもつかないほどの有益な技術力と圧倒的な武力(グランゾン)を持った、な……」

「……それが、今回のことと如何いう関係が? ま、まさか、彼が危険だと言いたいのですか!? シュウ兄様はそんな人では――」

「ふ……ふはははははははは……」


 突然、巌谷は執務室に響き渡る、むしろ、外にまで漏れ聞こえてしまえるほど大声で笑い始めた。


「そうではない、そうではないよ――ふははははは……まったく早急なところは死んだ親父さんとそっくりだ。相変わらずだな、唯衣ちゃんは」

「…………」


 自身の顔を見ながら笑う巌谷を、唯衣は憮然たる面持ちで見つめた。


「ふっ、くくくく……すまんすまん。そう睨んでくれるな。
 話を戻すが……――陰では色々と言われているようだが、我らにだって人を見る目くらいはあるさ。こちらが理不尽に彼を裏切らない限り、彼は筋を通してくることぐらいわかる」

「ならば――」

「唯衣ちゃん……」


 尚も問い掛けようとした唯衣を巌谷はぴしゃりと遮った。


「彼の所持するモノやこれまでの言動、行動、有する知識などから見て、白河博士が異世界人だというのは事実。それは即ち『この世界』の常識を知らないということでもある。
 まあ元々然程違いがないらしい日常生活、『この世界』の歴史や常識等に関してはこの約一年半で完璧にマスターしたようだが、こと戦術機に関しては――」

「未だ知らないことがある」

「そうだ。故に今回の話は、米国政府とボーニングが上手くいっていないのか我々にとっては非常に都合が良かったのだ。こちらの技術は一切出さず、向こう側からのみに提供させるだけでいいのだからな。唯一のネックは開発衛士を向こうさんが指定してきた人物を、つまりは米国軍衛士を使わないといけないところか……。
 まあ彼のことだから計画が始動し始める頃には戦術機に関する修学は終了し、全てを理解しているのだろうが、要はお前の親父さんが経験したように研修も兼ねているということだ。これはこの先の戦いの上で、この国にとって必要なことなんだ」


 実際問題、巌谷の言葉は的を射ていた。

 『前の世界』と違って『この世界』の愁は、『この世界』へ来て日が浅い。戦術機に限らず、多方面に修学していた愁だったが、いくら彼が大天才とはいえ許容量というものも存在しているはずなのだ。それにも拘わらず、不知火をあれだけの性能を引き出せる機体へと昇華させてしまえること自体が脅威の何物でもないのだから、上の者たちが新たに得た知識を用いれば日本帝国にとっては利になり、より素晴らしい機体をも造れるだろうと思うのは当然の帰結かもしれない。

 そう思ったからこそ渋々だが、本当に渋々とだが、愁のアラスカ行きを悠陽も許可したのだ。

 ただ巌谷の言う通り、皆の勝手な期待を余所に愁なら独学で終わらせそうだが……。

 そのことを唯依自身も理解できる。『前の世界』を知っているだけに、より強力な戦術機は必要不可欠だということを。
 しかし、自身の言い表せられぬ感情は収まったものの変わりにしゅんと顔を俯き、元気が目に見えてなくなっているのは、誰が見ても明らかだった。それは飼い主に諌められた子犬のようになっていた。

 唯依も頭では理解しているようだが、頑固で生真面目という性格のこともある。何より、それ以上に愁が関係しているのは明白だろう。彼女の内向的な考えは加速していた。


「中佐の仰っていることも分かりますが、私は……」


 『二回目』にして漸く愁の横に立っても恥ずかしくない技量を身に付けられたと、そう思っていた矢先だった。このままでは彼に置いて行かれてしまう、そんな恐怖が彼女の中で渦巻いていた。


(ふむ……少し遠回しに言い過ぎたか?)


 巌谷は娘のように思ってきた唯依の性格や感情の波は熟知しているつもりだ。そのため、現在の彼女の反応は予想通りであった。
 白河愁をこのまま一人でアラスカのユーコン基地へと行かせ、彼女の与り知らない場所で万が一死んだ場合、自らの命を賭けてもいい、彼女も――おそらく殿下やその妹君も――彼の後を追う可能性が極めて高い。それ程まで、皆 白河愁という人物に依存しているのだ。それは、帝国軍中佐としても、一人の叔父としても看過できることではない。従って――


「篁中尉」

「ぇ……あ、叔父様……っ!? し、ししし失礼しました中佐!!」 


 上官の目の前であるにも関わらず、考え込んでしまっていたために、唯依は一瞬私的な呼び方をしてしまうが、慌てて言い直して敬礼する。唯依は先ほど職務中であると、豪そうに述べていた手前、ばつが悪い顔をした。
 それに対して巌谷は怒るでもなく、苦笑を見せて言った。


「顔色が悪いが、体調でも優れないのか?」

「――ッ、お恥ずかしい所をお見せしましたが、問題ありませんっ」


 顔を一気に赤く染めながら答える唯依に、巌谷は苦笑するしかない。その巌谷の笑みを受け、唯依の顔は益々真っ赤になっていく。


「実はな……やはり一人だけというのは流石に問題があるのではないか? と、いう話も出ていてな」

「はあ……」


 突然話し始めた巌谷に、唯依は曖昧な頷きを返すことしか出来なかった。


「篁中尉!!」

「ぁ――はっ!!」


 巌谷の表情に上官の威厳が宿ったのを見て、唯依は反射的に背筋を伸ばす。


「そこで、貴様らに白羽の矢が立ったのだ。よって貴様たち鋼龍分隊には特殊任務についてもらうことが内々に決定している」

「特殊任務、でありますか?」

「そうだ。貴様たちが持つ戦術機の知識と技能、そして、国産機に掛けるその想いも見込み、白河博士と共にアラスカへと飛んでもらう」


 何処へ? アラスカへ。誰と? シュウ兄様と一緒に―――その言葉を理解した時、唯依は目を見開いた。
 彼と離れずに済む、そう思うだけで、唯依は胸の奥がきゅんきゅんと高鳴るのを感じる。


「……行ってくれるな、唯依ちゃん?」


 叔父の顔に戻った巌谷に、帝国の思惑も国連、米国の意向も全て飲み込んだ上で、唯依は敬礼した。


「はいっ! その特殊任務、確かに拝命しました!」


 その笑顔は、軍人である前に、恋する乙女のそれだった。


「うむ……よろしく頼むぞ、篁中尉。――ああ、勿論のことだが、白河博士とXFJ計画に関して、確りと話し合って置いてくれよ?」

「はっ! 早速取り掛かりたいと思います。それでは中佐、失礼します」


 そう言って、巌谷に敬礼してから、来た時とは正反対の上機嫌で部屋を出る唯依。
 巌谷は、唯依が部屋から完全に出たのを確認した後につぶやいた。


「…………そう、確りとした家族計画も、な」


 残された巌谷は、未だ見ぬ孫を想像し、悦に入っていた。








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