【ネタ】強過ぎでNew World (ビーフシチュー)
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第2話 それぞれの思惑







 極東防衛ラインの安定化のため、一九九九年一一月に行われた甲21号作戦(オペレーション・サドガシマ)
 日本帝国に対し、身分――日本帝国民であるという保障をする見返りによって全面的に協力してくれることになったシュウ・シラカワ。その人物が操るグランゾンという規格外の兵器の前に成す術もなかったBETAだったが……。

 急遽割り込んできた米国軍が日本帝国への事前通告もなしに対ハイヴ新兵器『G弾』を20発も使用。爆心地から半径四〇㎞の空間が作戦に参加していた多くの帝国軍兵たちや佐渡島自体ごと綺麗さっぱり消滅したのだ。
 米国は後に多くの犠牲を出しつつも人類的にはフェイズ4ハイヴを壊滅させるという歴史的大勝利に貢献したとして大々的に報じ、終始国内は御祭り騒ぎだったらしい。

 日本帝国民の米国に対する言葉では言い表せない憤りを忘れて……。

 BETAの脅威が一先ず去り、国民にもある程度の余裕が生まれて来た頃、戦術機の大規模工場や海外の玄関口として賑わう横浜港近くにある小高い丘の上にある広大な土地に置かれる白陵柊学園に国連軍基地の建設を要請してから約一年。未だ六割程度の完成度だが、主要な基地機能が概ね稼動に達したため全面開設が認可された国連太平洋方面第11軍・日本帝国横浜基地――。

 その地下一九階、S4レベルフロアの執務室で白衣を着た女性は、一年ほど前から増え続けていた内容自体を読めばかなり信憑性が薄い報告書――例えば、「欧州方面。旅団規模BETAの強襲を受けてあわや部隊全滅かと思われた時、光線(レーザー)級BETAがいるにも拘わらず、突如上空から介入してきた一機の巨大な蒼い戦術機らしきモノがBETA群を全滅に追い込んだ」や「緊急脱出(ベイルアウト)をして無事に生還した数少ない各国の衛士たちが、全員声を揃えて蒼い巨大戦術機に助けられたと証言」などなどといった都市伝説モノ――を読み焦っており、その顔はひどく顰めっ面を作っていた。

 女性の名は、香月夕呼。ここ横浜基地の副司令兼オルタネイティヴ第四計画総責任者であり、世界が誇る天才物理学者様だ。
 タイトスカートからすらりと伸びた脚。生地も厚くて確りとした作りの国連の軍服であるにも拘わらず、そのボタンを弾き飛ばしそうなほど自己主張する大きな胸。基地の副司令という地位からは想像も出来ないミスマッチとも言える羽織った白衣が、学者である証のようだった。その天才であるが故に何でも笑ってそつなく熟すことができる夕呼が、何故眉間に皺を寄せ、機嫌の悪そうな顔をしていたかというと、普通の者なら鼻で笑って素通りするような報告書に心当たりがあり過ぎる所為だった。


(――ま、その助けた衛士の男女比率が1:9っていう結果もムカつくけど……。『前の世界』でその片鱗は感じていたけど、流石は白銀と同様の恋愛原子核持ちと『BETAのいない世界』の私が命名するだけはあるわね。
 それにしてもあのヴァカ、『この世界』に来たのが以前より遅かったのは仕様がないことだけど、各国で『前の世界』以上に暴れまわってるわねぇ……)


 夕呼が独り、胸の中でつぶやいていたヴァカことシュウ・シラカワもとい白河愁――。
 『前の世界』で彼の名が世に知れ渡ったのは、一九九八年に起こった国連軍と大東亜連合軍の朝鮮半島撤退支援を目的とした作戦である光州作戦に於いて、現地住民を守るために突如作戦に介入してきた時だった。世に出回っている最新鋭の戦術機と比べるのも烏滸(おこ)がましいほどの規格外な強さを持つグランゾンの活躍によって被害は予想されていた数を最小限というかBETA大戦が始まって以来 初めてとも言える死傷者ほぼ〇に抑えられ、本作戦を無事に終えることができたのだ。

 今は四つほど年下になっているが、逆に『前の世界』では一歳年上で、元々帝国大学で先輩に当たる愁のことを夕呼も見知ってはいたのだ。帝国大学始まって以来、文字通りの“天才”が現れたと言って当時のニュース番組を総なめにしていたのだから……。

 家柄は一般家庭で容姿から見るに外国人とのハーフで有りながら、青や赤、山吹の武家の御姫様たちからの受けも良く、天才として有名な彼が開発した超高性能な戦略歩行戦闘機と、公式で発表されていたグランゾン。と、いうことを聞き付けた夕呼が、第四計画完遂のための手駒に利用できるとして強引に接収したのが始まりだった。

 その所為で、元々あった日本帝国との確執がさらに大きくなり、利用されたとして彼本人からも手痛い使用料という名の多大な被害を受けてしまったが……。

 因みに後になって白銀武に聞かされたが、白河愁との関係は『BETAのいない世界』で同僚の教師という間柄で、傍から見ると仲が良過ぎる兄妹のような感じだったらしい。凄い偶然である。

 以来悠とは公私にわたって色々とあったものの明星作戦(オペレーション・ルシファー)甲21号作戦(オペレーション・サドガシマ)桜花作戦(オペレーション・チェリーブロッサム)と、いう人類規模で見ても大きな攻略作戦を共に遂行していった関係だ。
 しかし、一番殺しても死にそうになかった彼だが、結果的に『前の世界』最後の大規模作戦になってしまった桜花作戦(オペレーション・チェリーブロッサム)を阻止するべく動き出した第五計画推進派を一人で相手にし、命を落としてしまった。

 その事実に夕呼自身は、自分が思っていた以上に強いショックを受けたこと自体がショックだったのは記憶に新しい。何せ二週間以上も一人の男を想って泣き暮れてしまったのだから……。一生の不覚ものだ。


(私は生涯恋愛とは無縁だと思っていたんだけど、ね……)


 どうやらあのヴァカが相手なら問題ないらしい。想像してみても悪い気はしない。むしろ、何んとも言えない、今まで感じたことがない喜びに気持ちが満たされる。柄にもなく、胸の高鳴りを抑えられそうにないほどに……。それによく考えれば、年下(ガキ)は恋愛対象外とはいえ、あいつの言っていたことが本当なら今でも精神的には向こうの方が上なのだから何ら問題はない。問題はないのだ。

 そして何の因果か――もちろん、あの状況なら因果導体(シロガネ タケル)の所為以外に考えられないのだが――自身も含め社霞と篁唯衣の三人は、何故か同じ時期に『この世界』へ戻ってき(ループし)ていた。

 イーニァ・シェスチナという社以下ビャーチェノワ姉妹以上のESP能力者を保護した二人の行動を鑑みるに、クリスカとマーティカはもっと早い時期に戻ってき(ループし)ていたようだが……。

 降って湧いた幸運。その事実に、死んでしまった親友(まりも)忠実な部下(伊隅)たち、そして愁にまた会えると、信じてもいない神に感謝するほど柄にもなく夕呼は喜んだ。
 しかし、“これから『この世界』で起こる未来のことを()っている”というアドバンテージを得たのだが、『この世界』は『前の世界』と豪く勝手が違っていた。

 例えば、『前の世界』以上の物量および侵攻速度で九州より上陸するBETA群。『前の世界』では西関東までBETA共に喰い込まれたが、『この世界』では京都までで踏み止まっていたりしているのだ。というか、そもそも『この世界』では、横浜ハイヴは建設されておらず、佐渡島は跡形もなく消滅しているものの既にこの時期に佐渡島ハイヴが攻略されているという爆弾事実までもあるし……。シュウ様様である。
 反面に『世界』の修正力が働いたのか、佐渡島ハイヴの方にG弾を撃ち込まれはしたが……。日本帝国はどう転んだところで米国によってG弾を使用される運命らしいことに遣る瀬無い気持ちになったのは記憶に新しい。

 因みに、彼の力を持ってすれば、地球上に存在するハイヴなどものの数日で攻略してしまえるのだろうが、それは『前の世界』同様にその世界の住人に対処させなければBETAがいなくなった途端に米国を筆頭にした人類同士の戦争に発展しそうだとして自重しているようだ。

 『この世界』では横浜ハイヴは建設されていないので白銀武と鑑純夏が無事であることに我ながら甘いとは思いつつも安堵したものだ。誤算があるとすれば、未だ白銀が戻ってき(ループし)ていないところか。
 それに、『前の世界』では社と同じ時期にビャーチェノワ姉妹も接収していたのだが、『この世界』の当の二人は単独でアラスカ州タルキートナのオルタネイティヴ第三計画研究施設からイーニァ・シェスチナという妹と一緒に逃亡を図り、今では自身が管理する直属の部隊に三人とも所属していたりしている。

 『この世界』の過去の自分も調べてみれば、以前とは全く違う行動を度々していたようなのでそういった積み重ねの所為なのかも知れないが、肝心の愁自体も『この世界』へやって来たのが遂最近なのも関係しているのかもしれない。

 いないと思っていた最愛の奴がいてくれたこと自体は喜ばしいのだが、最初に接触したのが篁だった所為か『前の世界』同様日本帝国に腰を据え、余りにも日本帝国にとって良い結果ばかりを叩き出し、佐渡島ハイヴの攻略での目を剥くほどの活躍などで『前の世界』以上に彼の接収は難しいことになっているのが現状。戦術機の武装面や機体開発計画にも噛んでいるらしいので尚更だ。

 まあ『前の世界』と違って日本帝国政府および軍との関係は良好。愁自身も篁を介して知り合い、関係も良好なので無理に接収しなくても良いのだが……。


(下手をすればかなり険悪になってしまうし……あいつの性格上 利用しようとすれば万倍返しされるのがオチ。むしろ、そんなことをすれば嫌われちゃうだろうし……。
 私もヤキが回ったかしら? それとも、『前の世界』にはなかった余裕がある所為かしら? あいつが側にいないだけでこんなにも不安になるなんて、ね)


 ふぅ、とため息をつく夕呼。
 一応手を打っているとはいえ失敗した場合も考え、暫く如何するか考え込んでいると、機密性が高いフロアであるにも拘らず、ノックもなしに扉が開け放たれる。こんな失礼極まりないことする人間を、夕呼は一人しか知らない。


「ノックもなしに、レディの部屋に入ってくるなんて……帝国情報省の課長様は随分と礼儀がなってないわね。こちらが頼んでいたとはいえ今日は入室の許可どころか、面会の予約をもらった覚えもないけど?」

「いやはや手厳しいですな……私はご褒美もなしで、香月博士の為に身を粉にして働いているというのに……」


 夕呼がそう皮肉ると、その男――鎧衣左近は含み笑いをしながら言った。


「“お国の為”と、は言わないのね?」

「無論、それも含まれています。当たり前ではないですか」


 夕呼は鎧衣の物言いにイラッときたが、サッサと本題に入ることにした。


「単刀直入に聞くわ。鎧衣、こいつの件は如何だったの?」


 夕呼は愁関連の報告書を隅に置きながらそう言って、鎧衣にとある実験機に関する書類を手渡した。


「あれは、そう……アメリカのネバタ州に行った際に出会った、日本人嫌いの坊やが……」

「そんなこと、どーでもいいのっ。早く本題を言いなさい!」


 夕呼がそう急かすと、鎧衣は突然 真面目な顔になり、捲くし立てた。


「まあドゥブロヴィン氏に会うことは出来ましたが、色好い返事は頂けなかったですな。何故未完成の兵器であるアレを欲しがるのかと、完成の目途が立ったのは第四計画の進行具合に関係あるのかと敏感に反応していましたよ。むしろ、遠回しにですが、逆に博士の身柄を第五計画推進派(こちら側)へ鞍替えしないかと勧誘されたほどです」

「……モヤシの癖に、相変わらずの上から目線、か。
 なによ…………使えないわね~。アンタも一応 情報省に勤めているんなら、色々と手を使って説得なり何なりしなさいよっ」

「個人的には気に入りませんが、なにせ彼の御仁は日本帝国に対しても多少なり影響力がある御方……私ではあれが限界ですな。いやはや、お恥ずかしい……」

「ホント、ムカつくわね……。
 いっそのこと、今まで出し渋ったオルタネイティヴ計画の権限を使って、強引に接収するしかないのかしら? あんまり使いたくないけど……」


 世界的な流れは、夕呼も含めたループ経験者の人間が“『前の世界』での●●●●の結果を()っている”という――因果導体ではないので、その“力”自体は微々たるモノだが――因果情報を『この世界』に持ってきてしまっているので、『前の世界』と対して変わらない流れになっているのは確実だろう。
 しかし、そこへ至るための人的被害(プロセス)が一体どれだけ及ぶのかだけは流石の夕呼でも想像できない。なので、一刻も早く必要な駒を手元に置いておきたい夕呼は――もちろん、それだけが理由ではないが――渋々ながら、余り使いたくはなかった権限を行使しようと電話の受話器に手を伸ばそうとしたが、そこではたと動きを止めた。


「……――ん? そうね……なにも態々私から動くことないじゃない。ちょっと遠回りだけど今の現状なら、どうせあのモヤシ連中も動くんだろうし、その時にでも榊首相に頼んだ方が確実。愁たちには頑張って貰わないといけないけど……。
 虚仮にされた分、向こうの方から使ってくださいって言わせてやるわ」

「――おお、怖や怖や……」


 何かを思いついたのか背筋も凍るような笑みを浮かべる夕呼に、身震い一つし、鎧衣は飄々とした態度で執務室を後にした。





 † † †





 魔女、香月夕呼が密かに動き出し、シュウ・シラカワの影響によって日本帝国で新たな動きが着々と進んでいる頃、遠く海を越えた“世界の警察”アメリカ合衆国、その大統領官邸ホワイトハウスでは――。

 西棟ウエストウイングにある国家安全保障会議室にて、アメリカ合衆国の国家元首であり、行政府の長でもあるジョーン・W(ウィーカー)・バッシュ大統領を副大統領、国務長官、国防長官、統合参謀本部議長、中央情報長官、国家安全保障問題担当大統領補佐官、首席補佐官が取り囲み、さらにに六つの画面が大統領の両サイドに三つずつ設置されていた。

 六つのスクリーンに青白く、薄ぼんやりと映る男たちの姿が映し出される。
 世界各地に散らばるアメリカの息が掛かった各国の高官たちが、オンライン会議によって一同に会していたのだ。

 彼らの映し出すホロ・スクリーンの解像度が異様に低いのは、衛星通信に高度な暗号化が施されているからだった。そこで再現される動作も決してスムーズなものではなく、コンマ二秒くらいの間隔で切り替わっていく映像に過ぎない。


「帝国斯衛軍“鋼龍試験分隊”、か……。
 たった二機の戦術機で旅団規模のBETA群を殲滅するとはな。忌々しい獣臭い黄色い猿の分際でっ……――長官、ここに書かれていることは、事実なのかね?」


 ジョーン大統領は報告書を読みながら苦々しげにそうつぶやいた。

 報告書の概要を、延々と約五〇分弱ある映像を交えて吟味していた大統領。
 それを黙して待っていた中央情報長官――所謂CIA長官であるジョーン・J(ジョレン)・ドネットも、それが事実である以上、何も言わなかった。というか、何も言えなかったというのが正解だろう。

 軍事力世界最強を謳っているアメリカだが、それは勿論 情報戦も含まれている。
 ところが、だ。アメリカ合衆国が優位に立てるよう工作したり、各国の情勢などを探ったりする諜報活動がCIAの仕事だというのに、今の今まで気付くことが出来なかったのだから……。

 ジョーン大統領としては、目の前にいるドネット長官の澄ました態度にも拍車が掛かり、「ふざけるなよ、フ●ャチ●野郎がっ!」と、しか言いようがなかったのだ。

 実際に、ジョーン大統領はこう言った。


「……分かったのは鋼龍試験分隊という部隊名とその部隊の総責任者が、最近ロールアウトしたタイプ00や新型の長刀や突撃砲等の開発に尽力したシュウ・シラカワという人物。しかも、この人物の詳しい情報は解らず仕舞い。さらに我々に言わせれば欠陥機に当たる未完成の第三世代機であるはずのタイプ94が、シミュレータとはいえ光線(レーザー)級のレーザーを空中で避けている映像データのみ。そして、本来求めていたH:21攻略戦に日本帝国が使用したという大型機の情報は皆無、か……――ジョークにしては、ひとつも笑える要素がないな」


 日頃は温厚な彼だったが、その声には珍しいくらいの険が宿っている。


「私はかつて、これほどの怒りを感じたことはないぞっ」


 ジョーン大統領は低い声でドネット長官に言い放つ。すると、今まで黙っていたドネット長官が漸く口を開いた。


「閣下……我々が日本帝国に送り込んでいる諜報員(エージェント)の情報からでは、残念ながらそれだけしか得られませんでした」


 そう言ったドネット長官の言に、周囲の者たちはざわつくが、彼は相も変わらない無表情で淡々と事実だけを述べていく。


「シュウ・シラカワに至っては、我々合衆国の技術者たちが匙を投げ、終ぞ成し得なかったモノを、独自の、むしろ、斬新とさえ言える重力制御理論を提唱。この短期間の内にそれだけでも驚きなところを俄かには信じ難く、これに関して言えば流石に嘘でしょうが、それを元に重力質量・慣性質量分離機能を有した高効率反動推進装置を開発したらしいと米国の学会でも噂になっているほどの本物の天才でもあります。なので、日本帝国のトップ――ユウヒ・コウブイン直々の手によって厳重に護られているのが現状です。さらに各国が挙って参加している中で、唯一日本帝国だけが先進戦術機技術開発計画への参加表明をしていなかった点から見ても、我らが思っていたより日本帝国の戦術機はかなり以前から技術が進んでおり、独自の技術のみで対応可能だと判断したのかも知れません。
 しかし、これ程までの急速な技術的進歩は本来ありえません。H:21を攻略した大型機に関しましても、まるで、ある日、突然に、何処からともなく技術が降って現れたような……」


 周囲の者たちが嘲るような唸り声を漏らす。

 彼らが、あからさまに不満を漏らした理由は明らかだ。
 ドネット長官の「最終的な失敗の原因は、ふって湧いた“説明が付かない不思議技術”によるものの所為だ」と、いう子供騙しにも程がある主張をしているのだから……。

 ジョーン大統領は鼻を鳴らして言った。


「君は、未知の大型機と日本帝国の戦術機、さらにタイプ00やタイプ94に組み込まれている技術などが、ある日、突然に、空から降って来たとでも言いたいのかね? それも“八百万の神”とかいう無数の神を信じているような阿婆擦れ共の下に? 巫山戯るのも好い加減にしろ……っ」


 六つのスクリーンに映る高官たちは、画面越しにでも伝わるジョーン大統領の気迫に幾らかたじろいだ仕草を見せたが、言われた本人――ドネット長官は動じる風もなかった。


「ですが、閣下。これは厳然たる事実なのです」


 彼は静かに言った。


「日本帝国の不穏な動きだけは探知出来ていたため諜報員(エージェント)に選ばれた隊員は経験も人脈も豊富な上、知能も高く、抜け目がない日系人を送り込んでいました。
 しかし、未知の大型機――コード“エビル”は手の込んだ方法で隠しているのかも知れませんが、タイプ00に関してはセレモニーに配られた簡易スペック表をして、初めて我々(●●)が知ったほどなのです。それを事前に察知することは至難の業でしょう。我々の御蔭で(●●●●●●)H:21を殲滅できたのは事実とはいえ、大型機に至っては、本当に存在しているのかも怪しいものです」

「それを何んとかならなかったのかと言っているのだっ! 何度も言わせるなっ!」

「なんともなり得ませんよ、閣下」


 ドネット長官は飽くまで冷静だった。


「過去に我々が日本帝国に対して無断で行った所業の数々――京都防衛戦中に日米安保条約を一方的な破棄から始まり、日本帝国への事前通告なしでの20発ものG弾を使用したことなどから見ても明らかです。例え半分の血が日本人であろうと、日系人の諜報員(彼ら)に対して重要なポスト、又は重要人物との接触を謀ることは土台無理な話であり……それゆえ、今回の根本的原因は、以前の現場責任者の資質が問われるかと存じます」


 それは手痛い反駁だった。

 オルタネイティヴⅣへの牽制とオルタネイティヴⅤの優位性を誇示するため、また信じられないことに例の大型機がハイヴすら意とも容易く攻略してしまうと思うほどBETA相手に無傷で無双していくという人類にとって希望とも言える戦勲に戦慄した当時の現場責任者――第五計画推進派の信奉者が妨害も兼ねてG弾を投下したのだ。結果的にオルタネイティヴⅣと香月博士に利をもたらしたという事実は、先ほど不満を漏らしていた彼らの見通しが甘かった結果だからだ。しかも、オルタネイティヴ計画とは関係なく、そのことが原因で自国にハイヴが存在する各国からの非難は計り知れないものがあり、米国国内の民意は高いものの米国というブランドの信頼は地に落ちてしまっていた。踏んだり蹴ったりとは、正にこのことをいうのだろう。



「ッ、兎に角! シュウ・シラカワ、果ては鋼龍試験分隊や戦術機について、何よりもG弾と違い、周囲にほぼ被害を与えずにハイヴ攻略を成し遂げてしまうだろう大型機に関して徹底的に調べ上げろ!
 このまま奴らが開発した戦術機や、況してや大型機が量産などされて各国に出回れば、われわれ合衆国の計画が根本から瓦解しかねないのだからなっ」

「……了解いたしました」


 そう言って一礼し、ドネット長官は一足早く退室した。
 それを確認後 ジョーン大統領は、ふぅと()め息を付き、胸ポケットから煙草を取り出して火をつけた。目一杯 吸い込んで、うまそうに煙を吐き出す。

 暫く寛ぎ、一本目が吸い終わる頃、アメリカ統合参謀本部議長であるヘクター・エイム陸軍大将が立ち上がり、大統領に話しかける。


「――大統領閣下。お疲れのところ申し訳ありませんが、タイプ94およびタイプ00に関する戦略評価の報告に移りたいと思います」

「ほぅ……それで、あの機体、レーザーを避けるタイプ94――確かシラヌイだったか? どうなったかね?」


 そう言ったジョーン大統領の言葉に、ヘクター陸軍大将は渋い顔をして手元にある資料を手渡してから答えた。


「正直に申し上げれば……、第65戦闘教導団“インフィニティーズ”に配備されているF-22()A EM()D P()has()e2()との戦力比は……これは飽く迄も予想ですが、軽く見積もってタイプ94との撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は2:1、タイプ00との撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)は1:1であり、まだお釣りが来るだろうと作戦部からの報告です」

「それは何か、合衆国が総力を上げて開発した最新鋭機よりも、高々島国の一黄色い猿共が開発した機体の方が優れている、と? タイプ94は僅差での勝利? タイプ00に至っては互角、だと……有り得ないだろう? 君もまたドネットと同じく、ジョークのつもりなのかね?」


 先のドネット長官との遣り取りを見ていたためジョーン大統領の言葉に狼狽えたが、ヘクター陸軍大将は平静を装いながら答えた。


「あ、飽く迄も予想ですっ。比較対象が唯一入手できた映像データと簡易スペック表しかない状態では、流石に分かりません。責めて詳細なスペックデータさえ在れば良かったのですが……」


 ジョーン大統領はヘクター陸軍大将に命じる。


「……予定を前倒しして構わんっ。早急に、F-22A(ラプター)の生産を急がせろ」

「大統領、私と致しましてはF-22A(ラプター)よりも、不採用となったYF-23<ブラックウィドウⅡ>の方がより自軍の戦力が高められると考えられますが……」


 大統領は、ヘクター陸軍大将の提案に難色を示した。

 先進戦術歩行戦闘機(ATSF)計画を経て正式採用されたYF-22。その競合であったYF-23<ブラックウィドウⅡ>は、遠・中距離砲戦能力を重視しているYF-22――後のF-22A(ラプター)やそれ以前の米国製戦術機とは対照的に近接機動性の重視、長刀・銃剣の標準装備など対BETA近接戦闘能力を、設計段階から考慮されているのが特徴だった。
 しかし、調達コストと性能維持に不可欠な整備性、何よりもその機体性能が、G弾運用を前提とした米軍の戦略ドクトリンと合致しないと判断されたため不採用となった機体でもあったからだ。


「YF-23は、確かにYF-22に比べて優れてはいた。私も間近で見ていたのだから、それは認めよう。
 しかし、だ。YF-23は、我が国の戦略ドクトリンとは全く合致していない。兵士とはいえ、態々合衆国国民を危険に晒す近接戦闘を重視した戦術機など古臭く、ナンセンスの何者でもない。我々の戦術機の扱いは飽く迄も、G弾運用の為の梅雨払いに他ならないのだからな」

「しっ、しかし、今後の世界戦略を視野に入れますと、やはり近接格闘能力が劣るF-22A(ラプター)ではタイプ94は如何にかなっても、タイプ00が相手となると荷が重いかと……」

「……――考えておこう。だが、戦略を変える積もりはない」

「…………」


 ヘクター陸軍大将は小さく()め息を付くと、憮然として黙り込んだ。


「……少し宜しいかね?」


 他に発言する者がいないのを見て取り、それまで沈黙していたアメリカ合衆国国務長官――コラン・ジェファーソン国務長官が口を開いた。眼鏡を着け、三つ揃いのスーツを着た老紳士だ。国家安全保障会議室にいる中で、一番の年長者である。軍人としての最終階級は現在のヘクターと同じ陸軍大将にまで上り詰めただけはあり、その背筋は年齢の割にまっすぐとしている。同じ軍人上がりであるジョーン大統領とは、父親と息子ほどの年齢的な差があるためコラン国務長官に頭が上がらないのが現状だった。


「けっこう。では、私の意見を述べさせていただこうか。
 ミスタ・ヘクターの指摘した通り、タイプ94が相手だと何んとかなるだろうが、F-22A(ラプター)と比べて映像を見て分かるほど、このタイプ00が相手だと難しいと言わざるを得ない。我々と異なり、戦術機を正面決戦に運用する日本だけあって、近~遠距離を全てカバー出来るほどの素晴らしい機体だ。さらに付け加えるなら、レーザーを避けるほどの機動性、モース硬度15以上の甲殻を斬り裂ける新型の長刀、オマケに、未だ未完成らしいが電磁投射砲(レールガン)を超えるらしい兵器まで開発しているそうじゃないか。低脳な黄猿が造ったとは思えないほどの出来であり、そこだけは賞賛に値するだろう。……――なぁ、ジョーン坊や……そう思わんか?」


 コラン国務長官は、頷くジョーン大統領を一瞥した後、一同を見回して反論がないため続けた。


「よろしい。それならば簡単なことだ。現在、世界はBETA共によって未曾有の危機に瀕しているのは皆も理解していると思う。もちろん、それを回避するための、我々の計画であり、それは人類の救済でもある。そこで現れた、素晴らしい性能を誇る機体の登場だ。そのような機体は――」


 彼は一旦言葉を切り、眼鏡の位置を直した。


各国(●●)で共有するのが、当たり前ではないのか? 果ては、あんな小さな島国ではなく、世界を文字通り守護している我々――合衆国が、その技術を管理するに相応しいはずだ。
 しかし、そんなことを強行すれば、各国から非難轟々なのは目に見えて明らかだ。そこで私は世界に向けて、日本が保有する技術の開示、即ち我らに対して全技術の譲渡を日本帝国に要求することを提言するが……如何だろうか? 幸いなことに、この考えはアリヴィアン様も賛成しておられる。しかも、我らの膝元にはご丁寧に開発計画が進められているアラスカという丁度良い監獄まで用意されているのだから……」


「否」と、言う者は一人もいなかった。むしろ、コラン国務長官の意見は一同に対し、目から鱗が落ちるものだった。


「――私は賛成だが……反対もないようだな。では、その方向で話しを進める。日本帝国には、コラン国務長官から打診してください。……――以上だ。
 それでは、これで会議を終了する。みなさん、良い一日を」


 そう言ったジョーン大統領の合図に、他の面々は国家安全保障会議室を退室していき、六つの画面に映る高官たちも次々にオンライン会議から消えていった。







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