【ネタ】強過ぎでNew World (ビーフシチュー)
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極めて遠く、限りなく近い世界で







 眼前に広がるドス黒い色をした大海原。その太平洋上には、反オルタネイティブ第四計画を掲げるオルタネイティブ第五計画の提唱者にして盟主。また古くからあるドゥブロヴィン財閥の御曹司であり、「戦術機の操縦技術で彼の右に出る者はいない」と、無駄に自身の腕に高いプライドを持つ各国の開発衛士たちから称賛されるほどの戦闘能力を有し、さらに理論物理学者としてもそれなりに有名なアリヴィアン・ドゥブロヴィンが率いる米国陸海空軍を主とした勢力。そして、長年各国の名だたる軍事企業に出資してきたためか国連に対する強い発言力を持ち、ロシア人であるにも拘わらず、米国の上層部を誑し込めてしまえるほどカリスマ性が高い彼の考えに民族・宗教・国家といった垣根も関係なく賛同し、または単純に地球脱出の乗船チケットを優先的に確保して貰えるよう約束された己の保身を第一に考える、ある意味“選ばれし者たち”で構成された部隊が前面に展開されている。

 その総数、戦術機揚陸艦だけでも凡そ四〇隻。巡洋艦や駆逐艦なども合わせれば優に一〇〇隻は超えている。

 戦術機揚陸艦に搭載されている全ての機体が第五計画推進派に協力する各国の最新鋭の戦術機、およそ五四〇機以上の機体群が甲板から順次飛び出してきていた。正直、今の世界情勢、尚且つ現在オリジナルハイヴに対する人類の反攻作戦の真っただ中であるだけにこれだけの私的な、無駄な戦力を保有している第五計画推進派に殺意すら覚えるほどだ。

 それに相対するのは、『この世界』でも異質であるたった一機の巨大な、全高は戦術機の約二倍強ほどもある蒼い機体。すでに邪神ヴォルクルスとの契約から自由になっている、というよりも元々最初から屈服させていたためヴォルクルスの呪力に依存せず、自らの意思だけでその姿を大きく変貌させ、本来の力を発揮しているネオ・グランゾンだった。

 これが『この世界』では普通の――各国が第三世代型戦術機の開発に躍起になっている今――日本帝国だけが唯一開発中である最新鋭の試製第3.5世代型戦術機などに搭乗していたとしても、いくら機体性能差があろうとも対BETA戦と同じように圧倒的な物量の前では成すすべはなく、目の前に広がる光景に戦慄するところだろう。
 しかし、その物量に相対するのは、本当の意味で対異星人戦闘用として生まれ変わっているネオ・グランゾンなのだ。当然ながら、コクピット内にいた白河愁――シュウ・シラカワは不敵な笑みを浮かべていた。


「ククク……第五計画派のみなさん、今日まで続いていたあなた達との縁もここまでです。彼らの邪魔になるので、ここから先は一歩も通しませんよ。
 相転移出力、最大限。縮退圧、増大……重力崩壊臨界点、突破……」


 その言葉が合図であったかのように、ネオ・グランゾンの背後にあるバリオン創出ヘイロウという黄金色のリングが輝き、頭上に“穴”が開く。空間に直接開いた“穴”――ワームホールへとネオ・グランゾンが入ったと同時に、その穴は閉じる。

 瞬間、第五計画推進派の戦術機部隊の頭上に再びワームホールが開き、そこからネオ・グランゾンが、ゆっくりと現れた。

 突如SF小説に出てくるようなワープを目の前で使われたため、全ての衛士たちの思考は一時凍結し、呆然とその光景を見上げるしかなかった。


「非常に残念ですが、これでお別れです。この星の未来を担う子供たちのためにも、あなた達の存在をこの地球上から抹消してあげます……!」


 ロジックサーキットとカバラ・プログラムを制御しつつシュウが指を動かしてあるキーをタッチすると、ネオ・グランゾンの胸部中心にある三つの球体が迫り出てくる。ネオ・グランゾンが両手を胸の前に掲げると、三つの球体が一つになる。それは紫電を纏った白い球体へと変貌を遂げ、徐々に膨れ上がっていく。そして、それが限界まで達した瞬間、


「眠りなさい。縮退砲……発射!」


 ――と、そう言ってシュウが発射スイッチを押した。

 直下にいる敵めがけてネオ・グランゾンから放たれた圧倒的過ぎる破壊力を持った白き球体は、第五計画推進派の戦術機部隊中央に着弾後、その破壊範囲を貪欲なまでに広げる。海面は元より、海底をも大きく抉り取りながら全戦術機部隊および戦艦が光に姿を変え、そして、恰も初めから存在しなかったかのように闇へと還っていった。

 その眼下に広がる光景は、正に地獄絵図。

 運よく巻き込まれなかった機体すらもブラックホールから生じた凄まじい重力嵐によって周囲の空間ごと爆縮し、一瞬の恒星となって光を投げ掛け、そして直ぐに部品一つ残らず消滅している。
 この太平洋上で唯一残っているのは地球の自転なども考慮し、威力を最小限に止めた結果、最後方に位置していた御蔭で九割九分方破壊された相手側の切り札である超大型戦略航空機動要塞XG-72“アポカリュプシス”が何んとか浮遊――と、いうよりも徐々に降下、墜落している状態だ。

 止めを刺すべくネオ・グランゾンを動かそうとした時、シュウはアポカリュプシスから出撃し、こちらに高速で接近してくる一機の戦術機を確認した。それは、クーデター事件の折に見たことがある米国製第三世代型戦術機に酷似した、姿形はよく知っている漆黒の機体であった。





 † † †





 それは既存の戦術機とは違って、全長凡そ二八メートルもある大型の戦術機だった。

 自ら創り出した数多くのスェーミたちから回収した断片的な記憶や自らの知識から齎された情報により、呼称“ネオ・グランゾン”となった“蒼の魔神”に対抗するために建造された近接特化の機体XG-73“ブレイド・ラプター”。突撃(デストロイヤー)級BETAの装甲殻すら容易く両断できるほどの凄まじい斬れ味である日本帝国が開発した試製00型近接戦用長刀“獅子王刀”に対抗して開発されたXCIWS-4A試作近接戦闘長刀“デスカッター”というF-22A EMD Phase2(ラプター)時に使用されていた長刀とは違って、そこから得られたノウハウなどをフィードバックさせて刀身部を全て新素材製で造り替えられた大型の長刀――XCIWS-4C試作近接戦闘長刀“バニティリッパー”。さらに腰部両脇に設置された電磁投射式速射機関砲(レールガン)、腹部に内蔵された荷電粒子砲、ML機関の重力制御によって跳躍(ジャンプ)ユニットがない状態でも浮遊、高機動戦闘が可能に。そして……背部には最新式の小型弾頭も搭載されているのだ。

 その外観からF-22A(ラプター)の系譜だと思われるが、戦術機としては異例とも呼べるほど極めて巨大。もはや戦略機とでも呼べばいいのか……。

 本来ならば時間を掛けて建造されるべきなのだろうが、盟主アリヴィアンの指示の元、ネオ・グランゾンに対抗するべく火急的に造られたため機体バランスは大幅に損なわれている。
 しかし、ML機関の重力制御によってその問題は強引に解決。重力制御の際に生じる莫大な余剰電力もあって、その出力は桁外れに高かかった。

 G弾の開発やオルタネイティブ第五計画推進派の先鋒であるザ・ボーニング・カンパニーの先進技術研究部門“ファントムベイン”が「打倒“蒼の魔神”!」を掲げ、連日連夜をもって造り上げた最高傑作。そして、そのコクピットにいるのは、オルタネイティブ第五計画盟主アリヴィアン・ドゥブロヴィンその人であった。

 XG-73(ブレイド・ラプター)はネオ・グランゾン目掛け、これまで我慢してきた想いをぶつけるかの如く、いきなり初速からドンッ!、という巨大な音と共に衝撃波(マッハコーン)を出しながら一直線に向かっていく。


「おまえのぉ……おまえの所為でぇぇぇぇぇっ!!」


 アリヴィアン・ドゥブロヴィンにとって待ち望んでいた瞬間がやってきたのである。

 紆余曲折を経て、彼は日本帝国で起こった12・5クーデター事件でグランゾンと相対してしまった時、油断していた所為か何の抵抗も出来ずに墜とされた経験があった。しかもその際、長年準備していた計画を一瞬の内に壊され、最愛の恋人である香月夕呼をも奪われてしまい、理不尽にも大事にしていたモノを根こそぎ奪われたのだ。

 因みに「何故、グランゾンが『この世界』にいるのか?」と、いう驚愕すべき事実に始めはかなり動揺したものの、そんなのはアリヴィアンにとって些事でしかないことに気付いたのだ。どうせ自身が起こした『この世界』の変革の所為で、『世界の抑止力』が発動してしまっただけなのだろう。「最強であるアリヴィアン・ドゥブロヴィンを抹殺(デリート)するために遣わされた“カウンターガーディアン(やられキャラ)”。所詮外見だけグランゾンを模倣した精々戦略航空機動要塞でしかないのだから……」と、言って納得していたのだ。

 それから何回か――片手の指で足りる程度だが――私兵の部隊と交戦するよう仕向けていたが、グランゾンモドキを倒すまでには至らず、それに躍起になっていた所為か気付いた時には、何処の誰かも分からない人物に有力な駒候補であったビャーチェノワ姉妹まで奪われる始末。あの時、イェージー・サンダークと共に発狂したのは苦い思い出だ。

 ここまで来て、いろんな意味でアリヴィアンの堪忍袋の緒が漸く切れた。


(『この世界』は私を! 救世主であるボクを中心にして回っているんだっ! 少し手心を加えてやっていたからといって調子に乗りやがって……! 今度は手加減などしないっ。ボクのハイパー・モードと、この最強無比なXG-73(ブレイド・ラプター)で確実に息の根を止めるっ!)


 アリヴィアンは、XG-73(ブレイド・ラプター)の左肩部に装備されている西洋剣型のバニティリッパーを抜刀術の要領で――超加速も利用しつつ――ネオ・グランゾンの胸部目掛け叩きつける。
 ところが、それを予め予知していたかのように、繰り出される前に逸早く察していたネオ・グランゾンは右手を突き出す。すると、その前方にワームホールが出現。そこから無骨な印象を受ける巨大な剣――グランワームソードが現れ、ネオ・グランゾンはそれを手に取るなり引きずり出した。

 完全に出し終えると同時にワームホールは消え、迫り来るXG-73(ブレイド・ラプター)の一撃をグランワームソードで難なく受け止める。
 ネオ・グランゾンの背中のスラスターが一斉に開き、そこから、光が吹き出す。

 アリヴィアンは一気に押し返してやろうと、XG-73(ブレイド・ラプター)の出力を上げるが、簡単に押し負けてしまって突き飛ばされた。


「――ッ!? はっ、張りぼての癖に中々のパワーじゃないかっ!」


 きりもみ回転しながら吹っ飛ばされ、最新式の重圧消去装置(G・キャンセラー)が意味をなさないほどの過度なGに歯を食いしばって耐えつつも、巧みな操縦で腰部に装備された二門の電磁投射式速射機関砲(レールガン)および腹部の荷電粒子砲を砲身過熱を無視する勢いで連射。『この世界』では防ぐ術はない、絶大な威力を誇る光の槍が雨のように寸分違わぬ勢いでネオ・グランゾンへと放たれる。

 その眩いばかりの全ての光砲がネオ・グランゾンに迫る……――が、直撃の寸前で全ての光砲が四方八方へと逸れて飛んでいく。


「なぁっ!? アレはっ、ま、まさか……わ、歪曲フィールドぉ!? そ、そういえばワームホールも使っていた、よう、な……――ほ、ほんも……の……?」


 その光景から考えられる事実にアリヴィアンが驚愕し、恐怖していると――元々敵との通信のみの回線を開いていたのだが――それに応じるように、初めて聞くネオ・グランゾンのパイロットの底冷えする声がコクピット内に響き渡った。


(彼の今までの言動から考えるに、私と同じ元観測者だったのか、それとも“クロノエイチ”に触れてしまったのか……)
『あなたも懲りない人ですねえ……。素直に運命を受け入れなさい』

「この声は、まさかっ! しゅ、シュウ・シラカw――!」


 そう言い終わらない直後、そのネオ・グランゾンの重そうなフォルムからは考えられない速度で、一気にXG-73(ブレイド・ラプター)との間合いを潰してきた。

 そして凄まじい速さで、すれ違いざまにXG-73(ブレイド・ラプター)の左腕を切り飛ばし、続けざまに右足を落とされ、頭部が宙を舞った。


「――くっ、なんて出鱈目なっ!」


 反応すら出来なかったことに顔を大きく歪めたアリヴィアンは、無駄だと本能が悟っているものの全力で後退しながら、反射的に電磁投射式速射機関砲(レールガン)を連射する。
 しかし、アリヴィアンの嫌な予想通り、放たれた光砲は何もない場所を通り過ぎるだけだった。


『逃がしませんよ』


 すでに電磁投射式速射機関砲(レールガン)が放たれる前、ネオ・グランゾンは前方に開いたワームホールに吸い込まれるようにして、姿は消失。そして、すぐさまXG-73(ブレイド・ラプター)の背後に開いたワームホールから、グランワームソードを振り上げた状態のネオ・グランゾンが迷うことなく、凄まじい速さで突撃しながら背中を薙ぐ。

 運良く管制ユニットは外して、XG-73(ブレイド・ラプター)の上半身と下半身が綺麗に分断された。


「ふっ、ふ・ざ・け・る・なっ、ふざけるなよぉっ!! こんなの認められる訳ねえだろうっ! やられキャラ如きの分際でえぇぇぇぇ!!」


 自信が本気を出しているにも拘わらず、余りの屈辱的仕打ちに先ほどまであった本物と思われる“シュウ・シラカワ”に対する恐怖を捨て去り、形振り構わずネオ・グランゾンに突っ込んでいった。

 そのXG-73(ブレイド・ラプター)に向かって、ネオ・グランゾンは無造作に大剣を振り下ろす。


「歪曲フィールドは所詮っ、ダメージを半減させるだけだろぉぉぉっ!!」


 そう叫びながらガリガリッと、XG-73(ブレイド・ラプター)の装甲が抉れる嫌な音がコクピット内に響くものの超反応でもってその必殺の一撃を紙一重で何んとかかわし、ネオ・グランゾンに食らい付く。


「ボクは『この世界』、いやっ、人類を救うことが出来る唯一の救世主なんだっ! だからっ、人類のためにもっ、ボクはまだこんなところで死ぬ訳にはいかないっ!
 愛する夕呼の目を覚まさせ、奪われた女たちを、悪鬼の手から助け出す義務もあるんだよぉぉぉぉっ!!」


「むしろっ、必然だぁっ!」と、叫びつつアリヴィアンが或る操縦桿のキーをタッチ。XG-73(ブレイド・ラプター)の背部に装備されていたバックパックが開いた。中には、すでにリミッター解除された地球を容易く破壊出来るだけの量である小型G弾頭。

 アリヴィアンは安全装置の解除を行うレバーを素早く掴み、思いっ切り手前へ引く。照準――直ぐ目の前にいるネオ・グランゾンの胸部。


「ぼk……――私の機体には脱出機能が備えられています」


 先ほどとは違って妙に冷静な口調で告げながら、操縦桿からせり出したトリガーにアリヴィアンは指を掛ける。


「そのグランゾンが本物ならば、脱出装置は付いていないはず……。即ち……――てっめえの命もここまでだってことだなぁ! 起動させた以上、もうボクには如何することも出来ない。流石のグランゾンもこれだけの数のG弾を受ければ、てめえの命と一緒に塵となるのは目に見えて明らかだっ」

『……』

「しっ♪ かっ♪ もっ♪ てめえの命惜しさに逃げればこの地球が呆気なく消滅する。そうなると、てめえの取るべき道は一つしか残されてねえって訳だっ! ひゃっひゃっひゃっひゃっ……」

『…………――まあ、それもいいでしょう。地球を除いた近郊惑星に生息するBETAは粗方狩り尽していますし、彼女たちには悪いですが、私もまた……『この世界』の因果律を乱す元凶の一つ。結果的には、これでいいのでしょう』


 通信から()め息交じりの声が微かに聞こえたものの、狂ったように笑いながら脱出の準備をしていたアリヴィアンの耳には届いていなかった。そして、一切の躊躇いもなく、彼は脱出レバーを引いた。


『ですが、今までの言動を見るに、あなたの存在自体も『この世界』の因果律を乱す元凶の一つであるのは明白です』


 ――瞬間、ネオ・グランゾンを中心にしてワームホールが開き、アリヴィアンが脱出する暇もなく、XG-73(ブレイド・ラプター)諸ともこの銀河系から姿を消した。

 その直ぐ後、遠い何処かの宇宙で、大規模な重力異常が発生したとかしないとか……。









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 この最終局面において、戦友たちは次々BETAによって殺されてしまった。
 しかし、それを嘆く間もなく行われた『あ号標的』との対話後、紆余曲折の末に凄乃皇四型が荷電粒子砲を放ったと同時に喀什(カシュガル)ハイヴから連絡艇で脱出した武と霞、純夏(00 Unit)の三人は、無事に横浜基地へと帰還することができた。

 横浜基地の滑走路に着くと、数え切れない人々の歓声でその連絡艇が出迎えられていた。

 彼らは人類を救った英雄の凱旋を心の底から喜んでいたのだ。
 しかし、当の連絡艇内はそれとは全く逆で、まるで通夜のような静けさに支配されていたのだった。


「――『この世界』はもう……未来に向かって進んでいます。『この世界』からあなたが関わった世界も、変わります。
 だから……だから……、あなたの戦いは……もうお終いです」


 霞は瞳を潤ませながらそう言って、純夏が武たちに宛てた最期のメッセージを伝えていた。
 しかし、あれほど悲願であった、自分を『因果導体』にしていた原因が取り除かれたとはいえ、武はこんなカタチでは納得できるはずなどなかった。

 ここまで来るのに、余りにも、そう……余りにも犠牲が多すぎたのだ。


「霞……それでも、それでもオレは納得できないよ。こんな結果なんて、納得出来る訳がないんだッ!
 それに、A-01部隊のみんなが……委員長が……美琴が……彩峰が……たまが……純夏がっ、命を賭けて守った『この世界』を残して、オレだけ一人、おめおめとこのまま『元の世界』に戻ることなんて出来ない……っ!」


 そう叫び、物言わぬ純夏の体を優しく抱き竦めながら、武は涙した。


「霞だって……納得、できないだろう……? BETA相手なら兎も角、同じ人類相手にっ、オレたちの中で一番殺しても死にそうになかった先生が……愁先生がっ、オレたち人類を守るために……し、死んだんだぜ? こんな結果、絶対 納得できない!
 夕呼先生や殿下、鋼龍小隊の皆たちに、一体オレはなんて言えば良いんだよっ」

「っ、……ぅぅっ……」


 武の言葉に、今まで我慢していた霞の両の目からポロポロと涙が零れ落ちた。

 一五人分もの座席が用意された艦橋で、喜び勇んで帰りを待っていた者たちが入ってくるまでの間、二人分だけの啜り泣き声が暫く響いていた。










 二〇〇二年 一月一七日 一三四六時(日本標準時)
 日本帝国神奈川 横浜市白陵町 国連太平洋方面第11軍 横浜基地前――――





「…………」


 桜花作戦(オペレーション・チェリーブロッサム)が終了してから数日後――。
 自身がやるべきことを全て終えた武は、『この世界』から消えてしまう前に、恩師や仲間たちが眠る桜の木の下に立っていた。


「ありがとうございます、まりもちゃん、伊隅大尉、そしてみんな……。御蔭で……オレはやっと一人前っていうのが如何いうものなのか分かった気がします。
 改めて御礼を言わせてください……、ありがとうございましたっ!!」

「――どうやら、まだ消えてなかったみたいね」

「――えっ?」


 唐突に掛けられたその声に振り返ると、一様に目元を赤く腫らした夕呼と霞、陸路でやってきた第五計画推進派を相手にした横浜基地防衛戦の折に負傷し――同じく目元を赤く腫らした――未だ手足のギプスが取れていないビャーチェノワ姉妹、クリスカとマーティカの二人が武の目の前に立っていたのだ。









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「――と、いう訳で、あんたが残してくれたもの……理論や数式……XM3……生還することで、あんた達が持ち帰った『あ号標的』のリーディングレコーダー。それにシュウの奴が残していたTC-OS専用の戦術機設計データや新兵装のデータ、扱いに困るけどトロニウムも一つあるし、これだけあれば人類は、少なくともあと三〇年は大丈夫よ」


「一〇年以内に、確実に人類は滅亡する」と、考えられていたものの自分たちの活躍と犠牲になった人たちの御蔭で三〇年は生き延びられる。
 しかし今の武には、その三〇年という年月でさえ余りにも短いと感じていた。あれだけの人たちが死んで得た人類の猶予期間が、たった二〇年増えただけという短さに……。


「……先生。オレたちがやったことって……、みんなが命と引き換えに手に入れたものって……ちゃんと意味……ありますよね……?」


 夕呼の説明を聞き終えた武は、今までのことを思い返しながら縋るように訊ねた。自分の気持ちは兎も角として、これだけは如何しても聞いておかなければならなかった。

 それに対して「当たり前でしょう?」と、夕呼は即座に答えてくれた。


「あんたは……あんたたちは間違いなく、『この世界』を救ったのよ? たとえ誰ひとり知ることがなかったとしても……その事実は絶対に変わらない。
 それに、まりもや……あいつ等の命と引き換えに手に入れた二〇年……絶対無駄にするつもりはないわ」


 武を見詰めながらそう告げる夕呼の眼差しは、今まで以上に真剣なものだった。


「ありがとう“シロガネ タケル”……あんたは『この世界』の救世主よ……」


 それは、『元々の世界』やこれまでループし続けた『この世界』も含めて、夕呼が初めて武に告げた、心からの感謝の気持ちだった。

 話している内に、武の周りから淡い光が徐々に溢れてきていた。


「……どうやら、時間が来たようね」

「……そう、ですか。
 でも夕呼先生……それでも、オレはこのまま消えてしまうなんて、嫌なんですっ! オレは、みんなが守った『この世界』を守りたいですよっ!!」


 武の必死な独白に、夕呼は悲しい顔をしながらつぶやいた。


「それは……残念ながら無理な相談よ、白銀。
 さっきも言ったけど、鑑が存在しない今 あんたはもう『因果導体』じゃない。確率時空の中で無数に分岐する『世界』の安定のためにも、特に多くの“シロガネ タケル”の統合体であるあんたは、鑑が再構築した『世界』に行かなければならない――」


 と、不意に夕呼がぽつりと漏らした。


「ただ、あんたと鑑が関わった一連の転移現象から、世界の在り方には人の意志が大きく影響することが確認できたのも確か……。だから、あんたがそれを強く望んだならば、もしかすると……“奇跡”というものが起こるかもしれないわね」

「先生っ、それは本当ですかっ!?」

「えぇ……要は確率の問題よ。
 まあ元々因果律量子論で予見されていた現象だし、あんたは実際に体験しているんだから先ず間違いないわ」


「でもねぇ~……」と言いながら、夕呼は腕を組んでため息を付く。


「この選択は何度もループを繰り返しているあんたにとって耐え難いことよ? 前みたいに『因果導体』じゃないからループも出来ず、今度こそ、例え失敗したとしてもやり直しは利かない。死ねば『その世界』で骨を埋めることになる。そもそも『その世界』へ無事に辿り着けたとしても、これまでループで培ってきた経験が反映されていないかもしれない。
 そういう覚悟のないあんたが『その世界』へ行けば、より酷い状況になるのは明白」


 そして、その自覚がないのなら、“奇跡”を信じてまで戻る資格はないと夕呼は言った。


「だから、敢えて聞くわよ。あんたは『元の世界』に帰りたいんじゃなかったの?」

「……いえ、すでにオレは『この世界』の人間です。
 甘い考えですけど、オレを助けてくれていた……まりもちゃん、A-01部隊のみんなを、今度はオレがみんなを助けたいんです」


 武の返事は、澱みないものだった。


「そして、この(世界)を、オレは本当の意味で守りたいんですよっ」

「そう……、そこまで決意が固いのなら私が何を言っても無駄のようね」


 笑みを見せながら、夕呼がつぶやいた。


「ま、あとは“奇跡”でも信じて、確固たる意志を強く持っていなさいっ」


 夕呼が強い口調で言った瞬間、さらに眩しく光り輝き、あっという間に武の身体を包み込んでいく。


「――ッ! パラポジトロニウム光……、いよいよね。
 白銀、あんたが望むことを、強く願いなさいっ。『次の世界』も頼んだわよ、白銀武」

「はいっ。夕呼先生、ありがとうございましたッ!」

「白銀さん……」
「「白銀少尉……」」


 霞やクリスカ、マーティカの三人が戸惑いがちに声を掛けてきた。


「三人も元気でな。喧嘩なんかせずに、仲良くするんだぞ?」

「……はい」
「……わかっている」
「……ああ」

「それから、みんなのこと……誇らしく語ってやってくれよ……。頼む」


 徐々に消えゆく武を見詰めながら、三人は強く頷いた。


「はいっ、私は……あなたを絶対に忘れません。みなさんのことも、笑って語り継ぎますっ」

「ふっ……愚問だな、白銀少尉。それに、な?」

「あぁ、私たちが博士のことを語らないとでも思っているのか? 未来永劫、衛士たちに語り継がれるようにしてやるさ。……絶対に語らないといけない子が、冥夜と中尉、それに私たちにはいるからな」

「「――っ!?」」


 クリスカとマーティカの二人は頬を染め、嬉しそうに、今まで見たこともないような慈愛に満ちた笑みを見せながら、そう言って自分たちの平らな下腹部にそっと手を添えた。
 ここに来ての爆弾発言に夕呼と霞は目を剥き、クリスカとマーティカを羨ましそうに睨みつける。

 霞はどちらかと言えば、心の底から信じていた姉たちに裏切られたように涙目にもなっていたが……。

 その光景を見ていた武は、いろんな意味で笑うしかなかった。


「は、ははは、はは……――月詠さんが冥夜の体を何時も以上に労わっていたし、冥夜自身も露骨に嬉しそうだったから予想はしてたけど、“中尉”ってことは篁中尉もかぁ……。いくら一夫多妻とはいえ、姉妹丼までしてたとは……先生スゲーよ。
 流石は愁先生、あんな澄ました顔しててヤることはヤってたんだ……死んじゃってもタダでは転ばないなぁ」


 妊娠の報告を聞いた際の歓喜する巌谷中佐の顔が在り在りと想像できてしまう。


「でも、冥夜が妊娠している手前、それを知った殿下が、一体どう出るか……、考えるだけで――……うばぁ~」


 その事実を知って鬼神の如く荒れ狂う殿下を想像し、盛大に頬がひきつるのを自覚しながら武は身震いするが、それに呼応するかのように光は強くなっていった。


「……――っと、それじゃあ、ありがとう霞、クリスカ、マーティカ。二人はお腹の子供を大事にしろよ? では、夕呼先生も元気で……また、な……」


 そして武はひとり、旅立っていく………………予定だった。


「「「――ッ!?」」」
「――ちょっ!? なんでパラポジトロニウム光が私たちも包み込んでのよっ!! むしろ、あんたよりも光が強いっ!? あんた、一体何を強く願ったの!!」

「し、知りませんよオレに訊かれたって!! 夕呼先生の方がこういったことは詳しいでs――」


 武が言い終わらぬ内に、五人の意識は彼方へと飛ばされてしまった。

 因みに、急遽建設された帝都城のとある姉妹の部屋や横浜基地のとある小隊の詰所でも同様の現象が起きていたらしい……。








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