October 17, 2014
道路があれば、農家は収穫物を市場に運ぶことができ、子ども達を学校に通わせることができる。32年にわたって外交官を務めたあと、2000年から世界食糧賞財団の代表を務めるケニス・M・クイン(Kenneth M. Quinn)氏が、道路と食糧の相関性について語ってくれた。
26歳で外交官になった私は、ロンドンやパリのシャンデリアに飾られたボールルームを夢見ていた。ところが、ベトナムのメコンデルタ地方にある8つの村に地域開発アドバイザーとして配属されたのだ。
そこで人生における最も重要な教訓を学ぶことになった。道路が人々の暮らしを改善するという教訓を。
1968年のことで、ちょうど世界食糧賞(World Food Prize)の創設者ノーマン・ボーローグ(Norman Borlaug)氏が「奇跡の麦」を開発し、「緑の革命」が始まった頃だ。東南アジアでは、高収量で生育が速い「奇跡の米」と呼ばれた品種IR8が普及し始め・・・
26歳で外交官になった私は、ロンドンやパリのシャンデリアに飾られたボールルームを夢見ていた。ところが、ベトナムのメコンデルタ地方にある8つの村に地域開発アドバイザーとして配属されたのだ。
そこで人生における最も重要な教訓を学ぶことになった。道路が人々の暮らしを改善するという教訓を。
1968年のことで、ちょうど世界食糧賞(World Food Prize)の創設者ノーマン・ボーローグ(Norman Borlaug)氏が「奇跡の麦」を開発し、「緑の革命」が始まった頃だ。東南アジアでは、高収量で生育が速い「奇跡の米」と呼ばれた品種IR8が普及し始めていた。
私が指導した地域でも新しいIR8の栽培が促進されると同時に、村々をつないでいた轍だらけの道が改良されて、ようやく4つの村が結ばれるようになった。
IR8は二期作を可能にし、収穫まで6カ月かかっていた従来の品種と比べ収量が大幅に増加した。小規模農家は初めて有り余るほどの収穫と収入を得ることができた。
農家は家を改築し、衣服を買い揃え、子供たちには栄養価の高い食料を与えた。新しい道路のおかげで、学校で長い時間勉強することができ、子供の死亡率も下がった。
道路の改良によってもたらされた最も驚くべき変化は、治安に現れた。村々はかつて暴徒や潜伏するゲリラ兵によって包囲されていたが、昼夜を問わず安全に移動することが可能になった。商売や情報、様々な機会といった新たな道が若者たちの前に開かれると、反政府軍の活動や暴動に参加する必要がなくなったのだ。
一方、道路が改良されなかった4つの村ではIR8が栽培されず、貧困や栄養失調といった状況から抜け出せないまま、治安はむしろ悪化する結果となった。
外交官としての職務が終わるまで、私はこの教訓を大切にした。また、道路がないことと、飢えや貧困、政情不安、テロとの間に相関性があるとより強く確信するようになっていた。
1990年代初頭、私は国務省事務次官補代理としてカンボジアに赴いた。当時はまだ、大量虐殺を行ったクメール・ルージュが地方のほとんどを支配していたが、カンボジアとの国交を回復するためアメリカは1100万ドル(およそ11億円)の資金援助を行った。
まず地雷撤去を始め、道路造成用の重機をタイから借りて、20年におよんだ内戦で崩壊した道路を再建することにした。
幹線道路などの道路網が再建されると、“薬のような効果”が表れた。そして9年後、大使となった私は、最後のクメール・ルージュが降伏したことをワシントンに電話報告した。
10年後、ロバート・ゲイツ(Robert Gates)国防長官にその話をすると、彼はアフガニスタンに赴任した指揮官の誰もが同じようなことを口にすると教えてくれた。「道が終わる所から、反乱が始まる」と。
1999年に私が世界食糧賞財団の代表を引き受けた際、ノーマン・ボーローグ氏は、道路の重要性について延々と述べていた。事実、1970年に彼がノーベル平和賞を受賞して受け取った賞金は、メキシコで道路を造成する資金として寄付された。
それぞれの経験を基に私たちは一致団結し、開発途上国を発展させるには田舎に道路を造ることが欠かせないという信念を共有していた。
2050年には世界の人口が90億人に達すると予想され、十分な食料を確保できるかどうか、人類史上最大の難問に直面するだろう。しかし、道路を改良することの重要性は十分理解されておらず、世界中の指導者に重要視されていないのが現状だ。
今日、アフリカの道路の敷設率は35%程度。飢えや栄養失調に苦しむ人々の割合が少ない地域では、敷設率は95%に達している。
今年の8月にウガンダを訪ねたが、悲しいことに、粗末な家や栄養不良の人々、発育が遅れた子供たちを目の当たりにした。
もしノーマン・ボーローグが生きていたら、きっと私と同じことを言っただろう。「道路がなければ、食料を届けることすらできない」と。
Photograph by Craig Cutler / National Geographic