最近になってつくづく思うのは、人生って本当に長いなあ、ということだ。
今年で32歳になって、もうかなり長いこと自分の人生を生きてきた、と感じる。
でも、日本人の平均寿命(83歳)からすれば、まだ折り返し地点にも到達してないことになる。
祖父は99歳で健在だ。祖父の歳まで生きるなら、まだ3分の1に過ぎない。
歳を重ねると孤独が重くなりそう
ひとつ考えていることは、これから先の人生は「孤独に生きていくと辛いだろう」という事だ。
私は孤独に強いほうで、一人でいるのが苦にならないし、一人でいる時間は絶対に必要なタイプだ。だから「孤独でも大丈夫だ、問題ない」とうそぶいて、あまり他人を大事にしないで生きてきたところがある。
でも、これから中高年になっていくにつれ「孤独」は若者時代とは比べ物にならないような強力な力で、心を強く押し潰そうとしてくるだろう。根拠はないのだけど、どうもそんな気がしてならない。
だから、最近は前よりもずっと友人や人付き合いを大切にしている。
「大切にしているものが残る」という話は一昨日に書いた。オレは、孤独にならないように、友人や仲間をきちんと残したい。
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未来に希望を
これから先の人生に想いを馳せると、やはり希望しかない。未来には常に希望があるように思う。
正直、ここまでの30年より楽しいんじゃないかな?とすら思っている
人生で一番辛いのは子供時代だった。とにかく自分の意志を反映できることがものすごく限られていた、それが窮屈だったからだ。子供の頃の「どんなに理不尽でも大人には逆らえない」という絶望感は強烈だった。
子供の頃、あんなにゲームが楽しかったのは、本当に数少ない「自分の思い通りに生きられる世界」だったからだと思う。あるいは「世界はすべて自分のもの」だったからだ。
もちろん実際は物語やプログラムをなぞっているだけだとしても。
高校生あたりから、人生はバツグンに楽しくなっていった。自分は高校からいわゆる社会の「道」を踏み外し始めた。でも、それが性にあっていたようだ。もともと不真面目だし、いい加減な性格だ。
それに、アルバイトを始めたことが大きかった。学校より仕事はずっと面白いと思った。それは貴重な体験だった。
ただ、楽しくなればなるほど苦しいことも増えていったけれど。結局、この2つは表裏一体なんだろう。
子供の頃は、とにかく色んな事が窮屈でたまらなかった。子供というのはどうしてこんなに力が無いのか、それをずっと歯がゆく思っていた気がする。
実は、一番楽しいのも子供時代だった気もするけれど、これは単に「思い出」だからに過ぎないと思っている。
もちろん、子供時代の思い出を「美しい」「懐かしい」と思うことはある。あるけど、それは思い出だからだ。思い出は何でもそういうものだ。
3日くらいなら戻ってもいいけどね。
子供時代が一番楽しかった、という人はけっこう多い。それはおそらく幸せなことだ。
幸せなんて多ければ多いほどいい。
10代20代の頃は、不幸の中にも「美」「崇高さ」「面白さ」を見ることがあったけれど、今はそういう意識はなくなった。幸福が良いにきまっている。
何より、今が一番楽しいのが一番幸せなことだ。そう考えると、私はけっこう幸せな人間だと思う。
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