閔妃暗殺と明治国家 (2) - 幕末に準備されていた征韓論

いわゆる高文研スタディーズ、とそう私は勝手に呼んでいるが、安川寿之輔の丸山真男批判や中塚明の司馬遼太郎批判を読んでいる。すぐれた研究業績であり、きわめて有意味な歴史認識の問題提起だ。多くの人に読んでもらい、議論の中味を知ってもらいたい。それらを踏まえた上で、私の見解や反論も上げたいと思うが、それにはもう少し準備の時間が要る。観点と着想はあって、当然ながら、それは脱構築主義批判の動機からのものだ。そうした大きな問題を意識しつつ、閔妃暗殺と明治国家について続きを論じたい。年を重ねると、いろんなことが新しい視点から見えてくるようになる。今までに考えたことがなかった発想が不意に思いつく。なぜ、東アジアの中で日本だけが近代化に成功し、朝鮮と中国は失敗して取り残されたのか。この問題は、20世紀の日本の社会科学がずっと格闘してきた核心的なテーマであり、経済学から、政治思想史から、多くの先哲がアプローチして持論を展開してきた重要な問題系だった。日本の社会科学は、この問題に取り組んで論争をする中で理論を発展させ、方法的財産を増やし、水準を高めてきたのであり、日本の社会科学の古典の宝蔵には、この問題に挑んで(後に)標準的な学説となった理論研究の諸作品が収められている。その代表的なものが、①講座派と労農派の日本資本主義論争であり、②丸山真男の「日本政治思想史研究」である。

講座派や丸山真男が何をどう論じたかは、ここでは整理を省略する。私も、彼らの研究を学んで影響を受けた一人で、①と②は基礎理論として今でも重要な認識の土台になっている。が、それらとは全く別の視角で、上の設問に答案を書く試論が思い浮かんでいて、その意味で、私は脱構築系の言説(=丸山・大塚叩き)とは無関係に、また高文研スタディーズとも独立に、独自の仮説で①と②の立場からは少し離れている。仮説というほど大袈裟なものでもないが、結論を先に言うと、日本は政権交代による国家の改造と革新が可能で、朝鮮と中国はそうではなかったということだ。より困難な条件があった。日本の場合、開国の選択にせよ、富国強兵と文明開化にせよ、「徳川幕府を倒して新しい日本を創る」という目標と構想で革命勢力を結集することが可能だった。革命運動のテーゼとビジョンが、他の国々よりも容易に創案でき、障害なく説得できたのであり、その合意と糾合の政治も簡単だった。徳川幕府を倒せばよかった。徳川幕府を倒しても、日本は滅びないのであり、国家としての日本は新生されるのみなのだ。龍馬の言う「日本を洗濯する」ことが可能なのである。朝鮮と清国はそういうわけにはいかなかい。朝鮮王国(王朝)を倒すということは、すなわち国家滅亡を意味する。中国の方は、それでも王朝交代と民族のチェンジを絡めることができ、「滅満興漢」を革命のスローガンに提起することができたが、民族のチェンジのない朝鮮はそのテーゼを打ち立てられない。

その条件下では、改革はどうしても旧体制の枠内で行わざるを得ず、制約と限界が生じざるを得ない。飛躍できない。朝鮮王国の正統イデオロギーである朱子学の体系を遵守しつつ、そして、国家体制の基礎となる社会の構造と階級を維持しつつ、開国して、近代国家へモデルチェンジするのは至難の業だ。もともと、高杉晋作にせよ、閔妃にせよ、動機は同じなのだ。「国を守る」である。日本を守る、朝鮮を守る、外国の侵略から国家を防衛し、強国に滅ぼされることなくサバイバルを果たし、自立して富国強兵の国家建設を目指すと、そういうことだ。動機と目標は同じなのである。ところが、日本の場合、それが倒幕という政治で可能だった。倒されるべきアンシャンレジームがあり、倒して下さいと悪役を引き受けて待っていて、革命家たちに目標を与えていたのである。勝海舟などまさしくそうだ。幕府なんざ腐った木だから伐り倒しちまえと、幕臣の重役でありながら志士の前で倒幕を扇動している。松平春嶽もそうだ。朝鮮の場合はそうはいかない。朝鮮王朝を倒しましょうということにはならない。どうぞ倒して下さいと言うわけにもいかない。その目標は提起されず合意されない。日本は政権交代ができる国家構造であり、朝鮮にはその条件がなかった。日本の場合、豊臣の世から徳川の世に変わっても、徳川幕府が王政復古になっても、それは国家のチェンジを意味しない。政権のチェンジである。朝鮮の場合、国を守るということは、朝鮮王朝を守るという意味でしかなかった。他に移行先がなく、選択肢がなかった。

以上は、きわめてシンプルな議論だが - 政権交代可能な国家条件 - 日本の社会科学の伝統的な設問への政治学的な視角として、一つの有効な試論になり得ると思われる。①と②とは異なる立場と見方であり、設問そのものを無意味だと嘲る脱構築系とも全く違う。仮にこの着想を③としよう。これまでのところ、③に類する議論を脱構築のアカデミーから聞いたことがない。大事なことは、晋作が上海に渡った1862年頃の環境を想起すれば、日本も朝鮮も大差はなかったということだ。列強の圧迫と侵略を受け、明日は国家が滅びるかという状況にあった。明治維新は、松陰ら志士の構想が実現する過程である。(1)天皇を中心とした中央集権国家、(2)西洋の技術を導入した富国強兵と文明開化、(3)四民平等と学校教育による「国民」形成と人材の登用、(4)洋式兵制の国民皆兵常備軍と国家警察網、など。朝鮮でも、程度の差はあれ、打開と展望の絵をラディカルに描けば、これに近いものになっただろう。1850年からの15年間、日本も朝鮮も似たような危機の渦中にある。前回の記事で比喩で示したアフリカの未開の小さな農業国、司馬遼太郎の言う「まことに小さな国」として同じであった二国は、(1)-(4)の共通目標を二国とも達成して危機を打開することなく、一方が他方を侵略して併呑する進行になる。過敏に先行した日本が、帝国主義の作法を学んで実践し、同じ小国であった隣国を侵略する歴史となる。先に孵化した猛禽類の雛が、後から孵化した雛を襲って殺し、巣の中で与えられる餌を独占して成長するように。

このとき、危機の中で、革命家の中心人物だった松蔭はきわめて重要なことを言っている。ネット上で紹介されているように『獄是帳』の中で、「国力を養い、取り易き朝鮮、満洲、支那を切りしたがえ、交易にて魯墨に失うところは、また土地にて鮮満に償うべし」と論じている。不平等条約のために列強(ロシア・米国)に奪われた国益は、大陸(朝鮮・満州)を侵略して併合することで取り返せると主張しているのである。すなわち、(5)帝国主義の軍事侵略と領土拡張。(5)も明治維新の基本アジェンダの一項目だった。そして、松蔭の教え子たちは、松蔭の理論と構想をそのまま受け継ぎ、富国強兵で整備した軍事力をもって(5)の政策を実行に移してゆくのだ。このネットのテキストでは、佐藤信淵の「混同秘策」のエスノセントリズムと世界征服論も紹介されていて、きわめて分かりやすい整理になっている。まさに、八紘一宇の思想的原点。江戸期を通じて、体制教義であった朱子学は次第に変容し、日本化し、その後半、思想界は国学と水戸学のナショナリズム(≒エスノセントリズム)が主流となる。初期の素行からすでに日本主義が顕著であり、闇斎は垂加神道を唱える。中国で満州民族の王朝が立ち、元禄の高度成長で経済が豊かになり、朱子学は日本化して国学の台頭を準備する。そしてアヘン戦争が起こり、ペリーの浦賀来航が続いて、国内は尊皇攘夷思想一色となる。武士は「大日本史」を読んで皇国史観の徒となり、藤田東湖の「回天詩史」を諳んじ、尊攘志士(革命家≒テロリスト)となってゆき、明治維新で生き残ったテロリストたちが、明治期を(5)の実践に奔走するのだ。

征韓論は、幕末の時点で理論的にも気分的にも十分に準備され、明治維新と同時に実践スタートという動きになる。



by yoniumuhibi | 2014-10-15 23:30 | Trackback | Comments(4)
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Commented by ijkl at 2014-10-15 21:52 x
逆に、明治維新によって、水戸藩などを中心とする国学が廃れてしまったように感じます。島崎藤村の『夜明け前』には、平田篤胤の平田国学に傾倒している主人公が出ていました。この長い小説で国学について、少し勉強させていただきました。中世(武力)の否定が国学のテーマになるようです。明治初期には、国学派により、神仏習合を廃止して、神祇省も設立されたのですが、5年で廃止になりました。

今の神社を中心とする思想体系には、国内思想としての神に制限するだけでなく、明治政府の遂行した松蔭の理論にもとづく征韓論(征清論も含めて)が色濃く反映されているような気がしてなりません。そういう意味では、現政権と思想があうのかも知れません。
Commented by 長州天麩羅 at 2014-10-15 23:26 x
     政権交代可能体制。面白い視点です。勝海舟は実に偉い。それを取り立てた幕閣や、悔し乍らも負けを認めた慶喜も偉い。さらに、大塩平八郎の起義の時に将軍を隠居させたり、隠微に責任追究をしてみたり、有能人材を庇護したり、、。良心的有力幕閣の暗闘は奇跡だ(大袈裟だが)。今やかつての自民党の党内派閥民主主義がジェノサイドされてしまって、幕末の幕閣にも劣る。
      琉球と蝦夷地は江戸期に植民地化されていた。薩摩は密貿易でうちなーや人頭税の八重山イェヤマ、蝦夷地のアイヌ、毟られるだけの庶民は代弁勢力を持たぬため酷い目にあった。司馬遼太郎も、江戸期の金肥価格と木綿の普及低価格化を論じつつ、ニシン漁アイヌの殆ど無償労働についても述べていたと思う。豪商や雄藩の誕生とは水呑百姓と琉球蝦夷地の極低廉労働、密貿易と(欧米武器商人)で誕生したものだった。(元の佐幕攘夷思想が倒幕開国へ龍馬粛清でマヌーバーされた。嘘も方便のデマゴーグ。代々教訓伝授か。
      今決定的に欠落は、韓国大統領侮辱問題や挑発戦争準備・放射能放置被曝の諸問題を、一般庶民の側で広範に論じ纏まる理論戦線と協力諸勢力だろう。さなくば日本人は亡びる。
Commented by ヒムカ at 2014-10-16 23:19 x
丸山真男の哀惜の念
1946年、丸山は日本人として痛恨の極みから論評しています。
「超国家主義は日本国民の上に十重はた重の目に見えぬ網をかけており、現在もその呪縛から完全には解放されていない」と、日本国民に自己省察を呼びかけましたが、その呼びかけに自己陶酔はありませんでした。
丸山真男は、吉田茂の額の下の「洞察と計算」を見逃すまいとずっと注視していたのです。日本が主権を回復した直後の1953(昭和28)年1月、国連軍総司令官クラーク将軍の仲介によって、はじめて東京で開かれた首脳会議の席上でのエピソードがオリバー・ファイルの忘備録に書かれています。
吉田茂の発言は何と立った一言。「われわれの軍国主義者たちに責任がある」と。
受けて李承晩は長い弾劾の演説を始めたのです。「あらゆることは軍国主義たちの責任であり、今後、韓国に対する軍事的侵略はないと表明されてはいかがか。そうすれば、依然として再び韓国を支配しようとする日本の野望と陰謀を怪しみ、恐れている韓国人を安堵させるでしょう。」(続)
吉田茂とは狸です。良心の呵責はなかったのか!
(続)
Commented by ヒムカ at 2014-10-16 23:20 x
(続)
これに対して、>「吉田首相は微笑みをもって答えるのみであった」
これが新聞にスクープされてしまったのです。
その後、1953年10月15日「請求権小委員会第二回会議」久保田発言を知った丸山は、堪忍袋の緒が切れたかのように論評しました。
>「真善美の極地たる日本帝国主義は、本質的に悪を為し能わざるが故に、いかなる暴虐なる振る舞いも、いかなる背信行為も許容されるのである!」

丸山真男は、近代的自我に内在する他者との対話を終生続けた人と思います。
1968年「チェコ事件」を機として、社会主義世界そのものに動揺が起きて国際共産主義運動は多元化していきますが…そのような背景の中で、丸山真男は、絶え間なく追求される複雑なプロセスを経ながら(例えば安保闘争etc.)、絶え間なく新たな経験や現象との出合いにより変容し自己組織化していきました。それは、本質的には弁証法的総合でした。
私自身は、歴史家田中明氏に私淑しています。(15歳、遭遇した『近代日本と朝鮮』は、私を導いてくれました。)また、高文研スタディーズにも多くを学んでいます。が、丸山真男は誠実な人と申しあげたい。


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