「創価学会の問題」ブログの記録 (参考資料)
2014年 09月 13日
☆soukanomondaiは何を書いたか。
「創価学会の問題」ブログを作成したsoukanomondai。
キャッシュからその問題を指摘したが、ジャンプ機能を削除したため、真意が伝わらない可能性がある。このため、soukanomondaiの発言内容の一部を抜粋して記録に留める。
読者の皆さまには、以下の文章から賢明なご判断をいただきたいと思う。
(青字は記事の表題。一部の抜粋であるが文章はそのまま)
<地元学会員ストーカー事件のまとめ>
(2014年7月22日より)
創価学会は、信心の団体ではなく、あくまで知人などの人間関係に依存した組織である、ということです。
創価学会は、宗教団体ではありません。I総県長や、その支持に従った壮年部員。まるで、裏工作を行う、特殊部隊のようです。
幹部は反省しません。自身の行動を、少しも省みることはありません。
創価学会には、裏の顔があるのです。決して表には出ない、裏の顔があるのです。
宗門から縁を切ったのち、創価学会は、立て続けに宗門側を相手として、告訴を行いました。200数十件にその数は、およびますが、その裁判の結果は、全ては知らされません。
なぜか?? 負けているからです。
私の知る限りでは、4分の3以上で敗訴となっています。
判決を知らせない創価学会、ということだけで、裏の顔の存在を伺わせます。
創価学会とは、宗教団体となっていますが、その実は、会社組織と変わらない、組織の論理が、跋扈する団体なのです。
私は、心の底からがっかりし、心の底から後悔しています。
<創価学会の問題は、間違った日蓮一派を形成したこと>
(2014年6月12日より)
創価学会は、もともと日蓮正宗の外護団体です。しかし、日蓮正宗から、破門されるにいたって、創価学会は、独自路線を走り始めます。
これは、日蓮教義の全体の宗派の中で、ひとつの枝を形成し、一派となったことを意味します。ここまでは、100歩譲って、正解として、問題はそのあとです。
何故、熱心に日蓮大聖人の教学を学ぼうとせず、池田大作名誉会長の歴史を学び、過去の指導を学び、全ての会合で「池田先生のために」と叫び、聖教新聞の啓蒙をし、池田先生の本を購入し、DVDを購入し、選挙の度にエフ活動を行い、家庭の時間を削り、朝から晩まで学会活動をするのか?
それがわからない。
学会活動には功徳があるという。その理由が分からない。イケダセンセイのために、奔走することが、大聖人の意志にかなっているのか?
この点の説明は、創価学会は、してきませんでした。
徐々に、徐々に、池田本物論になっている。そう解釈するほうが、納得のいく、活動の現状です。そう考えれば、イケダセンセイと叫ぶことも、池田大作名誉会長の過去の指導を学ぶことも、聖教新聞を購読することも、何もかもが理解できる。
できうるならば、話しのあう、学会員から、活動停止を呼びかけていきたいくらいです。
<池田大作名誉会長の死亡説は、神格化がキーワードではないか?>
(2014年7月16日より)
池田大作名誉会長の死亡説が、まだまだ、あちこちで語られている。私の個人的考えとしては、まだ生きている。そして、最後の仕掛けを進めている。
そう、思えてならないのです。
その仕掛けとは、池田大作本仏論(いけだだいさくほんぶつろん)の完成です。神格化の完成、といってもいいと思います。
具体的には、日蓮大聖人の生まれ変わり、あるいは、現代の日蓮大聖人。そう、創価学会員に言わせる、思わせる。
この徹底こそが、最後の目的、と思えます。
学会員の中には、実は、この池田大作本佛論を、すでに信用している者がいます。
少数派ですが、心の中で、池田大作本佛論を考えている人がいる。
完全に信じている人は、創価大学の出身者に多い、そう考えて間違いない。おそらく全体の10%です。
おそらく、目的は、池田大作本佛論を信じる人を80%にしてから死にたい。
少なくとも、活動家は全員信じさせたい。これが、彼の最終目標だと思うのです。
今までも、すでにこの神格化へ向けて、様々な取り組みが進んでいます。
例えば、御書を遠ざけて、第百蓮華に、都合のよい御書の御文をのせる。
切り文といって、本人に、都合のよいところだけ抜き出したのでは、御書全体の意味が分からなくなる そういっていたのです。
今は、この切り文は、学会の常套手段になりました。
新人間革命をとにかく読ませる。毎週月曜日の協議会をはじめ、ありとあらゆる会合の冒頭で、聖教新聞を取り出して、その日掲載の新人間革命を読み合わせするのです。
この、新人間革命は、もちろん池田大作著となっていますが、事実ではありません。
ですから、文体を含め、非常に美しいものとなっていますが、描かれているのは、池田大作名誉会長への礼賛ばかりです。
私には、鼻について仕方の無い表現ばかりです。
師弟不二という概念を用いた、師弟関係の押し売り。更に、海外の多くの大学や機関からの大量の名誉職の受賞劇。
これは、北朝鮮が、国内のニュースで、諸外国が、わが国を認め、評価している、と、語っているのと、変わらないような気がしています。
もっとも重要なことは、会合の最後に、昔は、大聖人の御書を拝して、というくだりがあるのですが、今は少なくなり、イケダセンセイの過去の指導を拝して、という流れになっています。
日蓮大聖人の遺文である御書ではなく、イケダセンセイの指導、過去の指導を通じて、担当幹部が、会員に指導激励する。
これは、間違いなく、神格化を勧めている、そう考えて間違いない。
そこで、最終のプロセスを進めようとしている。具体的には何か?
イケダセンセイの好きな、過去にのっとって考えるならば、古代ローマでの元老院のような存在が必要です。
また、日本では、神社のような衆目が集まり、参拝できるような環境が必要です。
そして、大半の学会員をうならせるような事象が必要だと思うのです。
この準備をしている。
これが、準備できたとき、聖教新聞での一大発表があり、緊急の衛星放送があり、学会は大騒ぎ、と、なるのではないか?
亡くなる前に、一大事件が発生する。それが、最後の挑戦だと、私は思っています。
<創価学会とは、他の考え方を許さない、エゴの集団です。>
(2014年7月20日より)
ここで、書くことは、私の体験から言えることばかりです。
イケダセンセイが、朝鮮人であるとか、ストーカー行為をするとか、よくネットで言われています。
しかし、それが、真実であったとしても、私には経験や知識がなく、私個人が、間違いなくそうだ、と、言えるものではありません。
創価学会は、他の考え方を許さない、エゴの集団です。
他の考え方、というのは、もちろん、信仰の内容を含みますが、それ以外に、人間としての考え方の問題です。
創価学会とは、仏の集団である。という理屈になります。
このため、世にある、一切の宗教を否定し、自分たちは、仏である、という選民思想に似た発想になります。
ここから、自身を優遇し、他を排斥するようになります。
ですから、自身の間違いを、心からは、認めません。
形ばかりの謝罪を繰り返し、その場を離れると、舌を出しています。
これが、典型的な創価学会員です。
総体としてみたとき、創価学会とは、エゴの集団です。
<創価学会とは、一方的情報伝達しかない、権威権力の組織である>
(2014年7月20日より)
実際の現場の学会員の不平や、不満は、上層部に届くことは、あまりありません。
ほぼ、途中の幹部の手で、握りつぶされます。
中には、不満を学会本部への手紙としてぶつける人もいますが、
学会本部からは、そうした人が本当に実在するのか?という確認があり、その手紙の内容を連絡し、適時、指導するように、という連絡が、地元の上層部の幹部にあるだけです。
こうして、創価学会という組織は、いかにも会員の幸せや、会員のためにあると標榜しながら、幹部は、自己の保身を行い、幹部は幹部を批判しませんし、幹部が、幹部を指導することもありません。
現場からの声が上へあがるのは、目的とする数字の報告のみ。
その報告をとるための活動内容や、書類、印刷物が、山のように上から流れてきます。
そこには、大聖人の御書での激励や指導は、ほぼありません。
あるのは、イケダセンセイの指導のみ。
創価学会とは、権威権力に満ちた、笑顔にあふれた傲慢な組織である。
<創価学会の幹部批判と、幹部指導>
(2014年7月28日より)
創価学会の問題は、幹部に対して苦言を言うと、全てひとまとめにして、幹部批判とされることです。
これが、創価学会を腐らせている原因のひとつです。
上の幹部から、目下の学会員に対して、語られるもので、幹部指導といわれます。
目下の立場のものから、上の者に対して物を言うわけですが、これは全て幹部批判となり、批判したもの、物を言った者が、逆に指導されます。
この構造が、創価学会の根っこにある腐りなのです。
まずは、全幹部の総入れ替え、それを行わないと、創価学会は、宗教団体としては成立しない。
そして、イケダセンセイという呪縛を離れて、日蓮大聖人の御書に戻る。
これが無ければ、創価学会の未来は無い。
イケダセンセイという呪文に縛られた幹部は、その多くが、権威・権力でものを言うのです。
<今の活動は、池田大作名誉会長を護ること>
(2014年8月5日より)
大前提として、池田大作名誉会長は、「あらゆる組織は、三代で決まる」ということです。
つまり、創価学会におきかえると、牧口、戸田、池田、と続いた、三代会長までが、創価学会の組織を決定付ける、重要な要因だと、言います。
なぜ、三代までが、重要なのか。それが、すでに、私には理解できないのです。
戸田先生のころは、会員を護る、といわれるのが常であったと聞きますが、宗門と決別してからは、「私を護れ」と、池田大作は、言います。
諸外国から、200、300、と多くの名誉教授や、平和市民賞などを受賞していますが、それは、例えば、その市に、寄付をしたから贈られた、とか、その大学に寄付をしたから贈られた、というものが、非常に多い、ということを知ってからです。
これって、おかしくないですか?
日本で、唯一、池田大作に名誉市民賞を授与している市が、静岡にあります。これも、その地域に多額の寄付を行ったためで、現在は、一般市民の声から、名誉市民賞をはずせ!という声もあがっているそうです。
そこは、大石寺の程近い、富士宮市です。
そんな受賞の多くを、池田大作センセイの活動を評価して、贈られた、と、説明するのは、北朝鮮が、ニュース番組の中で、諸外国が、わが国を評価した。と、報道しているのと同じでしょう。
そんな、かっこわるい池田大作を、何故護らねばならないのか??
護れ、護れと叫びながら、寄付などで、数多くの受賞を重ね、その偉業と大げさに語る姿。
ちょっと、おかしくないですか?
<創価学会が、言うことを変える。変えるから合わなくなる。これ、普通>
(2014年8月6日より)
創価学会は、一人の会員を大事にする。絶対に護る。そう言っていた。
しかし、今は、師匠、池田大作を護れ!となっている。
私は民衆の王者だ、名誉も何もいらない。そう言っていた。しかし今は、数多くの表彰を集めているようにも見え、しかも受賞内容の説明に嘘がある。
宗門は、エロ坊主と言い。聖教新聞では、日顕の宴会写真を掲載して、こきおろした。しかし、その写真は捏造で、裁判にも負け、何もなかったように今は言わない。
あとは、嘘が多いし、正直に全てを言わないことが多い。
池田大作の話すことが変わり、創価学会が変わっていく。時代の流れや、必然性もあるだろうし、変わること全てがよくない、とは言わない。
しかし、変わってしまった内容によっては、それは、受け入れられない、ということがあって、当然だと思う。
あまりにも嘘や、黙っていることが多いので、嫌気がさしている。そういうことなんです。
<創価学会とは、政治団体です>
(出典元がsoukanomondaiブログで他ブログ掲載の内容)
創価学会とは、政治団体です。宗教団体と標榜していますが、実質は、政治団体、そう考えても、現実とは、あまり遠くありません。
ご存知のように、公明党は、創価学会が支援しています。
公明党と創価学会は、政教一致です。
選挙活動のときに、実際に折伏を実らせても歓迎されません。
「この忙しいときに、面倒くさいことしやがって!」という、まるでこちらがKYであるか?のような空気が流れます。
折伏は、折伏しよう!と創価学会が叫ぶ期間中しか、喜ばれないのです。
完全に、集票マシーンとして動くことを期待、強制されます。
この活動が、宗教団体のものでしょうか?
だから、私は声を大きくして言います。
創価学会とは、政治団体であって、宗教団体ではありません。
これは、soukanomondaiが複数のブログに書いていた内容です。
その概要は、→ここをクリック!
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by sokanomori3 | 2014-09-13 06:00 | 創価学会の問題 | Trackback | Comments(3)
本質が見えなくなっていると言うのが 現状でしょうね
あるブログでは もう消されていますが 菊川さん批判の
オンパレード
同志誹謗
もちろん 私も 気をつけなくては いけませんが・・・
あるブログでは もう消されていますが 菊川さん批判の
オンパレード
同志誹謗
もちろん 私も 気をつけなくては いけませんが・・・
「戸田の命よりも大事な創価学会の組織」
といわれた、学会の組織です。
その組織を攪乱し、同志間の抗争をおこさせ、分断を図る。
「ネットはネット、現場の組織とは関係ない」と仰る方もいますが、そのネットの情報を安易に信じている学会員もいるのが現実です。
それで、先生や学会の組織に対して不信を抱き、離れていってしまう会員の方もでるかもしれません。
だから「間違った情報に踊らされないで」
と、言っていくことが大切ですよね。
といわれた、学会の組織です。
その組織を攪乱し、同志間の抗争をおこさせ、分断を図る。
「ネットはネット、現場の組織とは関係ない」と仰る方もいますが、そのネットの情報を安易に信じている学会員もいるのが現実です。
それで、先生や学会の組織に対して不信を抱き、離れていってしまう会員の方もでるかもしれません。
だから「間違った情報に踊らされないで」
と、言っていくことが大切ですよね。
ちよさん、ランさん、こんばんわ。
>戸田の命よりも大事な創価学会の組織‥
心に沁みます。
★菊川広幸
>戸田の命よりも大事な創価学会の組織‥
心に沁みます。
★菊川広幸