私たち、Y Combinatorがアドバイスする最も一般的なことの1つに、「スケールしないことをしよう」というのがあります。創業予備軍の多くが、スタートアップは上手くいくかいかないかのどちらかだと考えています。会社を立ち上げ、ものを提供する、そしてそれが良いものであれば、おのずと売れます。しかし、需要がなければ結果はその逆になります。[^1]
とは言え、意外とスタートアップは上手くいくものです。なぜなら、創業者がそうさせるからです。自分たちの力だけで成長するスタートアップはほんの一握りかもしれませんが、大抵は後押しするような力が働きます。良い例が、車のエンジンをスタートさせる役目をするクランクです。エンジンがスタートしてしまえば、エンジンは回り続けます。しかし、回転し続けていくためには、別の骨の折れるプロセスが必要になります。
ユーザーの獲得
創業者が起業時にしなければならない最も一般的な「スケールしないこと」は、自分たちでユーザーを獲得していくことです。これはほとんどのスタートアップに言えることです。ユーザーが寄ってくるのを待っていてはいけません。自分たちから獲得しに行くのです。
私たちが投資したスタートアップの中で、最も成功を収めた企業の1つがStripeです。彼らが解決した問題は差し迫ったものであったため、ただ腰を下ろして待っているだけでユーザーが寄ってきました。ですが、彼らの早期のユーザー獲得に対する積極性は、YCの中でも有名でした。
他のスタートアップのために何かを作り上げるスタートアップは、私たちが投資してきた他の企業にいる多くの潜在的ユーザーを抱えています。その強みを上手く利用したのがStripeでした。YCには、彼らが生み出した「コリソン・インストレーション」と呼ばれるテクニックがあります。「ベータ版を試してみていただけますか?」とユーザーに聞いて「はい」という返事が返ってきた場合、大抵の創業者は、「素晴らしい。ではリンクを送ります」と答えます。しかし、コリソン兄弟は待つことをしませんでした。Stripeを試してみると言ってくれたユーザーには、「分かりました。あなたのノートパソコンを貸してください」と答え、その場でセットアップを行ったのです。
創業者が外回りをしてユーザーを獲得するのを嫌がる理由は、2つあります。1つは、内気さと怠慢さの両面です。彼らは外に出向いて、恐らく断るであろう大勢の知らない人たちと話をするよりも、家にこもってコードを書くことを好みます。しかし、スタートアップを成功させるには、最低でも一人の創業者(大抵はCEO)は営業やマーケティングにたくさんの時間を費やす必要があるのです。[^2]
創業者が嫌がるもう1つの理由は、初期の段階では絶対数が少ないと思っているからです。どれほど大きく、有名なスタートアップであるかは関係ないと彼らは考えています。複利的な成長の力を過小評価するのは、彼らの誤った判断です。私たちがすべてのスタートアップに助言するのは、企業の成長を週ごとの成長率で評価していくということです。もし、そこに100人のユーザーがいるなら、翌週の成長率を10%上昇させるには、さらに10人のユーザーが必要になります。10人増えるだけなので、大した数字ではないと思うかもしれませんが、毎週10%ずつ成長率を押し上げていくことができれば、その総ユーザー数に驚くことでしょう。ユーザー数は1年後に14,000人、さらに2年後には200万人にもなります。
1度に多くのユーザーを得られるようになると、違ったことをするようになりますし、そのうち企業の成長も落ち着いてきます。しかし、需要があるならば、自分たちが動いてユーザーを獲得することよってスタートアップを始めることができます。そして少しずつその手法を変えて行けば良いのです。[^3]
このテクニックを取り入れた典型的な企業がAirbnbです。簡単に事業を動かせるほど市場は甘くないですし、最初は思い切った行動に出てしまうのも仕方ありません。Airbnbが行ったのは、ニューヨークでの戸別訪問でした。新しいユーザーを獲得するのと同時に既存のユーザーのリスティングが向上する手助けをしてきました。AirbnbがYCのプログラムに参加していたとき、彼らがいつもキャスターバッグを持ち歩いていたのを私は覚えています。火曜日の夕食会に参加する時はいつもどこか別の場所から飛行機で戻って来た直後でしたから。
不安定
Airbnbは、今でこそ留まる所を知らないほどの成長を遂げていますが、30日間の外回りやユーザーとの直接契約が成功と失敗を左右したほど、初期の段階ではとても不安定な企業でした。
Airbnbが当初不安定だったのは、そのユニークな事業内容が原因ではありません。最初はどんなスタートアップでも不安定なものです。しかし、これこそが経験のない創業者や投資者(そしてリポーターやフォーラムで知ったかぶりをする人たち)が勘違いしてしまう大きな問題の1つなのです。彼らは無意識のうちにすでに設立された企業を基準にスタートアップの潜在性を判断してしまっています。まるで、生まれたばかりの赤ん坊を見ながら、「この小さな生き物が何かを成し遂げられるはずがない」と結論付けてしまっているのです。
リポーターや知ったかぶりをする人たちが、あなたのスタートアップを相手にしなくても何ら害はありません。どうせ、彼らはいつも誤った解釈をするのですから。投資者についても気にする必要はありません。あなたの企業の成長を目にすれば、彼らも心変わりします。一番恐ろしいのは、あなた自身が気に掛けなくなってしまうことです。私は、それが起こるのを見てきました。私は、立ち上げようとしている企業の最大の可能性が見えてない創業者にしばしば自信を与えなければなりません。ビル・ゲイツですら、同じ過ちをしているのです。彼はMicrosoftを起業した後、秋学期からハーバード大学に戻っています。長くは在籍していませんでしたが、その時ほんの少しでもMicrosoftの可能性に気付いていれば、大学に戻ることはしなかったでしょう。[^4]
初期のスタートアップについて尋ねる質問は、「この会社は世界をリードするようになりますか?」ではなく、「創業者が正しいことをしたら、どのくらい大きな会社に成長しますか?」です。当時、「正しいこと」は骨の折れる不合理なことと思われるのはよくあることでした。アルバカーキ出身の2人の青年が数千人の愛好者(当時、彼らはそう呼んでいました)のためにBasicインタープリタを書いていたということだけを考えると、Microsoftはとても印象的な企業には見えません。しかし、今思えば、これがマイクロコンピュータのソフトウェアを優位に立たせる最適な道程だったのです。ブライアン・チェスキーやジョー・ゲッビアにしてみても、彼らが初めて構えたオフィスの公式写真を撮っているとき、成功を手に入れる過程であるとは思いもしなかったでしょう。生き抜いていくことだけを考えていました。しかし、これもまた、一大市場で優位に立つための最適な道程でした。
「自分たちの手でユーザーを獲得するにはどうすべきか?」 もし、あなたが自分の問題を解決するために何かを立ち上げるのであれば、あなたがすべきことは仲間を見つけることです。これが一番手っ取り早い方法です。そうでなければ、脈がありそうなユーザーを見つけるために、もっと手間のかかる努力をしなければなりません。その一般的な方法は、まず対象者を定めずに立ち上げをすることで初期のユーザーを獲得することです。そして、最も熱心なユーザーがどういうタイプなのかを観察し、彼らと似通ったユーザーたちを探していくのです。例えば、ベン・シルバーマンは初期のPinterestユーザーがデザインに興味を示していることを知り、デザイン・ブロガーが集まる会議に出向くことで、ユーザーを獲得していきました。これはとても効果的でした。[^5]
喜び
ユーザーを獲得することは元より、ユーザーを喜ばせることは非常に大事なことです。Wufooでは、続けられる限り(驚くほど長い期間続けていたことが分かっています)新規のユーザーに手書きのお礼状を送っていました。ユーザーからしてみれば、あなたの所でサインアップしたことがベストな選択だったと感じるでしょう。そして、今度はあなたがユーザーを喜ばせる新しい方法を考えるべく頭を悩ませるのです。
「なぜ、スタートアップ企業にこのことを教える必要があるのか?」 「創業者なら直感で分かることではないのか?」 その答えには、3つの理由があると私は考えます。
1つは、たくさんのスタートアップ創業者は、技術者として教育されています。つまり、顧客サービスに関しては学んでいないのです。彼らは、頑強で洗練されたものを作るのが仕事であって、ある種の営業マンのように個々のユーザーに対してご機嫌取りをするべきではないと思っています。皮肉にも、技術者は昔から世話をすることを嫌うという伝統があります。しかし、その伝統は、時代遅れです。技術者がシステム全体を動かすのではなく、ただひたすら作ったものの狭い領域を預かるだけが仕事だった時代ではなくなっています。あなたがスコッティでいるときは技術者でいればいいですが、カークでいるときは、技術者ではいられないのです。
創業者が個々の顧客に十分目を向けない他の理由は、それがスケールしないということを心配しているからです。起業したばかりのスタートアップの創業者がそのことを気にしているのであれば、私はこう指摘します。「この段階で失うものはなにもない」と。彼らが独自の方法で既存ユーザーを非常に満足させられないとなれば、いつしか過剰な作業が発生し、それまでです。これはとても深刻な問題になりかねません。果たして顧客を非常に満足させることはできるでしょうか? 偶然にも満足させられたとしましょう。その時、満足する顧客はあなたが考えていたよりもスケールするということに気付くはずです。その理由の一端はあなたが予測する以上に全てをスケールさせる方法を通常見つけられるからであり、他の一端は満足している顧客があなたのやり方に浸透されているからです。
私は、初期のユーザーを満足させるとことに力を費やしたスタートアップが行き詰ってしまったというケースに今まで出会ったことはありません。
創業者が、ユーザーに対してどのくらい気を使うべきかを理解できない最大の要因は、彼ら自身が今までに気を使われた経験がないからなのだと思います。彼らにとっての顧客サービスは、彼ら自身が顧客である企業のサービスが基準になっています。それはほとんどの場合、大企業です。あなたがノートパソコンを購入したら、ティム・クックは手書きのお礼状をあなたには送りません。送れないのです。しかしあなたなら送れます。これは小企業であるが故のアドバンテージです。大企業にはできないレベルのサービスを提供することができるのです。[^6]
既存のしきたりが、ユーザー・エクスペリエンス上で制限されないと気付いたのなら、いい意味で、あなたがどこまでユーザーを喜ばせることができるのかを考えるのも面白そうです。
経験
ユーザーへどれほど極端に注意をはらうべきかフレーズを考えようとしていたところ、スティーブ・ジョブズが既に言葉にしているのを知りました。”メチャクチャ凄い(insanely great)”。スティーブは単に「very」の同義語として「insanely」を使った訳ではありません。彼は文字通りの意味で言ったのです。つまり、日常生活で病気になるまで、出来栄えの質に重点的に取り組むべきだということです。
今までに投資した最も成功したスタートアップはみなそうなので、創業予備軍は恐らく驚かないでしょう。新米の創業者たちは、メチャクチャ凄いということがまだ幼いスタートアップでは何と翻訳されるかを理解していません。スティーブ・ジョブズがこのフレーズを使い始めたとき、Appleは既に大手企業になっていました。彼は、Mac(およびマニュアルやパッケージなどさえも、執着の本質である)はメチャクチャよく設計、製造されるべきであると言いたかったのです。技術者には理解することは難しくはないでしょう。まさに頑強で洗練された製品を設計するということをさらに極限まで追求するということです。
創業者が理解するまでに苦労するのは(スティーブ自身が理解するまでには苦労したのかもしれません)、スタートアップの最初の数ヶ月に時間を戻した時に、メチャクチャ凄いが何に姿を変えるかということです。メチャクチャ凄くあるべきなのは、製品ではなく、ユーザーになる経験なのです。製品はユーザーの経験の一要素にすぎません。大企業にとっては、製品は当然市場を支配しています。しかし、顧客への気遣いにより差を穴埋めれば、初期の不完全でバグのある製品によってメチャクチャ凄い経験をユーザーに与えることができますし、与えるべきです。
与えることはできるかもしれませんが、本当に与えるべきなのでしょうか。はい、与えるべきです。初期ユーザーと過剰に関わり合うのは、単に成長を回転させるための許容できるテクニックというだけではありません。最も成功しているスタートアップとって、それは製品を改良するフィードバックループの必要な部分なのです。良い製品を提供することは一回限りの動作ではありません。最も成功したスタートアップと同じ方法で始めたとしても、あなた自身が必要とするものを作っても、最初に作ったものは間違っているのです。失敗の代償が大きい場合を除き、初めから完璧を狙わない方が良いことが多いのです。ソフトウェアでは、特に、実用の域に達したら、すぐにユーザーの前に差し出して、ユーザーがそれをどのように使ってくれるかを確認するのが最良の方法であることが多いのです。完璧主義は先送りの口実であることが多く、あなたがユーザーの一人であったとしても、どのみちユーザーの初期モデルは常に不正確です。[^7]
最初のユーザーと直接関わることによって得られるフィードバックは、今後得られるフィードバックの中で最良のものになるでしょう。会社が大きくなると、フォーカスグループを頼りにしなければなりませんが、ユーザーの家やオフィスに出掛けて、一握りのユーザーしかいなかった時にしたように、ユーザーが製品を使っている様子を見たいと思うようになるでしょう。