ノムラスコープに見るビッグデータの意味と活用の条件
「ノムラスコープ」というのを覚えているだろうか。プロ野球の名将、野村克也氏が1983年から野球解説者をしていたときに使った分析手法である。ストライクゾーンを9分割して、投手が投げる配球やその効果をプロ野球中継の中で予想した。当時、テレビ中継を見ていたプロ野球ファンは、その的中率の高さに驚かされたものだ。この野村氏のデータ活用方法を通して企業のデータ活用について考えてみよう。
野村克也氏のデータ重視、データ活用のスタイルは選手時代から始まっている。「生涯一捕手」を標榜した現役時代には、8年連続本塁打王、MVP5回、ベストナイン19回と輝かしい成績を残している。1965年には戦後初の三冠王にも輝いた。
こうした活躍を支えたのが、試合の展開や相手選手の心理などに対する“読みの深さ”だった。野村氏自身が『野村の流儀 人生の教えとなる257の言葉』という著書の中で、「大事なのは予測能力。“読み”である」と述べているように、野村氏は常に予測する能力を重視していた。投手が次に何を投げるのかを予測し、それで抜群の成績を収めた。
1980年に45歳で現役を引退した野村氏は野球解説者として活躍する。この野球解説者時代の1983年からの7年間、テレビでの野球中継の解説に用いたのが「ノムラスコープ」だ。ストライクゾーンを9分割し、投手心理などに基づいて次の配球とその結果を予測するというもので、視聴者はその的中率の高さに驚いた。
なぜ、野村氏の“読み”は的中するのか。それはカンではなく、データに基づいた予測だったからだろう。それまでの試合展開や投球内容、野球場の雰囲気、他の選手の守備位置、打者や投手のクセなど、蓄積されたデータとその場で収集したデータを付き合わせて予想を立てていたからだと推察できる。
ここでのポイントはいくつかある。ひとつは蓄積されているデータが正しいことだ。野村氏は長い現役時代を通して、実体験の中から選手の特徴や過去の試合の流れなどの正しいデータを獲得していたはずだ。
正しいデータがあった上で、今ある膨大な情報をリアルタイムで収集する。野球場の雰囲気や選手の守備位置の変化、前回の投球結果など、今起きているあらゆる変化を捉え、蓄積されたデータと付き合わせて分析することによって的中率の高い予測が生まれる。
さらに大事なのは、データを処理するスピードだ。ノムラスコープの凄さは、その場で予想して的中させたことにある。スピーディーに予想しなければ、投手は次のボールを投げてしまう。これでは予測にならない。ノムラスコープは現役時代の読みと同様に、「リアルタイム」で行われたことに大きな価値がある。
データ処理の速度に比例して“仕事のスピード”も変わってくる
同様のことはビジネスの世界でも言える。常に正しいデータを蓄積し、かつリアルタイムで膨大な情報を収集してスピーディーに変化を予測できれば、業績の向上につながる適切な対策を講じることができる。
世界146カ国、8000ヵ所以上でレンタカー事業などを展開するHertzには、数千のWebアンケートのコメント、Eメールやテキストメッセージ、顧客アンケートなど、日々膨大な情報が集まってくる。そこで同社では、それまで地域ごとに実施していた顧客向けのアンケート調査の分析処理を中央に集中化し、先進的で高度な分析システムを導入した。その結果、今までの約半分以下の時間で分析処理を行い、膨大なデータの中から知見を得て業務改善に役立てている。
例えば、調査によって通常とは異なる時系列の変化を発見。それを調べてみると、ある地域の営業所で特定の時間帯に返却の遅れが発生していたことがわかった。それは返却のピーク時間と営業所のスタッフの人数が最適化されていなかったことが原因だった。そこで同社では、人員を調整し、トラブルに備えてマネージャーを配置することで返却の遅れを解消したという。
野村氏は同著の中で「仕事の三大要素は、計画・実行・確認や」とも述べている。個々で挙げられた“計画と確認”には、データを集めて分析するというプロセスが欠かせない。そのプロセスのスピードを速めることで“仕事全体のスピード”を速めることができる。
膨大なデータを集め、リアルタイムで分析して迅速に実行する。それこそ企業が常に勝利するために求められる条件なのではないだろうか。
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