Wednesday, October 15, 2014

クマラスワミ報告書について(2)

日本軍性奴隷制に関するクマラスワミ報告書(E/CN.4/1996/53/Add.1)が吉田清治証言を引用していることをとらえて、日本政府が、クマラスワミ報告書は誤りであるとし、「強制連行はなかった。慰安婦は性奴隷でなかった」と強弁している。メディアでも同様の主張をする例が多い。しかし、クマラスワミ報告書を読まずに勝手な主張をしている疑いがある。インドネシアの事例で強制連行が確認されているし、そもそも「誘拐罪」の有罪判決も出ているので強制連行に間違いない。
以下では、性奴隷制とは何かという点に絞って解説しておく。ラディカ・クマラスワミ『女性に対する暴力』(明石書店、2000年)参照(以下の引用ページ数は本書より)。
なお、岡野八代「日本軍『慰安所』はなぜ、軍事的『性奴隷制』であるのか」『世界』862号(2014年11月号)も参照。
(1)性奴隷の定義について
クマラスワミ報告書は、慰安婦の「B徴集」と「C『慰安所』における状態」の両面を検討して、性奴隷との認識を示している。軍事的性奴隷制の定義は次のように示されている。
 「特別報告者は、戦時、軍によって、または軍のために、性的サービスを与えることを強制された女性の事件を軍事的性奴隷制の慣行ととらえている」(219頁)
 「特別報告者は『慰安婦』の慣行は、関連国際人権機関・制度によって採用されているところによれば、性奴隷制および奴隷類似慣行の明白な事例ととらえられるべきであるとの意見を持っている」(220頁)
 クマラスワミ報告者は1926年の奴隷条約を前提にして議論している。国連人権委員会で議論しているのだから、当然、国際法を基にして議論しているのである。日本政府はいまだに奴隷条約を批准できない恥ずべき国家だが、奴隷取引の禁止が1930~40年代の慣習国際法の地位にあったことを認めている。ところが、日本政府は<「奴隷の禁止」は慣習国際法の地位にはなかった。奴隷条約を批准していないのだから、日本政府は国際法違反をしていない>と強弁してきた。2014年の現在でも、このような破廉恥な見解を採用しているのだろうか。
(2)吉田証言について
クマラスワミ報告書の吉田証言引用は次の通りである。
「・・・さらに、戦時中に行われた人狩りの実行者でもあった吉田清治は、著書の中で、その他の朝鮮人とともに1000人もの女性たちを『慰安婦』任務のために獲得したと告白している。」(227頁)
この100文字程度の記述が大問題になっているが、報告書全体を無視して、ここだけ取り上げても意味がない。
第1に、報告書は、徴収方法について「東南アジアの極めて多様な地域出身の女性たちの説明が一貫していることに争いの余地はない」としている(225頁)。
第2に、報告書は、岡村寧次の回想、1937年南京事件の記録、民間業者の活動、国家総動員法、ユン・ジョンオク論文など多数の文献に依拠して検討している(225~228頁)。
第3に、報告書は、チョン・オクスン、ファン・ソギョン、ファン・クムジュ、ファン・ソギュンなどの証言に基づいて現場の状況を明らかにしている(234~240頁)。
第4に、報告書は、吉田証言を批判する秦郁彦博士の見解を10行に渡って引用している(231頁)。吉田証言の紹介は100字に対して、秦郁彦見解の紹介は400字に及ぶ。
第5に、報告書は、吉見義明教授らの研究成果を反映している(231~232頁)。
クマラスワミ報告書は以上の検討の結果として書かれているのである。このことを無視して、「吉田証言を引用しているからけしからん」というのは極めて短絡的な主張にすぎない。
なお、吉田証言を削除すべきとの主張についての私見は、回を改めて、述べることにする。