Wednesday, October 15, 2014

クマラスワミ報告書について

日本軍性奴隷制(慰安婦問題)に関するラディカ・クマラスワミ「女性に対する暴力特別報告書」(1996年4月の国連人権委員会において全会一致で採択)について議論が続いている。
このところヘイト・スピーチ問題で多忙なため、この件についてあまり発言できなかったが、NGOの一員として国連人権委員会でのロビー活動に加わり、クマラスワミ報告書が会場を揺るがす盛大な拍手で採択された現場に立ち会い、その後、報告書を翻訳出版した責任者として、いくつかの事実を紹介しておきたい。
*ラディカ・クマラスワミ『女性に対する暴力』(明石書店、2000年)(ただし、日本軍性奴隷制に関する部分は、日本の戦争責任資料センター訳と日弁連訳が出ていたので、了解を得て、それを基に若干補正したものを収録した)

昨日、岸田外相が衆議院で、クマラスワミ報告書に対する日本政府反論書の公開を検討すると述べたと言う。朝日新聞11月16日付4面の記事によると、岸田外相は「各国に説明する際、『詳細すぎる』との指摘を受け、簡潔な文書を改めて作成し、国連に提出した」と経緯を説明したと言う。
また、日本政府反論書については、一部の新聞・雑誌ですでに報道され、「スクープ」などと称しているらしい。しかし、上記朝日新聞記事も明示しているように、1996年当時にすでにNGO関係者はこれを入手していたし、「同年、NGO関係者から入手した野党議員が国会で質問した」ものである。1996年当時にすでに明らかになっていたものを、当時のことを知らずに、18年後に「スクープ」と騒いでいるだけである。この日本政府反論書を私は持っている。今それを手元に置きながらこれを書いている。
Views of the Government of Japan on the addendum 1.(E/CN.4/1996/53/Add.1)to the report presented by the Special Rapporteur on violence against women.

日本政府はこの反論書を国連人権委員会に正式に提出し受理された。作成したのはY.M公使だと聞いた。それを各国政府に極秘のうちに配布して、賛同を求めた。ところが、各国政府から批判が噴出したのだ。「詳細すぎる」などと言う批判ではない。第1に、国際法解釈が間違っている。第2に、特別報告者を侮辱している。この2点で批判を受けて、日本政府はあわてて、反論書を取り下げた。それまで人権委員会に顔を出していたY.M公使はしばらく雲隠れした。取材陣がY.M公使を追いかけたが、国連にも宿舎のホテルにもいない状態だった。このため人権委員会に出て来るのはT.K公使になっていた。
その途中、私たちNGOは、日本政府反論書があると聞いて、日本政府に交付を求めたが、「そのようなものは存在しない」という虚偽の回答だった。しかし、各国政府が日本政府批判をしていて、実はこんな反論書を日本政府が出していると教わった。まもなく、そのコピーが出回り、私たちも入手した。1996年の国連人権委員会には日本から10人ほどのNGOが参加したので、みな持っているはずだ。
無責任な日本政府反論書に驚いたNGOは、それまでの国連人権委員会における国際法解釈の議論状況を明らかにするために「資料集」を作成した。1993年から1996年までの国連人権機関における性奴隷制度をめぐる国際法解釈の発展状況が分かるようにした。これを100部印刷して、各国政府に配布した。それも今私の手元にある。
Selected Papers on the Legal Issues Concerning Military Sexual Slavery, edited by Etsuro Totsuka, IFOR.
以上の経過について詳しくは、戸塚悦朗『日本が知らない戦争責任』(現代人文社、1999年[普及版2008年])。

かくして、まともな国際法解釈論議が行われ、日本政府の誤った国際法解釈は退けられた。と言う前に、日本政府自ら撤回した。クマラスワミ報告者の国際法解釈は、後にゲイ・マクドーガル・戦時性奴隷制特別報告者によって補強された。それも私たちが翻訳出版した。
*ゲイ・マクドゥーガル『戦時・性暴力をどう裁くか』(凱風社、1999年[増補新装2000年版]

クマラスワミ及びマクドゥーガルによる戦時性暴力や性奴隷制に関する国際法解釈は、その後の国連における議論だけでなく、国際刑法にも受け継がれた。旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷やルワンダ国際刑事法廷において、ついに戦時性奴隷制が人道に対する罪として裁かれた。国際刑事裁判所規程にも「人道に対する罪としての性奴隷制」という犯罪規定が盛り込まれた。この点こそが、クマラスワミ報告書の最大の意義であった。その経過は、前田朗『戦争犯罪と人権』(明石書店、1998年)、前田朗『戦争犯罪論』(青木書店、2000年)、前田朗『ジェノサイド論』(青木書店、2002年)など参照。

上記の日本政府反論書及びNGO文書については、下記の10月26日開催のシンポジウム「性奴隷制とは何か」において公表することにした。

http://fightforjustice.info/?p=3374