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知的冒険の名著『白と黒のとびら』

白と黒のとびら 魔法使いの弟子という、ライトノベルな入り口から、情報科学・数学・認知科学にわたる理論―――オートマトンと形式言語をめぐる冒険を堪能する。

 見た目はファンタジー、中身はガッツリ計算理論をしながら、「計算とは何か?」、すなわち計算の本質に迫る。それは、与えられた前提とルールを組み合わせて解を導くこと。これは、人もコンピュータもできる。計算の量だとか、速さなどは、圧倒的にコンピュータの勝ちなのだが、「人にはできて、コンピュータにはできない計算問題」はあるのだろうか。この秘密は、計算式そのものではなく、計算を解釈する箇所に潜んでいると予想している。人を計算する機械と見なしたとき、問題を解釈する言語をどのように「計算」しているのか?

 このテーマについて、もっと具体的に「謎の提示→対決→解決」を繰り返す形で示してくれる。しかも、専門用語を本編から追いやって、魔法使いの冒険譚として読ませてくれる。○と●だけで構成される古代言語を読み解き、遺跡を探索する件は、そのまま形式言語とオートマトンのレトリックだ。計算理論を「お勉強」するのではなく、パズルゲームのように愉しめる。主人公の少年が壁を乗り越え、仲間と出会い、成長していくあたりはビルドゥングスロマンとして応援したくなる。間違えたら即死、しかもタイムリミット付きの展開では、映画『キューブ』の脱出ゲームの焦燥感を思い出す。

 不合理だけど、その中では一貫したルールを発見し、閉じた世界から脱出するという設定は、とてもジャンプ的だ。ひたすら楽しんでもいいのだが、それぞれの章を支える学術概念が分かると、もっと深みにハマれる。有限オートマトンからチューリングマシンまで、末尾に簡潔にまとめられている。

 事象から「意味」を引き剥がし、数学的に抽象化されたふるまいのモデル化を行うのは、人の仕事なんだね。そして、モデル化された「式」を簡単にしたり、解へ導くのは、人でも機械でもできる(むしろ機械の方が得意分野)。

 プロ棋士を負かすAIや、東大入試に挑むコンピュータを見ていると、人智を超えるのも時間の問題じゃないかと思っていた。だが、問題を定義したりモデリングするのは、やはり人―――というか「主体」になる。

 これは類書が見当たらない、珍しい本だ。数学と物語が絡み合った作品として挙げるなら『数学ガール』だが、本書はもっと緊密に撚り合わされている。試し読みは、[東京大学出版会:白と黒のとびら]から辿れる。まず第一章をご堪能あれ。

 これもyuripopから教わった本、ありがとうゆりぽ。

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