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精霊地界物語 作者:山梨ネコ

第二章前半

妹が好き

 ハルアはすぐに病気になるが、おれが気をつけてやっていればそう酷くはならない。
 今日もまた朝起きたら熱を出していて、起きれないでいるハルアを見下ろしながら、つくづく思った。

 おれの妹は可愛い、って。

 つまり、他のやつらは可愛くないということだ。
 孤児院にいる他の女たちとハルアは比べ物にならない。顔のつくりは勿論だが、問題はそこじゃない。
 仕方のないことだ。ここにいるやつらは、毎日が戦いだ。生きるための戦いをしている。ハルアじゃない女たちには、おれみたいに守ってくれる兄がいない。

「……にーちゃ」
「なんだ? ハルア……」

 だからこんな風に、ふにゃっとした笑いを浮かべながら、安心して眠ってなんていられないのだ。
 ハルアは何か夢を見ているみたいで、おれのことを呼びながら唇をほころばせる。
 誰かが笑顔を花にたとえていたけれど、まさにそれだ。

「おれが守ってやるからな、ハルア」

 こつんとハルアの額に額をくっつける。熱は下がってきている気がする。この調子なら、昼を過ぎた頃には下がるだろう。パンも食えるようになっているはずだ。
 いつまでも側にいてやりたいけれど、それじゃハルアがメシを食えない。
 後ろ髪引かれたけれど、勢いをつけて孤児院を走り出た。

 いつも通り、適当に師父のつまんない話を聞いているフリをして、元来た道を戻る。
 孤児院に入った時、偶然大人たちの話を耳にした。

「出すなら、ハルアだな」

 多分、ハルアの名前が出たからおれは気づけた。
 おれの身体はすんなり動いて、大人たちが何の話をしているのかもわからないのに、物影に隠れていた。パンを抱えて耳を澄ませる。

「孤児とは思えないぐらい、あの子は随分と素直ですね」

 孤児院の大人ではない、別の大人がそう言った。物影から応接室を覗きこむと、そこには身なりのいい大人がいた。母さんが昔メイドをやってたっていう、大きな家に住んでいそうな男だった。

「財産を持っている私たちの義務ですから、一人ぐらい引き取ってもよいと思っていたんですよ。でもなかなか、飢えた獣のような顔をした子供ばかりで……」
「それでは、ハルアはうってつけでしょうな。身体は弱いので手はかかるでしょうか、ひねくれていない。兄がおりまして、それが世話を焼いているからでしょう」
「ほう。引き離すのは可哀想かもしれませんね」

 引き離す? それを聞いておれはぞっとした。身体中に鳥肌が立つ。
 孤児院に金を持ってきたり、持ち出したりする大人が、身なりのいい男に笑って答える。

「引き離してあげるのがハルアのためかもしれませんよ。この兄の方は典型的なアレですからね――」

 ハルアのため?
 わけがわからなくなって、おれはその場から逃げ出した。孤児院を出たおれが行ける場所は限られている。教会なんかに用はない。
 おれはバターレイへと向かった。かなり遠いから、途中で御者にバレないように、辻馬車の車輪にそっと乗りながら――。
 バターレイには知り合いがいる。子供同士でつるんでるやつらの中の数人。あいつらは、助けを求めれば答えてくれるという。当然、ただというわけにはいかないけど、おれみたいな子供が支払えるもので払わせてくれる。

 バターレイにひとたび足を踏み入れると、おれは手にしていたパンを千切って近づいてくるガキどもに与えながら、おれを目的地へ連れて行ってくれるように頼んだ。パンの力は絶大で、おれはつるんでるやつらの中で一番偉いやつにすぐに会うことができた。

「――ん? どうしたんだ、おまえ」

 灰色の髪をしたやつだった。
 おれよりも、多分年下。こんなのが教会でもすごい噂になっている、バターレイでも有名なやつらの頭なのか?
 けれど、そのぎらぎらとした灰色の目を見ていたら、おれは自分が年上だなんてことを忘れてびびって後ずさりしていたから、こいつで間違いないんだろう。
 おれは手にしている、半分だけ残ったパンをこいつに差し出した。
 その瞬間、おれの腹が鳴って、こいつは面白そうな顔をしながら受けとったけれど、おれは全然気にならなかった。

「聞きたいことがあるんだ」
「おう、なんだ?」

 灰色のやつは、パンを手にしているのに、食いついたりしなかった。
 おれみたいに妹がいるのだろうか? 弟が? 食い物をわけてやらなきゃいけないやつがいるんじゃなければ、すぐに手にしたパンを食べない理由が思いつかない。

 パンをもてあそんでるその手つきを不審に思いながらも、おれはおれの聞きたいことを聞いてしまうことにした。

「金持ちの家の子供になるのは幸せなことだと思うか?」
「大人にそう言われたか?」

 こいつはなんでもなさそうに言う。おれが頷くと、よどみなく答えた。

「そいつにとってはそうなんだろう。人間、みんな自分が思ってるコトが基準だと考えているみたいだぜ? ビックリだろ。おれも最近知ったんだ。ソレがまるでこの世にたった一つしかない正解で、当たり前のことなんだって言う大人っているケドさ、でもソレって、そいつがそう考えてるってだけの話なんだぜ?」
「……妹が金持ちの家の子になるかもしれない。おれは邪魔らしい」
「ソレで?」

 憎たらしいぐらい表情を変えずにこいつはおれの次の言葉を促す。
 それで、なんだっていうんだ?
 おれが考えていることなんて当たり前のことなのに、どうしてそれがこいつにわからないんだ?

 ――だけどそう考えた直後、こいつの言った言葉が身にしみる。
 おれがそう考えているだけで、こいつにとっては全然当たり前のことじゃないのかもしれない。
 ……こいつが単なるバカだって可能性もあるなって思いながら、おれは口に出して言う。

「ハルアと引き離されたくないんだ」
「答えは出てるんだな。だったら、話は簡単だ」
「どうすればいい? 孤児院の大人が、金持ちの大人と話してる。多分、金のやり取りもある。おれに何ができる?」
「お前はその願いを叶えるために、ナニができる?」
「なんでもできる」

 おれの言葉を聞いて、灰色の目がぎらりと光った。

「気に入った。助けてやる」
「おまえに何ができる」
「なんでも。金持ちの大人を強請ることも、孤児院の大人を操ることも。丁度孤児院のヤツのコトなら、いいネタがあがってる。金のやり取りがあるってコトは、窓口に経理がいるだろ。孤児院の運営に使われなきゃいけない金を着服してるって話だぜ」

 ニヤリと笑った灰色の子供がおれより年下とはとても思えなくて恐くなる。
 何を言っているのか、半分ぐらいわからない。
 けれど、わかることもある。
 こいつには、おれができないことができるんだろう。

「――ハルアを不幸せにはしたくない」
「おれらに気づかって欲しいなら、おれらの仲間になるしかない。だが、キレイなコトばっかできるワケじゃない。犯罪の片棒を担ぐコトもあるぜ」
「おれがなる」
「躊躇はないんだな」

 それを不思議そうに言うってことは、自分たちがどれだけおかしな集団だかはわかってるんだろう。自覚がある姿に少し安心する。
 けれど、そうだとしてもハルアを関わらせたくない。そのための行動なら、おれは全く迷わないでできる。

「ハルアはおれの大切な妹なんだ。手を出したら許さない」
「ハァ? 別に興味ねーから」

 その答えにはなんだかむっとしたけれど、おれの願いを聞いてやるかわりに、とか言って、ハルアがとられることはなさそうで、安心した。
どうってことない





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