2本の論文は予想以上にオンラインとオフラインの世界に類似性があることを示唆 Getty Images
「私は新しいものに好意的だが、子供たちの世代のことが心配だ。彼らは夢中になり過ぎて消耗している。もはや外では遊ばないし、友達と一緒に時間を過ごすこともない。対人コミュニケーションの微妙なニュアンスは失われた。彼らは『手紙』を『書き』、その後、(子供たちは何と呼ぶか?)それを『郵送(mail)する』と言う。彼らが何を考えているか理解するのは、遠く離れた所にいる誰かだ。なにか異様なのだ」
古代エジプトの親の中には、このような心配をした親もいるに違いない。何千年にもわたり、技術は伝統的な人間の相互交流をしのぐ形で進化してきた。電話で道案内をする場面を思い浮かべてみよう。「高速道路を下りたら、右側に2本の道路がある。右に急カーブして(手前側の道路に入って)くれ」と伝えたとしよう。このとき、電話の主は恐らく、しゃべりながら、右方向を指さしているはずだ。あたかもそこに聞き手がいるかのようにだ。言葉とジェスチャーはからみ合っている。そして、われわれの脳は電話という新種の道具で話しているときでさえ、言葉とジェスチャーを分離させられないことが多いのだ。
人間の社交性にとっての最も新しい課題、すなわち、オンラインのソーシャル・ネットワーキングはどうだろう。ソーシャル・ネットワーキングでのやりとりには非言語シグナルがないため、そのスピード、拡散の度合い、無名性、それに感情の欠如は、前例のないレベルにまで達し得る。
にもかかわらず、米国科学アカデミー紀要に最近掲載された2本の論文によると、われわれの多くの予想以上にオンラインとオフラインの世界に類似性があるという。
1本目の論文は、交流サイト(SNS)大手フェイスブックのアダム・クレーマー氏などのチームが執筆した。彼らは「情動(感情)伝染」、つまりある人から別の人に感情が伝染する度合いを調べた。サッカースタジアムで暴動に加わる人々や、周囲の雰囲気まで明るくさせる陽気な同僚を思い浮かべると良い。研究チームは、情動伝染が実世界における相互交流を必要とするかどうか知りたいと考えた。つまり、顔の表情、ジェスチャー、発声、そして2人の動きの間で模倣(mimicry)と同期化(synchronization)が必要なのか、という問いだ。
研究チームは、無作為に選んだ70万人近くのユーザーを対象に実験を行った。言語分析ソフトを使って、フェイスブックのニュースフィードに表示される記事から、ポジティブないしネガティブな感情を示す言葉の数を減らした。つまり、メッセージ自体は変わらないが、その感情の強さが変わった(この操作に伴うプライバシーの侵害とみられる行為は、フェイスブックが今夏この実験について公表した際に大論争を巻き起こしたが、それは別の問題だ)。
結果はどうだったか。メッセージ内でポジティブな感情の言葉が少なくなると、受信者のその後の投稿で、ポジティブな言葉の比率が下がり、ネガティブな言葉の比率が上がった。ネガティブな言葉を減らすと、逆のことが起こった。つまり、感情は人間に影響を与える。たとえ、ネット上であっても、ということだ。
2本目の論文は、シカゴ大学のジョン・カチオポー、ステファニー・カチオポーの両夫妻率いる研究チームが執筆した。研究チームは、インターネットという新世界で、ずっと的を絞った実験を行った。ネットで出会って結婚した夫婦と実世界で出会って結婚した夫婦とで、どちらの方が結婚生活がうまくいっているかを調べた。霊長類学者である私には、答えが明らかであるように思えた。つまり、前者は後者ほどうまくいくはずがないと思った。相手のフェロモンさえ感じられないのに、なぜこの人が運命の人だと見分けられるのか、と思ったのだ。
研究チームは2005年から12年までの間に、2万人近い既婚者に質問し、結婚生活について尋ねた。驚いたことに、被験者の3分の1以上がネットで(多くは出会い系サイトを通じて)出会っていた。
年齢、学歴、収入、人種、それに宗教といった要素による影響を排除したところ、ネットで出会った夫婦の結婚の方が失敗しやすいという結論は見つけられなかった。実際のところ、統計的に小さいものの有意な差で、ネットで出会った夫婦の結婚の方が長続きし、満足度も高いことが分かった。
ネットの出会いのほうがバラ色になるという理由は何だろうか。それは、ネットで配偶者に出会う人々の性質に関する何かを反映しているのかもしれない。また、ネットでは出会える潜在的な配偶者の数が多いため、より自分に合う人が見つかるのかもしれない。小さな集落に住んでいて、はとこ(遠い親戚)3人の中から1人を選ぶのとは違うということだ。
さらなる研究が必要なのはもちろんだ。結婚のタイプをもっと長期間経た後で比較するとどうなるのか。ネット上の情動感染は、感情を捨て去るのに加え、感情を逆に強めるのか。しかし要点はこうだ。人間の相互交流の最も根本的な部分は、大書されたものも大書されなかったものも、くさび形文字の時代以降出てきた沢山の最新技術をくぐり抜けて、ちゃんと生き残っているということだ。