山本昌のような人間かどうかも疑わしいほどの長期現役生活を送る選手は例外としても、アスリートとして寿命が長い野球選手でさえ良いところ40、実力がそこそこだと30代で引退の二文字がちらつく。
これがサッカーや相撲のように一流の人でも40前を引退したり、フィギュアスケートのように20代で引退が当たり前だったり…更にはもっとマイナーで日本一になっても大したスポンサーが付かないスポーツのトップアスリートもあり、
「スポーツ選手でいられる時間なんか10~20数年程度。それも人気のスポーツでしか、一生分を稼げるスポーツはなく、スポーツだけができても危うい。」
のがスポーツ産業の現状である。…にも関わらず、高校生の時点で優秀な人はプロ顔負けの環境と期待…もうちょっと言えば、「お金になる」と思われて、私学の経営などに利用されてしまうことが現場のアスリートや教育関係者から問題視されている。
高校スポーツをプロ化することは許されるのか | 為末大×AERA 白熱ウェブ
具体的には、「スポーツができれば、授業は寝てていいよ」と言う態度が問題視されてる。
しかも、スポーツに関係のない学校の先生や経営層が本気でそんな風に思ってたり、態度として出てしまうものだから余計にプロ志望の子は勉強しない。
「スポーツで身を立てていく」のは無謀なこと…にも関わらずだ。無理ではないが、ほとんどの人はできない。よしんば、プロになれた人でさえ大半はスポーツ選手を引退後、別の食いぶちを探して第二の人生を歩んでいく。
今回はその問題について触れていきたい
/人◕ ‿‿ ◕人\<僕と契約して、スポーツ特待生になってよ
これだけ事情通のファンや実際のアスリートがアスリートの勉強や蓄財の必要性をといても
「稼げればいいんじゃない?」「スポーツの才能があれば、授業寝ててもやっていけるんだよ」
と思ってる人がいる。そんな人のために、実例をいくつか語ってみたい。
最近では、あの清原でさえ金欠で自宅を抑えられたことが報道されてる。
清原の生涯年俸は52億300万円。これは出来高を除いた数字で、プロ野球選手としての活動以外にも執筆や芸能の活動…これらを含めるともっと莫大な財産があったことは想像に難くない。
いくら税金で持って行かれてるが、普通の人なら使いきるのも難しいほどのお金を得てきた人でさえ、こうだ。ただ、清原に関する報道は誤報も多いので別の例も紹介しておきたい。
メジャー挑戦まで勝ち取ったにもかかわらず、自殺してしまった伊良部秀輝選手。
生涯賃金は23億円5320万円。これも出来高を含まないので実際にはもっと多い。事業に失敗したり、逮捕されるほど酒癖が荒かったり色々と問題はあったが、いわゆる「金には困らない」と言われる水準は楽々稼いだ人だ。
スポーツの歴史に残るレベルのアスリートでさえ、アスリートを引退した後にはその処世術次第では週刊誌にありもしない薬物疑惑で叩かれて仕事を潰されたり、せっかく得たお金や社会的な地位を自分の素行の悪さ・勉強不足で無為にしたり…そんなことがザラに起こる。余程の有名選手でないと報じられないだけで、実は自殺者や犯罪者、職につけない人や借金がある人などもいる。…選手として優秀でも他のことがからっきしで苦しんでいるひとは多い。
もちろん、はじめから海をわたることを考えて語学力を鍛えてた中田英寿・子どもの頃から計画的にプロを目指したイチローなど、勉強する習慣や長期的な目標・新しいことを貪欲に吸収する力があったからこそ、成功した人もいる。
個人レベルでなくとも、アスリートを大量に輩出してる学校なら多少は「生き方としてのアスリート」を説く学校もある。
他方、新興のスポーツ校…いや、いい学校にいても一芸に秀でることが免罪符だと思っている連中は自分の自己実現を大人にいいように利用されてしまう。
学校・先生側が「スポーツさえできればなんでもいい」という空気を出してちやほやされ、中途半端なスポーツ校の「プロになりたい人」は入口ばかりにとらわれて出口を考えようともしないまま教育がなされてしまう。
僕は両方見ているからそこら辺の事情はよく知ってる。
1、全校集会で地方大会の段階で野球部の試合を見に行くように煽動してた自称スポーツ校
2、全国大会は当たり前で決勝の一番いいところまで全校応援の招集をかけない上に、OBまで全国大会に出たかつてのヒーローで母校に帰ってきてアスリート向けに「アスリートとしての生き方」を語れるガチのスポーツ校
その両方にいてプロ志望を見てたから思うね。
「甲子園に行かせたいだけの学校やそこの先生達はまどか☆マギカのキュウべぇのようだ。」
スポーツ特待生待遇でちやほやして、その対価として推薦枠をあげて(良いところに推薦で行けるようなブランドイメージをもらって)…はい、さようなら。そいつの人生の出口がどこに向かうかなんか考えず良くも悪くも学校の利益になることのために、スポーツで承認欲求・自己実現を叶えようとする連中を煽動していくだけ。
カリソメの自己実現をアスリートの卵から孵化させる…まさにインキュベータだよ!
…エンドレスに魔女と戦い続けるまどか☆マギカの世界観顔負けに、お金の使い方や金使わなくても心身を豊かにするような教養・好奇心がないし、付ける気もない奴らがエンドレスにスポーツで自己実現さ。
でも、それが本人達の願い何だと言いたげに、落ちぶれたらバッシングするか誰も助けない…というわけで。
学校の勉強はゴミだが、勉強する習慣は一生モノ
だからこそ、アスリートこそむしろ勉強しないといけない。
が、ここでも自称スポーツ校とガチのスポーツ校の差が出てくる。
まず、自称スポーツ校にいがちな、学校で頭ごなしな一般論を説く普通科の教師のいうことなんぞ聞く必要はない。その手の教師を毛嫌いし、小馬鹿にしてるスポーツ高校生は正しい。
「受験の知識しか授けてくれず、生き方や自分の進路に見合ったアドバイスができない教師なんかみんなリストラされろ!」
実際予備校行くか、教科書読めば済むわけだよ…。
だけど、彼らは彼らの勉強をしないといけない。それは教育やスポーツ科学であり、彼らが望む語学や栄養学…ひょっとしたら文学や笑いのセンスかもしれない。
…そのぐらいに勉強熱心だったからこそ日本代表の監督として成功できた岡田武史さんみたいな人、あまり報じられてない人にも引退して1から始めた仕事で食べられるようになれた人もいる。
何が必要かなんかその時にならないとわからない。ただ、「勉強したい時に勉強する習慣・コツ・姿勢、そしてスポーツで培った集中力が役に立つ」のは確かだ。これはアスリート志望のみならず、どんな分野でも伸びるやつは勉強や新しい機会・考えに貪欲で、身に付ける方法も知っている。
そこら辺の意識が高いせいか、ガチのスポーツ校と自称スポーツ校の最大の違いは「テストで良い点を取るかどうか」にもある。当然、真面目系クズであった僕みたいな人の方が勉強時間も多いし、テスト前にそれなりに勉強するさ。
でも、ガチのスポーツ校はテスト三日前から、勉強をはじめ家で何かする時間も取れないくせにクラスの上位には彼らがいる。模試や受験の点数は知らないが、集中力が高い上に役に立つことだけは知ってるから授業態度が悪くても推薦もらうためにちゃんと点数をとれる勉強はしてる。
スポーツが怪我と背中合わせ…なれない時のことも考えて…と言う気はない。
一流の選手になれても、お金をたんまりもらえても学がない、勉強しない、ちやほやされすぎて普通の振る舞い方を知らない…それではどこかで堕ちる。
プロになれたとしても、プロアスリートで居られる時間は良くて3割。悪いと人生の1割もない。
なるのが大変だからそれになるために「あらゆることを捨てて、全てをスポーツに」というのは大変危険な考えだ。最近ではとにかくいい大学、東大に行けば…と考えてる親御さんや学校教師もいるが、結局は人間同士で付き合えない、自分に求められたり、したいと望んだことが変わっても勉強できない…そんな人はどれだけ栄光を積み上げても沈む。
つまらないことかもしれないが、大人の価値・教育の価値・人間が満たされるということはそういうところにこそあると思うのです。
色んな読み物があると思うけど、ここらへんがこの話は一番わかりやすいね。
グラゼニと言う名前から稼ぐ話のような印象はあるけど、実際はむしろプロ選手なりのお金の苦労・お金にまつわるその後の人生の苦労話が多いんです。
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