2014年10月10日(金)

会議のウトウトには意味があった!

PRESIDENT 2014年9月1日号

著者
Brigitte Steger ブリギッテ・シテーガ
ケンブリッジ大学東アジア研究所准教授

1965年、オーストリア生まれ。ウィーン大学日本学研究所にて睡眠に関する研究で博士号を取得。同論文で2002年度オーストリア銀行賞受賞。著書に『世界が認めたニッポンの居眠り』ほか。

ケンブリッジ大学東アジア研究所准教授 ブリギッテ・シテーガ 構成=唐仁原俊博 図版=作成平良 徹 撮影=宇佐見利明
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ポルノビデオに「痴漢モノ」が存在する理由

しかし、現実には、眠ってしまえば体のコントロールは利かなくなる。いびきをかいたり寝言を言ったり、口を開けてよだれを垂らし、あるいは座席からずり落ちてしまう人もいる。股を広げて熟睡する女性や、ロングヘアをまるでカーテンのように垂らした女性には、よりいっそう厳しい視線が浴びせられる。それはなぜか。ジェンダーという概念から電車内での居眠りを考察すると、さらに興味深い事実に気付かされる。

女性に対して、より強力な制約が課されるのは、「女性は男性に性的な眼差しで見られる対象である」とする社会背景があるからだ。日本の男性向けポルノビデオには「痴漢モノ」とされるジャンルが存在し、しかも根強い人気を誇っていることからも明らかだろう。「見る主体」の男性と、「見られる対象」の女性との間の関係は、性的な関係性を、そしてそれ以上に、そもそもの土台となる権力の関係性を象徴している。女性は折り目正しく居眠りすべきだというのは、男性上位社会の産物なのである。車内で化粧することがマナー違反であるという考えも同じ文脈で説明できる。化粧は自分の外見をよりよく見せるために行われる。その行為を電車という公共空間で、しかも男性の目の前で行うことは、「私にとってあなたは着飾って見せる必要のない対象だ」と宣告しているのと同義である。

中世ヨーロッパでは、貴族たちは召使いの前で平気で用を足し、また人に聞かれてはまずい話を平然と行ったが、それと何ら変わりはない。男性にとってみれば、マスキュリニティ(男性性)を破壊される重大な反則行為であり、だからこそだらしない居眠りと同じように化粧は告発されるべき対象とされているのだ。

さて、ビジネスにおける居眠りを考えてみよう。居眠りしているかどうか、まず人は目を見て判断する。だから目を閉じていれば居眠りの嫌疑がかけられるわけだが、日本社会において極限の沈思黙考と居眠りを区別することは実は難しい。日本人が会話の最中に目を向けるのは相手の首や胸の高さが一般的であり、会議の場であっても、アイコンタクトは重視されないからだ。視覚を遮断し、精神を研ぎ澄ませ、重大な局面を乗り切る妙案を練る重役に対して、「起きてますか?」という声かけができるはずもない。

居眠りの達人は、さらに高度なテクニックを身につけている。会議中にハッとして、意識が途絶えていたことに気付いたとする。彼らはそこでうろたえはしない。しばらく目を閉じたまま会議の流れに耳を傾けたのち、突如として「よろしいか」と声を挙げる。そして毅然と自らの所見を述べ、威信を示すのである。

また、つい体勢を崩し、居眠りをしていたと看過されたとしよう。このとき相手が部下であれば、「自分の報告が聞く価値がないと判断されたのでは」という疑念が頭をよぎり、逆に部下のほうが恐縮する。相手が上司でも、「疲労困憊していたためについ眠ってしまった。職務に邁進した結果だ」という言い訳が通る。

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