モロの証言
「お前にサンを救えるか」と私が言うと奴は、
「は? 肩いきなしガッ抱きよせて頭よーしよし撫でりゃ一発っしょ? ああいう甘え慣れてねえ女ってさ。ちょっと優しくするとすーぐ勘違いして一気にデレるんスよ。っしょ?」などと吐かしたのだ。
300年生きてきてこんなことを言う奴など会ったことがない。はじめ唖然として次第に腹が立ってきた。
「黙れ小僧!」、「哀れで醜い、可愛いわが娘だ」と一喝すると
「あっ。だいじょうぶっス。娘さんのこと幸せにする気マジあるんで。共に生きることはできるんで。」
とそのままサンの眠る洞窟に入って行った。エボシでなく奴を食い殺すべきだったな。
ヤックルの証言
あの。さいごね。あのね。ご主人さまが「私はタタラ場で暮らそう」ってゆって。あ。もう村にはもどらないんだ、ぼく、もう、あんなに長く長く走ったりしなくていいんだって。ほっとして、でも、ちょっと、さみしいな。って。そしたら
「会いに行くよ。ヤックルに乗って。」ってご主人さま。
えっ。まだこき使うの? ぼくのこと何だと思ってるの? 女にあいに行く足? 金持ち大学生のポルシェ感覚? ゆっとくけどぜんぜん乗りこなせてないからね。すっごく合わせてたから今まで。はっきしゆって。乗るのへたくそだから。なんか勘ちがいしてるよね。あーおいしい。草おいしいなー。
カヤの証言
あの男、ウチがあげたアクセ他の女にフツーにあげてるからね。ありえないでしょ。つーかウチがあげたとき「いつもカヤを思おう」ってゆったじゃん。なのに、はあ? 意味わかんないし。もうヂモト離れたからかんけーねーしって思ってんでしょ。どうせわかりっこねえしつってハメ外してんのか知らねえけどこっちヒイ様いるからね。占いで全部わかるっつーの。
あに様、ご無事かしら……ってヒイ様に占ってもらったんだ。で、ヒイ様(あー……)って顔しだすわけ。ウチも(あーこれあれだ。浮気だわ)ってわかっちゃうわけ。そんときの気まずい空気ったらないよね。その場で泣き崩れてたらかっこついてたかもしんないけど、なんかタイミング逃しちゃって。でもヒイ様が本気であいつのこと罵り始めて、後から思うと気をつかってくれてたんだけどね、ウチも気が楽になってめちゃくちゃに罵って。ガールズトークっていうか。で、ヒイ様が「呪う?」って。「呪い殺そうか?」って。「えっそんなことできるんスか?」「できるよ。」って。
ウチゲーラゲラ笑って、ヒイ様もゲーラゲラ笑って。いやいや。いっスいっス。ウチもヤックルに乗って今から殴りに行こうかしら(^_^)
トキの証言
女どもが腕を上げて、汗にまみれてタタラを踏んでる。その中に一人だけ、若くていい男が混じってるんだよ。「私にも踏ませてくれ」ってさ。女どもが浮足立つ。
若者って言ってもつい一昨日まで子供だったようなもんだよ。だけど男ってのは、のれんをくぐるみたいにひょいと男になっちまうんだからね。華奢なようだけど脱げば、思いの外からだができあがってる。若い馬みたいになめらかな肌に汗がしめってるんだ。タタラ場はとにかく熱い、あたりまえだよ、鉄を作ってるんだ。力をこめてタタラを踏んでいると頭のなかから考えってもんが抜けていく。若い男が真っ黒に澄んだ眼をじいっと女に向けてる。「きびしい仕事だな」って女どもを讃える。女どもはもう何も考えられない。「何かいい匂いがするな。」男が女の脇を嗅ぐ。「やめとくれよ。」男は嗅ぐのをやめない。周りの女どもはもう何も言えなくなる。ただそれを見てることしかできない。男がタタラ踏みを交代する。休んでいる女の一人の腰をうしろから鷲掴みにする。「たくましい腰だ。」「そりゃあ、そうさ、だって私ら、毎日タタラを踏んでいるんだから……」いきなり女の腕をつかんで脇を開く。また匂いを嗅ぐ。「私らみんな亭主持ちなんだよ……」「知っている。心優しい、いい亭主たちだ。」
鉄よりも熱く、女どもがどろどろに溶けて、境目もなくなってたった一人の若い男に次々と鍛えられていったよ。もう何も考えられなくなってさ。
エボシの証言
私は知らぬ。何も知らぬな。確かにあの若者が私の寝所に一晩おったこともあったような気もすると言えばしなくもないが、よく覚えておらぬようだ。詮索は無用に願おう。
ジコ坊の証言
ワシは初めて会うたときからぴいんときとったよ。あの太もも! 少年のころからヤックルに乗って走り回っとったんだろう。太く張り切っておる。あんなに太ももをたくましゅうしては、いかに本人が抑えこもうとしたところで、色の欲が収まりきらんだろうな。ついこの前も言っておったよ。あの娘が孕んだそうだ。「なんかマジひくってゆうか」、「は? 父親とか言われてもムリだし」、「いやいや。もう地元帰ろうかと思ってんスよね。ヤックルに乗って。」そんなことを言っていたな。どうも子種をまき散らさずにはおれない男になるらしいな。
サンの証言
かれぴっぴはとってもやさしくて、あたしの心をまるでお日さまにあてたお布団みたいにぽかぽかにしてくれる。人間を許すことはできない。でもかれぴっぴのことは好き。大好き。こんな気もち、はじめてだょ?
あたしちょっとワイルドなとこあるじゃないですかぁ? 山犬に育てられたりしてて。タタラ場を襲ったりもしてたし。あのころはなんとも思ってなかったんですけど、かれぴっぴに会って、あ、やだ。あたしくさい。リンゴ食べたイヴみたいにあたし、とつぜん恥ずかしくなった。でもかれぴっぴは大丈夫だよって。肩を急に抱き寄せて、ゆっくり顔を近づけて、ほっぺがふれるかふれないか、そんな距離で「大丈夫だよ」ってささやいた。そしてあたしの髪をやさしくなでた。一面のお花畑のなかへ迷いこんだみたいな気持ちになった。あんなのはじめてで、ああ、胸いっぱいのしあわせってこれなんだと思いましたよね。
しずかなあの湖へ行って、ふたりとも服をぜんぶぬいだ。冷たくて、そこにないみたいに透明な水をすくって、あたしの肩からながして、大きな手であたしの肌を洗っていった。静かだったよ。なにもかもが静かだった。あたしの引き締まったバディを掴んであの人は言った。
「生きろ。そなたは美しい。」
静かな森の、静かな湖から、声がわたってあたしの鼓膜をふるわせた。あたしはあの人の首にしがみついた。
「おおっ、今すぐ。今すぐあたしに実感させて。あたしが生きてるってことを強く実感させてちょうだい! イェアーッ! イェーァッッ!!」
そしてあの人は、かれぴっぴになった。あたしだけのかれぴっぴに。静かな森でふたりは、ワイルドアニマルみたいに燃えて愛を叫びました。
かれぴっぴはそれから毎日ヤックルに乗ってやってきた。そのたびにお花をいちりんくれる。あたし思った。これは、あたしの胸の中のあの幸福のお花畑から、かれぴっぴが摘んできたお花なのだと。ふたりで森を歩いたり、果実を食べたり、水浴びをしたり、そしてあたしの髪をやさしく撫でてアオォーッ! 次にふたりはワイルドアニマルになるの! それからまた、かれぴっぴはやさしさを残してタタラ場へ帰ってゆく……
かれぴっぴはいつも森へあたしを訪ねてくる。逆にあたしだってタタラ場へかれぴっぴを訪ねたいと思いますよね? かれぴっぴがタタラ場でどんな風に暮らしてるのか。やっぱ気になるとこあるじゃん。でも「それはいけない」って。あたしはかつてタタラ場を何度も襲った。憎しみが人々の心にまだ残っているから。「だったら人間どもを殺す。」「それはいけない。」なるほどですね。
だからあたしは想像する。かれぴっぴがあたしを想いながらタタラを踏む姿。汗にしめった肌。あさましい人間どもの欲望がうずまくタタラ場の中で、ひとり高潔にあたしへの愛をつらぬくかれぴっぴ。あたしは、かれぴっぴがくれたペンダントを握りしめて想像する。
お花がちょうど百本になったとき、あたしは身ごもった。日が昇って、季節がうつろいで、あたしの腹は着実にふくらんでいく。この腹の中の、あたしとかれぴっぴの愛の結晶(ラブクリスタル)がもうすぐ、あたしのヴァジャイナから爆誕する。あたしはその予感にふるえながらいとおしい腹をなでています。
かれぴっぴは森にこなくなった。どうして? あたしはこんなに会いたいのに。そして愛をワイルドにぶつけ合いたい。でもあたしは知っています。会えばふたりは愛欲の嵐に巻き込まれてしまうのだから。そんな嵐からあたしたちの赤ちゃんを守るために、あえて遠ざかってるってこと。ひぃーゃ! やさしくて、やさしすぎて、あたしは涙がでます。ぽろぽろ、ぽろぽろ、かれぴっぴのいっぱいのやさしさが、あたしの心をぽかぽかにして、涙を流させます。
ラブクリスタルが爆誕したら、またかれぴっぴはヤックルに乗ってやってくるはず。そしてあたしはまた、新たなラブクリスタルを宿す。あたしはこの命がつきるまで、何十ものかれぴっぴとのラブクリスタルをヴァジャイナから産み落としたい。森を満たしたい。
アシタカの証言
何か誤解があるようだ。私は森とタタラ場、双方生きる道を探っただけだ。
サンは人間が捨てた子だ。それを森が拾い、育てた。そしてサンは人間のもとへは帰らぬと言った。森に生きると言った。そうであるならば、次はサンの子を人間のもとへと返すべきではないのか。サンが帰らぬと言うのならば、サンの子が帰ることで、子渡しの往復が完成するだろう。それが終わってこそはじめて、この物語が完成するのだ。
だから私は言った。「私はタタラ場で暮らそう」と。そして「会いにくいよ。ヤックルに乗って」と。私はタタラ場にあってもはや人ではない。森とタタラ場とをつなぐひとすじの伝送路だ。私は人間の子種を森へ運び、それを森に送られたかつての子供に届ける。そしてかつての子供が新たな子供を産み、それを人間のもとへと返す。ただその往復運動のための路にすぎない。
サンの子を人間へと返したとき、私の路としての役目は終わる。私は一人の青年へ戻り、髪をふたたび結い、もといた村へと帰るだろう。私が果たしたのは一度限りの往復運動、その復路にすぎない。わずかばかりの活性化でしかないはずだ。あるいはこの運動の繰り返しで森とタタラ場が相互に生きるのだろうか。私にはわからぬ。それはまた私ではない誰かが伝送路となり果たせばよいことだ。
静かすぎる。コダマ達もいない。