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日本の研究者・技術者は本当に虐げられているのか?

中村修二さんがノーベル賞を受賞されたことから、お祝いとともに、日本の科学技術の今後について心配する声など、メディアの方の取材の依頼を受けるようになりました。

本当はフラッシュメモリがフラッシュメモリにノーベル賞が授与され、開発チームの一員、当事者としてメディアの取材を受けたかったのですが仕方ない。日本の技術者の処遇を考えるきっかけになれば良いと思います。

問い合わせて頂く内容は例えば、

「日本の技術者は虐げられているのではないか」

「ノーベル賞は日本の経済が良かった時代のもので、これからの日本の科学技術は競争力があるのか」

「日本の技術者・研究者は報われないのではないか」

「日本の大学の研究環境は悪化するばかりではないか」

「特許法の改正で特許の帰属が発明者から企業に変わることで、更に技術者のモチベーションが下がるのではないか」

個々の取材にお答えするのも面倒なので、このブログでお答えしようと思います。

ただし、私は6月に「1000年記憶のメモリ」を発表したように、あくまでも研究(と教育)を行いたいという立場です。

正直なところ、自分が快適に研究できれば、法制度や組織にはさして関心がありません。

従って、日米の企業や大学の比較に関しても、自分の個人的な体験に基づいており、統計データを取ったわけではなく一般化できるかわかりません。おそらく分野によっても異なるでしょう。

あくまでも、IT・エレクトロニクスに関連した一人の技術者の経験に過ぎません。

米国の事情というのも、シリコンバレーなど付き合いのある場所についてで、他の場所では事情は違うでしょう。

1.問題の根源は何か?

現在取りざたされている問題の根源は、技術や産業の変化がすさまじく早くなってしまったこと。

その一方、年功序列・終身雇用といった人事制度はそう簡単には変えられません。その結果、環境の変化に組織が追い付いていないのではないでしょうか。

具体的に例を挙げると、携帯電話の変化はすさまじいものがあります。一時は世界のトップ企業だったノキアでさえも、スマホへの変化に乗り遅れ、携帯電話事業は売却、リストラされました。

日本でも液晶テレビは一時は大きな利益を上げましたが、今やリストラです。

技術者は専門性が強いというのは、「手に職がある」反面、「つぶしがきかない」面もあります。

一時は企業の利益に大きく貢献した功労者が、10年後にはリストラで解雇されることもあり得るのです。

以前は事業に多少の変化があっても終身雇用が保障されていた頃もありましたが、業種にもよりますが、変わってしまっている場合が多いのです。

このように技術や事業の変化が激しい時代には、技術者もプロスポーツ選手のように「稼げる時に稼ぐ」ことが必要になったのではないでしょうか。

これは、今でも多くの企業が採用している、年功序列の人事制度とは相容れません。

もちろん企業も急激な技術の変化の問題は気づいています。以前は、事業を変える時にはできるだけ人は解雇せず、社内で他の事業に人を異動させ、新しい技術を取得するように再教育していました。

例えば工場を海外に移す場合には、製造に関連する技術者に設計を再教育する。

ところが、これしたやり方では変化のスピードに間に合わなくなってきているのです。

企業も敗色濃厚な事業は人も含めて売却し、新規事業を立ち上げるには同時にその分野のプロを新規に雇用する場合が増えているのではないでしょうか。

そのような状況では技術者は事業が好調な時、「自分を高く売れる時」に、海外の企業に高給で引き抜かれるのは、仕方のないこと、合理的な判断でしょう。

企業の組織の変化が追い付いていないと感じるのは、リストラをする一方、重要な技術者を繋ぎ止めるための努力、処遇の改善はまだまだ不十分。

まあこれも、スター技術者を続けざまに引き抜かれ、企業の競争力を落ちたら、変えざるを得なくなるのでしょうね。

2.日本の大学の研究者の環境

米国のスター教授が高給なのに比べて、日本の大学の教授の給料は成果が出ても出なくてもさして変わらないというのは、事実でしょう。

大学も古い組織ですから、良くも悪くも、日本、米国の社会のあり方を強く反映しています。

米国の大学では、教員の給料は9か月しか大学は出ず、6−8月の3か月は自分で稼がなければならない場合も多いようです。

その結果、米国の大学では、自分の給料に充てるためにも研究費を稼ぐことが強く求められ、研究費を稼げないと収入が下がるだけでなく、講義等の負荷も増えるようです。

また、日米どの大学でも、外部(例えば企業)から研究費を取って来た時には、一定額を大学に収めます(ピンハネされます)。

先日ハーバード大学に居た研究者と話したところ、そのピンハネの率が、米国のトップスクールでは驚くほど高いことを知りました。

トップ大学の名前を使って資金を取ってるのだから、その分、分け前も大学によこせ、ということでしょう。

もっとも、こうして多額の研究費を取ってきた教授は大学への金銭的な貢献が大きいので、その分、大学を運営するための仕事や講義の負荷が軽くなることもあるようです。稼いだ人に報いる、ということですね。その逆に、稼げない人は、大学にも居づらくなる。

米国の大学では研究成果を基に、教員がベンチャー企業を作ることが多いのですが、これだけたくさん大学にピンハネされるのならば、自分で企業を作って、自分の会社に投資した方がマシだと思うのでしょう。

日本でも米国でも、国の研究費は旬の分野に重点的に投入されます。アメリカの大学では、落ち目になった学科や部門が教授ごとリストラされることも結構あるようです。日本ではそこまでは、なかなかしないですよね。

結局、良くも悪くも、大学は社会を写す鏡です。米国大学の方がハイリスクハイリターンなので、ノーベル賞を取るような研究者には、米国の大学が良いのでしょうが、どちらが良いかは人によるでしょうね。

3.特許法の改正はエンジニアのモチベーションを落とすのか?

発明が誰に帰属すべきか、という問題とエンジニアの処遇の問題は分けて考えるべきだと思います。

確かに研究はリスクが多く、100個のプロジェクトのうち1個が事業化できればよい方です。従って、研究に投資している企業に特許が帰属する方が合理的だと思います。アメリカでもそうですしね。

ただ、「特許を発明者ではなく企業に帰属させる特許法の改正」の動機が、「従業員にはできるだけお金を払いたくない」とすると、上手くいかないでしょう。

特許への対価というよりも、特許によって事業が成功した場合には、成功報酬として企業が貢献した従業員にボーナスを払えばよいのです。

実際に、海外の企業では、収益が大きい時には、年度末に再びボーナスを出して従業員に還元する、と聞きます。

特許法がどうであれ、スター技術者に対して相応の処遇をしない企業からは、技術者は離れて行くでしょう。

今の時代は、アウトソースなどのサービスが発達し、アイデアさえあれば、試作品を作ったり、事業化も以前に比べれば簡単にできるようになりました。

つまり、アイデアがある人にとっては良い時代ですし、企業にとっても飛び切り優秀な人が重要になっているのです。

逆に言うと、組織が大きいだけでは参入障壁は築きにくくなっています。

エンジニアをどのように処遇するかは、法律で決める事柄というよりも、企業の戦略の根幹にかかわること。

もし処遇がうまくいかなければ、技術者はそのような企業をさっさと辞め、企業が傾けばよいのです。

この問題は、労働市場の流動化とともに、自然に解決していくのではないでしょうか。

ところで実は、特許をライバル企業は良く読んでます。他社の技術を知りたいだけでなく、他社の特許はできるだけ回避したいわけですから。こうしてライバル企業の特許を読んでいると、誰かキーパーソンかがわかるようになります。特許には必ず発明者の個人名が記載されますから。

そうすると、重要な特許を書いている発明者を引き抜こう、となるのです。

良い特許を書くことは、たとえ発明の帰属が企業になったとしても、技術者自身のチャンスを広げる良い機会でもあるのです。

ですから、特許法が何であれ、エンジニアのみなさんは特許を書きましょう。最近は、情報を外部に出さないために、重要な技術であるほど学会発表が難しくなっています。自分の名前を売り込むのは特許くらいしかなくなっていますので、特許を書くことは自分の可能性を広げること。

4.なぜ技術者の処遇だけが問題になるのか?

最後に、なぜスター技術者の処遇が問題になって、スター営業やスター法務、スター知財が問題にならないのか。

一般化できるかわかりませんが、スター技術者は往々にして、変な人というか、極めて個性的でマネージャーに向かない人が多いのでしょうね。

周囲の反対も聞かず、ある分野に特化して、自ら信じるところに突き進む、というスター技術者に求められる特性は、組織人として調整型のマネージャーに求められる特性の真逆、とさえ言えるでしょう。

従って、スター技術者を役職者として処遇してもうまく行かない場合が多いのではないでしょうか。

歴史のある日本の大企業でも、「プロのキャリア」が人事制度としては形式的にできていても、適用例は、功成り名を遂げた有名人のようなごく一部というケースが多いのではないでしょうか。新興のネット企業ではどうなんでしょうね。

基本的には依然として、管理職として昇進しないと処遇は良くならないのが現実でしょう。これではスター技術者の処遇改善は難しい。

一方、スター営業やスター法務、スター知財などは、元々多くの人とコミュニケーションができないと仕事自体できないのではないでしょうか。こうした人達は管理者としても優れていることも多く、現在の人事制度でも役職者として相応に処遇できるケースが多いのではないでしょうか。

もっとも、技術者の処遇は、米国でも難しい問題です。

シリコンバレーのベンチャー企業でも、MBA上がりのCEOと、技術者の創業者が喧嘩して、技術者が会社から追い出されるというケースが良くあります。

私がシリコンバレーにあるスタンフォード大学でMBAを取った時、講義の中では、「ギークの創業者が邪魔になって来た時に、後から入社したMBAのCEOがどうやって創業者を追い出すか」が議論されていました。

アメリカでもある意味で、技術者は搾取されてることも多いのでしょうね。

米国が日本と違うとすると、労働市場が流動的ですから、こうして技術者が会社をやめても、外にたくさんチャンスがあることではないでしょうか。技術者の処遇改善の本質的な解決方法は、労働市場が流動化し、外に多くのチャンスができること、そうなれば自然と日本の組織も変わっていくのではないでしょうか。

個人からすると、以前の日本はローリスク・ローリターン。事業を成功させてもさして給料は上がらない。でも、終身雇用が保障されるならば、まあいいじゃないか、という感じだったと思います。

ところが、今や事業も技術も変化が激しく、企業としても建前の制度はともかく現実では終身雇用を保証できなくなっています。

もちろん業種にもよりますが、多くの企業では日本企業に居たとしても、ハイリスクに変わってしまったのです。ハイリスク・ローリターンでは割が合いませんので、優秀なエンジニアは海外企業に移るという現在の動きは合理的です。

ポスドク問題など問い合わせを頂いている話は多々ありますが、長文になりましたので今回はこの辺りにしておきます。

こうした経験を「世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記」(幻冬舎新書)に書きましたので、興味のある方は読んでみて下さい。

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