第十回「ハゲ」 其の三
森翔太インタビュー
Wikipediaに「一度見たら忘れられない風貌と動き」と書かれている男が、ただ者であるはずがない。映像作家・パフォーマー、代表作に「仕込みiPhone」「仕込み筋肉」。かつてはパフォーマンス集団「悪魔のしるし」に所属。2013年には『第17回 文化庁メディア芸術祭』推薦作品に選出……この男一体何者なのか、などと問うてはいけない。勝新太郎だって石原裕次郎だってWikipediaに「一度見たら忘れられない」とは書かれていない。でも、森翔太は一度見たら忘れられないのだ。なぜか。この人は、ハゲである自分と向き合いまくった人だからだ。向き合いまくって、ハゲコンプレックスに打ち勝った人だからだ。長年、激しいコンプレックスと対峙したからこそ、この「風貌と動き」が生まれたのだ。
100回以上も職務質問された男が語る
―「ご自身のハゲコンプレックスについて聞きたいんですが……」とお願いしても、普通は答えてくれません。どうして答えてくださるんですか?
森:長年たしなんできましたからね。小学校の頃から、おでこが広かったんです。あだ名は自動的にそっち方向になります。小学校の半ばまでは太っていたので、あだ名は「森ブー」でした。小5くらいから徐々に痩せてきたんですが、今度は広いおでこに興味が移行してしまい、「森ブー」から「ゲハ」というあだ名に変わりました。中学の頃のあだ名は、「ハゲ」「つる」「パゲ」。思春期に、こんなにダイレクトに言われ続けるのは、そりゃあ辛かったですね。
森翔太
―自分としては「おでこが広い」だったけども、周りからはそうではなかった。
森:髪が結構サラサラで、その髪をスプレーで固めて髪があるように見える髪形を探っていたりしたので、気付いてはいたんですけどね……。「ハゲ」って大人になったら指摘されなくなるかなと思っていたんですが、今でも結構言われます。初対面の人は気を遣うのでさすがに言わないんですが、2回目くらいから言われちゃうんです。僕、鳥取県出身なんですが、「頭も砂丘ですね~」だとか。でも、いつ指摘してくれるかって、人付き合いの基準にもなっています。お、この人、2回目で早速来たか、もう1回待って3回目だったか、とか。
―「デブ!」とか「ブス!」に比べて、ギャグにしちゃって大丈夫な気がするのはどうしてなんでしょうね。
森:うーん、なぜか「言いやすい感」がありますよね。酔いの席で「パンッ」と頭叩かれたりしますし。初対面で言ってくる人もいるんですが、そういう図々しい人は憶えています。逆に100回目くらいでようやく言ってくれる人もいる。勇気を持って言ってくれたと友情が芽生えます。
―その回数、森さんの理想は?
森:半年くらい言わなければ、この人は大人だな、人の痛みを分かってくれる人だなと思いますね。というか僕自身、実は、「そんなにハゲてない」って思っているんですよ。毎日鏡を見ているせいか、むしろ「フムフム、あるぞ」って。
―ハゲと便秘は似ている、という話があります。便秘ってどこからが便秘か分かりませんよね。3日間出なかったら便秘と思う人がいれば、5日間出なくても「まぁこんなもんか」と気にしない人もいる。ハゲも似ていませんか。基準がないからこそ、本人のパーソナリティーで決まってしまう。
森:日本人のハゲと外国人のハゲで差が出ちゃうのもそこなんですよ。日本人のハゲは損していると思う。海外の人はカッコいい。ベタですけど、ジャック・ニコルソン、ブルース・ウィリス……あと僕が推したいハゲはジュード・ロウ。
―「僕が推したいハゲ」(笑)。
森:僕も最終的に坊主になればいいとは思っているんです、市川海老蔵のような。でも冷静に考えてみると、顔がすごくハッキリしてないといけない。
―「ハゲでもカッコいい」が持ち出されるときに名前のあがる日本人って渡辺謙。でもあの人、ほぼハリウッドでしょう。日本人の平均値じゃない。
森:先日、映画『GODZILLA』を観たんですが、そんなにハゲていないですよ、僕たちの業界からすると。
―最近は、職務質問はされないんですか?
森:最近はあまりされないんですが、以前、調布に住んでいた頃はしょっちゅうされていましたね。帰り道、いつものように呼び止められて。同じ警官なんですよ、「ちょっと寄ってく?」なんて言われて、なんか書かされるんです。100回くらいされまして、ある日から「職質日記」をつけました。最も酷いときは、家を出て10秒くらいで声をかけられまして、家を出ていくところを見ていると思うんですが……。
髪型ネタを披露しまくって心が折れた中2の夏
―中学の頃、「結構自分はイケている、クラスのAグループにいるんだ」と思っていたそうですね。
森:中1・中2のときって、自分がどんな立ち位置にいるか、いまいち分からないですよね。分からないがゆえにイケてる、と思っていたんです。実際、鏡で自分を見ると、とてもカッコよかったので、あ、これ、Aグループに入れるな、と。ちなみにBグループは普通の人たち、Cグループは教室のすみっこにいるタイプの人たちです。僕は当初、希望通りAグループに入ったんです。あるとき、そのAグループの1人に呼ばれまして、「違うよ、違うよ、ここにいちゃダメだよ」って言われまして……。
―えっ、そんな宣告によく耐えられましたね。
森:いや、何を言われているのかがいまいち理解できなくて、その後も何気なく休み時間とか一緒に過ごしていたんですが、さすがに徐々に気づきました。ここに居続けるためには彼らが喜ぶことをしなきゃいけないんだな、って。SMAPの振り付けを覚えて、彼らの前で披露したりしていました。ビデオを何回も見て必死に覚えて披露すると、オマエ面白いなーって喜んでくれた。でもまた次の日にはリセットされます。今度は眼鏡を逆さにして「間違えてきちゃった~」とやってみたり。そうやってネタを探していくうちに、髪の毛のネタが増えていったんです。
―完全にカツアゲですよね、「おいっ、今日は持ってきたのかよ」って。
森:毎日用意するのは大変ですから、髪のネタで繋げていくしかなくなりました。スーパーサイヤ人にしてみたり、もみあげを描いてルパン三世にしてみたり、毎日髪型を変えたんです。髪型ネタ、ウケがいいんですよ。それを1年くらい続けて、さすがに心が折れまして。中2の夏くらいにはもう教室の隅っこにいるタイプになりました。
―Aから落ちると、Bじゃなくって、Cへ行っちゃうんですよね。自分の中学時代がそうだったんですけど、基本はBにいて、派遣業でAに行くほうが立ち位置が定まるんですよ。僕もAを面白がらせようと色々やってましたけど、ここぞっていうときにだけ訪ねるほうがいい。最初からAに入ってAの生存競争で負けちゃうと、じゃあBが受け入れてくれるかっていうとBはそんなに優しくない。だからCに行くしか無い。
森:でも、Cはやっぱり楽でしたね。さすがに僕は「ハゲ的」な方向なんだなって思うようにはなってきた。ハゲであることに納得はしてないんだけど、ハゲと言われないような髪型にするように心がけるようにはなりました。
―具体的な対策はどうやっていたんですか?
森:始めは、オヤジが風呂出た後にぴゅぴゅぴゅって使っているアレ、何がしかの臭いのするアレを、オヤジがいないときに目を盗んで使っていました。朝起きたらフサフサになっているという夢のような事態を毎朝待ち望んでいました。実際に風呂場の鏡で見ると、あ、ホントに生えてるじゃん、って思うんですよ。でも、学校の鏡で見ていると、アレ、生えていないって……怪奇現象です。
―家の鏡にインサートしていくときは髪形もそれなりに整えて完璧な顔立ちで入っていく。でも、学校で鏡の前を通りかかるときはノーガード。
森:今でも覚えています、地方のヤマダ電機にいったときのことです。ビデオコーナーがありますよね。「このカメラが映している映像がこれです」ってテレビモニターに映している。そこに自分が映っていて、アレ? って。現実に気づかされたんですよね。ビデオで撮られた自分。
―罪作りですね、ヤマダ電機。あと、古い旅館などにある三面鏡で気づく人も多いらしいですね。
森:分かります。とにかく、いつもと違う角度で見たらダメなんです。