無実の人が犯人にされないようにする。それが主目的だったのに新たな冤罪(えんざい)を生んだり市民のプライバシーを侵したりする恐れのある捜査手法が盛り込まれた。法制審議会が松島みどり法相に答申した法改正要綱は矛盾が大きい。
冤罪防止策を話し合うきっかけは5年前、当時厚生労働省局長だった村木厚子さんが無実なのに逮捕された事件だ。検察が証拠を改ざんしていたことも発覚した。
検察の在り方検討会議が発足し、密室での取り調べや供述調書への過度な依存を見直すよう提言した。これらを法律に反映させるために、法制審に特別部会が設けられた。
問題は、部会に当事者である警察、検察の委員を入れたことだ。捜査側に不利になることに抵抗し、議論は平行線をたどった。
容疑者の取り調べを録音・録画する「可視化」は、早い段階から提起された課題だ。「供述が得られにくくなる」と捜査機関側が難色を示し、今回の答申では殺人や放火など裁判員裁判の対象事件と検察の独自事件に限定した。全事件の2〜3%にすぎない。
しかも、取調官が十分な供述を得られないと判断した場合などには可視化しなくてもいい例外規定を設けた。これでは捜査側の腹一つで運用できてしまう。
この程度の可視化と引き換えに捜査をしやすくするため答申に盛り込まれたのが、司法取引と通信傍受の対象拡大だ。
司法取引は、容疑者や被告が共犯者などの犯罪を解明するために供述したりすれば、検察が起訴の見送りや取り消しを合意できる制度だ。虚偽の供述をして無実の人を共犯に巻き込む危険性がある。
犯罪の一端を担った者が罪を免れて、法の正義が実現できるかという根本的な疑問もある。
電話の盗聴などの通信傍受は現在、認められている薬物など4類型の対象犯罪に9類型を追加し、NTTなど通信事業者の立ち会いを不要とする。チェックが働かず、捜査側の恣意(しい)的な傍受が行われかねない。犯罪を実行しなくても話し合っただけで処罰の対象とする「共謀罪」新設の布石ともみられている。
法務省は、答申を基に法改正案を来年の通常国会に提出する方針だ。司法取引も通信傍受の拡大も妥協策として部会の終盤に出てきた案だ。十分な検討がされたとはいえない。立法府は冤罪防止の原点に立ち返って議論を尽くす必要がある。