記事詳細
【ベテラン記者のデイリーコラム・坂口至徳の科学の現場を歩く】ノーベル賞級…世界初、接着剤を使わず「最強の接着」 モノづくりの常識が変わる 阪大
更新2種の材料を直接反応させて接着する仕組み。材料にボロン酸(ピンク色)をつけて、ヨウ素(薄いブルー)を含む材料と、Pd(OAc)2などの金属触媒により反応させると、炭素と炭素の共有結合ができて接着する(右下)=原田明・大阪大特別教授提供 物質同士をくっつけるさいに、接着剤を使わずに直接、化学反応で一体化してしまう最強の接着方法が世界で初めて開発された。大阪大学大学院理学研究科の原田明特別教授らの成果。触媒を使い、共有結合という強固な化学結合をつくるもので、柔らかいコンニャクのようなゲル状の物質同士や、ゲル状の物質と固いガラスとを安定な形で接着することができた。強く引っ張っても接着部以外がちぎれるほどだ。液晶テレビの画面の製造過程でつくる複数のフィルムの接着や、車体のはがれない塗料など工業製品や日用品の製造についてのさまざまな応用が考えられる。
化学反応を利用、幅広い環境で安定的
モノづくりで材料同士を接着するさい、通常、材料に接着剤を塗り、それをサンドイッチのようにはさむ形で間接的にもう一方の材料をつける。そのようなタイプの仕組みには、木材のような材料表面の凹みに液状の接着剤が入り込み、船のいかりを繋いだように固まる「アンカー(いかり)効果」や、有機化合物などの接着剤の分子と、材料を構成する分子同士が電気的に引き合う「分子間力(ファン・デル・ワールス力)」を利用したものがある。ただ、その形を長期間、壊れずに保つためには、接着剤の「耐久性」や「強度」が重要な課題だ。
さらに、もっとも強い接着力が期待されるものとして材料に含まれる分子同士を直接反応させ、共有結合など強固な結合をつくる「化学相互作用」を使う方法があり、世界各国で研究されている。
原田特別教授らは、ノーベル化学賞を受賞した鈴木章・北海道大名誉教授の金属の触媒を使って炭素同士を効率よくつなげる「鈴木・宮浦カップリング反応」を利用して共有結合をつくる方法を考案。材料の水を含んだゲルにフェニルボロン酸という化合物を含ませ、一方のゲルにヨウ素をつけて接触面で触媒反応を行ったところ、炭素同士の強い共有結合ができた=図参照。また、ゲルとガラス基板の組み合わせや、ガラス基板同士の接着でも同様の方法でできた。
ボロン酸やヨウ素がない場合はこの反応は起きず、逆に、この2つの化合物を増やせば増やすほど結合力は強まった。
また、通常、接着剤を使った場合、有機化合物の溶媒に浸すと材料同士が分離してしまうが、今回の方法ではバラバラにならず強固な結合であり、さまざまな条件下で広く使えることがわかった。
原田特別教授は、ブドウ糖が輪のようにつながったシクロデキストリンという化合物の「穴」に鎖状の高分子がネックレスのように貫通した「ポリロタキサン」という化合物を世界で初めて作成したことで知られる。このポリロタキサンの研究や、分子認識を利用した材料間の接着を研究する過程で、今回の接着の手法がみつかった。
研究グループでは「分子のレベルで起きる共有結合の作成というミクロの反応を、材料の接着というマクロな反応に広げることができました。この接着の適応範囲は広く、さまざまな環境で安定に接着を保つことができます」という。接着の新手法開発は材料工学など幅広い産業分野で、製造効率の向上や高品質化、環境の問題などの面から必要になっており、こうした課題をブレイクスルーするかもしれない。