はてなキーワード: 町山智浩とは
(町山智浩)やっぱり南部の人は見たくないでしょうね。特にすごく問題なのは、白人の奴隷主の人たちが子供をいっぱい黒人奴隷に産ませていたっていうことなんですよね。で、生まれた子供を自分の血がつながっているにも関わらず、売っぱらってたんですよ。
(町山智浩)だから現在のアメリカの黒人の、アフリカ系の人たちの30%以上は、3人に1人は白人の血が入ってるんですよ。で、それはどういう風に血が入ったかもだいたい分かるんですよ。黒人は不動産と一緒で全部登記されてたんですね。当時から。税金の申告の時に。だから所有物として記録が全部残ってるんですよ。だからどういう系統から白人の血が入ったか、分かってるんですよ。ほとんど。
(町山智浩)しかもDNA検査もありますしね。有名なのはミッシェル・オバマさんが、ひいひいおじいさんかなんかが奴隷主だったことがわかってますよね。だからこれ、本当にアメリカの恥なんですよ。
匿名ダイアリーの公開質問へのお答え - 映画評論家町山智浩アメリカ日記
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20140629
「町山さん、ありがとう。それこそ俺たちが一番知りたかったことだよ」(ますだ漁港の漁師)
というネタはさておき。
町山さん、匿名ダイアリーの公開質問状(http://anond.hatelabo.jp/20140629111911)に、迅速かつ誠実にご回答いただき、誠にありがとうございました。
余計な雑音に惑わされることなく、町山さんから直接映画に関する疑問や矛盾についてご説明いただいたことで、もやもやがすっきりしました。この点について、ぼくは心から感謝いたします。
こちらからは以上です。
匿名ダイアリーの公開質問へのお答え - 映画評論家町山智浩アメリカ日記
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20140629
これを受けて、
http://anond.hatelabo.jp/20140629172434
を書きました。
元々の公開質問状は、以下より。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
今回、町山智浩氏に対して行う質問は「重箱の角をつつくような」「些細なこと」ばかりかもしれません。
「彼は唐沢俊一、日垣隆、上杉隆のような巨悪と戦っているのだから、そんな些細な疑惑で足をひっぱるな」と思っている方も多いでしょう。
ただ、ここで些細な疑惑によって、明らかにしようとしているのは、彼の資質の問題です。
彼は、「映画ファンによる恣意的な解釈は許されない。監督・作り手の考え方こそ絶対真だ。」と主張する『映画の見方がわかる本』という著書を出しています。
また彼自身、このようにも語っています。
「咳をしても一人」という句を「人生から自ら人を遠ざけた男が結核を病んだ死の床で孤独と向き合う」と説 明すると「単に風邪かも」「なぜ自ら人を遠ざけたとわかる?」「この7字では説明が足りない」「解釈は自由だ」と言い張って自らの限界内にとどまろうとす る人たちと、そうでない人がいる。
自分が感じた印象を基本的に信じない。自分には超人的な直観力や天才はないと知ってるから。しかし世間には自分が天才やエスパーだと無意識に思っている人が多いようだ。
自分を信じすぎたら、何かを学ぶ気がなくなってしまいませんか? 自分はまだ何もわかってないと疑い続けることで学び成長できるのではないでしょうか?
これら町山智浩氏のお言葉を踏まえ、映画評論家町山智浩検証@ウィキに掲載されている「些細な」疑問・矛盾についての公開質問になります。
引用元:http://www63.atwiki.jp/loversrock
『時計じかけのオレンジ』におけるキューブリックの「自由意思」について
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/5.html
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/6.html
『それでも夜は明ける』の愛憎のもつれをどう読み解くか。
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/7.html
『パシフィック・リム』のKAIJUのモチーフを巡るある断言。
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/8.html
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/9.html
誰が最初に『First Blood』を『RAMBO』と名付けたか。
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/10.html
『大人は判ってくれない』の原題の意味を判っていない?
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/11.html
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』の結末の記憶が曖昧でもワンスアポンアタイムのことなので仕方ない?
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/12.html
『狼たちの午後』ってどんな午後?
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/13.html
『桐島、部活やめるってよ』の結末ちがうってよ。
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/14.html
クエンティン・タランティーノの生い立ちをいかにドラマチックに語るか。
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/16.html
http://www63.atwiki.jp/loversrock/pages/15.html
私が以上のような細かい事実にこだわるのは、これらの町山智浩氏の発言には細かい事実の歪曲が含まれている場合が多く、いまだこれらの疑問・矛盾についての回答を避けているからです。(キューブリックに関する件は、はてなダイアリーに2ちゃんで言及された翌日に回答していたにも関わらず、です。)
ウソを追及しているはずの人がウソをついてもいいのでしょうか?
そのような人が、映画の命にかかわる情報を発し、社会に影響力を持つことは危険ではないでしょうか?
「そんなこと、キューブリックは言っていない」
と自著で断言し、ファンによる勝手な解釈を許さない立場を明確にされている町山氏には、これらの疑問・矛盾には積極的かつ誠実に回答していただきたいものです。
こちらからは以上です。
inspired by 上杉隆氏への公開質問状 http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20120314
内容は、twitterで発覚したという町山氏の愛人スキャンダルのまとめ記事がことごとく削除されている状況についてまとめられたものだった。
anond.hatelabo.jp/20140516212139
http://anond.hatelabo.jp/20140516212139
詳細書いても消されるので、詳しく知りたい人は2chのウォッチスレの過去ログを見るしかないのだけど、この記事にどんなコメントがついていたのか確認しようとブクマページを覗いたら、ブクマページ自体は残っているのだが、増田の記事タイトルがこのページから削除されていた。
http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20140516212139
元ページが消えてもどんなタイトルだったかくらいは、はてブページに残っていると思っていたので、削除の徹底ぶりに驚いた。
これはあんまりと考えたので、記事タイトルを元のままに復活させようとタイトル編集画面を開いたら最終変更者がid:hatenabookmarkではてブ公式だったことにちょっとビックリ。
はてブのタイトルが変わってしまったらコメント欄でタグをしっかりつけとかない限りマイページでも検索に引っかからないしブクマした人はもう二度とこの記事に辿りつけなくなってしまっていることだろう。はてブの忘れられる権利への対応はしっかりしている感じ。タイトルだけ変えてブクマページは残しているのも好印象。でも今後ブクマページの削除依頼も来たら完全抹消されることになるかも?
これについて
映画評論家 町山智浩の浮気・不倫・愛人発覚についてまとめてみた - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2139792392388945901
twitterで上杉隆の不倫、愛人発覚なんてことになったら嬉々としてTogatterとかにまとめられて拡散されネットニュースなんかにもなったりするだろうに町山智浩については浮気疑惑が出ても全然話題が拡散されず上記のまとめが作られたのも発覚してから一ヶ月以上経ってから。しかもその間に疑惑の根拠となる愛人ツイートや周辺情報が魚拓を含めて全て消されているとのこと。
町山智浩のゴシップをまとめ製作者が一ヶ月スルーしていたのは何故か。それなりにネット知名度は高いのだから煽りタイトルでまとめればPV稼げるはずなのに。下手にまとめて、上杉隆を追い込んだ時のように反撃されるのを恐れていたからだろうか。「こいつを茶化したら厄介になる」的な雰囲気を日頃からネット上で作っておくことが防衛力強化するのに重要な点だと確認。
ロリコンは生きていた!! 更なる研鑚を積みコンビニ店長が甦った!!!
http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com (注:甦ってません)
はてなサヨク Apemanだァ――――!!!
本を読みしだい語りまくってやる!!
http://ch.nicovideo.jp/cayenne3030/
真の社会派記事を知らしめたい!! 青二才 三沢文也だァ!!!
http://ch.nicovideo.jp/huckleberry
ブラック企業対策は完璧だ!! 脱社畜ブログ 日野瑛太郎!!!!
http://dennou-kurage.hatenablog.com
はてな村語りなら絶対に敗けん!!
精神科医の分析見せたる オタクドクター p_shirokumaだ!!!
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/
http://gallerycraft.hateblo.jp
埼玉県からはてな女子が上陸だ!! デトックス 体調わる子!!!
http://geriharawatako.hatenablog.com
ルールのないブログが書きたいから第三のブロガーを名乗ったのだ!!
めい土の土産にenchantMOONとはよく言ったもの!!
ユビキタスエンターテインメント 清水亮社長だ―――!!!
http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/
就活ニュースを配信したいからここまできたッ キャリア一切不明!!!!
揉め事の本場は今や発言小町にある!! 私を驚かせる釣り師はいないのか!!
トピシュだ!!!
そんじゃァァァァァねッ
説明不要!! 140000users!!! 70000000PV!!!
ちきりんだ!!!
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/
http://d.hatena.ne.jp/kyoumoe/
サッカー解説にいつのまにか磨きをかけ ”キノコ” pal-9999が帰ってきたァ!!!
http://pal-9999.hatenablog.com
今の五輪に経済効果はないッッ!! 経済のトリセツ 山形浩生!!!
http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/
運営九年の妙技が今ベールを脱ぐ!! 公式から はてなブックマークニュースだ!!!
http://b.hatena.ne.jp/articles
idはないしょだ!!! はてな匿名ダイアリー!
増田たちがきてくれた―――!!!
はてサのデンジャラス・ウルフ hokke-ookamiだ!!!
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/
実戦だったらこの人を外せない!! 超A級ブロガー Rootportだ!!!
http://d.hatena.ne.jp/Rootport/
超一流ブロガーの超一流の喧嘩だ!! ディスプレイ越しに拝んでオドロキやがれッ
MCあ、ざ、な、え、る、なわのごとし!! paradisecircus69!!!
http://azanaerunawano5to4.hatenablog.com
ネットWatchはこの男が完成させた!!
老いた会長は亡くなったッ
俺達は君の冥福を祈っているッッッ
しなもんの登場だ――――――――ッ
http://cinnamon.hatenablog.com
……ッッ どーやらhagexは忘れられた様ですが、到着次第ッ皆様にご紹介致しますッッ
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町山智浩氏「同じようにシナリオに問題があっても『ガッチャマン』は嫌われて、『パシフィック・リム』は気にならないのは何故だろう」 - Togetter
興味本位で観に行くのはデビルマンで懲りたので、ガッチャマンは観に行っていない。
だから、もしかしたらガッチャマンも作りこまれててスタッフに愛されている駄作なのかもしれないからそこは割り引いて聞いて欲しい。
元々、町山さんのつぶやきを素直に読むと、
という疑問だと思う。
是非劇場で観て欲しいから、映画の楽しさを損なわずに出せる具体例だと、以下の辺だろう。
まず、パシフィック・リムでは、登場人物たちは巨大ロボット(劇中ではイェーガーと呼ばれる)に対して、自虐的に説明しない。
「こんなのってまるでアニメみたいだな」のような逃げを打たない。
搭乗者たちはイェーガーに対して誇りや愛着を持って接するし、待機するイェーガーをゴツく雄々しくまるで鉄の塊のように表現する。
イェーガーこそが人類の切り札で、怪獣に対抗できる唯一の手段だということを、変に照れたりギャグに走ること無く、丁寧に見せてくれる。
搭乗者が歩くとイェーガーも歩くというシステムに対して、観客は笑うが、登場人物たちは笑わない。
パシフィック・リムは、深海の裂け目から怪獣が次々と湧いて出て沿岸地域を襲うので、巨大ロボットを作り運用し戦うという、特撮映画だ。
その冒頭、怪獣が現れ始めたという状況を説明するニュース映像に、ほんの一瞬だけ「カイジュウ・ブルー」という単語が現れる。
確か、字幕でも触れられていないくらいの短さだ。
正確に覚えているか自信はないが、「倒した怪獣の死体を処理するのに苦慮している。強酸性の血液は処理をより困難なものにさせ」という感じだった。その中でカイジュウ・ブルーと言っているのだ。怪獣の流す青い血液が、カイジュウブルーとメディアに命名されている。
この設定自体は使用されているので完全に無駄ではないのだが、このニュース映像、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せる。
それを、倒れた怪獣の死体とともに、処理している人物たちを映し出すほんの一瞬のニュース映像をキチンと作りこんでいる。
設定に矛盾があったり、工学的にも技術的にもありえなかったとしても、その世界の中でそういうものであるということ、丁寧に丁寧に作りこんである。
「2つ、言っておく事がある。1つ、二度と俺に触るな。2つ、二度と俺に触るな」
不承不承返事をする主人公に対する対応も、コメディではなく真面目に演技をしている。
司令官の演説を熱いと思うのは、そこに至るまでにパシフィック・リムの世界にどっぷりと浸かれるようになっているからだと思う。
司令官は一貫して怪獣に対抗するにはイェーガーの運用が必要だと信念を持って行動しているし、世界を救えるのはイェーガーしかいないと信じている。
少なくとも「そういうキャラクターなんだ」と観客が思えるような台詞と演技をしてくれる。
名前すらないような登場人物ですらそうだ。
劇中「良いニュースと悪いニュースがある」と言う、これまた典型的な台詞を吐く人物が出てくるが、丁寧に演技をしている。全く雑さがない。
そこに現代ではないパシフィック・リムの世界があり、その世界の人物がコミックのキャラクターのようにしか見えなくても、彼らがそこで生きていると信じられるとすれば、彼らはそこに生きている。
幻想を現実へとすり替えるのは、7年の月日でサビが出始めた操縦席かもしれないし、猛威を振るう怪獣の姿かもしれないし、絶望的な表情でテレビを見上げる労働者の姿かもしれない。
それぞれは本当に小さな事だ。
(裏取りしたことはないけど)開けない箪笥の中に着物を入れたり手紙を入れたりしたことは、エピソードとして結構有名だ。
プライベート・ライアンで、本物さながらの過酷な訓練を救出側の役者に行わせ、救出される側のマッド・デイモンには一切行わせずに途中合流させて、凄まじく険悪な雰囲気の中で撮影を行ったというのも、またそこそこ有名な話だ。
それらは一切、画面には表出しない。
いや、正確に言えば、本当に微妙な形では表出する。
動くときの所作だったり、唇の皮肉な皺であったり、疲れた目で相手を睨めつける仕草に。
それぞれは指摘するほどのこともない、指摘できない、本当に微妙な差だ。
でも、その積み重ねが、妥協しない作りこみが、圧倒的な熱量の愛情が、我々の心に届くのだ。
シナリオの不出来をねじ伏せて余りある情熱を感じ取れるかどうかが、きっとその差になっている。
ギレルモ・デル・トロの脳内にしか無かった怪獣と巨大ロボットとが大乱闘する特撮ファン垂涎の世界がスクリーンに現れたのは、間違いなく情熱を持ったスタッフの手腕によるものだ。
まだ間に合う。是非、大スクリーンで観て欲しい。
最近『桐島』をみた。 見終わった感想は正直「( ゚д゚)ポカーン」だった。つまらなかった。
で。意味がわからなかったところに、ちょうどこの解説が出てきたので、読んでみました。
【復習編】完結!町山智浩さんの『桐島、部活やめるってよ』の解説が素晴らしかったので書き起こしました。
ショーシャンクは大好きです。何回見たかわからないくらい。文中のショーシャンクのくだりに
つまり我々っていうのは刑務所にいるようなものじゃないかと、完全に自由じゃないと、やらなければならないこととかいろんなしがらみの中で生きているじゃないかと。
と書いてあった。そうしないと『桐島』は理解できないんだろうな。。。
でも、そうやって映画を見なければならないんですか?
感受性豊かな人は、いいでしょう。そーゆーのを感じて。
自分は、映画を単なる娯楽としか捉えてないんで、このような意見が一番押し付けがましいと思いました。
登場人物の、気持ちや感情を理解することもできたし、人間模様は描かれていたと思います。
だけど、ある程度の人気が出てる理由がさっぱりです。
単なる日常の高校生活が書かれているだけで、まるでホームビデオを見てる感じがしました。
マトリックスの上映当初、女性から「意味がわからない」と言われたことが少なからずあり、教えた記憶がある。
そのときの世界観が理解できなかったのが多数で、そこの説明をしたあと、
「で、マトリックスはなにがいいたいの?」
その世界観を楽しむだけではダメなんでしょうか?そこまで知らないとダメ?
国語での「作者が言いたいことはなんでしょうか?」
んなもん、しらねーーよw
そう!その通り!そんな深く考えて生きてませんw
自分は、この映画とかを分かった風に語ってる人は、俗にいう「スイーツ()」と同じ匂いがするんですよ。
『桐島』を理解できないなんて、人として大丈夫?そんな風に聞こえてなりません。
映画解説者とかは、そーやって考えて映画を見なきゃいけないから、大変だとは思います。
でも、ごめんなさい。町山さんのおかげで『桐島』を人に薦めないことが決定しました。
町山智浩が、先日新聞で、娘のためにアメリカに住み続けたい旨のことを言っていた。
いわく、それは30歳過ぎて大学に行って職が見つかる国はアメリカだと。
町山の妻は30過ぎてアメリカの大学に進学して就職したのだという。
日本の少子化が危機的状況だと言われだしたのはいつからだったろうか。
例えば、企業に勤めている既婚女性で、何度も産休や育休を取れる企業はどのくらいあるのか。
復帰しても、時短勤務や閑職ではない仕事をさせてくれる企業はどれほどあるのか。
第一子出産後復帰して、第二子、第三子、同じように休めるだろうか。
休めない場合、辞めることになる。
もちろん、公立の学校に大学までいけば、それほどかからないということをいう人はいる。
しかし、公立の学校に行っても、結局塾には行く。もちろん、一切そのような所に行かずとも、
東大などに行く人はいるだろう。しかし、それはレアケースだろう。はっきり言って。
塾などに行かなければ、それなりの学校に進学するのは難しいというのが、今の日本の現状だろう。
従って、子供にそこそこの教育を与えようと思ったら、やはりそれなりの金額が要求される。
それを考えたら、仕事は辞められない。
それは正しいのだろう。
すぐ熱を出しやすい子供、アレルギーがあって、食事などに気を使わなければならない子供、
親は家庭で子供の面倒を見ていたいと思うだろう。
仕事は、辞めざるを得ないことの方が多いだろう。
しかし、一番下の子供が手がかからなくなるまで、何年かかるのか。
10年近く、保育所やらなんやらとの綱渡りを続けて仕事を続けることになる。
たとえ、保育所や学童保育が充実していても、精神的にも肉体的にもそれが可能な人はどのくらいいるのだろう。
第三子まで産んで、全ての子供に手がかからなくなった後、仕事をしたいと思っても、
以前勤めていたような企業にはたして勤めることができるだろうか、または前職ほどの収入は得られるだろうか。
きっちり働いてそれなりの収入を得ている人ほど、辞めたら二度と今と同じ収入は得られないことを知っている。
こう考える既婚女性は多いのではないだろうか。
一生懸命就職活動して、新卒で大企業などに入社した女性ほど、こう考えるだろう。
だって、うちの会社、新卒でしか採らないもん、中途採用もいるけど、ブランクのある人なんか採らないもん。
長期療養が必要な病気になることもある。または、身内に介護を必要とする人が出てくることもある。
例えば、自分が病気になって仕事を辞めたら、数年後無事回復した時に、それなりの収入を得られる仕事に就けるだろうか?
日ごろ健康に気をつかっていても、突然難病に襲われることだってあるのだ。
学生が、新卒で就職しないと一生不安定な収入で終わる不安を持つ世の中というのは、健全なのだろうか。
時給いくらで得る収入では、結婚したり子供をもったりなんか無理と思うのは道理だろう。
以前、民主党が政権を取る前、小渕優子が少子化担当大臣だった時に、
子育て支援として保育所の拡充を強く言っていたような記憶がある。(その前の人たちも言っていたんだろうけど記憶がない。)
ちょっと違うんじゃない?自民党ってわかってないなと思ったのは自分だけだろうか。今の民主党政権がよくわかってるとも思わないが。
もちろん反対ではないが、それも大事だろうけど、それよりも、子供を産めるような収入の確保なんじゃないの?
今もう収入がある人の方を向くだけではなくて、今収入の少ない人の方を向かなければ駄目なんじゃないの?
多少なりとも税金を払っている身としては、その税金はきちんと使われてほしい。
地域差はあるだろうが、多くの親が子供を大学まで出そうと思ったら、塾に行かせるのはなぜか。
また、私立学校に行かせたいと思うのはなぜか。
公立学校の教育がもっと充実していれば、現在のように教育に金がかかることは減少するのではないか。
もちろん、私立学校の教育方針に同意して私立に通わせたいというのはある。
公立学校だろうと私立学校だろうと、質の高い教育が受けられるというのが本来なのではないのだろうか。
公立学校にもっと税金を使って、もちろん頭も使ってほしいが、満足のいくものにしてほしいと思っているのだが。
今起きている多くのことの解消の一端になるように思うのは自分だけだろうか。
もちろん、会社を選ばなければ、いくらでもできるよと言う人はいる。
しかし、そのような企業も、例えば数年のブランクのある人間や、ずっとバイトだけで生活してきた中年を
時給いくら以外の職で雇うのだろうか?
または、生活できるような待遇や収入を得ることができるのだろうか。
起業すればいいという人もいる、フリーランスでやればいいという人も。
しかし、起業にしてもフリーランスにしても、誰にでもできるというものではないのだ。
ただ、もしブランクがあるなり、年くってるフリーターなりが入社してきた場合、
かれらをどう教育するのか、どんな扱いをするのかという問題が残る。
場合によっては20代が上司で40代が部下で、または40代の人間に新人研修をということになる。
採用された場合、年くってても新人なんだから、周囲に教えを乞う態度を持たなければならない。
年くってるだけで威張る人っているからね。
また、新人としての待遇、給料に甘んじる必要もあると思う。しかしバイト時代よりは人生設計が建て易いだろう。
その辺の意識改革を、国民レベルでやる必要はあるのかもしれない。
また、新卒一括採用のない国では若者の失業率が高いという問題が起きている。
経験者募集の職場ばかりで、新卒が職業に就けないということらしい。
町山智浩の妻は就職できたが、今のアメリカでは大学を出ても職に就けないらしい。
ヨーロッパの若者の失業率の高さを考えると、日本の若者はまだ恵まれているのだろうか?
女性が社会に出てくるから男性の取り分が減って給料が減るのだと、だから女性の雇用をなくせば、
男性一人で充分家族を養える収入につながるはずだ、だから少子化は減るはずだという話もある。
しかし、一定の割合でバカも優秀もいるのだから、企業としては、いい人材が欲しければ母集団の人数は多い方がいいだろう。
50人から選考するのと100人から選考するのでは、いい人材に当たる確率は後者の方だと思うんだがどうなんだろうか。
優秀な人材揃えて回していかないと、企業はつぶれるんじゃないか?
それに、パキスタンの少女が学校に行くことを訴えて銃撃されたことに憤慨するんなら、
女性が働くことにケチをつけてはいけないんじゃないか?話は飛びすぎているだろうか?
働くという行動そのものに、正規だろうと正規じゃなかろうと本当は違いなんかないのだが。
上杉隆の卒業した大学は都留文科大学だ。おそらくこの大学の名前を聞いたことのある人はほとんどいないだろう。それに対し、上杉批判の急先鋒に立つ池田信夫氏は東大卒で町山智浩氏は早大卒だ。日本でも最もすごい大学の二つである。東大や早大と比べたら都留文科大学が劣るのは分かる。だが、それを理由にして皆が上杉隆を批判するのは筋違いだ。こんなのは学歴差別でしかない。
大体、18歳の時点でのペーパーテストの学力でそいつの良し悪しが分かるわけがない。そうやって偏差値だけで判断するから、マスコミが有名大学卒の人間しか採らないようになって現在の腐敗したマスコミの現状があるというのに。そこに上杉隆が風穴を開けようとしているのに。それを分かってない奴が多すぎる。
この俺の主張に対して反論できる人間はいないだろう。日本は学歴の国だ。そして日本の学歴は世界では全く評価されない。だからこそ上杉隆はNYに行ったのだろう。世界の空気を知りに。上杉隆を潰そうとする日本の空気、誤解を恐れずに言うならば、こういった空気が日本を戦争へと走らせたのだろう。
ある日、ぼくが行きつけのバーに足を踏み入れると、こんな会話がなされていた。
「わたしって○○が好きなんだよね」
「ああ、××ってやつですね」
「おー、わかっているじゃん!(握手を求める)」
バーのカウンターには5、6人の客がいたと思う。その店は小さくてカウンターしかなく、みんなで話題を共有するところだった。それにも関わらず、二人は二人だけに通じる言葉で盛り上がっていたのだ。
池下チエの元カレである田無タクミに、新しい彼女ができた。チエはその手助けをしてくれたため、タクミはお礼がしたいと食事に誘い、タクミの彼女とチエの彼氏の西尾みのるも含めて4人でご飯を食べることになる。
みのるとタクミは初対面。なおかつチエと肉体関係がある同士ということで微妙な間柄なのだが、会話をしていくうちにお互い百人一首が好きだということがわかってくる。そして、二人で相手が口にした上の句を聞いて、下の句が当てられるかというゲームをしだすのだ。
チエは百人一首がわからない。そのうえ、タクミの新しい彼女まで、このゲームに参加しだしてしまう。
一人取り残されたチエは……怒って部屋を出ていってしまうのだ。
『婚前特急』と冒頭のバーの会話に共通しているのは、「限られた人間で知識の確認をしあう」というのと、それによって「阻害」が生まれているということだ。
ぼくはこの手の会話は世界で一番醜いと思っているし、参加しないようにしている。なんの発展性もなく、周囲を排除するような排外的な会話になんか加わりたくない。
そうして、ぼくはバーで一言も口を開かず、朝までずっといた。
こうした会話はサブカル好きのあいだで頻繁に行われている。彼らの会話は本当に幼稚で、頭がくらくらしてくる。ずっと「知識の確認」に終始しているのだ。
A「○○って知ってる?」
B「知ってるよ」
A「すごい! ××は?」
B「知ってるよ」
A「すごい!」
そんな会話を横で聴きながら、ぼくはどうやったら世界が平和になるかについて考えていた。結論だけ言えば、サブカル好きを文化シーンから早急に退場させるしかない。
2010年に芥川賞を受賞した小説『苦役列車』はこんな話だった。
中卒で家を飛び出し、日雇いの肉体労働で生計を立てている貫多には、長らく同年代の友人がいなかった。稼いだお金もソープで使い潰すような毎日を送っていた貫多だったが、仕事現場に専門学校生の日下部が働きに来るようになる。二人は年齢が近いこともあり、現場終わりに飲みに行くような仲になっていくのである。
貫多にとっては久々にできた友人だったが、二人の関係は突然終わってしまう。日下部が貫多との飲みに女友達を連れてきたのが原因だ。
二人は貫多を置いてきぼりにし、二人だけで趣味の話題に盛り上がってしまう。
一人取り残された貫多は……怒って店を出ていってしまうのだ。
サブカルの醜さを浮き彫りにしたこの小説は、見事日本文学のトップの称号を得た。なんていったって石原慎太郎が認めたのだ。
サブカルとは要するに安易な優越感を売る「ファストフード」でしかない。
町山智浩や吉田豪、菊地成孔などをフォローし、発言を真似すれば、自分も「わかっている」側にいられると考える浅ましさ。実際は、自分で何の価値判断もせずに、彼らの美学にフリーライド(タダ乗り)しているに過ぎない。ファストフードを貪り食い、自分は「グルメ」なんだとドヤ顔をしている。結局は、他人の真似事でしかないのに。
たまに「大槻ケンヂが好き」と公言するアイドルが出てきたりして、何がメインなのかさっぱりわからない中途半端な雑誌で対談したりしている。そんな人間ははっきり言って「信用できない」。
なぜなら「オーケン」が取り上げられるのが、必ず「主流とはちょっとズレたものが好きな私」という文脈だからだ。
大槻ケンヂなんて、メジャー中のメジャーだ。「サブカル」でのなかで一番目立つものを手にとっておきながら、「一般的な女の子とはちょっと違ってマイナーな趣味嗜好を持つ私」というブランディングを展開している。
安易そのものじゃないか。本当に自分だけの美学を持っていて、それに合致するマイナーなものが好きなんだったら、大槻ケンヂなんか手に取るはずがない。ネットの片隅にしかないような、誰に言ってもわからないものを偏愛しているはずだ。
「大槻ケンヂ」に手を出す時点で、安易なエゴイズムが芽を出している。
雑誌『TokyoGraffiti』を開いてごらんよ。「消費」を、あたかも「経験値アップ」だと思っている連中が大集合している。彼らはサブカル文化人やサブカル雑誌が誉めそやしたものをコレクションすれば、自分の「レベル」(「ステージ」と言い換えてもいい)が上がっていくと思っている。
ドラゴンクエスト6には「かっこよさ」というパラメータがあったが、すぐに次作で消えている。堀井雄二はわかったんだ。「センス」だとか「オシャレさ」だとかいうのは、決して数値化できないし、競うことでもないってことを。
「美学」っていうのは外にあるものじゃない。自分の内側にしかないのだ。ぼくらはそれを孤独と向き合いながら、井戸を掘るようにして、少しずつ深めていくしかない。美学っていうのは他人の真似事で生まれるようなものじゃない。
他人の美学に安易に乗っかって、得意顔をするのは、結局のところ、滑稽でしかない。
じゃあ、この現状を打破するにはどうすればいいのだろうか?
彼らに間違いを気づかせ、正しい道(自分だけの美学を磨く旅)に向かわせるにはどうしたらいいだろう?
ぼくは『小説の読み方の教科書』(岩崎夏海)を読むことでしか解決できないと思っている。
この本は「本当の読書」とは何かを教えてくれる。ぼくらはあまりにも汚染されてしまった。誰よりも詳しくなきゃいけないだとか、センスが重要なんだとか、これを理解できるのは頭がいいからなんだろう、とか。
岩崎夏海はそんな現状を正しく認識し、解毒剤を処方してくれる。
誰かを仮想敵とするような読書はやめなさい、と。「本を読む」っていうのは孤独な作業であり、作者の「問い」と「自己」を真摯に向き合わせることなんだ、と。
これはすべての消費行為に言えることだと思う。「誰かに勝つための消費」をサブカルはしてしまっている。
そして、それはすべて他人の価値観に基づいているのだから、始末におえない。「あの人が褒めていたから、これを見れば周りに勝てる」って具合にね。
誰かの価値観に依存して、他者を阻害して、そうやって得意顔になっているエゴイストたち。
こんな人間が蔓延っているようでは、日本の文化は早晩終わってしまうだろう。そうなる前に、彼らの目を覚ましてあげなきゃいけない。ぼくはそのために生きるよ。
それぞれが、それぞれの美学を成長させ、それに乗っ取って生きていけば、ぼくは世界がもっと楽しくなるに違いないと、信じている。中沢健の美しさを、ぼくらは見習わなきゃいけない。
人類の歴史を紐解けばわかるように、自分だけの美学を磨いた人間だけが、世界を驚かし、未来に名を残すことができるんだ。
そう、紀里谷和明のようにね。
http://anond.hatelabo.jp/20120421213045
絶対禁欲主義と同じ危うさを感じるなー。
アメリカの保守的な地域ではかつて、結婚前の性交渉を禁止する一環として、性教育の中で避妊を教えないことにした。
「避妊を教えると、避妊すれば大丈夫とばかりに性交渉を持つに違いない」という理屈である。
しかしその結果、避妊の知識を持たないたくさんの若者が望まない妊娠をし、若いうちに結婚することになった。
10代の親は大学にも行けず、その結果低収入の仕事しか得られない。子供によい教育を与えようにも収入が少なく断念せざるを得ない。
シェルビー・ノックスという女子高校生はそんな現状に不満を抱き、青年会の活動を通じて性教育で避妊を教える運動を始めた。
というドキュメンタリーを「松嶋×町山の未公開映画を観るTV」で見たよ。
この番組はドキュメンタリーそのものと同じくらい、町山智浩の解説が勉強になる。
ブッシュ政権下では絶対禁欲主義に多額の税金が投入された。その際、絶対禁欲主義にもとづく性教育を行う学校には国から補助金が出るが、そうでない学校は自費で性教育を行わなければならないしくみを作った。
資金不足に悩む学校は、絶対禁欲主義を受け入れるか、独自に不十分な性教育を行うかの選択を迫られることになった。
さらに、絶対禁欲主義の教育をする牧師は教会から派遣されてくる。税金は彼らに流れることになる。つまり国民の血税が宗教団体への資金流入を招いたのだった。
(その後オバマはこの流れを絶ったとのこと)
http://anond.hatelabo.jp/20110813113947
http://anond.hatelabo.jp/20110812203413
http://anond.hatelabo.jp/20110810122334
・もしドラ作者「エースの系譜」文章
http://anond.hatelabo.jp/20110319224832
http://anond.hatelabo.jp/20111226172559
http://anond.hatelabo.jp/20111209225856
リアル周辺によりますと本人のはてな出没は実験的な釣り場として半分本気半分ネタと割り切ってやっておられるということでありまして
書いてすっきりしたので仕事に戻れます。こんなことでもやもやした気持ちになって自分の時間がもったいないです。
お察しします。
もうちっと何でこんなことになったかを付け加えると、
①町山智浩氏が日本にいないため、対面のコミュニケーションで埋め合わせられる理解がない。
②twitterは論争向きでない。用意に誤解を生むし、話しあう項目をごく限らないといけない。そこですれ違いが起こると全く理解に達しない。
おハロー。
聖おにいさんはオサレというのよりサブカル臭。それも悪いタイプの。
http://anond.hatelabo.jp/20081210172325
とても根が深いサブカルミーハー問題。『このマンガがすごい2010』を読んで。
http://anond.hatelabo.jp/20091216230059
「このマンガがすごい!」は罪深い延命装置。もう犠牲者を増やすな!!
http://anond.hatelabo.jp/20111224192828
を書いたぼくだよ。みなさん自意識丸出しでごちゃごちゃ言ってくるんで、胸焼けするぐらい非常に切ない気持ちになりました。なんというかもう……。
「かわいそうだね?」
って言葉しかでてきません(おっと、つい芥川賞受賞作家ネタが飛び出しちゃったよ。やべー、まさかここで芸術に携われる人間だったら絶対にチェックしておくべき、芸術を理解できないやつは興味ないふりして精神防衛していることでお馴染みの芥川賞のネタが飛び出すとは、俺のセンスパねえ)。
はてなブックマーク、およびツイッターの皆様がたは心のホメオスタシス機能をフル稼働させて自分の殻に閉じこもっちゃっていますね。みなさん図星を突かれたことを必死に隠そうとしていますけど、何で等身大の自分を直視できないのかねえ。
「格好をつけないことで、格好をつけている」
「「ホメればセンスいいと思われる記号」を批判すればセンスいいと見られると思ってる人の典型的批判」
やれやれ。春の熊に全員屠殺してもらいたいよ(センスある村上春樹ネタ)。
ぼくはきみたちの断末魔の叫びで心が汚れちゃったんで、ストラヴィンスキーを聞いて洗い流していました。グッドなアートはエバーグリーンな輝きでディ・モールト・ベネだね。
ということで、本題。反応を見ていると、ぼくが批判したい対象がイマイチ伝わっていないようなんで、ここでまとめて表明してみようと思う。
これ以上、この惨状を放置しているとホント取り返しのつかないことになるからね。砂漠に水を与えるようなものだけど、何もやらないよりはマシ、かな……。
きみらの軽い脳みそでも理解できるように4つに大別してあげているから熟読してほしい。2010年代はこういう奴らをいかにカルチャーシーンから排除するかにかかっているので、宇野常寛さん、荻上チキさん辺りは参考にしてほしいね。東浩紀さんは河原で石でも積んでてください。
では、いきますよー。
「ボンクラ」なんていう安っぽい価値観で連帯して、「中学生マインド」なんていう恥ずかしい心性を至上価値にしちゃっている一派。やっていることはひよこのオスメスの仕分けみたいなもん。ライムスターの宇多丸や町山智浩辺りが「いい」といったものを「味方」と見なして手放しで褒め称えて、けなしたものを一緒になって叩けば、「センスあるポジション」にいられると思っている。
「売れてる邦画はテキトーに叩いておけばおk」みたいな頭からっぽな行動も平気でしちゃう。そんで周りも見てもいないのに賛同しだすから目も当てられない。
中身をまともに分析しないで「大沢たかおが出演しているから、これはクソ映画だ」みたいな論理で動いていて、そんで「バカな大衆」と「審美眼のあるセンス抜群の俺」という謎の対比をしだすんだよね。「なぜこういう内容の邦画がいま売れるのか」なんていう深遠なトピックに触れることは一切ないし、考える頭もない。
自分の物の見方だとか価値観だとかが一切抜け落ちた、ゾンビみたいな奴ら。サブカル年長者の金魚のフンをやることに、羞恥心の欠片もない。「独自な物の見方をする人間」についていけば、「独自な物の見方をする個性的なわたし」が出来上がると思っている。
彼らの反応は非常にわかりやすい。ちょっと宇多丸のラジオを聞いただけで、習性がまるわかりで、「ああ、この映画はこいつら叩くだろうな」ってことがすぐに判別可能になる。その分かりやすさが蔓延の原因だといえよう。映画リテラシーがないのに、センスいいと思われたいやつらの格好の逃げ場になっている。
そんで、こういう奴って美意識がないから恥ずかしげもなく部屋に映画のポスターをべたべた貼って、ダサいバンドTシャツを着ていたりするんだよね。それでいて、オシャレに過剰なコンプレックスを抱いているから、「無理してオシャレしているやつは上辺だけの中身のない単なるカッコつけで、ちょっとダサいくらいの自分が本当は一番センスいいんだ病」にかかっていて非常に厄介。自分のダサさまで理論武装しなきゃ生きていけないなんて、ほんとに可哀想だ。
この病気を完治させるには映画について語りだすたびに「それ、ウィークエンドシャッフルで宇多丸が言っていたことだね」って言い続けるしかないと思う。「あ、その映画、町山智浩がキラキラで紹介してたやつか」、「昔、みうらじゅんがその映画をネタにしているのを見たことあるよ」でも可。
「人生で大切なことは、すべて伊集院光のラジオから教わった」とか真顔で言っちゃう恥ずかしいやつら。
映画秘宝系との違いは、映画を見たりする気力も何もなくて、横になってラジオを聞くぐらいの体力しか残されていないのに、自分が第一線にいることを疑わずに最新のカルチャーを必死に否定してくる。「最近のアニメって萌えばっかりで中身がないよね」って見もしないくせにしたり顔で口を挟んでくるのがこいつら。
自分が中年化し、ついていけないことを認めることができなくて、漫画やアニメは伊集院が褒めるものだけが絶対だと思っている。『わたしは真悟』だとか『アストロ球団』だとかね。
映画秘宝系はまだ自分の足で作品を鑑賞しようっていう根性があるけど、こういう奴らにはそれすらない。平気でCMカットのMP3音源を違法ダウンロードして、「やっぱり伊集院さんって聡明だよなあ」なんてアホ面下げてる。その続きはもちろん「本当に頭が良い人って伊集院さんのことを言うんだよな。やっぱり人は学歴や職業じゃなくて、物の見方で頭の良さが決まるんだよな~」なんて考えいて、「ダメな自分は本当は感性が鋭くて、周りのくだらない奴らよりもずっとずっと頭がいいんだ!」って泣きながら自己肯定をしている。
もうなんでもあり。
こういう奴らのためにはっきり言ってあげるけど、「感性」っていうのは行動で示さなきゃ形にならない。布団のなかで自分を慰めるための感性だなんて、ありゃしないよ。ゴミクズよ、もうよせ、こんな不毛な自己肯定は。
「センスがいい」というタグを貼られた商品を必死に買い集めて、なんにもない空っぽな自分を必死にデコレートしようと頑張っている。ビレバンに下駄を履かせてもらわなきゃ、外を歩くことすらできない可哀想な人。自分がビレバンから与えられる餌を食べているだけの家畜だってことに気づけない。
こういう奴がセンスいいと思われたい一心でカルチャーシーンを引っ掻き回して、むちゃくちゃにしていく。「このマンガがすごい!」で上位に入る漫画が悲惨な犠牲者なのは、前の記事に書いた通り。
なんにも作り出せない、作ろうともしないくせに、必死に消費物で「ぼくちゃん、クリエイティブなんだじょ!」とアッピールしたい厚かましい愚鈍なマリオネットたち。
こういう奴には「お前、ひょっとして浅野いにお漫画の登場人物を気取ってない?」って聞いてみよう。ズレてない眼鏡を何度も押し上げながら、「き、きみぃ、いにお漫画はね、単なるセンチメンタルじゃなくて実験的な手法にも取り組んでいて云々」って聞いてもいない作品論を震えながら語りだすぞ。
さらに「そのボブ、もしかしてつぶやきシローをリスペクトしているの?」って言ったら卒倒しちゃうので注意。
もし友人にこの手合いがいたら適度に自意識を潰してあげて、「やっぱビートルズが一番だよな」ぐらいのレベルに留めさせてあげるのが吉。弾けもしないのに部屋に置いてあるギターは、親切心で河原で燃やそう。
そう、お前らだよ。お・ま・え・ら☆
はてブやツイッターなどの安全圏からお手軽に一言批判して、「ふふ~ん、ぼくちゃん、こいつらよりも頭がいいもんね~。見てみて! ぼくこの人否定しているよ!! こいつより頭いいんだよ!! ほら、見ろよ、もっと! 見ろっ、見ろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」と汚い欲望を身体中の穴から漏らしている。
文字数制限を盾にして根拠もなにも示さずに、自分の頭で否定できる一文をなんとか見つけ出して、「やれやれ。きみはなんにもわかってないね」とただ否定するだけ。熟議に何の貢献もしない、耳を汚すだけのノイズ。
大抵のバカなネットユーザーは脳の大部分が「最新情報の暴飲暴食」でスカスカになっているため(俗に言う「グルーポンおせち状態」)、比較検証なんていう基本的なこともできない(本人は「できない」とすら気づいていない。そこを突かれると「時間がないから」「忙しいから」と言い訳して、何も届いていないメールボックスをチェックしだす)。だから、「最後に勝利宣言をした人間」に説得力があると思っちゃう。
このような「つぶやき批評家(気取り)」と「情報ジャンキー」はまとめてネット中毒矯正院にぶち込むべきですね! そこで『アルプスの少女ハイジ』でも見せて、少ない情報をいかに咀嚼するかを学ばせたほうがいい。こいつら、醜く太っていることが勲章だと思っているからさ。
以上、今すぐカルチャーシーンから撤退すべき害毒な消費者4タイプでした。こういう奴らが蔓延っちゃったのは「個性が大事」という間違った教育と、「作品の解釈は受け手が決める」なんていう甘やかしの成果だと思う。
確かにある程度の解釈は読者に任されるだろうけど、それを理由に笑っても怒っても何しても構わないなんてことはない。それだとスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』を見て、原子力礼賛だと思っちゃうようなことを許してしまう。
ぼくのような高い視座に立てているクリエイターって本当に少ない。名前を挙げるとしたら、映画監督の紀里谷和明か、小説家の岩崎夏海くらいか。
特に岩崎夏海の『「小説の読み方」の教科書』は上記であげた連帯のためだけや、センスいいと思われたいだけに消費する行為の解毒剤として最適なので、みんな読みなさい。早く読まないと、時代に取り残されちゃうよ。2010年代のクリエイターズ・バイブルだね、この本は。
みんなもうさ、中身のない自分を無理やり肯定するためにアートを利用するのはやめようよ。空っぽな自分を直視して、中身ある人間になるために努力するべきじゃない? ソクラテスもプラトンも、みんなそうやって大きくなっていったんだよ。
お前の説明読んでるだけでもつまんなさがぷんぷんするけど
だいたい「もしドラ腐しで1時間」ってだけでしつこすぎてうんざりするわ
あったかいのはお前のおつむだよ
いくらもしドラが「無条件で馬鹿にしていいもの」扱いになってるつったって
自分でカケラも見ていない物について評論家がねちっこく馬鹿にしてる様子を
1時間もニタニタと見てられるってほんとうに気持ち悪いウスノロ脳みそだな
前から思ってたけど
町山クラスタってのは本当に
「あんまりセンスが無いけど尖ったセンスに憧れてる」みたいな奴等の集いだよな
「さすが町山さん!」って掛け声かけるタイミングを計ってるだけのザコの群れ
日垣いじりだってなんだよ
日垣がぶっこわれてるのなんか町山親分がいじりだすよりずっとまえに好事家は気付いてしっとりと味わってたよ
親分にへばりついた周回遅れ集団がラッパプープー吹きながら拾いあげて
グチャグチャグチャグチャいじりながら「さすが町山さん!」とかやってる
頭おかしくなってる奴と口喧嘩して次々に矛盾を指摘して打ち負かして、それが何の手柄なのかわからん
みんなが決して直には触れずに楽しんでたものを後から来てベタベタ触って手柄顔のヤボテンさん達
ほんとにやることなすこと垢抜けない田舎もんみたいな集団だよ
つまり広義の「サブカル」っていうのか、そのあたりの連中が本当に寒い
アニメオタク以下のセンスしかないのに「センスのいい人間」に憧れて
その中で特に映画クラスタはみんなちょっと町山親分を意識して無頼風の毒舌キャラを決めながら
やることなすこと面白くない
ブログ書いてるなら書く記事書く記事つまんねえ
親分の知遇を得てるわけでもないくせに
みんなで「町山さん」て呼ぶのがまたキモい
昨日見たテレビの話しながら「紳助さんがさ…」なんていう奴いねーだろ
プロレスオタクが一部のくたばったレスラーを語るときさん付けで呼ぶ(「馬場さん」)のと同種のキモさ
っていうか人種がどっか共通してるだろ
そういうセンス悪い同士の似たような仲間でつるんで
しじゅう町山親分の”活躍”をわがことのように得意顔で論じながら
でも実際は頭も口も回んないから
親分が弱いのを選んでは大げさにぶちのめす会場に集まって
「さすが町山さん!」てそればっかり
いつまで町山親分のケツの匂いを嗅ぎ飽きないんだあの無頼芸風の羊の群れは
http://anond.hatelabo.jp/20110813113947
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・もしドラ作者「エースの系譜」文章
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http://anond.hatelabo.jp/20120208132754
http://anond.hatelabo.jp/20111205175021
リアル周辺によりますと本人のはてな出没は実験的な釣り場として半分本気半分ネタと割り切ってやっておられるということでありまして
番外編。私的なもしドラの位置づけ