13.狩り
「師範代君! メイジタイプだ! それにフレイムガストも!」
リンの激しい警告が木霊する。
山道を歩く俺たちに、新たなモンスターの群れが襲いかかってきたのだ。
俺の視界に四匹のモンスターの姿が映る。
一匹はここまでで何度か戦ったハイオークソルジャーだ。その後ろにはローブ姿で杖を持つハイオーク、ハイオークメイジらしい姿が二匹見受けられる。
そして、残る一匹が赤い雲のような不定形の異形だった。ハイオークメイジの傍らでフワフワと浮いており、脈動するように膨張と伸縮を繰り返している。こいつは非実体系モンスターのフレイムガストだ。
ようやく登場した属性攻撃をしてくる敵に、俺たちの緊張が高まった。
「じゃあ予定通り俺が先行するから、リンはメイジタイプの相手を頼む」
「わかった!」
俺たちで属性攻撃に対抗するには、俺の『龍剣ヴァリトール』に頼るしかない。そして、剣術士である俺たちには有効打となる遠距離攻撃もない。剣や刀の攻撃圏に近付くまでは、俺が盾となるのだ。
既に敵は魔術の詠唱を始めている。待ち構えているだけでは、遠距離からなぶり殺しになるだけだろう。今の内に少しでも距離を稼がなければならない。
俺は全力で前へと駆けだした。
「ギ、ギイィ!!」
ハイオークメイジの魔術が完成したようで、こちらに突き出された杖の先端に数個の火球が生まれる。他方のハイオークメイジも同じように火球を生み出していた。二匹とも同じ魔術を使用したらしい。
火球は一瞬でバレーボール大にまで成長する。その後、ハイオークメイジたちは杖を振りかぶり、こちらに向けて振り下ろした。杖の動きに連動するように、火球がこちらに向けて勢いよく射出される。
ゴオ! と燃え盛る音を響かせながら火球が殺到してきた。
俺は【思考加速】を起動し、【見切り】による炎球の軌道を見極めながら愛剣を強く握り締める。同時に、剣身に淡い光が灯り始めた。
炎球の数は五つ。よく見ればこちらへの到達タイミングは同時ではない。
タイミングのずれを正確に把握し、その順序に合わせて迎撃を開始する。
力強いアシストを感じながら俺の腕がぶれる。閃いた剣閃は、見事に火球と激突し、難なく真っ二つに切り裂いた。
火球のなれの果てが、炎を炸裂させるも『龍剣ヴァリトール』に相殺されたようで威力は弱々しい。熱波を感じながらも俺たちは駆け抜ける。
やはり先にハイオークメイジを片付けるべきだ。
俺たちの前にハイオークソルジャーが立ち塞がるが、こいつの相手は後にしよう。
駆け寄る勢いそのままに、剣を薙ぎ払った。だが、さすがに敵も力任せなだけの単純な攻撃には反応してくる。
ハイオークソルジャーは、自身が持つ分厚い盾を掲げ俺の斬撃を防ごうとしていた。
確かにこの攻撃は単純な太刀筋だ。だからその分、力を思い切り込めることにする。
「おぉぉらっ!!」
刃が盾に激突する瞬間、吼え声と共に渾身の力で振り抜いた。金属をぶっ叩いた激しい音が鳴り響く。さほど斬るということに集中しなかったせいか、さすがに盾ごと両断というわけにはいかなかった。
本来ならば、こんなことをすればすぐに刃がダメになるだろう。しかし、この剣は素材も作り手も『エデン』最高峰の逸品だ。耐久度も尋常じゃなく高いので、多少手荒に扱ったとしてもまるで問題はない。
「プギ、ギィァ」
衝撃を殺せなかったようで、ハイオークソルジャーの身体がゴム鞠のように吹っ飛んでいく。かなりの勢いで飛んでいったので、いちいち結果までは見届けない。
とりあえずこれで少しは時間を稼げた。今の内に後衛を狙おう。
俺が次なる獲物を狙い定めていると、俺の背後で動きがあった。リンである。
彼女が俺を追走しながら横に一歩出る。そして、突然猛烈な勢いで前方へと飛び出した。
「はあぁっ!」
これはさっきも見た【疾風閃】か!?
疾駆している俺を一瞬で置き去りにする高速移動である。
彼女が飛び込む先はハイオークメイジの片割れだ。
距離を詰められた後衛は哀れなものである。狙われたハイオークメイジはひとたまりもなかった。慌てて迎撃の魔術を使おうとしたようだが、彼女の動きに比べるとあまりに遅すぎた。
魔術を使う暇もなく最初の強襲で腕が飛び、度重なる追撃の斬撃であっという間に全身を切り刻まれて倒される。ハイオークといえどメイジタイプは後衛で防具も薄いため、近接戦闘に持ち込めばかなり脆い。
……俺も負けてはいられないな。
彼女が狙ったハイオークメイジとは別のハイオークメイジへ駆け寄る。
攻撃を加える直前に、俺へと小さな火球を放ってきたが今更そんなものは俺に通用しない。
俺の意思を感知した愛剣が再び光を灯し、無駄な抵抗を吹き散らす。それでもまだ魔術を使おうと準備しているようだが、もう関係ない。俺の間合いに入ってしまった。
肩からぶちかますように前方へと踏み込む。腰を捻り、遠心力をつけて『龍剣ヴァリトール』を横薙ぎに思い切り振り抜いた。
銀光がハイオークメイジの胴を横一文字に横切る。一瞬遅れたように敵の胴体が上下に泣き別れし、盛大に血が飛び散った。
ハイオークメイジの顔は、両断されたことに気付いてないかの如く詠唱途中の様子そのままだ。しかし、そんな顔を見れたのも一瞬だった。斬り飛ばされた上体は、俺の斬撃の威力を受けて跳ね飛び、遠くに落ちる。
――後、敵は二匹。
【心眼】で周囲を確認した時に見えたのは、俺の周囲を広く照らす赤い輝きだった。俺を狙う範囲攻撃を【見切り】によって予測したのだ。
そんな攻撃をしてきそうなのは、ここにはもう一匹しかいない。フレイムガストだろう。
そいつを確認すると、まさにこれから何かをしますよとでも言うばかりに雲のような身体を大きく膨らませていた。
避けるなどという選択肢は俺の中にはない。流派の動きとして組み込まれていない回避行動はシステムアシストを受けられない上に、そもそもこの攻撃範囲にはリンも若干含まれてしまっている。
ちなみにリンはというと、フレイムガストの相手は完全に俺に任せるようだ。
彼女は、先ほど俺が弾き飛ばしたハイオークソルジャーの元へと向かっていた。俺の攻撃を一応防ぎはしたものの、いくらかダメージは受けたらしく件のハイオークソルジャーは身体を震わせながら立ち上がろうとしている。リンならば、あんな敵など一瞬で片付けるだろう。
だからこそ、リンに余計なダメージを与えることを許すわけにはいかない。
リンを後ろに守る形でフレイムガストへと踏み込む。同時に、再び俺の愛剣に光が灯った。振りかぶると剣身の光は一瞬で輝きを増す。
一方、はちきれんばかりに膨れ上がったフレイムガストの前方に小さな火が灯った。属性攻撃の前兆なのだろう。その直後、フレイムガストの身体が縮みながら猛烈な火炎が噴き出してきた。
「ブオオォォォ!」
奇妙な鳴き声と共に炎が迫り来る。フレイムガストへと立ち向かう俺の視界が真っ赤に染まった。
先ほどまで視界を埋めていた【見切り】の結果による赤い輝きとは違った意味の赤色だ。こちらを焼き尽くさんとする業火である。
だが、それは既に予測済みだった。おかげで恐怖も戸惑いもない。振りかぶっていた剣を、冷静に、そして力強く振り切る。
俺の斬撃に合わせて、唸りををあげるように炎が噴き出した。
俺の放った炎は、フレイムガストの放った炎をあっという間に飲み込み蹴散らす。炎の斬撃の勢いは止まらず、そのままフレイムガストをも飲み込んだ。
炎の消えた後には、高熱による陽炎の漂う空間と随分と身体を萎ませたフレイムガストの姿がある。
そして、その敵は最早俺の剣の間合いにあった。お互いの炎による攻撃が激突する間に、俺は距離を詰めていたのだ。
光を灯す『龍剣ヴァリトール』が宙を閃く。その軌道に沿うように無数の火の粉が舞った。
「キイィィィ!!」
金属を引っかいたような耳障りな悲鳴がフレイムガストから漏れる。
不定形の雲のような身体のどこに声を出す器官があるのかわからないが、それが断末魔の悲鳴だったらしい。俺の斬撃によって真っ二つにされた赤い雲は、元の身体と同じく赤色の石らしきものを残して消えた。
非実体系のモンスターとしては、よく見る最期だろう。
「プギイィィ!」
俺がフレイムガストを仕留めた時に、後方からはモンスターの悲鳴が聞こえてきた。【心眼】で確認しなくてもわかる。リンがハイオークソルジャーに止めを刺した際の断末魔の悲鳴だろう。
改めて確認すると、ハイオークソルジャーの鎧に包まれた身体が散々に切り刻まれていた。装甲の継ぎ目を狙った見事な太刀筋だ。
ハイオークソルジャーの死骸の傍らには、納刀して油断なく周囲を窺うリンが立っている。
勝ったと思って気を抜いた瞬間が一番危険なのだ。特に今回はパーティメンバーが俺とリンの二人だけしかおらず、索敵に長けた弓術士もいない。何が起こるかわからないダンジョン内では、警戒を緩めることはできない。
当然ながら俺も【気配察知】と【心眼】を用いて周囲の様子を確認する。幸い、俺の感知範囲に敵らしい姿は見えない。
リンへと視線を向けると、彼女もまた俺を見て軽く頷いてきた。彼女の方でも脅威は無いと判断したのだろう。
ここでようやく俺は剣を鞘に収める。
「ちょっと心配だったけど、なんとかなったね」
モンスターたちのドロップアイテムを拾いながらリンが話しかけてきた。
魔術士のいない俺たちで一番の心配事であった非実体系モンスターと属性攻撃への対処。あらかじめ戦闘の流れは決めてあったし、お互いの実力もある程度わかっていた。なので問題ないと思っていたが、実際にやれるとわかると安堵の声も出るというものだ。
「ここは初めてだから少し心配ではあったけど、これなら大丈夫そうだ」
俺の返事にリンも笑顔で頷く。
「師範代君の実力さることながら、さすがは精霊武装ってところかな。とりあえず目的地までは、今以上の編成で属性攻撃持ちが出てくることはないと思う。洞窟の奥まで行ってモンスターハウスにでも遭遇すれば別だがね」
経験者であるリンの情報はありがたい。
もう少しハイオークメイジやフレイムガストが増えても対処できそうな自信はあったが、今回の目的は奴らでもないし、ダンジョン攻略でもない。余計な負担は無いに越したことはないだろう。
拾ったドロップアイテムは換金用のアイテムばかりで、特にレアなものはなかった。これまでの道中で戦った敵からも、今のところレアドロップアイテムは手に入れることができていない。
たとえ手に入ったとしても、今の俺たちからすると大した価値はないので気にはしない。むしろ目的地以前で運を使わなくて済んでいるから良しと思おう。
戦闘後の処理を終えた俺たちは、再び山道を歩き始めた。
高ランクダンジョンなので、ロームザット火山で目にするプレイヤーの数はそれほど多くはない。先日訪れたシシルク大森林などは入口は大混雑で、奥に行っても少し歩けば何処かしらのパーティを目にすることが多かった。
『エデン』での生活が三年経ったとはいえ、高ランクダンジョンに挑めるまで至ったプレイヤーはまだまだ極一部なのだ。それほどに真に迫る現実味と、死への不安というのはプレイヤーたちの歩みを遅くする。
現在の多数派にあたる中ランク程度の領域から外れると、ダンジョンを闊歩するプレイヤーの数は減り、危機に陥った際に助けてもらえる可能性も低くなる。そのリスクを許容できないプレイヤーは、周囲の流れに乗らざるを得ないのだ。
それでも、数万とプレイヤーがいれば極一部となってもそれなりに数はいる。なので俺たちが道中で出会うプレイヤーもさすがにゼロでは無い。
しかもここで戦えるほどの高ランクプレイヤーともなると、リンをよく知っている者も多いだろう。
アイドル的なプレイヤーである彼女が、俺なんかと二人ペアでダンジョンに来ていることが知られたら余計な騒ぎが起こるのは目に見えている。
なので、彼女にはなるべくフードは被ったままにしてもらっていた。もちろん俺もフードは被ったままだ。端から見ると、なんとも怪しい二人組だが背に腹は代えられない。
幸いにもリンはこの状況を楽しんでいるようなので、俺としては助かっている。
「しかし、これで『黒騎士』の噂に新たな噂が加わるかもしれないね」
他のパーティが戦っている様子を横目に歩いていると、リンがそんなことを言い出した。
ぎょっとして彼女を見ると、フードの陰ながら面白そうに笑みを浮かべているのがわかる。
「え? マントの色も変えてるんだし、大丈夫じゃないか?」
「はは。それはちょっと楽観的過ぎるんじゃないかな。ここほどの難易度にも拘わらず、わざわざ顔を隠して視界を遮るなんてことをするプレイヤーがどれだけいると思う? さらにマントの下の装備は黒ずくめだ」
彼女の発言を聞いて、俺は思わず言葉を詰まらせた。
噂は簡単な特徴しか流布していない。だからこそある程度特徴が一致してしまうと、『黒騎士』だと断定されてしまうかもしれない。
その上で、こうしてペアを組んでいるのがリンだと知られると余計な問題を生んで迷惑をかけそうな気がする。
そんなことを悩んで俺が唸る横で、リンはというと実に楽しそうな様子だった。
「なんだか楽しそうだな」
「ん? こうして二人で秘密を共有するというのはなんだかワクワクするじゃないか」
「そ、そういうものか?」
「うん!」
まあ、バレたところでちょっと騒がれるくらいだ。それが本当にちょっとなのかどうかは、実際にその時になってみないと判断はつかない。
でも、もうこうして二人でダンジョンに来ている以上今更な話である。
それにしても彼女はこんな性格だったか?
ダラスから出発する時から思っていたが、どうも彼女に対するイメージが変わってきている気がする。
「師範代君? どうしたんだい?」
俺が思案していることを察してか、彼女が覗き込んできた。
至近距離に迫った彼女の美しい顔を見て、俺は思わず仰け反る。
「い、いや、なんでもない!」
「んん? はは、変な師範代君だな」
慌てる俺が奇妙に見えたのか、リンは可笑しそうに笑った。
なんだか妙に俺に対して無防備なのだ。
俺に好意を向けてくれていて、彼女にもお茶目な面があるのはわかってきたが、最初に会った時の凛々しいイメージがあるだけに少し困惑もある。
はたして、どの彼女が本当の顔なのだろうか。
途中で休憩も挟みながら、俺たちは順調にロームザット火山を進んでいく。
途中で何度か他のパーティにも遭遇したが、俺の精霊武装を使用する姿は幸いにも見られずに済んだ。
ソロではないとしても、ペアでの狩りというのもかなり珍しい。おかげで、多少は訝しげな視線を受けたものの声を掛けてくる者はいなかった。
結構モンスターとの遭遇率が高く戦闘になりやすいので、いちいち他のパーティにかまかける暇もないということもあるのだろう。このダンジョン内にいるプレイヤーが少ないだけあって、モンスターは豊富にいるのだ。その分、戦闘には事欠かない。
もちろん俺たちもかなりの戦闘をこなしたが、今回は目的地と目当ての敵が決まっているので避けられそうな戦闘は避けて先を急いだ。それでもやはり時間はかかる。
そうして、ブラッドリザードが出現するという洞窟に到着したのはもうすぐで夕方になろうかという時間帯だった。
周囲の様子はかなり岩肌が目立ち、火山特有の硫黄のような匂いも麓にいた時に比べてかなり強くなっている。山頂から噴き出る噴煙も、ここからだとよく見えた。
この先の洞窟内部では、溶岩溜まりなどもあって気温も相当高くなるらしい。出現するモンスターも、件のブラッドリザードや巨大蝙蝠のジャイアントバットといった新しいタイプが現れる。
洞窟の前はちょっとした広場になっていて、休憩中らしいパーティが二つほど見受けられた。確かこの付近は、モンスターの出現率も低い筈だ。戦闘条件の切り替わる境目でもあるここは、休憩を挟むにはうってつけの場所だろう。
時間も時間なので、俺たちも彼らを倣って休憩か、もしくは野宿の準備をするのも良いかもしれない。
「どうする? ここらで休憩に入るのも良いと思うけど」
俺の問いかけに、リンは悩んでいる様子だ。腕を組んで唸っている。
「う〜ん、そうだね。時間が微妙ではあるけど、一度だけブラッドリザードとの戦闘を試してみないか? どんな感じか把握できればここまで戻ってこよう」
「わかった。じゃあ、このまま進もうか」
元々、俺はまだそんなに疲労はしていない。【龍躯】を得たせいか、疲労を感じることが最近は少ない。やろうと思えばこれから一晩中でも戦えそうな気はする。
リンはどうかと思ったが、彼女もまだ余力はありそうだ。足取りはしっかりしているし、顔にも疲労の影は見受けられない。女性とはいえ、さすがは攻略最前線で戦うプレイヤーだ。
広場を突っ切って洞窟へと向かう。
広場で休憩中のパーティメンバーから視線を感じた。ここまで来れるだけあって、実力のあるプレイヤーたちなのだろう。休みながらも周囲の警戒は怠っていないようで、隙の無い印象だ。
ジロジロと見られたが、すぐに視線は外れた。マントですっぽり容貌を隠すという奇妙な出で立ちなので、もっと警戒されると思ったがそうでもないらしい。俺たちがそのまま真っ直ぐに洞窟に向かうのがわかったせいだろうか。
普段から周りに注目されることに慣れているリンは、彼らの視線などまるで気にならないようだ。堂々とした様子で進んでいる。
下手に警戒し過ぎていると、逆に彼らの警戒心を煽りかねない。俺もリンに倣い、気にしていない風を装って歩いた。
最初は、彼女と二人で出掛けるなどどうなることかと思っていたが、ここまでの道のりは順調そのものだ。もっと問題が起きるかとも思ったがそれもない。
何も無いに越したことはないが、若干の拍子抜けを感じながらも俺たちは洞窟へと足を踏み入れた。
洞窟の中に入ると同時に急激な気温の上昇を感じる。
視界は思ったほど暗くはない。壁のあちこちに松明が掲げられているからだ。
ロームザット火山を登り始めた時から散々相手にしてきたハイオークたちのおかげだろう。この山は彼らが根城にしているという設定なのだ。
とはいえ、外ほど明るいわけではない。光源が限られるだけに、一見して真っ暗な陰も多かったりする。
さすがにフードを被ったままでは厳しいと感じたのか、リンが顔を露わにした。
俺は【心眼】があるので、このままでも問題はない。
「師範代君はそのままで大丈夫なのか?」
「俺には【心眼】があるからね。目を潰されても行動できるよ」
「【心眼】……バルド流の奥義か。便利なものだな」
リンが感嘆の声をあげる。
既に彼女には【心眼】のことは伝えてあった。複数人で組むパーティならともかく、たった二人のペアで高ランクダンジョンに赴く以上ある程度お互いの戦力を把握する必要があると思ったからだ。
俺は死角からの攻撃も感知して迎撃できるということを知っていれば、彼女が俺のために無理な援護を強行するような機会も減るだろう。
リンと二人で進むも、敵の姿はない。さすがに入口付近はモンスターの出現率も低いのかもしれない。
【気配察知】で周囲の状況を確認するも、モンスターの反応はなかった。
「モンスターがいないな」
「ああ。私の方でも感知できない」
リンが立ち止まって答える。彼女も【気配察知】で周囲を探ったのだろう。
「どうする? もう少し進むか?」
「……そうだね。もう少し進んでみよう」
たまたまモンスターとしばらく遭遇しないということも、稀にある。あまり奥に進み過ぎると、その間に帰路に出現した敵と戻る際に戦闘となるかもしれない。
休憩前に一度だけ試すという話だったが、元々ブラッドリザードの乱獲が目的だ。多少戦闘が増えたところで、問題はない。
そうしてしばらく先へと進んでみる。
その間もモンスターとの遭遇や反応もなく、疑問を生じ始めたときにようやく【気配察知】にモンスターの反応が現れた。
「師範代君!」
「ええ、モンスターが三匹ですかね」
「うん。私の方でも同じ結果だ」
リンの方でも反応を捉えたらしい。弓術士ではない俺たちの索敵では若干精度に欠けるとは思うが、ここには隠れて奇襲を行うようなモンスターはいない。
お互いに感知した敵の数は同じ結果なので、それを念頭にゆっくりと進んだ。
「シュルル……シュゥゥ……」
やがて進行方向から荒い息遣いが聞こえてくる。
進行方向の奥で輝く三対の金色の瞳。松明の輝きに照らされて、全身を覆う特徴的な真っ赤な鱗がぬめるように輝いていた。
前脚は小さいものの鋭利で長い爪がある。対して後ろ脚は太くて逞しい。
見かけは二足歩行の恐竜といった感じだ。口元からは鋭そうな牙が覗いている。
「あれがブラッドリザードだ」
「あれが……」
「道中で話した通り、奴らは恐ろしく俊敏だ。後は牙に注意すること……毒をくらうこともある」
「わかった」
リンの忠告に俺は頷いた。それを確認して、リンが前へと進み始める。
「それでは手筈通り行くよ、師範代君」
「おう!」
俺たちが近付くと、ブラッドリザードたちはすぐに気が付いた。三匹同時に顔をあげ、こちらを向く。
無機質な視線がこちらを貫くが、わざわざ観察されるのを待ってやる義理はない。俺とリンは無言で駆けて間合いを詰める。
「シャアァァ!」
擦れるような奇声をあげて、ブラッドリザードたちが牙を剥いた。真っ赤な口腔がよく見える。そして、三匹は俺たちへ猛然と駆けだした。
凄まじい加速を見せた一匹が、俺へと飛びついてくる。
それでも【思考加速】を既に起動させた俺にははっきりとその動きが見えていた。
同時に起動していた【見切り】で確認された軌道は、恐らく俺の顔面を狙った噛みつきだ。このままでは俺は頭から丸かじりにされてしまう。
だが、逆に考えればわざわざ敵から急所である頭部を差し出してくれているのだ。
俺は前へと踏み出しながら『龍剣ヴァリトール』を上段に構え、敵の突撃に合わせて振り下ろす。狙いはもちろん真っ直ぐに突っ込んでくる敵の頭部だ。
カウンターのように決まる筈だった攻撃だが、なんと直撃する直前に避けられた。首を捻って、頭部への斬撃が回避される。敵ながら見事な動きだ。
しかし、それならそうと俺にも考えがある。
頭部への攻撃が無理と悟ると、瞬時に俺は更に前へと踏み込んだ。斬撃の軌道が前へと押し出される。その先にあるのは、敵の胴体だ。
さすがに中空にある胴体までは回避できなかったらしい。俺の剣がブラッドリザードの肩口に食い込み、真っ赤な鱗が弾けた。
一瞬感じたのは、硬質な反動である。全身鱗で覆われた身体はそれなりに防御力が高いようだ。
だが、俺の膂力と『龍剣ヴァリトール』を防ぐにはまだまだ足りない。
「ふんっ!」
反動を無理矢理押し込み、力任せに剣を振り切る。
胴体を真っ二つにされ、盛大に血を噴き出しながらブラッドリザードの死骸が俺の後ろへと転がっていった。こんな状態になれば即死だろう。
その成れの果てには目もくれず、リンの様子を見る。
彼女は一匹のブラッドリザードを相手に戦っていた。軽やかに舞いながら、敵へと無数の斬撃を放っている。彼女の持ち味の剣速を生かし、敵の出鼻を悉く封じているようだ。
それでも全身隙間なく強固な鱗で覆われているために、さすがにリンの攻撃でも瞬殺は難しいと見た。それでも彼女の様子を見る限り負けることはないだろう。
敵の残る一匹はというと、俺ではなくリンへと向かっていた。現在戦っている一匹と合流して、二匹でリンを仕留めようという判断だろうか。
高ランクダンジョンのモンスターともなると、敵方もなかなか嫌らしい戦い方をしてくるものだ。だからこそチームワークの重要性が叫ばれるのかもしれない。
俺が一匹目に苦戦していたらリンも危なかったかもしれないが、既に俺はフリーだった。そんな敵の思惑に乗せられるわけにはいかない。
リンの死角に移動しようとしていたブラッドリザードに俺が襲いかかる。
俺の襲撃に気付いた敵は、素晴らしい反応速度で後方へと飛び退いた。おかげで俺の斬撃が空を切る。
先ほどもそうだが、こいつらの動きは中々やっかいだ。遠い間合いからでは即座に反応されて回避されてしまう。
やるとなると、引き付けてからのカウンター狙いが良いか。
俺がそう考えたところで、飛び退いたブラッドリザードが間髪を入れずに飛びついてきた。俺の斬撃の振り終わりを狙ったのだろう。こいつの驚異的な俊敏さだからこそ可能な動きだ。
剣を振り切る直前に、俺は無理矢理剣の軌道を変更する。斬撃はまるで地面から跳ね返るように斬り上げへと変化した。腕に大きな負荷がかかるが、歯を食いしばって無視する。
鋭く斬り返された斬撃を今度は敵も回避できない。それをするにはあまりにも間合いが近過ぎた。
俺の首を刈ろうと放たれていた爪撃を腕ごと切断し、愛剣がブラッドリザードの顎に食い込む。
そのまま振り切って敵の頭部を半ばから切断した。
元から赤い身体が、更に赤い血に塗れて地に沈む。斬り上げた愛剣を勢いよく振って血糊を飛ばした。
リンの方も相手を仕留めたようだ。ドウっとブラッドリザードの身体が崩れ落ちる音がする。
リンから相当動きが速いとは聞いていたのだが、実際に相手をすると思った以上に速かった。これで鱗による強固な防御力も兼ね備えているのだから、プレイヤーからするとかなり面倒な敵である。
俺たちならこうして狩ることは可能だが、本当なら拘束系の魔術が得意な魔術士が欲しいところだ。
「さすがの師範代君も少しは驚いたかな?」
敵の処理を終えたリンが近付いてくる。
俺もしゃがみ込んでブラッドリザードの死骸に触れ、カード化を行った。現れたのは換金用のアイテムばかりで、残念ながら目的のレア素材アイテムとなる『紅玉の滴』は手に入らない。まあ、こんな数匹倒した程度では手に入る筈がないだろう。
「ああ。ここまで動きが速いとは思わなかったよ」
同意を示しながら立ち上がる。同時に【心眼】で周囲を警戒し続けていたのだが、その時視界の端で何か違和感を感じた。
位置的には俺の後方、洞窟の奥にあたる暗がりだ。【気配察知】に反応はない。しかし、漠然と何かを俺は感じていた。
「……」
「ん? 師範代君どうした?」
リンの問いかけには答えず、無言で彼女へと近寄る。問題の方向へは決して視線は向けない。
そして、影は動いた。
ヒュンっと微かに風を切る音がする。俺の【心眼】視界では、黒く細長い物体が奥の暗がりから放たれたのを確認していた。その速度は発射音らしきものの小ささの割に随分と速い。無警戒のままであったならば、気付いたとしても一撃を貰う可能性があったかもしれない。
しかし、警戒していたおかげで既に【思考加速】が起動している。時間の流れを遅く感じるようになったおかげで、異変を察知したらしいリンの表情がゆっくりと変化する様を視界に収める。さすがに攻略最前線に立つプレイヤーの一人であるだけに、今の風切り音を見逃さなかったようだ。
そして、そんな彼女を余所に俺は腕を突き出していた。やがてその手の内に収まるように飛来物が飛び込んでくる。
俺が掴み取ったのは、一本の矢だ。ただし、矢尻から矢羽まで真っ黒に染められた特殊なものである。明らかに奇襲用に特注された品だった。
「な、に!?」
突然俺の手の内に現れたかのような矢の姿に、リンが思わずといった体で目を白黒とさせる。
「チッ! 防がれた!」
「クソッ! やるぞ!」
矢が射出された方角から男性らしきプレイヤーたちの声がする。【気配察知】で確認してみると、今まで何も反応のなかった位置に複数のプレイヤー反応が認められた。その数は四つ。
スキルやアイテムを使用して隠れていたのだろうが、動き出したことで隠形の効果が解除されたのだろう。
「プレイヤーの襲撃!? こんなところで!?」
「みたいだな」
リンが驚きつつも腰の刀に手をやって構えを取り、俺も剣を抜いて構える。
どうやらまだ戦闘は終わらないらしい。

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最終掲載日:2014/10/11 21:24
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なんの特徴もない天外孤独な三十路のおじさんが異世界にいって色々とするどこにでもあるようなお話。最強になれる能力、だが無敵ではない。そんなおじさんが頑張っていきま//
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最終掲載日:2014/06/21 00:00
Knight's & Magic
メカヲタ社会人が異世界に転生。
その世界に存在する巨大な魔導兵器の乗り手となるべく、彼は情熱と怨念と執念で全力疾走を開始する……。
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最終掲載日:2014/10/13 18:27
ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた
ニートの山野マサル(23)は、ハロワに行って面白そうな求人を見つける。【剣と魔法のファンタジー世界でテストプレイ。長期間、泊り込みのできる方。月給25万+歩合//
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最終掲載日:2014/10/03 21:00
勇者様のお師匠様
両親を失いながらも騎士に憧れ、自らを鍛錬する貧しい少年ウィン・バード。しかし、騎士になるには絶望的なまでに魔力が少ない彼は、騎士試験を突破できず『万年騎士候補//
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最終掲載日:2014/09/15 00:00
フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~
魔力の有無で枝分かれした平行世界「アース」。その世界へと、1人の男が落っこちた。「ゲームをしてたはずなのに……」。幸いなことにVRMMORPG≪Another//
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最終掲載日:2014/08/23 00:21
異世界食堂
洋食のねこや。
オフィス街に程近いちんけな商店街の一角にある、雑居ビルの地下1階。
午前11時から15時までのランチタイムと、午後18時から21時までのディナー//
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最終掲載日:2014/10/11 00:00
風と異邦の精霊術師
買い物帰りの自転車で、突っ込んだ先はファンタジー。異世界トリップ物です。
勢いで始めてしまった物語で、いきあたりばったり不定期更新です。
本作品には性//
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最終掲載日:2013/06/15 00:37
こちら討伐クエスト斡旋窓口
※この度、ヒーロー文庫様より、本作品が書籍化される事となりました。
10月末に発売となります。なお、ダイジェスト化の予定はございません※
自分では全く戦う気の//
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最終掲載日:2014/07/09 08:00
最新のゲームは凄すぎだろ
世界初のVRMMORPG「Another World」をプレイする少年はゲームでは無く、似た異世界にトリップしているのだが全く気付く事がない。そんな彼が巻き起こ//
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最終掲載日:2014/09/15 06:00
盾の勇者の成り上がり
盾の勇者として異世界に召還された岩谷尚文。冒険三日目にして仲間に裏切られ、信頼と金銭を一度に失ってしまう。他者を信じられなくなった尚文が取った行動は……。サブタ//
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最終掲載日:2014/10/13 10:00
この世界がゲームだと俺だけが知っている
バグ満載のため、ある意味人気のVRゲーム『New Communicate Online』(通称『猫耳猫オフライン』)。
その熱狂的なファンである相良操麻は、不思//
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最終掲載日:2014/07/03 03:39
THE NEW GATE
ダンジョン【異界の門】。その最深部でシンは戦っていた。デスゲームと化したVRMMO【THE NEW GATE】の最後の敵と。激しい戦いに勝利し、囚われていたプ//
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最終掲載日:2014/09/30 22:50
《Blade Online》
世界初のVRMMO《Blade Online》のサービスが開始された。しかしプレイヤーを待ち受けていたのはログアウト不能のデスゲームだった――。ゲームに囚われた//
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最終掲載日:2014/08/05 00:00
理想のヒモ生活
月平均残業時間150時間オーバーの半ブラック企業に勤める山井善治郎は、気がつくと異世界に召喚されていた。善治郎を召喚したのは、善治郎の好みストライクど真ん中な、//
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最終掲載日:2014/10/08 12:00
- Arcana Online -
【2012.4.2】本作の書籍化に伴い、第1章~第3章をダイジェスト版へ差し替えました。
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妹にお願いされ、この夏休みはとあるVRMMOのオープンβテスト//
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最終掲載日:2013/05/09 00:47
デスマーチからはじまる異世界狂想曲
アラサープログラマー鈴木一郎は、普段着のままレベル1で、突然異世界にいる自分に気付く。3回だけ使える使い捨て大魔法「流星雨」によって棚ボタで高いレベルと財宝を//
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最終掲載日:2014/10/12 18:00
ありふれた職業で世界最強
クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えれば唯//
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最終掲載日:2014/10/11 18:00