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竹内研究室の日記 RSSフィード Twitter

2014-10-11

中村修二さんは勝算があってGaNを選んだわけではなかった。偶然が人生を決めて行くのですね。

私も青色LED、青色レーザーの材料の物性の研究を卒論、修士でやっていたので、今回のノーベル賞は20年前の自分の研究を思い出してとても懐かしく感じます。

私は当時、青色LED、レーザーで最も有力視されていたZnSe(セレン化亜鉛)の研究をしていました。LEDやレーザーそのものの研究ではなく、ZnSeを作成する企業の方にサンプルを頂いて、基礎的な物性を調べていました。

極低温に冷やし、紫外線レーザーを当てると、今のLEDやレーザーのようにZnSeが青い光を発していたのは本当に美しかった。

今回のノーベル賞でとても不思議だったのは、中村修二さんは当時主流だったZnSeの研究をせずに、なぜあえてGaNを選んだのか。

どのようなコンセプトがあったのか?

当時の状況を知る一人としては、GaNを選んだ理由がどうしもわかりませんでした。

日経ビジネスの記事「中村修二氏が語る、青色LED開発前に学んだ2つの重要なこと」を読んで、ようやくその理由がわかりました。

以下、引用です。

「私が着手した時には、既に多くの大手メーカーが青色LEDの開発を精力的に進めていた。後発で遅れを取り戻すために私が選んだのは、大手が採用していない材料を使うという戦略だった。当時、大本命と目されていた材料はセレン化亜鉛である。それを避け、一部の大学などしか手掛けていなかった窒化ガリウムを選んだ。セレン化亜鉛の方が成功率は高いだろうし、多くの論文があるので追随も楽。それは分かっていた。けれど、それをやってもしょせんは大手の後追いである。もし開発に成功しても、ビジネスでまた負ける。」

。。。何と、技術的な理由はなく、勝算があってGaNを選んだわけではないのですね。

偶然がノーベル賞を生んだようなものなのでしょうかね。

研究は研究者人口が多いほど進化が早いのが普通です。しかし、この場合は、圧倒的な劣勢に居たGaNが本命のZnSeを大逆転したという、とても珍しい事例だと思います。

その意味でも、ノーベル賞に値しますね。

私は修士を卒業後、光エレクトロニクスからは離れ、集積回路の世界に移りました。東芝に入社して、舛岡先生(後の東北大学教授)のご指導の下、フラッシュメモリの立ち上げや大容量化に従事しました。

今回のノーベル賞でやや残念なのは、青色のLEDやレーザーがノーベル賞を受賞したものの、原理的にはその元となる赤色のLED、レーザーはノーベル賞を取っていない。

赤色や緑色の、というよりもLEDや半導体レーザー自体の開発に大きな貢献をされた西澤潤一先生は本当はとっくの昔にノーベル賞を取られるべきでしょう。

レーザーやLEDを作られた東北大学の西澤先生のお弟子さんが舛岡先生でその子分が私、ということで色々なご縁がつながっていて、世界はとても狭いものです。

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