急速に建設が進む都心部を遠く離れたその界隈では、散在する宅地の間にも
未だ十分な緑を残していた。田畑の一角に存在する小さな児童公園に植えられ
た木々も、無秩序なまでに豊かな緑を生い茂らせている。片隅に置かれたベン
チの上には、散り落ちた枝葉がモザイク模様を描き出している。まるでこの公
園自体が人工から自然へと緩やかに移行しつつあるかのようだった。
古びていささか錆も浮いたブランコが軋み、寂れた公園内にどこか懐かしい
金属音を響かせた。樹木の香りを存分に含んだ気まぐれな風の仕業ではない。
人気のない公園内に存在するたった一人きりの人影が、ブランコの上に座って
いるのだった。
その少年が身にまとった制服からは、特に目立った個性を主張しているよう
には見えなかっただろう。だが、少年から受ける全体の印象はまた別だった。
遠目にも判る最大の特徴はその髪の色だった。脱色しているようにも見えない
その髪は、生まれついてのものらしい銀色に輝いていたのだ。
「ん・・・・ お腹でもすいたのかい?」
足下にそっと忍び寄る影に向かって、少年が穏やかな言葉を口にした。間近
で見る者が初めて気づくだろうもう一つの個性は、その瞳の色だった。色素の
欠損を思わせる紅い瞳が髪の色と相まって、どこか忘れがたい印象を彼の容貌
に与えている。
あるいは少年の言葉に反応したのだろうか、影と見えた黒い固まりが動いた。
ようやく仔猫から若猫へと成長しつつあるのだろう、ごく小さな身体。少年の
髪の色と好対照をなすほど黒々とした毛並みをたたえた、それは小さな黒猫だ
った。少年の腕がそっと伸ばされる。その動きに驚いたように、黒猫はわずか
に少年から距離を置いた。
「怖いのかい?他人とふれあうことが」
どこか不思議そうに小首をかしげたまま、黒猫はその褐色の瞳で少年を見つ
めている。やがて、おずおずと躊躇するかのように、その脚が前へと踏み出さ
れた。伸ばされた紅い舌先が、少年の指先をそっと舐める。黒猫の頭を撫でな
がら、少年はその首に飼い猫の印がないことに気が付いた。
「なんだ。君も仲間とはぐれたのか」
それがどうしたと言わんばかりに、黒猫が鳴き声を上げた。少年の目が小さ
く見開かれる。黒猫を抱き上げながら、少年は笑い声を上げた。不思議そうに
見上げる黒猫を抱きかかえたまま、少年はいつまでも笑い続けた。
異聞・新世紀エヴァンゲリオン
12.涙 中編
第三新東京市の地下深くに存在する広大な地下空間、ジオフロント。人類存
亡の脅威である使徒侵攻に対処すべき最前線でもあるその一角に、今や半ば常
設となった試験場があった。機密保護の面からも周辺への影響という面からも
地上で行うには不適切と判断された各種の試験が、昨今では連日のようにそこ
で行われている。ネルフ技術部の総力を結集し急ぎ進められているエヴァンゲ
リオン新規装備開発計画、今や収穫の時期にさしかかり始めたその実行面に伴
う必然的な帰結とも言うべきものではあった。
『それじゃ、思い切りやっちゃっていいってわけ?』
「そう、可能な限り実戦に即した形でのデータが欲しいから。ただし飛び道具
は無し、剣と剣の勝負で決着をつけてもらいます」
エヴァンゲリオン弐号機パイロットの言葉に、特務機関ネルフ技術部を統括
する赤木リツコは奇妙なほど明るい声で応じた。傍らで控えるリツコの腹心と
も言うべき伊吹マヤは、何故か突然の悪寒を感じて小さく身震いする。彼女の
知る限りにおいて既に過去数日間の泊まり込み業務を敢行している上司の顔に
浮かんだ、滅多に見られないほど澄み切った笑顔の意味に思い至ったのだ。
『そういうことなら、遠慮なくやってやろうじゃない』
『へっへ〜、実戦に即したねえ』
『はんっ!あんたなんかが大きな顔していられるのも今日限りよ!』
『ほぉ、そいつぁ恐れ入ったぜ。おしめはおろかへその緒も取れねえガキの分
際で』
『なんですってぇ!?あんたなんて☆?○※★!☆×!!!』
「それでどうなの?今のところの見込みとしては」
スタッフの誰かが気を利かせたのだろう。画面とは対照的に突然静かになっ
たスピーカーに背を向けて、リツコは積年の友人にしてこの組織における同僚
たる列席者へと向き直った。純技術的な側面には必ずしも明るくはないにせよ、
実質的な実戦部隊のトップとして葛城ミサトもこのテストには無関心ではいら
れなかったのだろう。平素から見せる野次馬的興味の仮面を被ったその表情の
下からは、隠しきれない職業人としての自負と責任感が見え隠れしている。
「そうね、強度的にはそれほど心配はしていないわ」
少なくとも直接的打撃兵器としては、現時点で充分世界トップクラスのスペ
ックを持っている。そう断言するリツコの言葉に、ミサトはやや微妙な表情を
見せた。彼女の知る限りにおいて、身長40メートルの巨人が振り回す刀剣など
というものはそうそうある類の兵器ではないのだ。友人の懸念に気が付いたの
だろう、苦笑混じりに脱色した髪をかき上げてリツコは言葉を継いだ。制御卓
の一つを前にする光子力研究所からの出向メンバー・弓さやかの背中に、一瞬
だけその視線を送りながら。
「言い方が悪かったかしらね。マジンカイザーの得物と比べても、スペックで
は見劣りはしていないつもりよ」
「なる・・・・ それじゃ、設計上は大きな問題はないってこと?」
「そう、設計上は。今のところ言えるのは、そんなところまででしょうね」
二人はそろって大スクリーンに映し出された弐号機へとその視線を向けた。
深紅の機体が構える新装備「マゴロク・エクスターミネートソード」は、基本
的には従来からの基本武装の一つであるプログレッシブナイフをスケールアッ
プしたものと言える。いみじくも今日のテストにおけるもう一方の当事者が
「切り出しナイフがダンビラに化けやがった」と評したが如く、その外見は日
本古来の白兵戦装備である「刀」を強く意識させるものとなっていた。
とはいえ、これほどの巨大な刀身ともなれば単純なサイズの拡大で対応でき
るものではないことは部外者のミサトにも容易に想像ができる。「マゴロク」
の開発にあたって、同種の武装を装備するマジンカイザーの技術的蓄積が大き
な参考とされたことは技術部内外において半ば周知の事実だった。無論、そこ
に至るまでの経緯の詳細については部内で公に語られる類のものではないにせ
よ。
ミサトの側を離れて、リツコは制御卓の前に座るマヤへと近づいた。目の前
のモニター画面をのぞき込みながら、相手にだけ聞こえる声で耳打ちする。
「どんな些細なデータも漏らさないようにして。特にマジンカイザーの方はね」
「はい?弐号機ではなくて、ですか?」
「そう・・・・」
怪訝そうなマヤにはあいまいな言葉を返し、リツコは再び前方のスクリーン
へと視線を移した。
今日のテストにおける主役は誰か、それは疑いの余地もなく明らかではない
か。そうであるならば、主役たるにふさわしい役を演じきるだけのこと。エヴ
ァンゲリオン弐号機パイロットである惣流・アスカ・ラングレーにとって、そ
れは正当なる思考の果てに生み出された当然の結論ではあった。
愛機の伝える感覚を通じて、その手に構えた巨大な「刀」の重量感をもう一
度確かめる。30メートル余にも及ぶその刀身はいささか長大に過ぎるきらいは
あるものの、重量バランスは決して悪くはない。これならば思うとおりに振る
うことが出来そうだった。無論その構造強度が、リツコを始めとする技術部の
言うとおりのものをもっているとしての話ではあるが。
『二人とも、準備はいいわね?』
『おうっ、いつでもいけるぜ』
ミサトの言葉に応える声が回線を通して聞こえてくる。胸の鼓動が少しずつ
ペースアップしていく。操縦桿を握る両手がいつしか汗ばんでいるように感じ
られる。無論、彼女はいまその全身をLCLに浸しているのだ。汗の感覚とは単
なる錯覚であったのかも知れない。いずれにしても交感神経系のやや過剰な興
奮反応、つまるところはそれだけのことであるはずだ。
『アスカは?』
「問題ないわよ!」
『それじゃ、一分後に状況開始。熱くなるのはいいけど、くれぐれも事故には
注意して』
『お〜いミサトさん、確認しておきてえんだけどよ』
スクリーンの片隅に開いた小さなサブウインドウの中で、今日のアグレッサ
ー役を努める兜コウジが口を開いている。
『実戦に即した形でってことだけどよ、こいつぁ文字通りに解釈して構わねえ
んだよな?』
『ええ、その通りよ。ただしもちろん、人的被害に対しては最大限の配慮を払
ってもらいたいわね』
そして可能であれば、物的被害に関しても最大限の配慮を・・・・昨今緊縮
の度を増す財政状況を顧みれば、いささか引きつったミサトの表情がそう訴え
かけているのも仕方のないところではあった。無論、今日の試験に参加する二
人は部隊指揮官の言外の含みを丁重に無視することが常ではあったのだが。
『ははん、なるほどね』
「つまりは好き放題やっちゃっていいってことでしょ」
『好き放題やられちゃって、の間違いじゃねえのか?おい』
「なんですってぇっ?!」
『は〜いストップ!敵同士で仲良くおしゃべりしないこと。以後お互いの通信
は禁止します』
「ったく・・・・」
正面スクリーンを通して、アスカは対峙している黒い機体を睨みつけた。使
徒と一対一で向かい合った時のそれともまた異なる、何とも形容しがたい威圧
感を感じる。そのコクピットに乗り込んでいるはずの相手のことは意識野の外
に位置させている。いま目の前に存在するのは、紛れもなく彼女と愛機にとっ
ての「敵」だった。それもおそらく、過去に対面した中でも最大最強の。
「ふんっ、なにさ・・・・ やってやろうじゃないの」
主役が華やかな勝利の祝杯を傾けてこそ、芝居はハッピーエンドで終わるこ
とが出来るはずだった。マゴロクソードを改めて握り直しながら、彼女はじっ
とその時を待った。
会議室内を行き交っていた議論がようやく一段落し、参加したメンバーの間
にどこか気怠い空気が流れていた。気を利かせたマヤが席を立ち、人数分のコ
ーヒーカップの用意をする。座長格たるリツコが煙草を取り出したのをきっか
けにして、テーブルのあちこちからは紫煙が立ち上り始めた。
無理もないことだと、半ば無意識に小さく伸びをしながらミサトは思ってい
た。壁に掛けられた時計の短針は今や緩やかな上り坂を描き出している。途中
幾度かの小休止を挟んでいるとはいえ、朝から行われた模擬戦に続くデータの
検証は既に数時間にも及んでいるのだ。
周到な計画に基づいた入念な準備と、結果からのフィードバックに基づく更
なる改善。その日も早朝より行われた試験は、この両者の間に位置するべき実
行という局面に関してまずまずの成果を挙げたと評価されるべきものだったろ
う。試験に参加した一部機体の音声回線を途中幾度かカットする必要に迫られ
るといった、昨今では至ってありふれたものとなったささやかな問題の類は含
まれてはいたにせよ。
マゴロク・ソードはマジンカイザーの装備するショルダースライサーに劣っ
てはいない、少なくとも装備単体の性能としては。それが判っただけでも収穫
であったと言えるだろう。彼らは敢えて模擬戦の結果にはほとんど触れなかっ
た。戦術面での諸問題に関する検討は本来作戦部の管轄である。ある種の暗黙
の了解に従って、彼らは原理原則論によって自らを律することとしたのだった。
無論、技術部員一同の内心にはまた別な問題が存在してはいたのだが。
「それにしてもほんと、冗談じゃないわよ。ここに来て今更予算の締め付けな
んて正気の沙汰じゃないわ」
「私に文句を言っても仕方がないでしょ。ある意味で一番迷惑を被っているの
は技術部なのだから」
先刻以来のミサトの非難に対して、あくまでリツコは正論を主張して見せる。
カップを差し出すマヤに軽く目礼を返してから、香気立ち上るそれに口をつけ
た。マヤの入れるコーヒーは日々長足の進歩を遂げており、今やリツコの味覚
をもってしてもほとんど文句のつけようがないものとなっている。案外こんな
ことが自分にとって最大の幸せと言うべきものなのかも知れないと感じて、リ
ツコはわずかに苦笑を浮かべた。
「本部施設はともかく、このところエヴァンゲリオンの被害は許容範囲内に収
まっているわ。不幸中の幸いと言うべきでしょうね」
「それにしたって、あくまで結果論に過ぎない訳でしょう?まさか上の連中は、
わたしたちが楽に勝っているとでも思ってるんじゃないでしょうね」
無論ミサトとて、天井知らずの経費増大という現実を理解してはいた。そう
ではあったとしても、人類が生き延びるためにはただ勝ち続けるしかないのだ。
そして現状では勝つほどに、予算上の制約はいや増しているようにさえ見える。
現場の苦労も知らずに、ネルフにまだ余力があるとでも考えているのではない
か。ミサトの不満はつまるところそれであった。
「なんにしたってよ、俺たちゃ手持ちの駒で最善を尽くすしかねえんじゃねえ
か?」
どうせ自分などに難しいことは判るはずもないのだからと、いい加減退屈し
始めているのかコウジはあくび混じりの言葉を漏らした。ある意味で現状に対
して彼ほど大きな影響力を発揮している者もいなかったのだが、無論当人にそ
の認識はない。一方で彼の言葉は真理の一端を的確に要約しているとも言えた。
その現実を認識した上で、さやかは一同の注意を実務的な側面へと向ける。
「活動の制限ということに関して、当面どの程度現場で配慮していく必要があ
るでしょうか?」
「そうね・・・・ 弾薬もけちって使えとまではいわないわ。少なくとも今の
ところは、ね」
鼻腔一杯にコーヒーの香りを吸い込みながら、リツコはいささか疲れた脳髄
をむち打って答えを見いだそうとした。もっとも、元より武器弾薬の経費がネ
ルフの予算に占める割合はそう高いものではない。代替の利きがたい汎用決戦
兵器の運用コストこそが、何よりも財政圧迫を来している最大の要因なのだ。
修理、整備に関わるコストの数字を挙げながら、彼女は大学以来の旧友に苦言
を呈する。
「好き放題に暴れ回って壊れました、直してくださいじゃ困るわよ。戦うにし
ても少しは頭も使ってもらわないと」
「はいはい、承知しております技術部長さま」
「ほんとうに判っているのかしらね。あなたといい、あの子たちとい
い・・・・」
耳の痛い意見と感じているらしいミサトを一瞥して、リツコは結局そうこぼ
すにとどめた。本来であればこの場に同席する青年に対しても一言あってしか
るべきと考えていることはその表情からも明らかであったが、敢えて何も言わ
ない。マジンカイザーの運用経費のうち実費相当分に関しては、ほぼ全額が光
子力研究所の負担によって賄われているからだった。
「それにしても、修理代を気にしながらの戦い、か。確かに今まで以上に気を
使わされることになりそうだわ」
頭の後ろで両腕を組みながら、ミサトは今ひとつの「気を使う」存在に思い
を馳せた。子供を持つ身としては随分と遅い時間を指し示している壁の時計に
視線を走らせる。平素からの勤勉を格段自らの信条としない彼女にとって、残
業とは不承不承従事する職務上の義務でしかないはずだった。その唯一の例外
が今日と言う日になるのかどうか、彼女は未だ決めかねていたのだ。
「ったく!なんなのよあの馬鹿は一体!気分悪いったら!」
茶碗一杯に盛られた白飯をいささか行儀悪くかき込みながら、少女はこの日
何度目かになる悪態をついた。
「まともに手合わせしてりゃあたしの楽勝だったのに!負けるのが嫌だからっ
て逃げ回ってばかりじゃ模擬戦にもならないじゃない!?」
「う、うん、そうだね・・・・ あ、おかわりする?」
「大盛り!」
自棄になって暴食に走る少女と同じ食卓を囲む一人と一匹の同居人は、そっ
と顔を見合わせ小さくため息をついた。こういう日の彼女は触らぬ神に何とや
らなのだと、彼らの経験が雄弁に物語っている。ATフィールドなど持ち得ない
身にしてみれば、ここは専ら雌伏一方となることもやむを得ないところではあ
った。
もっとも、同じエヴァンゲリオンのパイロットとしてのシンジ自身は少女と
は少なからず異なった見解を有してもいた。近接格闘戦限定という状況下で開
始された今日の模擬戦において、マジンカイザーは終始空中からの一撃離脱と
いう戦法に徹したのだ。少女の操縦する弐号機も機敏な機動によって決定的な
ダメージこそ回避したとは言え、黒光りする魔神と対照的に紅い装甲板の上に
刻まれた無数の傷がその苦戦ぶりを物語っていた。
もし自分と初号機であればどうしていたか・・・・ 先刻以来繰り返される
その問いかけに対して、少年は未だに明確な答えを見いだせずにいる。無論、
実戦の場であれば自分の役目は専ら射撃による側面支援であることは理解して
いる。しかし二次元平面と異なって、三次元空間を高速で移動する敵を捉えら
れるかどうか、到底確信を持つことが出来そうになかったのだ。
「なによ?さっきから不景気な顔して。何か言いたいことでもあるわけ?」
「え?あ、そんな顔してたかな。はは、は・・・・」
「あんたってただでさえ辛気くさいんだから、もっと場を盛り上げる努力をし
なさいよね」
自分自身の行動を遠い地平線の彼方に放置して、少女はそう毒づいてみせる。
「ったく、やってられないわよ!今日はもうさっさとお風呂入って寝る!ごち
そうさま!」
「あ、おそまつでした」
茶碗に残った飯粒の最後の一粒まで片づけてから、少女は憤然と席を立つ。
無論口には出さずとも、シンジにも彼女の行動パターンは理解できていたのだ。
何よりも彼女の機嫌を悪くしているのは、彼女自身が全てを理解しているとい
う事実そのものなのだと。流しに皿をうつそうと手を伸ばしかけた少年の耳に、
少女の残した呟きが届いた。
「なにさ畜生・・・・ 次は絶対、負けないんだから」
ほどなく食事を終えた温泉ペンギンも自分の居室へと消える。風呂場からは
少女の立てる水音が流れ始めた。一人食卓に残って食後の茶を一服してから、
シンジは皿を洗い始める。休むことなく手を動かし続ける少年の口からも、や
がて小さな呟きが漏れた。
「うん・・・・ いつかきっと、勝てると思う」
不夜城にもたとえられるネルフ本部とはいえど、深夜の時間帯ともなれば最
低限の照明を残すのみとなる。薄暗い通路の果てにある自らの部屋で、リツコ
はMAGIの端末を前にしていた。画面上に現れては消えるくろがねの魔神の姿を
元に、史上最強の電子頭脳は指示された作業を繰り返す。別ウインドウに描き
出された計算結果は、次第にその形を明らかにしつつあった。
「やはり・・・・ この装甲材の配置は、外部からの衝撃に対応したものでは
ないわ」
完成された内部構造の推定図を、リツコは画面一杯に拡大表示させた。その
手は無意識のうちに、卓上にあった猫の置物をもてあそんでいる。飛び抜けた
厚みをもつ装甲材が箱状の構造を成し、機体の重心付近に位置していた。まる
で世に出すべきではない何かを、その強固な囲みの中に封印しようとするかの
ように。
常に快適に感じられるよう調整されているはずのエアコンの風に、リツコは
微かな悪寒を感じる。ほとんど想像を絶するほどの能力を誇っているとは言え、
マジンカイザーは所詮人智の産物であるはずだ。だが今の彼女が感じていたの
は、人外の存在たる使徒から受ける以上の得体の知れない何かだった。
「単なる装甲ではないとしたら、一体・・・・ 彼らは何を封じ込めようとし
ているの?」
(08年1月26日発表)
後書
続編です。
珍しく原作まんまのシーンがありませんでした。
と言いますか、タイトルと裏腹な話が続いています(苦笑)。