11.翌朝
翌朝、俺はリンと交わした約束通りダラスの北門に来ていた。
リンやミーナには、ここ最近せっかくの好意を無駄にさせてきたという経緯がある。なので、待たせないためにも約束より早い時間に俺は待ち合わせの場所に立っていた。
朝の北門前ということで、これから冒険に出掛けようというプレイヤーたちでごった返しているような状況だ。
一方で生産系プレイヤーが開く露店も数多く設置されている。
それらの商品の殆どは、回復系のアイテムやブースト系のアイテム、それに食料品といった消耗品である。俺のように出発の待ち合わせをしているプレイヤーが狙いというわけだ。
ダンジョン前の広場と同様に、ダラスの門の前もそういった消耗品が売れやすい場所なのだろう。
朝から精を出す生産系プレイヤーの張り上げる声が、そこかしこから聞こえていた。
始まりの街ダラスの日常的な風景の一コマである。
門の付近にいるプレイヤーは、それぞれの装備を誇るかのように完全装備で歩く者が多い。遠方への旅立ちのため、門を出てすぐに乗る乗り合い馬車の中では脱いでしまうことがあるとしてもだ。
プレイヤーならば、高級装備で周囲の注目を集めたいと考えることが少なからずあるとは思う。俺もその気持ちはよくわかる。『死者の洞窟』に通い詰めていた頃は、高ランクプレイヤーたちの煌びやかな高級装備に羨望の眼差しをよく向けていたものだ。
もちろん不測の事態に備えて、という意味合いもある。街中ならばモンスターの襲撃など危険は少ないものの、それも絶対ではない。『エデン』開始の最初からレールを外れてしまった今では、いつルールが覆るかもわからないからだ。
俺も一応装備を着込んで、この場に立っている。
着ているのは『ブレイブシリーズ』の一式だ。
今回は高ランクダンジョンということで、防具も『ブレイブシリーズ』ではなく『龍鎧スサノオ』を装着するつもりではある。
だが、現場に着くまではしばらくかかる。あの鎧はさすが巨龍ヴァリトール由来の装備だけあって、纏うオーラともいうべきものが半端ない。
それに最近は『黒騎士』の噂の件もある。いくら認識遮断付きのマントを装備していたとしても、道中の余計な注目を集めるのは避けられないだろう。
それに比べれば『ブレイブシリーズ』は都合が良い。
もちろん相応のレア装備であるので多少の注目を集めるだろうが、Sランクのユニークアイテムほどではない。よくよく見れば『ブレイブシリーズ』を身に付けているプレイヤーは数多くいるのだ。
……まあ、俺のように全身フル装備というのは、確かにあまり見かけなかったりはするのだが。
それでも、リンたちトップギルドのプレイヤーとパーティを組むことを考えると、釣り合いの取れた装備であると思う。昔のようにスチール製の鎧でリンたちと行動を共にしていたら、さすがに悪い意味で注目を集めそうだ。
おかげで『龍鎧スサノオ』を手に入れた今となっても、今回のような場面では『ブレイブシリーズ』はとても重宝している。
……しかし、俺も随分とステップアップしたものだ。
俺の視界一杯に広がるプレイヤーたちの活き活きとした顔を眺めながら、感傷に浸る。
『龍剣ヴァリトール』に『龍鎧スサノオ』を手に入れてから、すでにもうかなりの日数が経っているというのに未だ現実味が薄れることがあるのだ。あれだけ属性攻撃に夢中になって振り回していたのに今更と自分でも思う。
だが、もはや最近癖のように気が付いたら考えているのだ。
始まりの街ダラスで人目を避けるように底辺を彷徨っていた俺が、今や『エデン』内のプレイヤーでも数えるほどしか所持していないSランクユニーク装備を手にし、トップギルド双璧の片割れ『シルバーナイツ』の有名プレイヤーと懇意にしてもらっている。
夢だと言われれば納得できそうな展開だ。むしろ本当に夢じゃないかと思うこともある。
朝起きれば、俺が持つ装備アイテムは馴染み深いスチール製の剣と鎧に戻っているんじゃないかなんて不安もあった。
先日のミストとの会話でも、容易に取り乱してしまったのはその辺りに原因がある。彼の語っていたように、自分の感覚が信用できないというのは俺も大いに賛同できるのだ。
『エデン』を支配した何者かが、俺に都合の良い夢を見させているのではないか。そんなことまで考える始末である。
まあ、底辺生活が長すぎた故の被害妄想だろうなとは自覚していたりする。環境が急激に変わったせいで、未だ感覚が追い付いていないのだろう。
しかし、一方で気になることもある。
――かつてのヴァリトール戦前後に垣間見た、記憶にない記憶。
誰かもわからない謎の女性。彼女を襲う悲劇と、荒れ狂う感情。何故か身体に染み着いている『真バルド流剣術』の動き。そして、当時は知る由もなく使えるはずもなかった奥義『神脚』。
これらの謎は未だ解決の糸口も掴めていない。本当にさっぱりわからない。さりとて誰かに相談できるような事案でもない。結果として自分の心の内にため込むしかないのだ。おかげでどうもモヤモヤが晴れない。
そんな中で、ふと突拍子もないことを考えてしまった。
――本当の『エデン』の世界は別にあるのではないか。
その本当の世界で、俺はどうしようもない悲劇に見舞われて現実逃避しているのではないか。今、俺が感じている世界は、そんな悲劇の無い都合の良い世界を形作る夢なんじゃないか。
……なんて仮説はどうだろう。
夢の世界といえば、冒険していた世界が実は夢の世界でしたなんていうゲームがあったと聞いたことがある。今の最新機器から見ると化石のようなハードの時代のものだったはずだが。
はたして、この『エデン』でもそんなことが起こるのか。
有り得ないな。馬鹿みたいな話だ。
それにきっとこれは、夢だなんて簡単な話じゃない。違う事情があるはずだ。
ブラートから聞いた、突如妄言を吐いて無謀なダンジョンアタックを敢行したプレイヤー。彼もまた、知らないはずの経験を知っていると言っていたらしい。
端から見ると、早く目的のダンジョンへと乗り込みたいだけの口から出任せのように聞こえるかもしれない。結果として、実力を省みない無謀な攻略のせいでパーティメンバー共々既に亡くなったと聞いたが、非常に惜しい。可能なら色々と話を聞いてみたかった。
だが、手掛かりになりそうな伝手はもう一つある。
先日、森の中で出会った黒ずくめの男。強盗プレイヤーを纏めていた首領のゼファーだ。
彼は、まだ誰も知らないはずの俺の奥義『神脚』を知っていた。それに、何かと俺に対して馴れ馴れしい態度を取っていた。
まるで俺と以前から親しい友人だったかのようにだ。
もちろん俺は、彼とはあの強盗プレイヤーのアジトでの遭遇が初見だと思っている。
だが、彼は例の『神脚』に加えて俺の剣の間合いまで熟知しているようだった。
ただの俺のストーカーだった、なんて馬鹿な話で終われば悩まなくて済むのだが、そうではない気がする。
一体彼は何を知っているのだろうか。
彼の誘いに乗ることは考えていないが、彼の掴んでいる得体の知れない情報は欲しい気がする。
何ともジレンマだ。
ゼファーはどうも俺を勧誘したがっていたので、そう遠くない内にまた会う気がする。その時に何か情報の断片でも引き出したいものだ。
俺がそんなことを考えている内に、そろそろ待ち合わせの約束の時間になった。
しかし、リンたちはまだ到着していない。
周りを見渡してみるも、彼女たちらしきプレイヤーの姿は見当たらなかった。
彼女たちは『シルバーナイツ』の一員として目立つ装備をしている上に、その容姿も非常に目立つ。俺だってすれ違ったら間違いなく振り向いてしまう自信がある。
これだけプレイヤーが集まっている中に入ってくると、必ずといって良いほど周囲のプレイヤーに騒がれているので見つけやすいはずだ。
しかし、相変わらず周囲の喧噪は変わらない。特に目立った騒ぎもないようだ。
俺は首を傾げた。
約束の時間は過ぎようとしている。
そういえば以前クーパー鉱山に行こうとした時も、彼女たちは少し遅れて来た。またギルドの方で揉めているのだろうか。
まさか、またハヤトたちが一緒について行くと騒いでいるんじゃないだろうな。
まあ、別に俺としては同行したいのなら同行してもらえれば良いと思う。彼らの実力は強盗プレイヤー掃討作戦の時によく見ている。多少パーティというには人数が多くなるが、心強い味方だろう。
ただ、道中ずっとあのノリでテンションの高さを維持されるとなると少し疲れるかもしれない。三年もほぼぼっちで過ごしていた身からすると、彼らの雰囲気は何とも眩しいのだ。
何はともあれ、リンたちが遅れているということは何か事情があるのだろう。それに彼女たちが約束を完全に反故にするとは考え難い。来れないにしても何か連絡があるはずだ。
それが来るまではゆっくり待っていよう。
俺がそう思っていた時だった。
「師範代君」
俺の背後から突然小声で囁かれる。
思わず俺はビクリと肩を振るわせて、勢いよく振り向いた。
「あれ? リン……だよな?」
リンだと思って振り返ると、そこには思っていたのとは違う姿のプレイヤーが立っていた。
かつて見た凛々しい甲冑姿ではなく、フードを目深に被ったマント姿なのだ。マントの盛り上がり方を見ても、中に甲冑は着込んでない様子。端から見ると魔術士のようにも見える。
人相のわからない怪しい姿だが、俺も似たような格好であるし、そういった格好は珍しいわけでもない。
だが、フードのおかげで顔が見えないので思わず確認のような口調になったのも仕方ないだろう。
「ああ、そうだよ。遅くなって悪かった」
心持ち覗き込んでみると、確かにリンの顔が見えた。
しかし、何だってこんな格好をしているのだろう。
「いや、それはいいんだけど、その格好はどうしたの?」
俺が尋ねると、彼女は笑みを浮かべながらマントを広げて見せた。
「これかい? もちろん身を隠すための装束さ。せっかくの師範代君とのデートだ。誰にも邪魔されたくないからね」
「は? デート?」
彼女の突然の爆弾発言に俺の思考が一瞬停止した。
そんな俺を見つめるリンは、輝くような笑顔だ……若干頬が赤い気もする。
すぐに再起動を果たした俺は、自身の考えを否定する材料を求めて周りをキョロキョロと見渡した。
「何を探しているのかな?」
「ミ、ミーナやキースは?」
慌てる俺に対して、リンは呆れたような表情をする。
「デートだと言っただろう? いるわけがない」
「じゃ、じゃあハヤトたちも?」
「なぜハヤトたちが出てくる? 私一人だ」
意味もなくリンが胸を張った。マントの上からでも、彼女の豊かな双丘のラインがわかる。さすがに姐さんほどではないにしても、十分に女性的魅力に溢れたシルエットだ。
だが、今はそんなことも俺の目に止まらない。
「ええ!?」
俺が驚きの声をあげると、リンは不満げに眉間に皺を寄せた。
「心外だな。師範代君は、そんなに私と二人で出掛けるのは嫌か?」
彼女の様子に俺は慌てて首を振る。
「いや、嫌だなんてとんでもない。当然嬉しいよ。でも、誰かに止められたりしなかったのか? ギルドのメンバーとか。以前だって揉めたと話していただろう?」
俺の言葉に機嫌を良くしたのか、彼女がニッコリと笑った。
「ああ、その件なら問題ない。シェリーが上手くごまかしてくれるはずだ」
それを聞いて、昨日のことを思い出す。
会話の途中で何やら二人で密談していたのはこのことか!?
ようやくシェリーの別れ際の笑顔の意味がわかって、俺は顔が引きつった。
リンのような『エデン』でも有数の美女プレイヤーと二人で出掛けられるなんてシチュエーションは、確かに嬉しい。それは俺の本心だ。本当ならもっと喜びたい。
だが、帰ってきたときに待ち受けているであろう苦難を考えると躊躇もある。置いてけぼりにされたミーナなんて烈火の如く怒りそうだ。
「それに一応ヤクモさんだけには話してあるんだ。苦笑していたけど、許可は出してくれたよ。師範代君によろしくとのことだ」
「!?」
さらに驚愕の事実がリンの口から語られる。
『シルバーナイツ』のギルドマスター公認!? いいのか、本当に?
前回渋ったと聞いていたのに、今回はやけにあっさり許可を出したな。特に今回は、前回のクーパー鉱山行きよりも人数が少ないというのに。
「それ、俺と二人きりだってきちんと伝えてあるのか?」
「もちろんだとも」
まさか同行者の人数を偽ったのかとも思ったが、そんなことはなかったようだ。
彼女の返答に俺は思わず唸る。
ギルドマスターであるヤクモの考えがわからない。彼とリンは、現実世界での知り合いでもあると以前聞いた。それだけに彼女のことをかなり大事に扱っていると、ミーナやキースに聞いていたのにこれだ。
彼女に甘いだけ、と言ったらそれまでかもしれない。しかし以前顔を合わせた時の印象では、とてもそんなことをするようなプレイヤーには見えなかった。
例の掃討作戦の成果で認めてもらえたってことだろうか?
まあ、仕方がない。
行く覚悟は決めたとして、これだけは伝えておかなければならない。
「わかった。だけど、二人だけっていうのはかなり危険だよ? 本当に良いのか?」
俺の心配に対して、リンはクスリと微笑んだ。
「師範代君は心配性だな。君だって散々ソロで活躍してきたじゃないか。私だってこれでも『シルバーナイツ』のメンバーだからね、早々遅れは取らないよ」
彼女の挑むような視線。それを真っ向から受け止めて、俺は頷く。
俺に比べて彼女の方が、高ランクダンジョンの経験は豊富だ。俺は最近成り上がったに過ぎない。本来ならプレイヤーとして彼女の方が格上のはずなのだ。過度の心配は彼女に対して失礼だろう。
と、そこで彼女が突如表情を崩した。
そして、不敵な笑みを浮かべる。
「それに……いざとなったら君が助けてくれるんだろう?」
もう俺の完敗だった。
俺は苦笑いを浮かべながらも、力強く頷く。
「ああ、もちろん! しっかり守らせてもらいますよ」
「よろしい!」
リンが嬉しそうに笑う。俺もそれに釣られるように微笑んだ。
彼女との間に暖かな雰囲気が流れる。
二人きりでこんな会話をするのは初めてのはずだ。
だというのに……何故だか既視感と、そして何か寂しさを感じたのは気のせいだろうか。
さて、一段落したところでそろそろ出発するべきか。
「じゃあ、そろそろ出発しようか。準備はもう大丈夫かな?」
リンも同じ事を考えていたようだ。セリフを先に言われてしまった。
「ああ、もう昨日の内に準備はしてある。しかし俺たちだけとなると、回復アイテムをたくさん用意しておいて正解だったよ」
「そうだね。今回はミーナがいないから……私も回復アイテムは満載してきた」
そう言って分厚いアイテムカードの束をリンが掲げて見せる。
ざっと見る限り高価な高級回復アイテムのオンパレードだ。『生命の実』から始まって『エリクシール』も相当な数がある。
俺もリンも剣術士だ。魔術は使えない。ミーナがいれば回復魔術に頼ることもできるが、今回はそれができない。俺たちの生命線を繋ぐのは回復アイテムになる。
だからこそリンが用意した高級アイテムの数々は非常に助かる。もちろん俺もいろいろと揃えては来たが、彼女の用意したカードの束に比べたら格は下がるだろう。
それにしても、あれだけのアイテムを揃えるとなると凄まじい財力だ。以前も助けた礼として数多くの高価なアイテムを譲ってもらっている。
プレイヤーたちを引っ張り続けた攻略組だけあって、稼ぎも桁違いのようだ。
「さすがはトップギルド。そんな宝の山がポンと出てくるんだもんな」
「まあ、攻略最前線でずっと戦っているとこれくらいはすぐ貯まるよ。もちろんギルドからの支給もあるけどね」
感心する俺の前で、リンはカードの束を再び懐に仕舞った。
「ギルドからの支給品か。大手のギルドメンバーはそういう特典があったりするから良いよな。ソロだと全部自分で賄わないとダメだからなぁ」
今までのダンジョン攻略を思い出す。
ダンジョン内の無数のモンスターに対して、俺は一人だけ。完全に無傷で攻略なんていうのは不可能だ。可能な限りこちらが有利になるように戦っているとはいえ、どこかで大なり小なり傷は負う。
特に戦闘継続に影響が出そうな部位に負傷した場合は、最優先で高価な回復アイテムを贅沢に使ったりする。
一人で戦っているのに、戦闘不能になったら目も当てられない。安全マージンを考える上でも、ある程度儲けは度外視して回復を優先する必要があるのだ。
「回復アイテムも高級なものになるとかなり高価だし、手に入り辛いものもあるからね。大手ギルドだと、人海戦術で素材アイテムなんかもまとまって手に入るから生産もしやすい」
俺にチラリと視線を向けながらリンが歩き出す。
俺も彼女に倣って歩きだし、横に並んだ。
「そりゃそうだ。『ブラッククロス』の生産部隊なんてかなり細かく分業が導入されてるって聞いたよ」
「あそこは何事も役割分担が徹底されているからね。余程あのギルドには人員の統率、管理に長けたプレイヤーが揃っているのだろうな」
『ブラッククロス』の統率力は、先日の強盗プレイヤーのアジトでも散々見せつけられた。あの大人数で、あれほどの見事な動きを可能とするとは、一体どんな魔法を使っているのだろうか。
「『シルバーナイツ』でも真似しないのか?」
「うちは良くも悪くも実力主義だからね……我が強いプレイヤーも多い。あそこまでの統制は難しいと思う」
フードの陰に隠れていながらも、リンが眉を顰めるのがわかった。
ギルド連合の集会で集まっていた『シルバーナイツ』の面々が脳裏に浮かぶ。一目見てそれぞれが自分に絶対の自信を持っているような、リンの言うところの我の強そうなプレイヤーばかりだった。だからこそ一時的とはいえ、俺を迎え入れるということにあれだけ反対が出たのだろう。
きちんと実力を目にして認めたわけでもなく、それどころかダラスでも嘲笑の対象だったプレイヤーである。自身とギルドの実力に自信があるからこそ、そんな異物は認められないはずだ。
まあ、自分に自信を持つことは悪いことではない。だが、それも行き過ぎると選民思想へと繋がってしまう気がする。
他プレイヤーとの関係を考慮するならば、ギルドマスターがギルド内の雰囲気を改善するように手を尽くすとは思うのだが、ヤクモにはどうもそのつもりがないようだ。
レオンたちが在籍できたことから考えても、実力が第一で人格は二の次と考えている気がしてならない。彼らは、強盗プレイヤーの一味であるという真実を抜きにしても、普段から結構な狼藉を働いていたらしいと聞いている。
真に『エデン』の攻略のみを主眼に置くならば、実力だけを重視するというのは間違いではないのかもしれない。
しかしリンの表情を見る限り、彼女はそれを良しとしていないようだ。
「確かにそんな印象は受けるかもな……でもギルドマスターや幹部からの指示に皆は素直に従うのか? 例えば面倒な仕事のノルマだとか」
「それはもちろんさ。集団であるギルドの強みを生かすためにも必要なことだからね。そこは皆わかっている」
メンバーそれぞれが好き勝手やって指示系統も機能してない、なんてことはさすがにないらしい。
『シルバーナイツ』は、『ブラッククロス』と肩を並べるトップギルドの片割れなのだ。俺から尋ねておいて何だが、当然の返答だった。
「そうか……ギルドを否定するわけではないけど、やはりソロが気楽でいいなと思ってしまうよ。稼ぎに差が出るとしてもね」
ギルドの規則もそれぞれのギルドで千差万別であるが、集団に属する以上何かしらの役割や仕事は与えられる。
一般的に多いのは、献金や素材アイテムの収集だろうか。
素材アイテムはギルドお抱えの生産系プレイヤーに配布され、様々な生産品の製作に使われる。製作されたアイテムの使用先は、もちろん大半がギルド内だ。
外貨の獲得のために売りに出されるものもあるようだが、ギルド内で生産した装備や消耗品を戦闘系のギルドメンバーに還元し、メンバーの地力を底上げしていく。
金の方は、ギルドハウスの維持費やギルド内で生産できないアイテムの購買費用、その他様々な目的で使われる。個人は元よりギルドとしても使う宛はいくらでもあるので、ありすぎて困るということはない。特にギルドハウスを持てる段階になると、ハウスの入手から維持に必ず金が要る。
手っ取り早くギルドの規模や地力を上げるのに必要なのが金であるので、献金のノルマを課すギルドは多いと聞いた。
そういうわけで、ギルドに所属すると大なり小なりこういった仕事のノルマが待っている。自分の都合とは違う理由で行動を拘束されることもあり得るだろう。そういった点は、ソロに慣れてしまった俺からすると少し煩わしい。
結果としてギルドに貢献すれば自分に還元されるとはいえ、その道を選ぶ気にはなれなかった。
「今時、戦闘系でソロで攻略に励んでいるなんて師範代君くらいしかいない気がするよ。でも、最近は実入りが良いんじゃないか? スカーレットの店にランクの高いドロップアイテムをいくつも卸してるそうじゃないか」
リンが何気ない様子で言ってくる。
予想はしていたが、やはり最近の俺の稼ぎも知っていたようだ。
まあ、得たレアドロップアイテムのほとんどは姐さんの店で売り払っているので、姐さんに聞けば一発でわかることなのだが。
「う、姐さんに聞いたのか。まあ、やはり一人だとドロップアイテムは総取りだからね。上手くやると中々大きい稼ぎになることもあるよ」
「ほう。それは良いことを聞いた」
リンがニヤリと笑う。
またしても不穏な空気を感じ取って、俺は若干警戒を強めた。
「なんだ? また何か企んでいるな?」
「ふふ」
俺の不安を余所に、リンはただ楽しげに笑うだけだ。
一体何を考えているのやら。
しかし、リンはもっと常に凛々しい感じだと思っていたが、プライベートだと意外にお茶目な面も多いようだ。今までの食事会なんかでもその片鱗は感じ取っていたが、こうして二人きりだとそれがよくわかる。
俺としてはこの方が付き合いやすいので歓迎だ。彼女も楽しげに見えるし、こちらの方が彼女の素の状態に近いのではないのだろうか。
和やかに雑談を交わしながら、俺とリンは門の外へと向かって歩く。
さすがに顔を隠しているために、周りのプレイヤーにはリンがいることはバレていないようだ。周りには相当な数のプレイヤーが歩いているので、いちいちフードを被ったプレイヤーを探ろうとするような者はいない。
俺たちは特に苦労することなくプレイヤーの流れに乗って門を出た。そして、そのまま近くにある乗り合い馬車の停留所へと向かう。
ロームザット火山は、遠方に存在する高ランクダンジョンの中でも比較的距離が近いダンジョンだ。それでも麓に到着するだけで、馬車に二日ほど揺られる必要があるだろう。
女性プレイヤーと二人きりで旅行など、『エデン』にログイン以来初めての経験だ。しかもお相手は俺の知っている中でも最上級の美女である。女性に免疫が無いわけではないが、相手が相手だけに今更ながら少し緊張してきた。
チラリとリンの横顔を窺うも、彼女は俺の緊張など何処吹く風といった感じでまるで気にしていないように見える。
こういったことには慣れているのだろうか?
まあ、『エデン』内のプレイヤーとしては男性の方が圧倒的に多いのだし、男性と二人で出掛ける機会というのは意外と多いのかもしれない。
俺があまりにチラチラ見ていたせいか、ついに彼女と目が合ってしまう。動揺する俺を見て、リンはニッコリと笑った。
「どうしたんだい? なんだか私の様子をしきりに窺っていたみたいだけど」
どうやら俺の行動は気付かれていたようだ。かなり恥ずかしい。
「女性と二人で出掛けるなんてここに来て以来初めてだからさ。何だか緊張しちゃって」
「はは、なんだそんなことか。安心したまえ、師範代君。私なんか現実世界を含めて異性とデートなんて初めてだ」
「はぁ!?」
リンが朗らかに笑いながら爆弾発言をしてくれた。思わず立ち止まって驚きの声をあげてしまう。
固まる俺を見ても、彼女は依然としてニコニコと笑顔を浮かべていた。
「いやなに、現実世界では女子校通いなだけに家族以外の男性とはあまり縁がなくてね。『エデン』にログインした後も、すぐにミーナと行動を共にするようになったからそういう機会には恵まれなかったわけだ」
リンは女子校出身だったのか――などとどうでも良い情報が頭に木霊する。
おかげで、咄嗟に思いついた内容がそのまま口から出てしまった。
「その容姿だと周りが放っておかないだろう?」
「まあ、確かに言い寄られたりした経験も多いが……どうも相手に興味が持てなくてね。そういう意味では、こんなに相手のことを知りたいと思ったのは……君が初めてなんだよ」
そう語るリンの頬は若干赤い。自分が何を言っているのか自覚しているのだろう。
今朝会ってからどうもよく笑顔を見せてくれると思っていたが、どうやら彼女も恥ずかしがっていたらしいと感じた。
そうは言っても俺も返答に困るのだが。
「そ、そうなのか……」
「…………」
一時の静寂が俺たちの間に訪れる。
幸いにも、ダラスの北門からは既に出ているため周囲のプレイヤーの密集度はそれほど高くない。道端でこんなやり取りをしていても注目はされていない。ただ、時折怪訝そうにこちらを見るプレイヤーはいたりする。
一応、小声で話しているので詳しい内容まではわからないだろう。
「ま、まあ、とりあえず馬車に乗ろうか!」
「あ、ああ! 先は長いからな! 早く馬車に乗ってしまおう」
沈黙に耐えられなくなった俺たちは二人して不自然に明るい声をあげた。そのままアハハと笑い合う。
そして、再び停留所へと歩き出した。
だが、すぐにリンの表情が変わったのに気付く。何かを思い出したかのような表情だ。
「そういえばさっき、女性と出掛けるのはここに来て以来――なんて言っていたね? ということは、それ以前ならあったのかな?」
「え? そりゃあ何度かは……」
「ほう……是非とも詳しく聞きたいな。今後のためにも」
「ええ? こ、今後のためって……」
「ふふ。なに、時間はたっぷりある。目的地に着くまでの間、じっくり聞こうじゃないか」
「え? ちょ、リンさん? なんだか目が怖いんですけど」
「そうだな、まずは相手の素性から……」
こうして俺たちは、ロームザット火山へと出発した。

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盾の勇者の成り上がり
盾の勇者として異世界に召還された岩谷尚文。冒険三日目にして仲間に裏切られ、信頼と金銭を一度に失ってしまう。他者を信じられなくなった尚文が取った行動は……。サブタ//
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最終掲載日:2014/10/10 10:00
月が導く異世界道中
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜//
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最終掲載日:2014/09/03 22:00
イモータル×ソード
愚直に「最強」を目指す傭兵オルタ・バッカス。しかし20年以上も傭兵として戦場に身を置いていた彼は中々芽を出さなかった。自らの才能の無さを嘆き、鍛練の傍ら才能と//
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最終掲載日:2014/09/15 19:00
異世界迷宮で奴隷ハーレムを
ゲームだと思っていたら異世界に飛び込んでしまった男の物語。迷宮のあるゲーム的な世界でチートな設定を使ってがんばります。そこは、身分差があり、奴隷もいる社会。とな//
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最終掲載日:2014/09/30 20:01
風と異邦の精霊術師
買い物帰りの自転車で、突っ込んだ先はファンタジー。異世界トリップ物です。
勢いで始めてしまった物語で、いきあたりばったり不定期更新です。
本作品には性//
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最終掲載日:2013/06/15 00:37
THE NEW GATE
ダンジョン【異界の門】。その最深部でシンは戦っていた。デスゲームと化したVRMMO【THE NEW GATE】の最後の敵と。激しい戦いに勝利し、囚われていたプ//
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最終掲載日:2014/09/30 22:50
理想のヒモ生活
月平均残業時間150時間オーバーの半ブラック企業に勤める山井善治郎は、気がつくと異世界に召喚されていた。善治郎を召喚したのは、善治郎の好みストライクど真ん中な、//
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最終掲載日:2014/10/08 12:00
Only Sense Online
センスと呼ばれる技能を成長させ、派生させ、ただ唯一のプレイをしろ。
夏休みに半強制的に始める初めてのVRMMOを体験する峻は、自分だけの冒険を始める【富士見//
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最終掲載日:2014/10/08 22:28