2014-10-10

年上の童貞と食事することになった

童貞は8つ年上だった。

本当に童貞なのか確認はしなかったけど、どこからどう見ても童貞だった。

喋り方や行動に、童貞特有の虚勢や惨めさが伺えた。

普通だったら付き合いたくない人種だけど、勢いで食事の誘いに乗ることにした。

まあ、ちょうど金欠だったということもあって軽いトーンでOKしたわけ。

それにもかかわらず、OKを返した時の童貞は明らかに調子づいていた。

「食事程度なら付き合ってもいい」という意味でのOKだと理解できなかったんだろう。

あるいは「食事OK=付き合う=セックス」というビジョンが頭にあったのかもしれない。

ともかく、女とヤレるかもしれない程度のことが、よほど嬉しかったんだろう。

そういうガキっぽさを隠し通せないあたり、やっぱり童貞なんだと確信した。

そもそも、こちらとしてはセックスさせる気は一切なかった

美味しいものを色々とご馳走してもらったら、1ヶ月程度で切るつもりだった。

食事に付き合うようになった直後から童貞は気持ち悪さを発揮していた。

顔を合わせる度に、露骨セックス誘導しようとしていた。

夜景の見えるレストランホテル)知ってるんだけど、行ってみない?」とか。

コーヒー好きなの?家に来れば、とっておきのブレンドご馳走するよ」とか。

ヤリたい気持ちを、変に余裕ぶった態度で誤魔化そうとしてるのがバレバレだった。

そのブサイクな面と背伸びした態度で遊び慣れてるつもりかよと思った。

とりあえず童貞が極端にギラつく度に、私はのらりくらりとかわし続けた。

向こうが露骨アピールをしてくるわけだから、その意趣返しというわけ。

そんな事が何回か続いたある日。

唐突に、事件は起こった。

一緒にフレンチを食べていた童貞自殺したのだ。

自殺した、という表現が適切かは分からないが、とにかく私の目の前で童貞は死んだ。

突然、喉元にナイフを突き立て、ひとしきり弄んでから肉をねじ切ったのだ。

迷いも痛みも一切感じていないかのような、ごく自然な手つきだった。

そんな異様な光景を前にして、私は妙に冷静だったのを覚えている。

人間の体とは、これほど勢い良く血を吹き出すものなのかと。

こんなに傷ついていながらも、人間とは、こうもしぶとく意識を保っていられるのかと。

そんなことをぼんやりと考えつつ、私は童貞の血を浴びつづけた。

後で知ったのだが、そのような凄絶な死を遂げたのは彼だけではなかったらしい。

世界中で同時多発的に、30歳以上の童貞自殺を図ったというのだ。

同じ体験を同じ瞬間に、数億人の童貞が共有したという事実

いったい何が、彼らを死へと駆り立てたのか。

その原因に、私は心当たりがあった。

そう、”WatchMe”だ。

それは人間を体内から恒常的に監視し、いちはやく病巣を取り除くナノマシン

常にネットワークと繋がり、生体情報リアルタイムサーバーへと送る役割も担っている。

生府(ヴァイガメント)の庇護下にある人間であれば、誰もがその恩寵に預かっている。

大災禍(ザ・メイルストロム)以降の文明を支えてきた社会基盤のひとつである

そのナノマシン誤作動を起こし、童貞に牙を向けたのだ。

いいや、正確には誤作動ではない。

これは明らかに仕組まれものだった。

何者かが、全世界のWatchMeに童貞自殺プログラムを植え付けたのだ。

なんとも皮肉な話だ。

宿主の生存を有利にするための装置が、その宿主の生命を断つという結果を産んだのだから

現在ナノマシンを操った何者かは、人々に対して無慈悲要求を突きつけていた。

「一週間以内に誰か一人を殺さなければ、自分死ぬことになる」と宣告したのだ。

そうしなければ、今度は童貞以外の人間にもWatchMeが牙を向くぞと。

世界中人間に向けて、自ら殺人者となることを強要してきたのだ。

先の大量自殺によって、それが虚言ではないことを誰もが実感していた。

一週間後には、世界人口がおおよそ半分以下となる。

その事実を前にしたとき、全ての人間疑心暗鬼となった。

一歩でも出歩けば、すぐにも殺されかねない未曾有の世界が完成したのだ。

そんな状況の中、私はひとり考えていた。

「もし彼が生きていたら、はたして私を殺しに来ただろうか」と。

思わせぶりな態度をとって、いつまでたってもヤラせない女。

そんな風に舐めきった女を彼は生かしておいただろうか。

もし殺しに来たとしても、股を開けば許してもらえたんじゃないかと本気で考えた。

こんなことなら好きなだけヤラせてあげればよかったと考えたりもした。

女を知らないまま死んでいった彼を思うと、なんとも言えない苦々しさを覚えた。

不思議なことに、私はいつの間にか彼に負い目を抱いていたのだ。

こんな状況に陥るまで、そのことに気付きもしなかった。

いいや、この状況にあるからこそ負い目を抱いたとも言える。

なんとも単純で浅はかな人間だ。

結局のところ、私は善人ぶろうとしたいだけの愚か者だ。

その証拠に、私は彼に抱かれている姿を一向に想像できなかった。

いいや、違う。

奴とのセックスなんて、気持ち悪すぎて想像すらしたくなかったのだ。

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