鳥肌の立つようなスルーパスを通すわけでも、ドリブルで2人、3人と抜き去るわけでも、目の覚めるようなシュートを突き刺すわけでもない。つまり、決して目立つ存在ではない。しかし、目立たないというのは、彼にとって最大の賛辞かもしれない。
かつては爆発的なランニングと神出鬼没なポジショニングで相手チームをきりきり舞いさせたが、今のスタイルは、むしろその逆。無駄なプレーは限りなく省かれ、味方にとって、いてほしい所に当たり前のようにいる。
あまりにさり気ないから目立ちはしないが、当たり前のことを当たり前にこなすことの難しさを誰もが知っているから、チームメイトは「ニュウさんがいるから、攻守においてチームがスムーズに機能する」と賛辞を贈る。
10月5日に行なわれた27節のベガルタ仙台戦、先発したFC東京の羽生直剛が34歳にしてJ1リーグ通算300試合出場を達成した。300試合出場は22年目の歴史において通算73人目。大卒選手に限れば16人目となる。
「2~3年思い出作りをしたら、教員になればいい」
身長167cm(実際にはもう少し小柄に見える)、体重63kg。体格には決して恵まれていない。そのため、13年前筑波大からジェフ市原への加入が決まった際、周囲から「2~3年思い出作りをしたら、教員になればいい」と言って送り出されている。そんな選手が努力を重ねて300試合に到達したのだから、その偉業は輝きを増す。
オシムチルドレンという印象が強いが、最初にその才能を見出したのは、'02年に市原を率いたベングロシュだ。'90年イタリアW杯で母国を率いてベスト8に進出したチェコスロバキア(当時)の名伯楽は、この大卒ルーキーをトップ下に指名した。
「どんな練習からでも『上手くなりたい』という意欲が伝わってくる。彼が10代の頃から指導したかった」
ベングロシュは抜擢の理由をそう明かしている。
もっとも、羽生はその期待に応えたとは言いがたく、「インターネットの掲示板に“J1最低のトップ下”って書き込まれていたのを見て落ち込んだ」と苦笑する。
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