若者のセックス離れ——20代非自発的童貞率40%強の衝撃
—— cakesに連載していただいている恋愛小説「ぼくは愛を証明しようと思う。」たいへん好調です。
藤沢数希(以下、藤沢) ありがとうございます。まだ、物語は、はじまったばかりですけどね。
—— 小説のほうは、藤沢さんがメルマガの週刊金融日記などの媒体で研究している「恋愛工学」というのが元になっていますよね。恋愛工学というのを簡単に説明してもらえませんか?
藤沢 簡単に言うと、恋愛工学は、進化生物学の理論をバックボーンに、経済学、心理学の知見を、金融工学のリスクマネジメントのフレームワークで統合し、近代国家の法規制という制約条件を考慮した上で、最適な恋愛戦略の構築を目指す、学際分野です。
—— なぜ恋愛工学をテーマに小説を書こうと思ったんですか?
藤沢 まさに今日、お話しようと思っていたことなのですが、現代の恋愛市場の、倫理や道徳観、あるいは既成概念をすべて取っ払って、ありのままの姿を暴きたい。そして、そうした人間の本能がむき出しになる恋愛市場の中で、もがき苦しむ主人公たちの葛藤を通して、本当の感動を描きたい、というのがずっとあったんです。
—— ありのままの現代の恋愛市場とは、どういったものなのでしょうか? 以前、藤沢さんはメルマガで、若者の「草食化」「セックス離れ」などについて書いていましたね。そのことも関係しているのでしょうか?
藤沢 そうですね。まずは「若者のセックス離れ」からお話したいと思います。
—— そうしたことは、最近、マスコミ等でもよく聞くのですが、若者は本当にセックスしなくなっているのでしょうか?
藤沢 はい、そうだと思っています。ただし、こうした意見を聞くときに、我々は次のような事実をいつも心に留めておく必要があります。 約5000年前のエジプトの遺跡から見つかった粘土板でできた書簡に、「最近の若者はけしからん。俺が若い頃は…」という意味の象形文字が書いてあり、それがトルコのアンカラにあるアナトリア博物館に所蔵されているそうなんですよ。
だから、若者のセックス離れ、草食化などと言っても、我々のように若者とは言えない年齢に達すると、こういう類の、最近の若者は~というような話をしがちだということに気をつけないといけないのです。
—— 本当のところは、どうなんでしょう?
藤沢 僕は、若者のセックス離れは本当に起こっていることだと思っています。若者はセックスをしなくなった。正確に言えば、できなくなっていると言ったほうがいいかもしれません。これには客観的なデータもあります。
—— どのようなデータですか?
藤沢 たとえば、日本最大のコンドーム・メーカーの相模ゴム工業が、2013年1月に約2万9000人にアンケートを取り約1万4000人から回答を得た調査では、20代男性の40.6%が純粋な童貞であると答えました。素人童貞*ということではなく、20代全体の平均値として、じつに4割の男性がまったく誰ともセックスというものをしたことがないピュア童貞なのです。日本家族計画協会が2014年1月に発表した、約10万人に依頼し約5000人が回答した調査結果によると、やはりこちらも20代男性の42%が「異性と性交渉を持った経験がない」と答えています。
*ソープランドなどの性産業従事者に金銭を払ってセックスをしたことはあるが、自由な恋愛で女性とセックスをしたことがない男性
—— ピュア童貞だけでその率なら、素人童貞を含めるとかなり高い数字が出るでしょうね。
藤沢 おっしゃるとおりです。さらにこうしたアンケートでは、どちらかというと、「童貞である」と答えるのは勇気がいることでしょう。そうしたバイアスを考慮するとさらに数字は高くなると思います。
—— 半分は超えてそうですね。
藤沢 間違いありませんね。さらに、先ほど示した相模ゴム工業のアンケートでは、20代女性の約2割が処女だという結果も出ています。
—— どうしてこのような若者のセックス離れが起こっているんですか?
藤沢 格差の拡大と、男性のある種の草食化です。恋愛市場では、セックスの分配に関して、格差が広がっており、さらにセックスの総量自体も昔に比べてシュリンクしているのです。パイが減るなかで、限りあるパイが一部の勝ち組に集中しているため、多くの若者がセックス離れを起こすのも必然なのです。
—— いったい、何が起きているのでしょうか?
藤沢 ほんの30年ほど前の日本や世界の主な先進国では、結婚するのが当たり前でした。そのような時代の恋愛市場は、男女とも8割程度が恋愛に参加していました。結婚制度は、男女の1-to-1マッピングにより、自由恋愛市場における競争力が下位の男性たちにも平等にセックスを分配するためのものです。結婚制度により、多くの男性がひとりの女性にありつくことができたのです。モテ(自由恋愛でパートナーを得られる人たち)vs 非モテ(パートナーを得ることが困難な人たち)の文脈で言えば、男女ともにモテが8割、非モテが2割だったわけです。
ちょうど下のような図になります。
—— 図で表すとこのようになるわけですね。昔は幸せだったんですねえ。
藤沢 ある意味では、そうかもしれません。しかし、自由恋愛主義、つまり、家同士の取り決めやお見合いなどという古来の結婚観を否定し、個人の自由恋愛こそが絶対的に正しいとする価値観が蔓延しはじめます。1980年頃からでしょうか。この自由恋愛主義により、恋愛市場は最初の大きな変革期を迎えました。
—— ここで寡占化への大きな流れができたのですね。
藤沢 そうですね。恋愛市場での格差拡大、つまり、一部のモテ男性による、女性の寡占化の流れが生まれました。恋愛が自由になれば、動物に近くなる。多くの哺乳類では、メスが一部の強いオスに独占されています。人間の恋愛市場も野生に近づいたわけです。サル化したと言ってもいい。しかし、それでもやはり依然として強い結婚市場を通して、多くの男性が「モテ」のエリアに留まることができました。最終的には男女とも結婚しなければいけなかったからです。
—— なるほど。
藤沢 しかし、現代の恋愛市場に起こっていることは、こうした自由恋愛主義による野生化のプロセスとは、また異質な構造変化です。それが、IT革命なのです。じつは、IT革命こそが、近年の男性の草食化を読み解く鍵です。
IT革命が引き起こした恋愛市場の構造変化
藤沢 マクロで見れば、男性の性欲の総量は、時代とともにそれほど変化していません。人間の本能の基本プログラムは、旧石器時代までにほとんど形作られているので、性欲自体が変化するのは考えにくいのです。
—— そうだとするならば、なぜ草食化が起こっているのでしょうか?
藤沢 ある意味では、草食化は起こっていないのです。多くの非自発的童貞の男性も、性欲は旺盛です。ただ、現実の恋愛市場にそれが向かっていかないだけなのです。
—— どこに向かっているのでしょうか?
藤沢 インターネットです。
—— ああ、なるほど。
藤沢 近年、インターネット上に流通する無料ポルノ動画は、量も種類も爆発的に増加し、クオリティも昔と比べると非常に良くなりました。そして、今はスマホで検索するだけで、世界中の最高のポルノが見れてしまう。
—— 昔は、AVやエロ本を手に入れるのも一苦労でした。
藤沢 そうです。僕たちの時代は、エロ本ひとつ手に入れるのも一大事でした。友だち同士で協力する必要があり、チームワークを身に付ける必要があったのです。そして、手に入れたエロ本をどうやってみなで回すのか取り決める必要がありました。また、先生や親にバレないように、情報管理も徹底しなければいけません。僕たちの世代は、こうして自然とグローバル人材として、世界で競争するための素養を身につけたと思います。人間力です。
しかし、現代の若者は、このような苦労をせずに簡単にオナニーのおかずが、スマホで手に入ってしまいます。これでは大切なリーダーシップも危機管理能力も身につきません。ペーパーテストだけできる偏差値エリートでは、これからの国際社会で、世界のエリートたちと対等に渡り合っていくはできないでしょう。
—— 快適な時代になったなあと思っていたんですが……。
藤沢 たしかに便利になったのですが、そういった弊害もあります。さらに、 IT革命によって便利になった反面、男性の性欲の向かう先に、大きな変化が起きました。先ほど言ったように、男性の性欲の総量、狭義には精子量が一定だとすると、インターネット上の無料ポルノ動画にそれらが吸収されてしまえば、必ずどこかに向かうはずだった性欲が減るはずなんです。
—— つまり、リアル女性に向かう性欲が減ってしまうと。
藤沢 その通りです。それが若者の草食化の真相です。
—— なるほど。
藤沢 しかし、考えてみれば不思議な話ですよね。リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』によれば、動物は自分の遺伝子のコピーをなるべく拡散させるために生きている。ところが、こうした無料ポルノ動画を見ても、もちろん子供は作れません。
—— では、なぜ?
藤沢 じつは、これには人間の脳の仕組みが関わっているのです。
—— 脳の仕組み、ですか?
映画マトリックスと同じことが起きている
藤沢 人間の脳は仕組み上、映像の中の人間関係と実際の人間関係を区別できないんです。
—— 区別ができないって、どういうことでしょう? ドラマを見ていても、テレビの向こうの話であることや、フィクションであることは認識できると思うのですが。
藤沢 もちろん時間をかけて考えれば区別できるのですが、もっと原始的な感情の部分では、うまく現実の中の世界とモニターの中の世界の区別がついていないんです。だからこそ、男性はポルノを見ると発情します。
—— 確かに恋愛ドラマなんか見ていても、思わずヒロインを好きになってしまう、というような現象がありますね。
藤沢 ええ。それと同じ理由で、女性はポルノを嫌悪するのです。女性の性欲は不特定多数の男性とのセックスを求めていませんから、そうした不分別に女性が弄ばれているポルノの世界に嫌悪するのです。女性の脳も、それが現実の自分の世界とは関係ない、ただの映像であるということが感情レベルでは、認識できていないのです。
—— そうだったんですね。
藤沢 脳には、生存のためにパッと判断して俊敏に動く回路と、理性的にゆっくり考えて動く回路があり、ほとんどの場合、瞬時に動く回路が支配しています。そうしたある種の自動化された速い回路が、進化の過程で人間の生存に必要だったからでしょう。捕食動物に襲われそうになったときに、ゆっくり論理的に考えていては食べられてしまいます。
そして、こうした瞬時に動く感情の回路は、現実とフィクションの世界の人間関係を区別できないのです。だからこそ、我々は映画や小説に感情移入し、楽しめるわけですけどね。
—— なるほど。
藤沢 人間の恋愛感情や性欲もこちらの速い回路で動いているのですが、このことと大量に溢れる無料ポルノ動画が組み合わさると、恋愛市場に大きな変化をもたらします。
—— どんな変化ですか?
藤沢 つまり、先ほど議論したような、非自発的童貞の人たちも、映像を通して、可愛い子とばかり毎晩セックスしているのです。そして、そうしたポルノ女優に合わせて、リアル女性を見る自分の基準が釣り上がっていくのです。脳は、自分は十分にモテてている、と錯覚しているのかもしれません。
—— 現実の女性を、ポルノ女優を基準にして判断するのですか?
藤沢 はい。先ほど話したとおり、人間の脳は、本質的に、映像と現実の人を区別できないので、ネットやテレビによって上がった評価基準は、現実の女性たちに対しても同様に適用されるのです。
—— AV女優の可愛さが現実でも基準になってしまう……。
藤沢 ポルノ女優やアイドルとバーチャルな世界で楽しんでいる分、現実の女性に対しては厳しい目を向けがちです。かと言って、そうしたポルノ女優のような可愛い女性と現実で付き合うのは、非自発的童貞の方たちにとっては不可能に近いです。そのため一生リアルな恋愛をせずに過ごすことになってしまう。
—— 一生、ですか。
藤沢 現実でモテないことで、さらにオルタナティブな性処理にのめり込んでいくのです。まるで映画『マトリックス』のネオのように、バーチャルな世界に住んでいて、そのことが自分のプリミティブな感情や欲望に与える影響を理解していないみたいに。
—— リアルで恋愛ができないから、さらにネットにのめり込んでしまう。そうすると、さらにリアルで恋愛ができなくなっていく、と。
藤沢 はい。ある意味で、インターネットは現代の恋愛市場にばらまかれたアヘンのようなものなのかもしれません。
—— アヘンですか。
藤沢 ネットに依存してリアルでのコミュニケーションが減り、性欲さえも吸い取られていく。性欲が吸い取られていく、というのは文字通りに、人々の生きる力を奪っている、ということですよね。これはまさに現代のアヘンですよ。
—— おお……。
藤沢 中国がグレートファイヤーウォールでネットを規制しているのは、そういったインターネットの危険性を察知していたからかもしれませんね。中国は19世紀に、アヘン戦争で痛い目にあっていますから。
—— スティーブ・ジョブズも自分の子供がスマホを使用することを制限していたそうですね。
藤沢 そういうことです。そして、この図が現代の恋愛市場を模式的に表したものです。
—— 簡単に説明してもらえませんか?
藤沢 わかりました。
次回「ふつうの彼氏はどこにもいない」、10/16更新予定
聞き手:竹村優子(幻冬舎)、加藤貞顕 構成:加藤浩
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