建築家のフィリップ・ラスムセンさんが講演デンマーク「スーパー自転車道」を日本で紹介 26億円かけ2017年に完成する“ハイウェイ”
デンマークは、自転車専用道といったインフラ整備に早くから取り組むなど、国を挙げて自転車利用を推進している。その政策を支えてきたのが、デンマークの東南に位置するロラン島での実証実験だった。ロラン島出身の建築家で、数々の実験プロジェクトに関わってきたフィリップ・ラスムセンさんはいま、同国第2の都市オーフスで建設中の「スーパー自転車道」開通に向け尽力している。東京・永田町の参院議員会館で10月8日、ラスムセンさんによる講演・勉強会が自転車活用推進議員連盟と自転車活用推進研究会共催で行なわれ、国会議員らおよそ40人が聞き入った。(文・写真 柄沢亜希)
実証実験に18億円
ロラン島では1980年代、経済の落ち込みに端を発した人口減などを食い止めようと、自然エネルギーによる地域活性化を目指してさまざまな実証実験に取り組んできた。実験全体では、再生可能エネルギーなどを用いた持続可能性のある社会をつくることを目的としており、「CTF(Community Testing Facilities)」というコンセプトに基づいて自治体、企業、研究機関などが共同で参画。主に風力発電に関する実験が進められ、現在では島民およそ6万2000人が使う電力の5倍分を風力により発電できるようになった。
風力発電以外にも、波力を活用した発電や、持続可能社会に貢献できる製品・設備を研究していく中で、自転車に注目が集まった。デンマークでは1990年代に入ると、クルマの増加によって都市機能や健康面に支障が出るようになっていた。さらに同島ナクスコウでは、クルマによる交通事故死が見逃せない問題となっていた。
そこで国からの助成金18億円を得て、自転車人口を増やすための実証実験がスタートした。ラスムセンさんは「18億円という数字は、人口1万5000人の町に投資するにはとても高額に思えるかもしれない。それでも早期に対策をしなければ、事故にあって亡くなったり、重篤な障害を負って一生社会保障が必要となる人が増えたりする。もっと痛手を被ることを考えれば、妥当な金額です」と説明した。
安全に走行できる自転車道などを設けて実証実験を進めた結果は大成功を収めた。2倍を想定してた島の自転車人口は3倍にふくらみ、年間20件発生していた重大な交通事故は2件にまで減少した。さらに、「住民たちが自転車に乗ることを楽しめるようになったのは収穫だった」とラスムセンさん。この実験結果によって、デンマークの目指す持続可能社会において自転車が大きな存在感を示すようになった。
国民性にマッチする自転車
小さな規模で行なった実証実験は、首都コペンハーゲンといった大規模な自転車インフラ整備にも大いに役立ったという。2014年6月には、全長235mの高架自転車専用道(Cykelslangen)が完成した。ビルの間を蛇のようにすり抜ける道は、まるで東京の首都高速道路のようだ。
こうした先進的でコストのかかる設備が、国の首都で、クルマではなく自転車のためだけに建設されたことに驚かされる。それには、日本とは異なるデンマークの文化的事情も影響していそうだ。
デンマークではもともと、クルマが入りにくく“不便な”場所で不動産の資産価値が上がる傾向があるという。かつてクルマ中心だった道路に「自転車優先道」と標識を設置したところ、町の人たちに好評で、実際にその道路沿いの店舗の売上が伸びた報告もあるという。
またクルマは渋滞し、電車は30分程度の遅れが頻繁に生じるため、通勤・通学にはあまり使いたくないと考える人も多いという。ラスムセンさんは、「比較的のんびりとした国民性ながら、オンタイムに通勤したいと考えている。そのため、自分の脚力を頼りに確実に到着できる自転車が選ばれているのかもしれない」と、デンマーク人の国民性とともに自転車が選ばれる背景を語った。
マルチな活躍が期待される「スーパー自転車道」
オーフスでは、移動手段がクルマから自転車に取って代わりつつある。ここで2017年5月15日のオープンへ向けて着々と進むプロジェクトが「スーパー自転車道(Cycle Super Highways)」だ。
スーパー自転車道は、オーフス中央駅をスタートし、新都市開発エリアのリスビャオまでのおよそ10kmの距離を貫く自転車専用道。オーフスは、平坦なデンマークの中でも“国内最高峰”となる標高173mのポイントがあり、「坂の多い街」であることから選出された。総予算は25億6000万円にものぼる。
スーパー自転車道が通常の自転車道と異なり“スーパー”たるゆえんは、ただの道にとどまらずさまざまな機能を兼ね備えた「マルチタスク」な役割にある。ラスムセンさんは、「土地が狭く電車と平行して走る場所で、電車の上に自転車用のトンネルを設けると、そこへ地中の電気・水道といったライフラインを移すことができ、メンテナンス性の向上につながる」などと、アイデアを次々に紹介した。
「利用者を増やすためには全天候型でなければなりません。屋根をつけると、そこはソーラーパネルの設置や小型風力発電の実験のための効果的なスペースになります。壁面を利用して、市からの情報配信のパネルやイベント映像のディスプレイを設置することもできるかもしれません。屋根を利用して雨水貯蓄機能を持たせれば、災害時のシェルターの役割を果たすこともできます」
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スーパー自転車道については、発想、規模感ともにどれも感心してしまう内容だったが、記者がとりわけ度肝を抜かれたラスムセンさんの発言がある。「全天候型の自転車道とは、スーツ姿のビジネスマンも汗をかかずに快適に自転車通勤ができることでもある。将来の自転車道では、屋根に設置したソーラーパネルの電力を利用して“常に追い風”という環境をつくることもできるかもしれない」――考えただけでも夢心地。ぜひとも、完成を見届けたい。