標準医療を否定する“ニセ医学”の問題点
―「ニセ医学」とは、具体的にどのようなものなのでしょうか?NATROM:今回の本の中では、「医学の形態をとっているものの、実は医学ではないもの」という程度の定義をしています。一般の方がよく触れているものでいえば、例えば「食事だけでがんが治った」といった話です。こうした話は、医学的根拠がないものがほとんどです。「気功でがんが消える」みたいな話も典型的ですね。
今回、本を出したので、書店の健康書のコーナーに「私の本が置いてあるかな」と思って見に行ったんですよ。そうしたら、私の本は置いてないのですが、「ニセ医学」的な本はたくさん置かれているんですね。一般の方が、そうした話をどの程度信じているのかはわかりませんが、こうした「ニセ医学」的な話があるということはご存じの方も多いのではないでしょうか。
―「ニセ医学」が、医療の現場で有害に作用するケースもあるのでしょうか?
NATROM:例えば、食事療法でも「これを食べるとがんにいいかもしれないよ」くらいであれば、そこまで問題になりません。ただ、今売れているような書籍は「“食事だけ”で治った」といった言い方をしているものも多いんです。「食事だけで治った」ということは、標準医療を否定する意味合いが出てきます。標準医療とは、現時点でわかっている科学的根拠に基づいて最良と考えられる医療のことです。
「手術を勧められたけど、それを拒否して食事だけで治そう」となってしまうと問題です。「ニセ医学」の提唱者に「無理にがんと闘う必要はない」などと言われて標準的な治療をやめてしまうと、病状が悪化したり、手遅れになってしまう可能性もあります。とにかく標準医療と併用していただければ、それほど問題はありません。
―最近は、マッサージを受けた乳児がなくなる事件や、助産院で死亡事故が起きるなど、標準医療から大幅に外れた「ニセ医学」的な治療には、有害な部分も多いと思います。こうしたものはどうすればなくなるのでしょうか?
NATROM:民事訴訟で被害者の方が訴えることが有効だと思います。実際、ときに代替医療を提供していた医師が訴えられて、損害賠償をすることになったというニュースを聞きます。
多くの場合、おそらく訴訟すれば勝てるのではないでしょうか。特に医師や助産師といった国の資格を持っている人であれば、それなりの質の医療を提供する義務に加え、標準的な医療について説明する義務もあります。「この代替医療を受けても治らない可能性もある」という説明だけでは不十分です。
「標準的な医療はこういうものです。一方で、私の提供する代替医療は、医学的根拠が不十分なため、一般的には認められていません。それでも受けますか?」というところまで、きちんと説明された上で、患者さんが選択したのであれば、ある程度仕方ないでしょう。
しかし、代替医療を提供している人間の多くはそんなこと言いません。代替医療のメリットのみ説明してリスクは説明しない。標準医療のメリットも説明しません。つまり、患者さんに十分に正しい情報を提供していないケースがほとんどです。その辺をついていけば、訴訟で勝てるケースもあると思います。
そもそもほとんどの医師は、医学的根拠のある標準治療をおこなっています。それでも結果が悪ければ、訴えられる可能性があるため、訴訟リスクも考えざるを得ない。ところが好き勝手やっている代替医療を行っている医師は、何故かそれほど訴えられていない。本当に不思議ですね。
―それは何故なんでしょう?泣き寝入りしてしまうケースが多いのでしょうか?
NATROM:これもケースバイケースなのですが、「騙された方が悪い」といった風潮が影響しているのではないでしょうか。ですから、騙された人を批判してはいけないと思います。
先日、大阪で起きた乳児がマッサージ後に死亡した事件についても、「なんの資格もない人間に、赤ちゃんを触らせるなんて、親はなにしてたんだ」などと言う方もいますが、それはやめた方がいいでしょう。何故なら、そういうことを言う人がいると、被害を訴えづらくなるからです。
健康情報を扱うメディアはもう少し慎重になるべき
―「納豆が体にいい」といった情報がメディアに紹介されると、患者さんがそれを元に医師に相談するといった描写が本の中にありますが、こうした医学領域の情報を伝える一般メディアの問題点については、どのようにお考えですか?NATROM:テレビなどでは、さすがに標準医療否定のような極端な「ニセ医学」の話はそれほどされていません。しかし、その代わりにそれこそ「納豆が体にいい」といった正確ではない健康情報を流してしまう。結果として、臨床の現場で多少混乱が生じるということはあります。
―すべてのメディア関係者が医療関係の情報について高いリテラシーは持つのは難しいと思うのですが、伝え方に気を付けてほしいという部分はありますか。
NATROM:小さなことであれば、多少不正確でも「仕方ないかな」と思える部分もあるのですが、「これはいくら何でもないだろう」というようなことが、時々、大きなメディアに取り上げられることがあります。
最近では大手新聞社のサイトでホメオパシー(※代表的な代替医療の一つで、医学的根拠はない治療法)が、かなり肯定的に取り上げられていました。ああいうものは、「いくらなんでもないだろう」と思ってしまいます。全員が高いレベルのリテラシーを持つのが難しいとしても、最低限の常識は知っておいてもらいたいと思います。
また、これは「ニセ医学」といってしまうと言いすぎですが、昔テレビでみのもんたさんがやっていたようなライトな健康情報にも多少問題があります。ちょっとあやふやな情報を断言的に言ってしまうと、それを患者さんが信じてしまう。信じないまでも「テレビでこんなこと言ってるけど、どうですか」と質問してくる。そういう場合には、もちろん時間をとって説明するわけですが、他の説明に十分な時間をさけなくなったり他の患者さんを長時間お待たせしたりしてしまうので、大きなメディアは正確な医療情報を発するように、もう少し慎重になってほしいとは思います。
―実際に臨床の現場で患者さんが「先生ネットで…」「テレビで…」といって「ニセ医学」の情報を持ってきたときには、どのように対応しているのですか?
NATROM:もちろんケースバイケースなのですが、基本的に患者さんが信じておられるものでしたら、否定はしません。「効果があるかもしれませんね」といった話し方をします。病院、私の外来に来ていただいているという時点で、その患者さんは標準医療を否定する気がないと考えられます。
また、「ニセ医学」みたいなものを信じていたとしても、それを無下に否定する必要はありませんから、「そういうものも良いかもしれませんが、私の提案するこういう治療も受けられてはどうですか」と言い方で理解していただいています。
FOLLOW US