挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
エデン 作者:川津 流一

第三章

10.ダラスでの一日

 抜けるような青空が広がっていた。
 まだ日が昇ってそれほど経っていない朝方だというのに、周囲には日の光が満ちている。この分だと、今日の日中はかなり暖かくなりそうだ。
 バルド流剣術の修練場で、日課である修練を始める前に俺はそう思った。

 始まりの街ダラスは、一年を通じて基本的に温暖な気候が続く。プレイヤーが『エデン』で最初に降り立つ地であり序盤の拠点となる場所でもあるので、生活する上での難易度が大きく変化しないようになっているのだろうという話だ。
 過ごしやすいと言えば過ごしやすいので、別に大きな不満があるわけではない。だが、明確な四季が感じられないのは何だか物足りない気もする。
 もちろん他の地域に赴けば、その限りではない。北に進めば寒気渦巻く極寒の地もあるし、南に行けば常夏の熱帯地域から砂だらけの砂漠地帯もある。東の果てには四季折々を感じられる色鮮やかな地域もあった。西には広大な草原が広がっているという。
 ダラスは、そんな『エデン』の世界の中心に位置していた。そして、ダラスからの距離に比例して各地で現れるモンスターの脅威度も上がっていく。
 プレイヤーたちは、少しずつ強くなりながら行動範囲を広げていった。今では『エデン』の世界もかなり開拓されているが、それでもまだ未踏破の地はあるだろう。
 ダラスの他にも拠点となりうる街はいくつもある。街としての規模、NPCの経営する店舗の数々、ダラスに劣らないどころかより高性能なアイテムを扱っている街も多い。しかし、プレイヤーが成長し強くなれば強くなるほど必要となるのは、生産系プレイヤーの手によるプレイヤーメイドの品々なのだ。
 ダラスからの距離に比例して、他の街の扱うアイテムの質は上がっていく。しかし、生産系プレイヤーが制作するアイテムには敵わない。
 もちろん初期では、プレイヤーの製作アイテムであってもNPCによる販売品と大差ない出来だった。しかしプレイヤーが大きく成長した今では、両者には越えられない壁が存在している。
 そうすると必然的にプレイヤーたちの多くは、生産系プレイヤーの製作した装備や消耗品を使用するようになった。少しでも高性能のアイテムを手にしたいと考えるのは、プレイヤーの常だろう。
 おかげで、生産系プレイヤーの多くが居住するダラスの人口が減ることはない。
 いつでもログアウト可能で、ある程度の倫理も守られていたゲームのままであったならば、プレイヤーはもっと各地に散っていたことだろう。
 しかし、現状は違う。確定ではないものの、本物の死の可能性という不安が付きまとっているのだ。そして、その危険性はダラスから離れれば離れるほど大きくなる。
 現在生産系であるプレイヤーは、生粋の生産系好きというプレイヤーの他にモンスターや強盗プレイヤーとの戦闘を恐れてその道を選んだ者も多い。わざわざ危険な僻地へと赴くプレイヤーは少なかった。
 戦闘系流派を選んだプレイヤーたちはその限りではなかったが、攻略の要であるアイテムの数々をダラスでの生産に頼るおかげで拠点を他の街に移すメリットは薄い。
 その様は帰巣本能とも言うべきか、『エデン』の世界の攻略が進んでも、プレイヤーたちは最初に降りたったダラスから離れようとしなかったわけだ。地理的に世界の中心であるダラスの便が良いという側面もあるのだが、殆どのプレイヤーがダラスに拠点を持ち、冒険の際にだけ他の街で滞在するというスタイルが今は根付いている。

 姐さんにメンテナンスを頼み、耐久度を回復させた『迅剣テュルウィンド』を手に『真バルド流剣術』の動きをなぞる。
 清廉な朝の大気を切り裂いて、銀色の軌跡が閃いた。鋭い風切音が俺の耳に届く。日の光を反射する刃の輝きが少し眩しかった。
 しっかりと地を踏み締め、一挙動一挙動を確かめるように身体を動かしていく。
 基本の斬撃、斬り落としから斬り上げ、そして数々の防御姿勢を繰り返した。愚直に反復することで、身体に馴染ませていくのだ。アシストに頼らず、自分の意思と身体の動きが合致するまで俺の動きは終わらない。
 俺の他に誰もいない修練場で、ひたすらに刃を振るう音が木霊する。

 俺はこれまで多くの時間をソロでの戦いに費やしてきた。もちろん初期のダンジョンである『死者の洞窟』で過ごした時間が最も多いのだろうが、そこで悟ったことがある。
 いくら【思考加速】によって状況判断の猶予が与えられるとは言っても、いちいちシステムアシストに頼っていては遅すぎるのだ。
 他のプレイヤーではどうなのか知らないが、長い間ソロで多数のモンスターを相手にしていると、いちいちシステムアシストの発動を感じるまでのタイムラグが煩わしくなってきた。
 プレイヤーの意思を読み取り、周囲の状況を判断し、修得している流派に沿って動きを計算し出力するという手間を経ているためにどうしても多少のタイムラグが発生するのは仕方がないのだろう。
 もちろん、それは普段において特別意識するほど大きな待ち時間ではない。ともすれば、気付かないほど一瞬で過ぎるほんの僅かな感覚なのだ。
 だが【思考加速】の熟練度が上がったせいか、戦闘時における周囲時間経過の緩やかさが大きくなるにつれ、極度に集中しているとそのタイムラグが我慢できなくなってくる。
 だからこそ俺はそれを解消するための手段を講じた。

 色々悩んだ末に思い至ったのが、流派の動きを身体で覚えることである。

 我ながら何とも脳筋的な発想ではあったが、その効果は程なくして実感できた。
 結局は日々の修練の延長であり、傍目での動作に大きな違いはない。だが、数々の動作を行う際に少し意識を変えて行うのだ。それはシステムアシストに完全に頼るのではなく、感覚的にはアシストを引っ張り上げるという感じが近い。
 システムアシストに先んじて動作を開始することによって、システム内で行われる数々の分析、計算を省くという狙いだった。
 その狙いが見事に適ったのか、おかげで煩わしく感じていたタイムラグは劇的に解消された。
 しかし、アシストが発生するのは流派の動きに沿った場合のみである。だからこそ、流派の動きを寸分の狂い無く再現できなくてはこの試みは成功しない。
 更に言えば、例のタイムラグは本当に僅かな時間だ。いちいち身体の動かし方を考える時間など無い。理想は意思と動きが直結していることなのだ。身体で覚えると言った意味がここにある。
 そういうわけで満足いく戦闘のためにも、日々の修練はこれ迄以上に重要なものとなっていた。

 日課を終えた俺は、ダラスの大通りを歩く。
 通りの両脇には無数の露店が並び、相変わらず多くのプレイヤーで賑わっていた。おかげですれ違うだけでも少し苦労をするくらいだ。
 今日の修練はちょっと集中し過ぎていたせいか、終えるのがいつもより遅くなってしまった。普段ならここまで混み出す前には、ブラートの店に到着していたはずである。それが御覧の通り人混みに捕まってしまった。
 仕方がないので、開き直って露店を冷やかしながら進むことにする。朝食もまだなので、小腹を満たすために露店で串焼きを購入してかじり付いた。濃い目に味付けされた肉と野菜が口の中で濃厚な味を醸し出す。朝っぱらから重い食事だとは思ったが、たまには良いだろう。
 数本の串焼きを手に、通りをゆっくりと進んだ。

「『エリクシール』販売中! 『生命の実』も在庫あるよ〜!」

「旅のお供に高級寝袋はいかがですか〜!?」

「ええっ!? ちょっとそれは高くない?」

「いやいや、最近は材料の相場が上がってるからね。これでもかなりサービスしてるんだよ」

 そこかしこで商魂逞しい生産系プレイヤーが声を張り上げており、同時に売り手と買い手が商談という名の争いを繰り広げている。
 通りを歩くプレイヤーは、防具や武器をしっかりと纏った完全装備の者が多い。この通りでは回復アイテムを始めとする消耗品を扱う店舗が多いので、ここで消耗品を仕入れてそのまま冒険に出かけるつもりなのだろう。
 俺もお得な品が売りに出されていないか注意しながら冷やかす。ソロで戦うことの多い俺にとって、回復アイテムなどの消耗品は重要な命綱だ。それはパーティを組むプレイヤーにとっても同じである。
 回復系の魔術を行使できる魔術士とパーティを組むことができれば、消耗品の消費もかなり抑えられるだろう。それでも完全にゼロにはできない。魔術だけで完全に消耗品の代用を行うのは難しいのだ。それに魔術士が戦闘不能による戦線離脱となり魔術による回復手段を失うと、結局最後の頼りになるのはアイテムである。
 少しでも安い回復アイテムがあれば、買っておいて損はない。どうせいつかは使う機会が来るはずだ。
 ただ、今はまだ十分にストックがあるのでそれほど熱心に探す必要も無い。特に期待も抱かずに俺は歩いた。
 そうして通りを幾分か歩いた後、俺は見知ったプレイヤーの後ろ姿を見つけた。

「リン?」

 俺が声を掛けると、彼女は驚きと共に振り返る。

「師範代君!?」

 振り返る勢いで、黒い艶やかな長髪が宙を舞った。振り返った彼女と俺の視線が合う。
 最初こそ目を丸くしていた彼女だが、すぐに笑顔を浮かべた。

「こんなところで出会うとは奇遇だね。何か捜し物かな?」

「いや、ただの冷やかしさ。そっちは?」

「私たちも似たようなものかな。大体欲しいものも既に手に入れたからね」

 どうやらただの買い物のようだ。
 まあ、それも彼女の服装を見ればわかる。
 今日の彼女は物々しい鎧や刀を装備しておらず、気楽な着物姿だ。そして純和風の美女である彼女がそんなものを着ていると、恐ろしく似合う。
 着物の色が濃いので、リンの白い肌がとても映えており何とも言えない艶を感じられた。
 実際、周りのプレイヤーたちが何かにつけて彼女をチラチラと見ている。さすがは有名人といったところか。
 しかし、リンは「私たち」と言った。もう一人はいつも一緒のミーナか?

「ミーナとでも来たのか?」

「いや、ミーナは用事で他の場所に行っているよ。一緒に来たのは彼女さ」

 そう言ってリンが背後へと視線を向ける。
 俺も彼女に倣ってのぞき込んでみると、そこには一人の女性プレイヤー、もといメイドがいた。
 エプロンドレスに身を包んだ彼女は、リンの背中にしがみついて不安そうにこちらを窺っている。だが、俺と目が合うと安堵したような表情を浮かべた。
 知らない人が話しかけてきたと思って警戒していたようだ。

「ぁ……師範代さん。おはようございます」

「おはよう、シェリーさん」

 俺が挨拶を返すと、彼女ははにかむように優しい笑みを浮かべた。
 彼女の名はシェリー、『シルバーナイツ』の専属調理士である。先日の『ゴールデンボアの肉』を使った食事会で知り合ったのだ。
 ボブカットの髪型をした細身の女性で、リンと同じくらい肌の色は白い。背はリンとミーナの中間位だろうか。細身とは言っても、女性らしい膨らみはそれなりに主張されていた。顔の造形も派手さこそ無いものの、かなり整っている。
 さすが『銀騎士の三美人』と呼ばれる一角だけあって、リンやミーナに並ぶ美女だった。ただ、その方向性はリンたちとかなり違っていて、とても儚い印象を受ける。
 戦闘系流派の使い手ではないからという理由もあるが、彼女はとても人見知りのようなのだ。常にビクビクとしていて警戒心が強い。
 その一方で、信頼した仲間に対してはかなり心を許してくれるらしい。彼女の純真な笑顔とメイド服姿というコンボは相当に強力で、身内の『シルバーナイツ』団員たちはもちろん外のプレイヤーにも熱狂的なファンが多い……とは、件のファンの一員を自負するブラートの言だ。
 中々打ち解けるまで時間がかかったが、リンたちの取りなしもあって何とか挨拶は交わしてくれる位にはなってくれた。

「この前は俺の知り合いが申し訳ない」

「ぇ! ぁぁ、大丈夫ですよぅ! ブラートさんも良い人だってわかりましたから……少し変な方だなって思いましたけど」

 頭を下げる俺に対し、シェリーは慌てる。そこでこぼれた彼女の本音に、俺は苦笑いしかできない。
 先日の食事会だが、待望の彼女と対面できたということで、ブラートが少々暴走したのだ。
 ……いや、まあ、皆がドン引くような奇行を晒したあれを少々と言って良いのか甚だ疑問ではあるのだが、今更なのでそれは良しとしよう。
 おかげで、ブラートの存在は良くも悪くも彼女の中で大きく印象付けられたに違いない。

「あいつも普段はもっとマトモなんだけどね。シェリーさんに会えるのを楽しみにしてたもんだから……」

「……」

 俺の言葉を聞いて、シェリーは恥ずかしそうに俯き頬を赤く染めた。
 かなりの人気者だというのに、未だ誰かに慕われることに慣れていないらしい。

「あはは、あれにはさすがの私も唖然としてしまったけどね。でもおかげで、場の雰囲気もほぐれたから良かったんじゃないかな。きっとあのままだと、シェリーももっと緊張したままだっただろう?」

「それは……そうかもしれませんね」

 はははと、皆に笑みが生まれる。
 と、そこで何かを思い出したのか、リンの笑みが突如ニヤリとしたものへと変化した。
 美人はどんな顔をしても美人だなと場違いな感想を抱きながら見惚れていると、そんな彼女と目が合う。
 そこで彼女の企みの対象が俺であると気付いた。どうしようもなく悪い予感がする。

「それはそうと、最近随分と活躍しているようじゃないか、師範代君」

 不敵な笑みを湛えてリンが告げた。
 俺は思わず言葉を詰まらせる。
 これは……間違いなく、最近の俺が扮する例のプレイヤーに関する噂を知っている反応だ。精霊武装を知っている彼女なら、件のプレイヤーと俺とが同一人物だと当然気付くだろう。下手をすると、あの二つ名の数々をも耳にしている可能性もある。

「ぐっ……そうでも、ない気がするけどな」

 せめてもの抵抗に白々しく謙遜すると、リンの目がスッと細くなる。
 正直、選択を誤ったと感じたがどうしようもない。

「ふぅん……私たちを置いて一人でいろいろと楽しんでいたようだけど」

「うぐぐ……」

「せっかく誘いに行ってもいつもいなかったし」

「……」

 リンの追求に、思わず冷や汗が流れる。

「リンちゃんもミーナちゃんも、二人とも師範代さんに会えなかったってすごくがっかりしてたんですよぅ?」

 加えて、シェリーからまでも非難の声があがった。上目遣いにこちらを見る形になっていて、彼女の容姿も加味すると傍目には大変可愛らしい仕草なのだが、咎めるような視線のつもりなのだろう。しかし、彼女の持つ雰囲気のせいで全然怖くはない。
 それでもおかげで構図としては二対一、俺の味方はいない。まずい状況である。
 彼女たちのことは、常々気にはしていた。しかし、彼女たちはトップギルド『シルバーナイツ』のメンバーだ。気ままなソロプレイの俺とは違って、ギルド所属の彼女たちはギルド内の仕事や、ノルマなどで俺には想像もつかないほど多忙だろうと思って誘うのを遠慮していたのだ。

 ……いや、見苦しい言い訳は止めよう。正直、『龍剣ヴァリトール』に夢中で後回しにしていた。

 もちろん前者のことを考えていたのは事実だ。それでも、長年ソロプレイをしていた武術系流派の俺が単独での属性攻撃を可能とするというのは、想像以上に俺の心を捕らえてしまった。
 辛苦を舐めさせられた属性攻撃を、真っ向から切り裂くのが楽しすぎるのがいけない。

 ……しかし、リンがこんなに根に持っていたとは予想外だ。なんとかしなければ。

 俺は脂汗を滲ませながら必死に解決策を模索する。

「うぐぐ……」

 しかし、俺の喉から漏れるのは呻き声のみ。
 リンは相変わらずこちらを軽く睨んでいる。
 一体どうすれば良いんだ!?

「……ふふ」

「!?」

 俺が内心悲鳴をあげていると、突然リンの表情が穏やかなものになった。

「師範代君、明日は暇かな?」

「え? ああ、とりあえず予定はないけど」

 彼女の変化に戸惑いつつも、返答する。
 俺の言葉を聞いて、リンはニコリと笑った。いつも凛としている彼女の不意打ちのような明るい笑顔に思わずドキリとする。

 ……いきなりこれをやられたら大抵の男は墜ちそうだな。

 頭の片隅でそんなことを考える。俺も衝撃を受けたが、今の流れからすると警戒心が先に立った。
 一体何をお願いされるのやら。

「良かった。では、少し狩りに付き合ってくれないかな? 欲しい材料があるのだけど、露店で手に入らなくてね」

 一瞬身構えたものの、リンからのお願いは随分と真っ当なものだった。
 ……てっきり高額なプレゼントでも買わされるかと思ったのに。
 不安が的中しなくて良かったと、密かに安堵の息を吐く。

「もちろん構わないよ。どこまで行くんだ?」

「ロームザット火山で、ブラッドリザードを狩ろうと思っている。レアドロップの『紅玉の滴』が欲しいんだよ」

 ロームザット火山――ダラスより北に位置するフィールドダンジョンだったか。情報はある程度仕入れたものの、まだ足を踏み入れたことのない場所だ。
 まだ活動期真っ只中の活火山らしく、山頂からは常に煙が立ち昇っているそうだ。火口付近ともなるとあちこちからマグマが噴き出しているという。
 ダンジョンのランクは文句なしの高ランクに属し、非実体系モンスターや属性攻撃を繰り出してくるモンスターも数多く生息している。
 モンスターの属性としては、【火】系統が多く、さらに【土】系統の属性もいるらしい。
 俺の『龍剣ヴァリトール』の属性から考えると、相性の良いダンジョンとは言えないが、ダメージは通るはずなので戦えないことはないだろう。
 そもそもニーナがいれば万能的な属性である【光】属性の付与が可能なので、攻略に問題はないはずだ。

「『紅玉の滴』……名前は聞いたことがあるな。材料って言ってたけど、何か製作するのか?」

 俺が首を捻りながら尋ねると、リンは軽く頷いた。

「うん、ちょっと防具を新調しようかと思っていてね。そのために必要なんだ」

「……わかった。付き合うよ。明日出発ってことで良いのか?」

 俺が二つ返事で承諾すると、リンは嬉しそうに頷いた。彼女の頭の動きに合わせて、艶やかな黒髪が跳ねる。
 こんなことでこれだけ喜んでくれるなんて、こちらとしても嬉しいものだ。

「うん。明日の朝、ダラスの北門で集合ということでどうかな?」

「了解。明日の朝に北門だな」

 待ち合わせの場所と時間を簡単に決める。
 高ランクダンジョンということで、目的地は始まりの街ダラスからはやや遠い。品質や価格を考慮しなければ、道中や目的地付近のNPC村でも補給は可能だと思う。
 だが、明日出発ならば時間もまだ十分にあるので、今日の内に回復アイテムや食料などの消耗品を揃えておくべきだろう。

「リンちゃん良かったねぇ」

 俺たちの会話を聞いていたシェリーも嬉しそうに微笑んでいた。しみじみと呟く彼女からは優しげな雰囲気が滲み出ている。

「ミーナちゃんもきっと喜ぶねぇ」

「……シェリー、ちょっといいかな」

 続けてシェリーがミーナの名を出すと、リンが急に彼女を呼んだ。

「どうしたの?」

「うん、ちょっとね……師範代君、すまない」

「あ、ああ」

 不思議そうな顔をするシェリーを促し、リンたちが俺から距離を取る。俺も突然のリンの行動に疑問を抱いたものの、とりあえず様子を見ることにした。

「……がいが、……には、ひ……」

「ぇぇ!? ……ぶかな……」

「彼……たりで……」

「ぇ!? そ……って、……」

 俺に背を向けた二人は小声で何かを話している。言葉の断片が時折こちらの耳には入ってくるが、さすがに内容を把握することはできない。
 一体何を話しているのだろうか。シェリーがチラチラとこちらを窺うのがとても気になるのだが……俺に関係する話なのだろうか。
 しばらく待っていると、彼女たちの密談は終わったようで二人が戻ってきた。二人とも嫌に明るい笑顔なのが更に気になる。
 『エデン』でも指折りの美女二人の笑顔なので、素直に受け取れば眼福ものだ。事実、近くを通るプレイヤーの中には見惚れて立ち止まる者もいるくらいである。
 しかし、俺には疑心しか湧かない。先ほどのシェリーの様子を見ていればそれも当然だろう。
 リンはともかくとしてシェリー、君はもう少し感情を隠した方が良いと思う。

「いやぁ、突然悪かったね。ちょっとギルドのことで大事な用件を思い出したものだから」

「そうそう。とっても大事なお話ですもんねぇ……まさかリンちゃんがねぇ、うふふ」

 申し訳なさそうに謝るリンの横で、シェリーが実に嬉しそうに笑みを零す。リンが密かに肘をシェリーに突き込んでいるのはスルーしてあげるべきだろうか。

「そ、そうか。部外者の俺には聞かせられない話もあるだろうし、気にしてないよ」

「ありがとう」

 俺の返答に、リンはホッとした様子で一息つく。対してシェリーはまだニコニコと笑っていた。何を話したのかわからないが、先ほどの密談は余程彼女にとって気に入る内容だったらしい。
 先日の食事会では常にオドオドとしていた彼女が嘘のようだ。

「さて、明日の準備もあるからそろそろ私たちは行くよ。約束、忘れないように頼むよ?」

 と、そこでリンが別れの言葉を口にした。
 てっきり何かあると思って身構えていた俺は、肩透かしをくらって戸惑ってしまう。

「え? あ、ああ。わかった。ちゃんと行くよ」

「うん。楽しみにしてる。行こうか、シェリー」

「は〜い! ……師範代さん、頑張ってくださいね」

 拍子抜けしたままの俺を見て、リンはクスリと笑いながら背を向けた。シェリーもそれに続いて笑顔で去っていく。
 人通りの多い通りなので、彼女たちの姿はすぐに視界から消えた。残るは、未だ立ち尽くす俺一人。

「あれ?」

 予想と異なる展開にぶち当たり、思わず出た俺の疑問の声が周囲の雑音に紛れる。たまたま近くにいたプレイヤー数人が訝しげにこちらを見るの無意識の内に感じていたが、俺はそれ所ではない。

 結局何か仕掛けられると警戒していたのは、ただの俺の自意識過剰だったというわけか?
 でも、シェリーが密談の時からやたらと俺を気にしていたのは確かだと思ったんだがなぁ。よくわからない。

 恥ずかしさと困惑が入り混じって心の中で沸き立つ。だが、そんなことを考えていたのもそれまでだった。
 通りの流れの中で一人立ち尽くす俺に対し、周囲のプレイヤーが邪魔そうに見ていたからだ。

 まあ、あまり気にしても仕方ないか。約束もあることだし、俺も準備を始めよう。

 要領の得ない結果に首を傾げながらも、俺は周囲のプレイヤーの流れに沿って歩き出した。

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼悪い点
▼一言
― お薦めレビューを書く ―
レビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。

この小説をブックマークしている人はこんな小説も読んでいます!

最新のゲームは凄すぎだろ

世界初のVRMMORPG「Another World」をプレイする少年はゲームでは無く、似た異世界にトリップしているのだが全く気付く事がない。そんな彼が巻き起こ//

  • ファンタジー
  • 連載(全40部)
  • 4607 user
  • 最終掲載日:2014/09/15 06:00
理想のヒモ生活

月平均残業時間150時間オーバーの半ブラック企業に勤める山井善治郎は、気がつくと異世界に召喚されていた。善治郎を召喚したのは、善治郎の好みストライクど真ん中な、//

  • ファンタジー
  • 連載(全82部)
  • 5629 user
  • 最終掲載日:2014/10/08 12:00
こちら討伐クエスト斡旋窓口

※この度、ヒーロー文庫様より、本作品が書籍化される事となりました。 10月末に発売となります。なお、ダイジェスト化の予定はございません※ 自分では全く戦う気の//

  • ファンタジー
  • 連載(全79部)
  • 4621 user
  • 最終掲載日:2014/07/09 08:00
盾の勇者の成り上がり

盾の勇者として異世界に召還された岩谷尚文。冒険三日目にして仲間に裏切られ、信頼と金銭を一度に失ってしまう。他者を信じられなくなった尚文が取った行動は……。サブタ//

  • ファンタジー
  • 連載(全602部)
  • 4867 user
  • 最終掲載日:2014/10/09 10:00
ライオットグラスパー ~異世界でスキル盗ってます~(旧:異世界で盗賊やってます)

現世で事故死してしまった主人公のアガツマセイジ。ある理由から死後の転生先を地球ではなく異世界に決めた彼は、盗賊の神技(ライオットグラスパー)というスキルを習得し//

  • ファンタジー
  • 連載(全74部)
  • 4478 user
  • 最終掲載日:2014/09/29 07:00
Knight's & Magic

メカヲタ社会人が異世界に転生。 その世界に存在する巨大な魔導兵器の乗り手となるべく、彼は情熱と怨念と執念で全力疾走を開始する……。

  • ファンタジー
  • 連載(全79部)
  • 6070 user
  • 最終掲載日:2014/08/05 00:55
ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた

 ニートの山野マサル(23)は、ハロワに行って面白そうな求人を見つける。【剣と魔法のファンタジー世界でテストプレイ。長期間、泊り込みのできる方。月給25万+歩合//

  • ファンタジー
  • 連載(全117部)
  • 4457 user
  • 最終掲載日:2014/10/03 21:00
この世界がゲームだと俺だけが知っている

バグ満載のため、ある意味人気のVRゲーム『New Communicate Online』(通称『猫耳猫オフライン』)。 その熱狂的なファンである相良操麻は、不思//

  • ファンタジー
  • 連載(全213部)
  • 5196 user
  • 最終掲載日:2014/07/03 03:39
ありふれた職業で世界最強

クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えれば唯//

  • ファンタジー
  • 連載(全118部)
  • 4895 user
  • 最終掲載日:2014/10/06 18:00
フリーライフ ~異世界何でも屋奮闘記~

 魔力の有無で枝分かれした平行世界「アース」。その世界へと、1人の男が落っこちた。「ゲームをしてたはずなのに……」。幸いなことにVRMMORPG≪Another//

  • ファンタジー
  • 連載(全275部)
  • 4601 user
  • 最終掲載日:2014/08/23 00:21
《Blade Online》

世界初のVRMMO《Blade Online》のサービスが開始された。しかしプレイヤーを待ち受けていたのはログアウト不能のデスゲームだった――。ゲームに囚われた//

  • ファンタジー
  • 完結済(全148部)
  • 4697 user
  • 最終掲載日:2014/08/05 00:00
デスマーチからはじまる異世界狂想曲

 アラサープログラマー鈴木一郎は、普段着のままレベル1で、突然異世界にいる自分に気付く。3回だけ使える使い捨て大魔法「流星雨」によって棚ボタで高いレベルと財宝を//

  • ファンタジー
  • 連載(全356部)
  • 5077 user
  • 最終掲載日:2014/10/05 18:00
八男って、それはないでしょう! 

平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//

  • ファンタジー
  • 連載(全132部)
  • 6130 user
  • 最終掲載日:2014/10/07 09:40
勇者様のお師匠様

 両親を失いながらも騎士に憧れ、自らを鍛錬する貧しい少年ウィン・バード。しかし、騎士になるには絶望的なまでに魔力が少ない彼は、騎士試験を突破できず『万年騎士候補//

  • ファンタジー
  • 連載(全86部)
  • 5155 user
  • 最終掲載日:2014/09/15 00:00
フェアリーテイル・クロニクル ~空気読まない異世界ライフ~

 ゲームをしていたヘタレ男と美少女は、悪質なバグに引っかかって、無一文、鞄すらない初期装備の状態でゲームの世界に飛ばされてしまった。 「どうしよう……?」「ど//

  • ファンタジー
  • 連載(全122部)
  • 5519 user
  • 最終掲載日:2014/10/04 07:00
THE NEW GATE

 ダンジョン【異界の門】。その最深部でシンは戦っていた。デスゲームと化したVRMMO【THE NEW GATE】の最後の敵と。激しい戦いに勝利し、囚われていたプ//

  • ファンタジー
  • 連載(全32部)
  • 5733 user
  • 最終掲載日:2014/09/30 22:50
ネクストライフ

山田隆司は雪山で命を落とした──と思ったら、見知らぬ場所にいた。 どうも、ゲームの中の世界らしい。 その割には知らない事が多いけど……困惑しつつも、最強クラスだ//

  • ファンタジー
  • 連載(全175部)
  • 5094 user
  • 最終掲載日:2014/09/22 21:25
ログ・ホライズン

MMORPG〈エルダー・テイル〉をプレイしていたプレイヤーは、ある日世界規模で、ゲームの舞台と酷似した異世界に転移してしまった。その数は日本では約三万人。各々が//

  • SF
  • 連載(全73部)
  • 5502 user
  • 最終掲載日:2014/06/07 18:00
- Arcana Online -

【2012.4.2】本作の書籍化に伴い、第1章~第3章をダイジェスト版へ差し替えました。 --- 妹にお願いされ、この夏休みはとあるVRMMOのオープンβテスト//

  • SF
  • 連載(全31部)
  • 5158 user
  • 最終掲載日:2013/05/09 00:47
異世界迷宮で奴隷ハーレムを

ゲームだと思っていたら異世界に飛び込んでしまった男の物語。迷宮のあるゲーム的な世界でチートな設定を使ってがんばります。そこは、身分差があり、奴隷もいる社会。とな//

  • ファンタジー
  • 連載(全206部)
  • 6103 user
  • 最終掲載日:2014/09/30 20:01
月が導く異世界道中

 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜//

  • ファンタジー
  • 連載(全208部)
  • 5253 user
  • 最終掲載日:2014/09/03 22:00
Only Sense Online

 センスと呼ばれる技能を成長させ、派生させ、ただ唯一のプレイをしろ。  夏休みに半強制的に始める初めてのVRMMOを体験する峻は、自分だけの冒険を始める【富士見//

  • SF
  • 連載(全265部)
  • 5303 user
  • 最終掲載日:2014/10/08 22:28
ウォルテニア戦記【Web投稿版】

 青年が召喚された異世界は乱世だった。  絶対王政の世界。  選民意識に凝り固まった特権階級と世俗にまみれた宗教。  青年は自分の正義を胸に行動を起こす。 ※//

  • ファンタジー
  • 連載(全149部)
  • 4768 user
  • 最終掲載日:2014/05/27 23:23
風と異邦の精霊術師

 買い物帰りの自転車で、突っ込んだ先はファンタジー。異世界トリップ物です。  勢いで始めてしまった物語で、いきあたりばったり不定期更新です。  本作品には性//

  • ファンタジー
  • 連載(全121部)
  • 4467 user
  • 最終掲載日:2013/06/15 00:37
異世界食堂

洋食のねこや。 オフィス街に程近いちんけな商店街の一角にある、雑居ビルの地下1階。 午前11時から15時までのランチタイムと、午後18時から21時までのディナー//

  • ファンタジー
  • 連載(全89部)
  • 4548 user
  • 最終掲載日:2014/10/04 00:00
ワールドオーダー

なんの特徴もない天外孤独な三十路のおじさんが異世界にいって色々とするどこにでもあるようなお話。最強になれる能力、だが無敵ではない。そんなおじさんが頑張っていきま//

  • ファンタジー
  • 連載(全59部)
  • 4807 user
  • 最終掲載日:2014/06/21 00:00
イモータル×ソード

 愚直に「最強」を目指す傭兵オルタ・バッカス。しかし20年以上も傭兵として戦場に身を置いていた彼は中々芽を出さなかった。自らの才能の無さを嘆き、鍛練の傍ら才能と//

  • ファンタジー
  • 連載(全43部)
  • 5270 user
  • 最終掲載日:2014/09/15 19:00
無職転生 - 異世界行ったら本気だす -

34歳職歴無し住所不定無職童貞のニートは、ある日家を追い出され、人生を後悔している間にトラックに轢かれて死んでしまう。目覚めた時、彼は赤ん坊になっていた。どうや//

  • ファンタジー
  • 連載(全230部)
  • 6505 user
  • 最終掲載日:2014/09/02 19:00
↑ページトップへ