社説:産経記者起訴 韓国の法治感覚を憂う
毎日新聞 2014年10月10日 02時31分
産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長が、朴槿恵(パク・クネ)大統領の名誉を毀損(きそん)した情報通信網法違反の罪で在宅起訴された。加藤記者はすでに日本への転勤が決まっているのに、帰国できない状況になっている。
加藤記者は4月に起きた客船セウォル号の沈没事故に関連するコラムを書き、8月3日の産経新聞電子版に掲載された。
コラムは、沈没事故の当日に朴大統領が事故の報告を受けてから対策本部に姿を見せるまでに「空白の7時間」があったことを前提にしている。加藤記者は韓国紙のコラムを引用しながら、種々のうわさがあることを指摘し、「朴大統領と男性の関係に関するもの」という「証券街の関係筋」の話を紹介した。しかし、実際にはそのような事実は確認されていない。女性である朴大統領が強い不快感を抱いたことが起訴の背景にあるとみられる。
とはいえ、韓国検察による今回の刑事処分は過剰反応と言わざるを得ない。青瓦台(韓国大統領府)の高位秘書官は検察が捜査に着手する前に「民事・刑事上の責任を最後まで問う」と発言していたという。検察当局では、大統領への気遣いが先行し、法律の厳格な運用という基本原則がおろそかになっているのではないかとすら思える。
法治主義に基づく法制度の安定的な運用は、民主国家の根幹をなす重要な要素である。しかし、韓国では「法治でなく人治だ」と言われることがある。恣意(しい)的とさえ思える法運用が散見されるからだ。対馬の寺社から盗まれた仏像が、いまだに日本に返還されない現実などが分かりやすい実例だろう。
今回の在宅起訴は、国際常識から外れた措置である。報道の内容に不満があっても、朴大統領は「公人中の公人」であり、反論の機会はいくらでもある。懲罰的に公権力を発動するやり方は、言論の自由をないがしろにするものにほかならない。
日本新聞協会をはじめ日本記者クラブ、ソウル外信記者クラブ、国際NGOである「国境なき記者団」などは、韓国政府の姿勢に強い懸念を示している。このまま強引に有罪に持ち込もうとするなら、国際社会における韓国のイメージはひどく傷ついてしまうのではないか。韓国社会に冷静な判断を望みたい。
菅義偉官房長官は「報道の自由への侵害を懸念する声を無視する形で起訴されたことは、日韓関係の観点から極めて遺憾だ」と批判した。最近、ようやく改善の兆しが見え始めた日韓関係である。日本のメディアを追い込み、両国関係を再び冷え込ませてしまったら、双方にとって政治的な損失になる。