ロバート・グラスパーを中心に、新世代による〈21世紀のジャズ〉をまとめた書籍「Jazz The New Chapter」。今年2月に刊行されるやいなや大反響を巻き起こした本書は、〈グラスパー以降〉というキーワードと共に、刺激的な現代進行形のジャズ・シーンの面白さをジャズ・ファンのみならず、多くの音楽ファンに知らしめることとなった。
そして、第1弾の余波がまだ続くなか、新たな動きが目まぐるしく起こりさらなる活況を呈するジャズの最前線をドキュメントするために、9月には第2弾「Jazz The New Chapter 2」が刊行されたばかり。
こちらも第1弾と同様に大きな話題を呼んでいるが、はたしてこの〈JTNC〉旋風を巻き起こした張本人たちは一体どんな人物なのだろうか? 今回は、その仕掛け人である2人――監修者の柳樂光隆(ジャズ評論家/音楽ライター)と担当編集者の小熊俊哉(CROSSBEAT)に話を訊くことで、この人気シリーズ誕生の秘密に迫ってみた。
JTNCが生まれた背景
――柳樂さんと小熊さんが出会ったきっかけは何だったんですか?
柳樂「Twitterですね」
小熊「あの、高橋健太郎さんって人がいるんですけど……」
柳樂「健太郎さんが、(Twitter上で)よく論争みたいなのしてるんですけど。あるとき、1週間ぐらいずっとやってたことがあって」
小熊「まだ今の仕事を始める前、大学卒業した直後ぐらいの話なんですけど、〈Ustreamと著作権について〉の是非を巡る論争をなぜか僕と健太郎さんがするっていう」
柳樂「巻き込まれたんだよね(笑)」
小熊「僕、別に関係者でもなんでもないのに、なんかうっかりdisった一言から絡まれて(笑)。それを柳樂さんが見てたみたいで」
柳樂「そうそう。それで、面白いやつがいるなって思って。そういうなんか面白そうな若い人をいっぱいフォローして見てたんで。それがきっかけで、なんかの飲み会のときに一緒になったのが最初で」
――JTNC誕生の大元を辿ると、喧嘩腰のTwitter上の論争から生まれたと(笑)
小熊「そして、JTNC2では(高橋健太郎が)書いてるっていう(笑)」
――その後、JTNCという本を作るまでの流れはどういった感じだったのでしょうか?
柳樂「去年、シンコー(ミュージック・エンタテイメント)のCROSSBEATという雑誌で、〈ブルーノート特集〉を2回やったんですけど、それが結構評判が良かったみたいで」
――なぜロック雑誌でジャズの特集をやったんですか?
小熊「ロック界の名プロデューサーであるドン・ウォズが(ブルーノートの)オーナーになった、というのと、最近のロバート・グラスパーやホセ・ジェイムズのサウンドを聴いて、ロック・ファンにも親和性があるだろうっていう判断がありました。すごくシンプルなところですね。たぶん本当にそれ以外の事情はないんじゃないかっていうくらいのところからスタートして。2回目(の誌上特集)のときは、エルヴィス・コステロとルーツのコラボの話題もあって、コステロならCROSSBEATとしてもコネクトしやすいだろうっていうのもあったり。僕がCROSSBEATに入ってからまだ2年も経ってないんですけど、休刊前の最後のほうにちょくちょく変わったというか自由度の高い特集を結構やらせてもらえて。この本も最初はその(CROSSBEAT誌上の)特集を叩き台としてスタートしたという感じですね」
JTNCのコンセプト
――最初にこの本(JTNC1)を作ろうってなったときのコンセプトや狙い、編集方針はどういうものだったんでしょうか?
小熊「最初はぼんやり〈今のジャズをやろう〉ぐらいにしか考えてなくて。そのときは、今のジャズの動きがどういうものかっていうのを本当によくわかってなかったので。ただ、とりあえず昔のジャズを扱っている本はいっぱいあるけど、今のジャズをメインに扱っている本っていうのはないってのは明らかだったので、それがひとつの売りになるんじゃないかっていう読みはありましたね。社内的な後押しもありましたし。最初にやったジャズ特集の段階で結構お店の反応も良かったみたいなので、ニーズがあるんじゃないかということは感じてました」
柳樂「あと僕が別の雑誌などで取材をしたときのインタヴューも結構溜まってて、これだけアーティストの発言があればいいものが作れそうだなっていうのもあったんで、それも含めてっていう感じですね」
――そのあと、企画や構成は基本的にお二人のディスカッションで詰めていくという感じだったのでしょうか?
柳樂「そうですね。僕は大まかな設計図と、こういうのをやりたいっていうのと、〈今これが新しい〉とかを投げて、詳細は全部詰めてもらうっていう感じで。それで、小熊が見てわからない企画や文章は基本的にナシっていう(笑)」
――決してジャズが得意ジャンルではなかった、若い編集者である小熊さんがわからなかったらナシ、っていうところがJTNCのポイントというか、面白い特長だと思うんですよ。柳樂さんはジャズのスペシャリストですけど、そのときの小熊さんの認識としては、ロバート・グラスパーはわかってるぞ、と
小熊「まあ……その時点では『Black Radio』しか聴いてなかったんで、作る段階では正直ロバート・グラスパーもそんなにわかってたのかなっていうのもあります。他も知らない人ばっかりなんで、顔と名前が一致するまで時間がかかった部分はありました。それまでそんなに身近にジャズに接したことがなかったから、ホントに初めてに近いような形で。本を作ろうってなったときに、〈事前に勉強しておく必要があるな〉って思ったんですけど、事前に勉強するもなにも(笑)、参考になるものがあまりないんですよ。もちろんアーティストの名前で検索したりすれば、いろいろと情報は出てくるのかもしれないですけど、体系立った情報がこの本の前の時点では存在していないな、と。でも逆に、それに気付いたときに〈この本はいけるな〉っていうのはちょっと思いました」
柳樂「小熊が良かったのは、(この本に登場する)グラスパーやブラッド・メルドーなんかが自分の作品でカヴァーしている他ジャンルの音楽に関しては、基本的に全部知ってるっていうところですね。逆にそういう人のほうがいないんですよ。だから、アーティストの説明で他のジャンルの人の名前を出せばだいたい理解してもらえて、むしろ〈そういう人たちからの影響だったらこういうのもあるんじゃない?〉っていう、別の角度からのアイデアをもらえたのは結構デカくて。それで、(本の内容が)かなり拡がった気がしますね」
――ここ1年間ぐらいのジャズの最前線にフォーカスを当てた最新刊の〈JTNC2〉を読んでから、2000年以降の新たなジャズの動きをまとめた〈JTNC1〉を改めて読み返してみると、同じ編集者としての視点で見ても、隅々までしっかりまとめて、よく編集された本だなあっていう印象がありました。10年間のさまざまな動きがギュッと1冊にまとめられているな、と改めて驚いたというか
小熊「柳樂さんの中に本のヴィジョンは最初からあったけど、ただそれをどう配置するかってのがすごい大事だなと思いましたね。ページの順番とかはすごく意識して並べたかな。作ってて、この本が一番いけるなって思ったのは、ケニー・ギャレットのインタヴューですね。インタヴューしてるときは〈これなんでやってるんだろう?〉ってイマイチわかってなくて。そこから記事が揃っていくうちに、若手を積極的に起用してきた大ヴェテランであるギャレットの発言がどんどん重みを増していくんですよ。〈(この本が)単に新しいことだけをやろうとしてるんじゃないんだな〉ってことが、やっとそのときにわかったというか。〈昔と今のジャズを繋ごうとしてるけど、ちゃんと昔からやる必要はない〉っていうのがこの本のやり方だと思うんですけど、それを一番示してるのが彼のインタヴューだったんじゃないかな」
柳樂「(昔と今のジャズの)断絶みたいなことはずっと言われてたんで、リスナーもだし多分プレイヤー的にも。グラスパーみたいなのが急に売れたっていうのもあって。でも、実は意外とそうでもない(断絶していない)っていうのは、きちんと見てる人にはずっとわかってたんで。それをどう表現するのかは当事者に語ってもらおう、っていう感じで」
ジャズ本としては異例のヒット
――JTNC1は今年の2月に刊行されるやいなや話題となって、今でもずっと何かと話題になるなどロングヒット中です。ここまで長く話題となり続けて、他の動きにも拡大するなどムーヴメントを起こした音楽本はここ最近なかったと思いますし、〈Jazz The New Chapter〉というキーワードがどんどん拡大して他の動きに影響を与えていくこの現象を目の当たりにして、刊行された直後から〈ちょっとコレはタダモンじゃないな、なにか新しい動きが起こってるぞ〉っていう感覚を持っていましたが、作った当事者としてはこういった反響を予想していましたか?
柳樂「ここまでとは思わなかったけど、ある程度は予想してましたね。結構自信はあったんで。僕はまあジャズの本は基本的に一通り読んでいるので、こういうもの(JTNCのような本)がないっていうのはわかっていたので。あとは、小熊とよく話してたのが〈普通のジャズ本〉みたいなものを作りたくないってことですね。〈ただの良い本〉を作りたくないっていうのを僕はずっと言ってて。市場を動かしたいっていうか、音楽評論本って、評論が出たことで商品が動いてアーティストの来日があって、ムーヴメントがもっと大きくなって、深まっていくみたいなのがあるじゃないですか。ポスト・ロックでもなんでも、90年代には結構そういうのがあったんですけど、僕はできればそういう(動きを生み出せる)ものにしたくて。ただ良い本になって評価される(だけ)っていうのはあんまり関心がなかったし、そういう前提で作っていたので。お店の人がついてきてくれたりリスナーの方からいろいろと反響があったりしたのが、予想よりは大きかったですけど、そういうのがあるようには作ったつもりです」
小熊「あと、本については、デザインのイメージも良かったと思いますね。逆に僕が意識したのは、いわゆるジャズ喫茶じゃないけど、ああいった(既存の)イメージのジャズからは少しでも離れること。でもジャズからは離れない、っていうか、それはすごく狙いとしてあって。で、それを何で成し遂げるかっていったらデザインなのかなっていう。ロバート・グラスパーはR&Bとかヒップホップを、サウンドだけでなく服装やスタイル全体で積極的に取り入れてるけど、一方でジャズメンであることすごく誇りに思っている。そんな彼を中心に据えるわけだから、この本もその在り方を強く意識するべきなんだろうなって。そこは上手くハマったのかな。最初に本が出たとき、こういうジャズの本ってなかったからデザインの評判もすごく良かったと思うし」
柳樂「確かデザイナーを最初に決めたんだよね」
小熊「うん。なんか少しでもかっこいい本にしたいなって思って。それは大事だろうなっていう」
柳樂「BEAMSとかに置いてもらえそうな本がいいみたいな話を僕がしてて。今は本当にBEAMS RECORDSとかSPIRAL RECORDSとかに置いてもらえてるんですけど、なかなかああいうところにジャズの本って置いてもらえないんで。そもそも本自体があんまり置いてもらえる場所じゃないんだけど、そういう目標も最初にあったんで。それは良かったですね」
新世代の感覚で、現在進行形の新世代によるジャズを扱った〈世界初の〉本
――〈ロバート・グラスパー以降〉という表現が、この本の登場以降にさまざまなメディアでよく使われるようになっていますが、このキャッチは自然に出てきたものなんですか?
柳樂「いろんな方にインタヴューさせてもらったんですけど、グラスパーのインタヴューが一番テンション上がるんですよ。ジャズ・ミュージシャンってみんな真面目で、すごく明晰というか、良いことはいっぱい言ってくれるんですけど、この人だけちょっとアジテーターっぽいっていうか、自分が引っ張っていくんだみたいな発言がすごく多くて。意図して中心になろうとしてるっていうか、自分以降みたいなものを作ろうとしてるっていうのは他にはいなくて。そういう意味では、グラスパーは本質的にそういう人なのかもしれない」
――JTNCに登場する海外アーティストにも、この本の存在が知られてきていますよね
柳樂「小熊と話してたのは、海外の評論に左右されないっていうか、ジャズに関しては僕はあんまりそういうの見ないようにしてて。あんまりアテにならないって思ってるのもあって。日本主導で、〈俺たちのほうが理解してる〉っていう体でやってたっていうのもあって(笑)。そういうところも海外のアーティストにウケたのかも」
小熊「まあ、実際向こうにも類書がないってことですよね。帯にでっかく〈世界初〉って入れちゃったんですけど、間違いでもなかったっていうか」
――これまで日本も含めて、世界中で誰も現在進行形のジャズを体系的にまとめていなくて、なおかつ潜在的にその情報へのニーズが高まっていたこともあって、JTNCは成功するべくして成功したと思います
小熊「現在進行形の音楽を扱う本っていうのは、洋楽に関してはどんどん減ってきてますよね。なんていうんだろう……すごいスリリングな、現在の音楽が〈攻めてる部分〉について扱ってる本は、別にジャズに限らずなくなってる気がして。でもこの本は、作ってるうちに気付いたことのひとつなんですけど、〈ジャズ〉って名前は付いてるけど実はジャズ以外のすごいいろんな、いま同時に起こってることについても目配せが効いていて。それはすごい面白いなって思います。だから、逆にいま一番面白い音楽はジャズなんだ、って気付いたのも作ってる最中で」
――あと、現在進行形の音楽を扱ったということに加えて、これまでのジャズ本にはなかった、新世代の感覚でジャズを捉えたという点も、ジャズをこれからもっと聴いてみたいと思っている若い世代も含めて〈待ってました!〉と大きく受け入れられたポイントだと思います
柳樂「かつて自分が学生時代に読んでいた頃のSTUDIO VOICEやGROOVE、bounceなんかのジャズ特集とかだと、力技でいろんなものを繋げたり、そんなの全然関係ねえだろっていうフリー・ジャズとかを、無理矢理クラブ・カルチャーにいる人が聴くべきものみたいな感じでドーンって推してたり。その音楽リスナーを拡げたいときに、そういう無茶って大事じゃないですか(笑)」
――たしかに当時のそういった雑誌からは、なんでもいいから他の人気ジャンルにくっつけたりして、自分の好きな音楽をとにかく紹介したい!っていうパワーが感じられましたよね
柳樂「そうそう。そういうちょっとパワフルな感じをやりたかったのもありますね、その頃ってホントに大きいムーヴメントを作ってたのが音楽評論だったと思うんで。無理に楽理分析みたいなのをしなくても、面白い切り口と腕力みたいなのがあれば新しいものを作れるっていうのを、僕はずっと音楽評論で見てきたので。だからJTNCでは、素直に僕はそれをやったって感じですけどね(笑)。新しいことをやった、みたいな感じが自分のなかではあんまりない」
――10年前ぐらいまでは、ココとココが繋がっててすごい面白いことが起きてるねって、いろんなジャンルで普通にやってたのに、そういった音楽の紹介のされ方がどんどん減っていった。洋楽を聴く楽しみ方のひとつって、いろいろと聴いていくうちにいろんなジャンルの音楽が繋がっているっていうことがどんどんわかっていって、そんなダイナミックなところが〈音楽ってホントに面白いな〉って感じるところなのに、アーティスト単体での紹介はあっても、そういったジャンルを越境する感じの音楽の楽しみ方を紹介する媒体が減っていってしまった。でも、JTNCはジャンルの壁を越えることを恐れずに、ただ〈すげえ面白いじゃん!〉って素直に説明するところが、一周してまた戻ってきたな、この本が〈現在の音楽の聴き方/楽しみ方を変革させる〉新たな突破口になるかもな、ってすごい感じたんですよ。でも、もしかしたらまだ20代中盤の小熊さんは、そういった感覚ではなく無意識に、普通に素で作った新世代なのかなってちょっと感じた……
柳樂「そうだと思いますよ」
小熊「(笑)。ああ、まあ、そうかもしれない。僕はインターネットの恩恵に与って音楽知識を手に入れた世代で、高校生のときもAmazonとかのカスタマー・レヴューをひたすら読んでました。で、ネットを見ればいろんな情報があってどんどん掘れるし、これはもうさぞかし音楽詳しい人ばっかり世の中にいて楽しいだろうなって思って。mixiぐらいのときまではそういう実感があったんですけど、Twitter(の登場)ぐらいからかな、調べる方法はいくらでもあるのに、自分から新たに音楽を掘る人の数はやっぱり減ったと思う。世の中も内向きになっていくし、ホントにショックだったんですけど。それについて考えたときに、新しい価値観を提供する場として、ネットはもうあんまりアンダーグラウンドじゃないっていうか、紙だからできることっていうことに、そこからすごく興味が湧いてきた。だから、〈JTNC〉ですごい達成感があるのは、ここに書いてある情報が全然ネットに載ってないっていうところですね。いまは逆で、もうネットに載ってる情報を参考にして、紙にキレイにまとめていくみたいな音楽の媒体も、洋楽だと特に多い印象があって。〈これ、Pitchforkの受け売りじゃない?〉みたいな。間違いじゃないけど、見てて退屈に思った部分もあったんですよ。でも〈JTNC〉は、ずっと音楽を深く聴いてきた人が、ちゃんと自分の見地でものを書いてる。そこがすごい面白くて。で、じゃあ僕はそこに何ができるかって言ったら、ちゃんとした編集を施すっていうか。それがどうしてこの本に必要なのかっていうのを、わかりやすく配置するっていうか、そういうことかなっていう」
柳樂「書き手を名前の大きさだけで選ばなかったっていうのも重要だよね。ジャズに限らず、今の音楽を広く聴いていて、こちらの意図を汲んでくれそうな人に声をかけました」
小熊「そういう条件だから、今後は若い書き手にもっと参加してほしいんですよね。ただ、WEB以降の感覚って自分の思ったことを好きに書くことがよしとされてるけど、プロっぽいって言ったら変ですが、ちゃんと与えられたテーマに則って、こっち(編集者)のオーダー通りかないしはもっと上の文章を書ける音楽ライターって、若手だと正直あんまり浮かばないんですよ。自分もまだまだ未熟ですけど、その現状に対して物足りないと思う部分とか危機感はやっぱりあって、若い世代が盛り上がらないと始まらないし、JTNCや他の本を通じて、〈音楽について書く〉ことについて刺激を与えていきたいですね」
※インタヴュー後編(近日公開予定)へ続く
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