刑事司法改革案 原点が揺らいでいないか
捜査や裁判の姿が大きく変わることになりそうだ。実現すれば裁判員制度以来の大改革となる。
法制審議会(法相の諮問機関)が刑事司法制度の改革案を答申した。注目すべきは警察・検察による容疑者の取り調べに初めて録音・録画(可視化)を義務付けた点と、いわゆる司法取引の導入や通信傍受の対象拡大など新たな捜査手法に道を開いたことだろう。
法務省は来年の通常国会に関連法案を提出する方向だ。
改革案には厳しい批判も向けられている。足利事件で再審無罪となった菅家利和さんら冤罪(えんざい)被害者は記者会見を開き抗議した。冤罪の温床はそのままにしつつ、新たな冤罪を生みかねないというのだ。耳を傾けるべき指摘だろう。
何より改革の目玉だったはずの全面可視化が不十分だ。裁判員対象と検察独自捜査の事件という全体の2%程度に限定された。にもかかわらず、捜査側には念願だった新しい「武器」を与えている。
●発端は検察の不祥事
今回の改革の発端は4年前に発覚し、検事総長辞職にまで発展した大阪地検特捜部の証拠改ざん事件だった。冤罪防止が原点だったことを踏まえると、捜査側の「焼け太り」との印象は拭えない。
法制審の特別部会での議論には3年を費やし、その間に政権も交代した。議論はいつの間にか、可視化と新たな捜査手法の導入がセットになってしまった。検察と実質的に一体である法務省主導の改革の限界ともいえるだろう。
それでも、改革案には一定の可能性を見いだしたい。一部とはいえ、逮捕から全過程の取り調べが可視化される意味は決して小さくない。特に警察で可視化に対応した捜査が一般化すれば、その効果の波及も予想できるからだ。
捜査の現場で自白は「証拠の王様」と扱われてきた。ところが近年、捜査官に強制や誘導をされた疑いから自白調書の証拠採用に慎重な裁判官が増えている。密室の取り調べに対する疑念が裁判官にも広がっているのだ。捜査段階の調書ではなく法廷で述べたことを中心に審理するというのは裁判員裁判の基本的な理念でもある。
実は、こうした変化に検察は敏感に反応している。改革案の義務化対象外の事件でも自発的に可能な限り可視化する方向だ。「検察はかじを切った」と表現する専門家もいる。
可視化は容疑者・被告側だけでなく捜査側にも有益である-。先進国で広まっているこの認識を日本の警察も共有できれば、捜査現場は劇的に変わる可能性がある。
そのためにも警察捜査の可視化を骨抜きにしてはならない。可視化しなくともよい例外規定をなるべく抑制する制度設計の工夫を求めたい。
欧米で導入済みという点では司法取引も同じだ。他者の犯罪捜査について供述などの協力をした容疑者・被告に見返りとして、起訴を見送ったり求刑を軽くしたりする。対象は汚職や詐欺などの経済事犯と薬物・銃器犯罪で、主犯格の摘発に関係者の供述の積み重ねが必要な犯罪に限ってはいる。
●「新たな冤罪」の懸念
司法取引を導入した国では一定の成果を上げている一方、冤罪を生む恐れも指摘されている。改正案は弁護人の同意を義務付け、虚偽供述の罰則も設けたが、厳格な運用をしないと、まさに「新たな冤罪」の温床となりかねない。
また犯罪に関与した者の罪が条件付きとはいえ減免されることには市民感情の問題もある。「正義の実現」との兼ね合いについて国会でも詰めた議論が必要だろう。
通信傍受の対象事件拡大にもプライバシー侵害の懸念がある。市民への丁寧な説明と不安を払拭(ふっしょく)する制度づくりが欠かせない。年内に施行される特定秘密保護法と関連付けて「監視社会の強化につながる」と問題視する専門家もいる。私たちも注意深く見守りたい。
30年ほど前、日本の刑事司法は研究者から「かなり絶望的」と酷評される状態だった。密室での強引な取り調べや自白調書に深く依存していたからだ。その改革は5年前の裁判員制度導入で大きな転機を迎え、今回の改革案でさらに踏み出そうとしている。何のための刑事司法改革なのか。その原点を忘れずに、法務省の法案作成や国会審議を通じて、冤罪防止の観点から改善を求めていきたい。
=2014/09/25付 西日本新聞朝刊=