野田国義参議院議員に謝罪せよとまでは思わないが、謝罪したほうがよいのではないかとは思う。
7日の参議院予算委員会の基本的質疑で、山谷国家公安委員長が在特会メンバーと一緒に写真を撮っていたということに関連した質疑の際、委員会室で山谷氏に「団体のメンバーと懇ろなのではないか」というやじが民主党議員と思われる側から複数回飛び、これはセクハラ発言ではないかと話題になり、民主党の蓮舫元行政刷新担当大臣は、やじを飛ばしたのが同党所属議員による発言であることを認め、議会に対して陳謝した。このおり、やじを飛ばした議員は名乗り出るようにも示唆された。
名乗りでたのは民主党・野田国義参議院議員であった。しかし、野田議員は、私の誤解かもしれないが、陳謝はせず、セクハラとして受け止められたのは誤解であると釈明するに留めた。NHK「民主 野田参院議員 やじを認め釈明」(参照)より。
そのうえで、野田議員は「山谷大臣と団体との関係が親しいのではないかという意味で『ねんごろ』という表現をしたが、結果として誤解を与えたことは申し訳ないと思っている。今後の対応は党と相談して決めたい」と釈明しました。今回のやじを巡って、民主党は8日朝の参議院予算委員会の理事会で、重く受け止めているなどとして、各会派に陳謝しています。
菅官房長官は午後の記者会見で、「私は現場で聞いていたが、確か3回も言っていた。セクハラ発言の最たるものだったと思うし、女性の品格を著しく傷つける発言だと思う。やじを飛ばしたことを認めたのであれば、素直に謝罪したようがよろしいんじゃないかなと私は思う」と述べました。
現場にいた菅官房長官は「セクハラ発言の最たるものだった」との認識を示したが、当の野田議員は「結果として誤解を与えたことは申し訳ない」としている。つまり、セクハラではないとの認識である。
野田議員の釈明には詳細報道があった。産経「山谷氏への「懇ろ」やじ 野田議員釈明詳報「九州ではよく使う」」(参照)より。
--どういう意図でやじったのか
「全く違った解釈をされているんで、ちょっと私も驚いている。というか憤りも逆に感じている。私の場合、小川(敏夫元法相)先生が質問していて、いわゆる在特会(=在日特権を許さない市民の会)との関係、思想的な懇ろな関係、そしてそれが長くずっと続いていた、いわゆるそれが懇ろな関係じゃないかということで言ったつもりなんですね」
--親しいという意味だったのか
「九州じゃあ、よく使うんよ(注:野田氏は参院福岡選挙区選出)。今日も理事会で九州の先生が言ってくれたらしいが、懇ろって結構使うんよ。そしたらどうもこっちは違うみたいだね。それがまあ、一つ反省なんだけど」
--問題になった点はどう釈明するのか
「そういうことで在特会との思想的なつながりが親密、懇ろでしょう、と。小川議員の発言に対して明確な答弁もなくて、はぐらかす発言をずっとしていたから、そういう中でみんな、『が-』ってなったんじゃない。そこで私自身もそういう意図で、発言したということですね。だからなんでそういう取り方するのかなと思ってね。皆さんも辞書をひいてもらえば分かるように、いくつか意味があって、その一つに確かにという部分が一つあるよね。皆さんがおっしゃっていることでしょう。しかし、僕の場合はまったく在特会との関係が長く続いていたことが懇ろでしょうと(言った)」
--蓮舫筆頭理事が予算委理事会で謝罪したことをどう考えるか。騒動になった点は
「誤解を招いたということは申し訳なかったということなんですが、僕はそういう意味で使って、全く皆さんが思ったような取り方はしてませんので。おかしいって、安倍晋三首相が最初におっしゃっていたけど。九州じゃ、よく使うよ」
--やじの内容は「宿泊先を知っているなら懇ろではないか」ということだった
「そうそう。だから宿泊先を知ってるぐらい懇ろなんでしょうと。そうでしょう。だから在特会とのつながりが長く、親しいから宿泊先を知っているんじゃないのということを言っている」
--「宿泊先」と言うと、違って受け止められるのではないか
「しかし、来たという形になっていたじゃない。小川先生の話も訪ねてきたという話よ。そうでしょう。訪ねてきたというところを、ずっと小川さんも話していたよ。訪ねてくるぐらいだったら親しいんじゃないですか。そうよね。確かに。僕も泊まっているホテルなんかあんまり教えないよね。親しい人しか。だから、それが懇ろなんでしょう。親しいというね。それも長年。だからずっと長く付き合っていらっしゃったら、いろいろマスコミも今書き始めているみたいだけど。それで明解な答弁もなく、はぐらかしての答弁ばっかりが続いていたということでしょう」
--都議会でもセクハラ発言が問題になった。それと比較する声もあるが
「全く違うじゃない。辞書を引けば、全然違うじゃない。皆さんが一方的に当てはめているだけであって、僕の言わんとするところは全く在特会との付き合いが長くて親しいんでしょうと。だから、私が在特会と懇ろな関係でしょうと。どうとる? ねえ。個人との話じゃないわけだから」
野田議員の釈明のポイントは「懇ろ」という表現は、九州では「親しい」という意味で使うし、「辞書を引けば、全然違う」とのことで、性的な文脈で読むことは誤解であるから、セクハラ発言ではないということだ。そこで文脈を再現しておこう。聞き取れる範囲で書き起こしてみた。
小川:平成21年2月22日、この日に在特会の幹部が3人いると。その他の方も含めて大臣は記念写真を撮っているということが公表されておるんですがね。これは大臣が宿泊されているホテルに朝、訪問してきたんではないですか。
山谷:あのぉ竹島の日の集会のことだと思いますけども、朝訪ねて来たとかどうかということはあのちょっと記憶にございません。あのその人が関係者、、在特会の関係者だということも全く存じておりません。
小川:記憶にないのにね、なぜ講演会の場でたまたま頼まれたから写真を撮ったと説明できるんですか。
山谷:あのぉ政治家でございますから様々な場所で、ま、様々な方とお会いするということでございまして、え、写真を求められれば撮るということでありますが、あ、その方たちが在特会にメンバーであるということは全く存じませんでした。
小川:あの訪問したほうのですね、在特会の幹部の方がこういうふうにホームページで言っていますよ。「山谷先生の宿泊されているホテルに押しかけ、そうしょう、少々遅い夜明けのコーヒー」とこういうふうに言っています。大臣が泊まられているホテルに朝方午前中にですね、訪問したんじゃないんですか。大臣はそれを受け入れてお会いされたんじゃないんですか。
野田ヤジ:「宿泊先まで知っているっていうのねは、懇ろな関係じゃねえか」
山谷:そのような、どのようなホームページかは私は承知しておりませんが、私はあの早寝でございましてですね、夜明けのコーヒーなどは飲みません。
ヤジ部分は次のほうが、多少聞きやすい。
私はこれを聞いて二つ印象をもった。一つは、山谷議員が「夜明けのコーヒーなどは飲みません」と笑って述べているが、これは、「夜明けのコーヒー」の含みを理解してのことだろう、ということだ。この文脈ではもとは在得会が使っている表現だが、昭和の人間であれば、これからピンキーとキラーズの『恋の季節』の次を思い浮かべる。
夜明けのコーヒー
ふたりで飲もうと
あの人が云った
恋の季節よ
これが一般的にどう受け止められているかというと、日経のコラム・春秋がわかりやすい(参照)。
春秋
2013/10/29 3:30
昭和29年のことだ。ブラジルで、同じホテルに泊まるフランスの若い俳優が歌手の越路吹雪に声をかけた。「あす朝早く二人でコーヒーを飲もう」。うなずいた越路さん、約束を守ろうと翌朝、眠い目をこすり彼の部屋をノックすると、彼は一睡もせず待っていた……。▼越路さんはやっと気づく。朝のコーヒーを一緒に飲もうとは、一夜をともにしようという誘いなのだと。この逸話を気に入ったのが越路吹雪を家族のように支えた作詞家の岩谷時子さんだった。かくして後年、ピンキーとキラーズの「恋の季節」に「夜明けのコーヒー 二人で飲もうと~」の一節が盛り込まれたのである。
つまり、「夜明けのコーヒー 二人で飲もうと~」は、「一夜をともにしようという誘い」ということで、その文脈を山谷議員も了解したうえで、またこれが回答になると理解したうえで、そんなことはないでしょう(飲みません)と否定したわけである。
ここで考えることは、なぜ山谷議員がそう文脈を考えなければならかったかである。それは、小川議員から「夜明けのコーヒー」の言葉が出て、野田議員のヤジで「宿泊先まで知っているっていうのねは、懇ろな関係じゃねえか」という文脈が形成されたからではないかと思う。ヤジがこの文脈を形成したように見える。
しかし、野田議員としては、文脈をはずして、「懇ろ」の字義から釈明しているが、その字義を文脈に挿入すると、「宿泊先まで知っている親しい関係」ということになる。ここで、なぜその男女関係で「宿泊先」を告げるかといえば、「一夜をともにしよう」あるいは、性的な密会という含みが生じるからだろう。
私はこの部分からそのように受け取ったし、これは、管官房長官が言うように「セクハラ発言の最たるものだったと思うし、女性の品格を著しく傷つける発言だ」ということに同意した。
もう一点は、しかし、それも解釈にすぎないということだ。それはゲスの勘ぐりだというなら、それもそれはそれで受け入れたいとも思う。たぶん、このエントリーにもゲスの勘ぐりというコメントが来るだろうと予想する。山谷議員や在得会を弁護するための議論だと脊髄反射される方が少なくないと予想するからだ。
だから、解釈問題だという還元のしたかたもあるだろう、ということで、野田国義参議院議員に謝罪せよとまでは思わない。
それでも管官房長官や私のような受け止め方はけして少数ではないだろうという点で、きちんと謝罪したほうがよいのではないかとも思う。
謝罪を勧めるのには、もうひとつ理由がある。山谷議員を在特会の関連で批判したいなら、セクハラと受け止められるような追求はしないほうがよいからだ。そこはきちんと分けたほうがよいと思う。この意見が、野田国義参議院議員や民主党に伝わってほしいと思う。
セクハラというのは受け取った人の問題である、とまでははっきりとはわからないし、また山谷議員がこれをセクハラとして受け取ったかも判然とはしない。しかし、国会の場で直接的な事実関係の判然としないなかで、密会的な性関係を否定するような配慮を女性に強いる状態自体が、私にはセクハラの空気であると感じている。
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