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調理室で技術者の勉強会、お目当ては刺身と酒

「魚のさばき方」を学ぶプログラマたち

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文:谷島 宣之、荻野 浩史 / 写真:荻野 浩史

10.09.2014

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「日本で唯一、勉強会で刺身が食べられる」とうたう集まりが愛媛県大洲市にある。家の事情で名古屋から大洲に引っ越したエンジニアが始めた会だ。だが、なぜ刺身が出てくるのか。

コンピュータは人間より速く計算でき、正確に記憶する。一方、人間は魚をおろし、ふるまう。食べ、飲み、話す。コンピュータはどれもできない。交流ができるのは人間だけ、そしてコンピュータの仕事をするプロは新たな交流を求めている。

ここに掲げた写真は奇妙である。設備を見ると調理室のようだ。どうもしゃぶしゃぶをしているらしい。だがパソコンが置かれている。しかもデジタルカメラでしゃぶしゃぶの様子を撮影している。しゃぶしゃぶとパソコン。全く関係がない気がする。

この写真は「ゆるふわ.rb」という勉強会の様子をとらえたもの。場所は愛媛県大洲市、会場は大洲市民会館である。発起人である荻野浩史氏によると、ゆるふわ.rbは四国初のRubyコミュニティだそうだ。

「Rubyに関心があるエンジニアやプログラマが集まり、Rubyについて語り合う場を持ちたい」

こうした思いから荻野氏はゆるふわ.rbを始めた。Rubyは日本で生まれたコンピュータプログラミング言語である。パソコンやスマートフォンにはあらかじめ色々なプログラムが入っており、利用者はすぐにそれらを使うことができる。そうしたプログラムはすべて、コンピュータのエンジニアやプログラマたちが設計し、プログラミング言語を使って記述したものだ。

コンピュータの仕事に就いて9年、エンジニアであり、プログラマでもある荻野氏は仕事についてこう語る。

「自分が手を動かして記述したプログラムが動き、何かをしてくれる。これほど楽しいことはない」

この楽しみを四国にいる同志とともに実感できる場が欲しい。それが、ゆるふわ.rbというわけだ。

ゆるふわ.rbの会場案内。表記に誤りがあり、「ふるふわ.rb」となっている。第1回に間違って記載されたものをそのまま使っている。

プログラミングの勉強会、場所は調理室

ゆるふわ.rbは2013年12月7日に1回目の会合が開かれ、これまで5回実施された。毎回、大洲市民会館の調理室を会場に使っている。なぜ調理室なのか。

「刺身をさばきたかったから」

荻野氏はこう答える。料理好きの荻野氏は来場者に手料理をふるまいたいと考えた。第1回の会合名は「ゆるふわ.rb in 大洲 〜新鮮な刺身と共に〜」であった。

来場者は刺身がふるまわれることは知っていたものの、会場が調理室になるという連絡は受けていなかった。市民会館に当日来た参加者は「ふるふわ.rb」と誤記された案内板に「調理室」と記されていたのを見て、ほほえんだことだろう。

ゆるふわ.rbでふるまわれるウェルカムドリンク。荻野氏お手製の麩(ふ)入り味噌汁。

毎回の会合ではまず、荻野氏が参加者にウェルカムドリンクをふるまう。ゆるふわ.rbに集まるエンジニアやプログラマは常連もいれば、初参加の人もいるため、ドリンクを飲みつつ、自己紹介をする。

ドリンクは荻野氏が調理した味噌汁であることが多い。あおさ、お麩など具は毎回変わる。真夏に開催した際には、かぼちゃの冷製スープを出した。冷製スープを荻野氏は前日につくったが、途中でミキサーが壊れ、手で裏ごしをするはめになった。2月15日の会合では前日がバレンタインデーであったことからウェルカムチョコレートを用意した。もっとも参加者に酒飲みが多かったためか、今ひとつ喜ばれなかったという。

二人一組でプログラミングに取り組む。プログラムを書いている人はしらふ、隣で助言している人はややご機嫌。

鯛しゃぶをつつきながら勉強しよう

味噌汁で暖まり、冷製スープですっきりし、自己紹介を終えた後はいよいよ勉強である。過去5回の開催日、お題、勉強内容を紹介しよう。

  • 2013年12月7日:「新鮮な刺身と共に」(Rubyで書かれた100行のタイピングゲームをひも解く)
  • 2014年2月15日(土):「鯛しゃぶをつつきながらCodeIQに挑戦!!(前編)」(CodeIQの予習とドットインストールの実践)
  • 3月1日(土):「鯛しゃぶをつつきながらCodeIQに挑戦!!(後編)」(CodeIQの中からRuby関連の問題に挑戦、パソコン甲子園2013の問題にも挑戦)
  • 5月4日(日):「刺身とお寿司とTDD」(テスト駆動開発のライブコーディング)
  • 8月2日(土):「魚のさばき方勉強会やります」(参加者全員で鰺=あじ=をさばく)

お題の先頭に「鯛しゃぶ」「刺身」「寿司」と書かれている点が妙であるし、勉強会の内容は専門家でないとよく分からない。ざっと説明すると、Rubyという言語を使って荻野氏が記述したプログラムを集まった参加者で読んで話し合ったり、プログラマの知識を確かめる試験を受けたり、実際にプログラムを記述したり、といった活動をしてきた。

5月4日のライブコーディングとは、プログラムを記述し、動かし、間違いがあったら直し、また動かす、といったことを繰り返し、その場でいる参加者全員が見て、意見を言い合う活動であった。荻野氏によると次のような気付きが得られた。

「プログラムが次第に成長していく過程を見られるため、プログラマの思考回路が分かってくる。出来上がったプログラムを読むより、様々なことを学べる」

刺身、しゃぶしゃぶ、そしてビールを楽しみ、会話する。

勉強会の後は「ビアバッシュ」になる。ビアバッシュとはビールを飲み、ピザなど食べつつ歓談する場のことで、米国シリコンバレーのコンピュータ関連企業がしばしば開催しているらしい。

ただし、ゆるふわ.rbの場合、荻野氏のこだわりから魚が必ず出る。酒はビールと日本酒。これまでの会合で調理室に登場したのは、鯛とカンパチの刺身、河豚(ふぐ)の湯引き、寿司、鯛の昆布締め、鯛のあら焼き、塩鯖焼き、鯛しゃぶ、河豚しゃぶ。何だか豪華である。勉強よりこちらが目的に見えてしまう。

魚、魚、魚、コンピュータより魚

勉強会で出す魚は荻野氏が八幡浜港まで行って仕入れる。鯛しゃぶを予定していた日に市場に顔を出すと、その日に水揚げされた河豚があった。唐揚げ用と書いてあったが尋ねると「刺身で食べる人もたまにいる」。その場で河豚しゃぶへの挑戦を決め、その日は鯛しゃぶと河豚しゃぶの二本立てにした。

普段は市場で魚をさばいてもらうが、時には荻野氏が当日の朝、ひたすらさばくこともあった。ただ、さばくのに専門の調理師免許が必要な河豚だけは別で、さすがに切り身を購入したという。昆布締めは荻野氏が前日仕込んだ。

荻野氏の魚好きが参加者に伝染したのかどうか、8月2日に開かれた会合はお題が「魚のさばき方」になってしまった。最初に荻野氏が実演し、参加者全員が鰺の三枚おろしに挑戦した。

「Rubyのコミュニティなのに、Rubyの話を一切しない会にしてみた。その結果、多くの参加者がRubyではなく魚に引き寄せられることが分かった」

こう言って笑う荻野氏は『LET'S GO ゆるふわ.rb』というプレゼンテーション資料に「メインは刺身と酒」「Rubyに関心がなくてもいい」と明記した。

鯵の三枚おろしを実演する荻野氏。

「メインは刺身と酒」というのは半分本気であり半分冗談だろう。本当の「メイン」は「刺身と酒」を味わいつつ、エンジニアやプログラマが集まり、ああでもないこうでもないと対話することにある。「魚のさばき方」の会には、コンピュータとの関係がそれほどないデザイナーや学生も参加した。

「美味しい料理やお酒が入ると、皆さん大真面目に仕事や技術の話をしたり、『こういうことができたら面白い』と言ったり、仕事観を披露したり、プログラマとしてのあるべき姿を議論したり、話が弾む。構えないで誰でも参加でき、プログラミングの楽しさを実感できる場として続けたい」

開催場所である愛媛県大洲市は愛媛の中で相当の田舎だという。それでもかなりの時間をかけ、松山市などからも参加者が「楽しさを実感できる場」を求めて大洲市までやってきた。

プロの腕と心を磨く場がほしい

実は荻野氏自身、こうした場を求めていた。名古屋でエンジニアをしていた荻野氏は家の事情から、故郷にほど近い大洲市に戻ってきた。だが大洲市にコンピュータの仕事はほとんどない。荻野氏は県外の仕事を請け負い、生家の一室でパソコンに向かって、情報システムを設計し、プログラムを記述する。業務連絡や成果物の提出はすべてインターネットを経由して行う。

この環境で仕事はこなせるものの、同僚と雑談したり、エンジニア同士の会合に出たり、といったことはできない。プロの腕と心を磨くために、ゆるふわ.rbのような場が必要だった。

勉強で出された刺身とふぐの湯引きと寿司。

ところでなぜ魚にこだわるのだろうか。荻野氏に聞いてみた。

「自分でもよく分かりません(笑)。『普通じゃ面白くないな』と考える癖が普段からあって、何となくはじめに思いついてやってみたら、受けが良かったのでこの形になりました」

荻野 浩史(おぎの・ひろし)
株式会社ハートレイルズ
2013年にハートレイルズにジョインし、同時に愛媛県でリモート勤務を開始する。クラウドコンピューティングの恩恵を受けながら日々、900キロメートルの距離を越えてシステム開発に従事している。四国初のRubyコミュニティ「ゆるふわ.rb」の発起人。
谷島 宣之(やじま・のぶゆき)
日経BPビジョナリー経営研究所・日経BPイノベーションICT研究所
1985年、日経マグロウヒル社(現・日経BP社)入社、日経コンピュータ編集部に配属。2007年から日経ビジネスオンライン、日経コンピュータ、ITproの編集委員。2009年1月から日経コンピュータ編集長。2011年6月から日経BPビジョナリー経営研究所研究員。一貫してビジネスとテクノロジーの関わりについて執筆している。
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