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日本人も なぜ「イスラム国」へ

10月8日 19時15分

正亀賢司記者・黒川あゆみ記者・藪英季記者

日本人の大学生がイスラム過激派組織、「イスラム国」に加わるため、シリアへの渡航を計画したとして、警視庁は大学生の関係先を捜索しました。
日本人が「イスラム国」に参加しようとした動きが明らかになるのは初めてで、大きな衝撃が走りました。
なぜ大学生は渡航を決断したのか。
イスラム過激派組織を巡って、今、何が起きているのか。
社会部の正亀賢司記者と黒川あゆみ記者、国際部の藪英季記者が解説します。

強制捜査に乗り出した警視庁

10月6日、北海道大学の26歳の男子学生がイスラム過激派組織、「イスラム国」に戦闘員として加わるため、シリアへの渡航を計画したとして警視庁は都内の滞在先などを捜索しました。
容疑は、「刑法の私戦予備および陰謀」。

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外国に対して私的に戦闘行為をする目的で、その準備または、陰謀をした者を罰する規定です。
3か月以上5年以下の禁錮に処するとしています。
この規定が実際に適用されるのは極めて異例です。
警視庁によりますと、大学生は10月7日にシリアへ向けて日本を出国する計画で、任意の調べに対して、「シリアに入って『イスラム国』に加わり、戦闘員として働くつもりだった」と話しているということです。

きっかけは1枚の貼り紙

警視庁によりますと、大学生はシリアでの勤務を募集する貼り紙を見て渡航を決めたということです。

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求人が貼られていたのは、東京・秋葉原の古書店。
貼ったのは、店の関係者の男性でした。
男性はNHKの取材に対し、「どの程度反響があるのか純粋に興味があったほか、話題になれば、店の宣伝にもなると思った。危険を承知で現地に行きたいという人に行けそうなルートを紹介しただけだ」と話していました。

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大学教授の協力で入国計画か

男性は応募してきた大学生など2人の若者に、イスラム法学が専門の大学教授を紹介していました。
大学生は、警視庁の任意の調べに対し、「大学教授に『イスラム国』との連絡の取り方を相談した」、「大学教授から『イスラム国』はあなたが入ってくることを歓迎していると言われた」などと話しているということです。
警視庁は、大学教授の自宅を関係先として捜索しました。

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大学教授は報道関係者に対し、「大学生とはもともとツイッター上の知り合いだったが、『イスラム国』に行きたがっているというのは古書店からの紹介だった。『イスラム国』と連絡が取れるので『イスラム国』に入るルートを教える約束をしていたが、学生が渡航しなかったので教えることはなかった」と話していました。

大学生「戦場に興味」

大学生は、ことし8月にも千葉県の23歳の男性と一緒にシリアへの渡航を計画していましたが、親の反対などで断念していました。
この時、大学生にフリージャーナリストの常岡浩介氏が、本人にインタビューしていました。
大学生は「日本での社会的な地位などに価値を見い出せなくなってシリアに行きたいと思い、大学などすべての生活を投げ捨ててきた。イスラム教については、宗教を勉強している中で少し学んだ程度で、シリアなど中東情勢についてもあまり知らないが、戦場など特異なものに興味があり、感じてみたいと思った。『イスラム国』が発信する教えに共鳴したわけではなく、そうした宗教の考えのもとの国があったら、おもしろいだろうなと思った。戦場で自分が死ぬことは大した問題ではないと思う。生活基盤ができたら、現地で生きていこうと思うが、日本に戻ってくることもあるかもしれない」と話していました。

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大学生は、ことし7月にイスラム教に入信し、アラビア語を勉強するなど渡航に向けた準備を進めていたほか、イスラム教信者としてのイスラム名も持っていたということで、警視庁は渡航の詳しい動機や経緯についてさらに調べを進める方針です。

過激派組織の戦闘員になった日本人

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こうしたなか、日本人の20代の男性が、戦闘行為に加わろうとシリアに渡り、「イスラム国」とは別のイスラム過激派組織に戦闘員として参加していたことが分かりました。
シリアのイスラム過激派組織に、戦闘員として日本人が参加していたことが明らかになるのは初めてです。

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東京都内に住む鵜澤佳史氏(26)は、数か月にわたってシリアでイスラム過激派組織に合流していたといいます。
どのようにしてイスラム過激派組織の戦闘員になったのか、男性は一部始終を話しました。
去年4月、男性は1人で、リュックサックを背負った旅行者の格好でトルコの国境からシリアに入国したといいます。

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男性は現地で会ったシリア人に“戦闘グループを紹介してほしい”と依頼。
イスラム教への改宗が必要だと言われ、モスクで言われたとおりにイスラム語を唱えると、イスラム過激派組織のメンバーに引き合わされたということです。

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過激派組織では、ライフルなどの武器を持って活動拠点の建物の警備を行っていましたが、去年5月に、ある戦闘に参加することになったといいます。
それは、シリアの政府軍がいた刑務所を襲撃する戦闘でした。
刑務所の外壁を爆弾を積み込んだ自動車3台で破壊したあと、一斉に攻撃を仕掛けるという内容でした。

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男性は、この作戦で政府軍の砲撃を受けて足や腕などに大けがをしました。
現地の病院で手当てを受けた後、日本に帰国しましたが、今もこのときの傷が残ったままです。

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取材に対して、男性は、この間の戦闘で、殺害行為には関わっていないとしています。

動機は“戦いたかった”

男性はなぜ戦闘員になったのか。
その理由について政治的な思想はなかったと話しています。
「イスラム思想的な宗教観は全くない。イスラム法にのっとった国を作りたいとか、政府を転覆させたいとか、そういう政治的な思想はなく、あくまで戦闘員として戦いたかった。戦場で自分の命や能力、知性、すべてをかけて全力で戦う、そういった状況を体験したかった」。
そして、男性の周囲には各国からさまざまな若者たちが参加していたということです。
「多様な国から、10〜20くらいの国籍の人たちが来ていた。民主主義に幸せを見いだせないとか、経済至上原理主義がつくる国に未来があるのかと、疑問を持って参加したと話していた」。
男性の関係者には日本の外務省や公安当局から接触があったということです。
男性は、再びシリアに行く予定はないとしています。

専門家は懸念

日本人の参加が初めて明らかになったシリアの戦闘。
イスラム政治思想に詳しい東京大学の池内恵准教授は、日本でもさらにイスラム過激派組織とコンタクトを取ろうとする若者が出てきてもおかしくないと懸念しています。
「『イスラム国』に若者が参加する理由として社会に対する不満や不信感があると考えられる。インターネット上で行われる宣伝活動は一部の若者たちに洗練された印象を与えているようで、過激派組織のことをよく理解せずに参加したいと言い出す可能性がある。日本の若者についても、少数だとは思うが、コンタクトを取ろうとする若者が出てきてもおかしくない」と懸念を示しています。

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世界中から戦闘員集う「イスラム国」

勢力を拡大する「イスラム国」には世界中から若者を中心とした外国人の戦闘員が集まり、アメリカ政府はすでに80か国から1万5000人が加わっていると見ています。

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アジアからの参加者は、北アフリカや欧米などに比べると少ないと見られますが、アメリカ軍の高官は、「1000人が参加した可能性がある」と述べて、警戒を強めています。
とりわけ、世界で最も多いイスラム教徒が暮らすインドネシアではイスラム国への支持を表明する国内の過激派組織も現れ、すでに50人がイラクやシリアに渡ったと見られています。

「イスラム国」巧みな広報戦略

「イスラム国」に吸い寄せられる、外国人戦闘員。
その背景に巧みな広報戦略があります。
これまでも国際テロ組織アルカイダなどは動画をインターネット上に流し、宣伝活動を行ってきましたが、「イスラム国」は複雑な映像処理や音楽を用いて、世界中の若者たちが好んで視聴する、より現代的な動画を作り上げている点で、これまでとは大きく異なります。
インターネット上に掲載される「ダービック(DABIQ)」と題された機関誌も大きな役割を果たしていると見られています。

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機関誌は英語、フランス語、それにドイツ語に翻訳され、洗練されたカラーの写真や挿絵がふんだんに使われています。
アメリカの有力紙、ワシントン・ポストは「まるでSF映画やビデオゲームから取り出したようだ」と若者にとって魅力的なものになっていると指摘しています。
機関誌はこれまでに第3号まで掲載され、このうち第2号は旧約聖書にも登場するノアの箱舟が表紙で、「洪水に巻き込まれる前に参加せよ」と題して、「イスラム国」への参加を呼びかけています。
そして「両親や兄弟、妻を連れて今すぐ『イスラム国』に来なさい。ここには、あなたたち家族のための家がある」として「イスラム国」が支配するシリアやイラクに移り住むよう求めています。
一方、欧米諸国を「十字軍」や「ローマ軍」と表現し、かつての宗教戦争を連想させる形で敵対心をあおっています。
欧米社会などで不満を抱える若者たちをターゲットに支持を集めようとしているのです。

若者の渡航を食い止められるのか?

外国人が「イスラム国」に参加するのを食い止めるにはどうすれば良いか。
各国では対策を急いでいます。
このうち、オーストラリアは「イスラム国」の拠点など、政府が渡航を禁じた地域を訪問した場合、最長で10年の懲役刑を科すことを盛り込んだ新たなテロ対策法案を議会に提出しました。
フランスでは、過激派組織に参加する可能性がある人物のパスポートを没収する法案の審議が行われているほか、ドイツでは、インターネットなどを使った戦闘員の募集など「イスラム国」の支援につながる活動や行為が9月から禁止されています。
インターネットを通じて世界中に拡散する過激な思想に吸い寄せられる若者たちをいかに守っていくのか、各国の取り組みは始まったばかりです。


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